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7.聞いてた話と違う

 アレスたちは教室から食堂へと移った。

 丸テーブルを四脚の椅子で囲い、それぞれ座って対面している。

 ニコニコ笑いながら、女生徒が口を開いた。


「ではまず、自己紹介から入らせていただきましょうか」


 因みに、ディトは気を失ったまま座らされている。

 いいの? 知り合いじゃないの?

 そんなアレスの想いなど露知らず、女生徒は続けた。


「私はカリス・ニーシェレッタ。隣で寝ている、ディト・メロアギスの従者です」


 違った、知り合い以上の関係だった。

 詰まり用件とは、お礼参りということなのだろうか。

 よろしい、ならば我が必殺拳、老若男女平等拳をお見せしよう。

 このアレス・エッスベルテ、敵とあらば赤子だろうが幼女だろうが本気で殴れるぞ。


「我々があなたたちに接触した目的は、交渉を持ちかけるためです」


 違った、これならば穏便に事が済みそうだ。

 うんうん、やはり平和が一番、ラブ&ピース万歳。


「用件はわかった。それで、そちらの要求はなんだ」


 と、まぁ、訊いておいてなんだが、内容は察しが付く。

 わかっているが、訊いてやるのがマナーというやつだ。

 うむ、アレスは紳士で賢い。

 アレスの質問によるパスを受けたカリスは、微笑みながら答えというボールを返した。


「そちらで寝ているディト・メロアギアス、並びにその従者であるカリス・ニーシェレッタを、アレス様の実地演習の班に加えて頂きたいのです」


 わかっていた、わかっていたことなのだが、アレスは顔をしかめた。

 カリスはまぁ、一見して性格に問題はなさそうだから構わない。

 だから問題は、もう一人。


「そいつがなぁ……」


 そいつこと、ディト・メロアギアスが問題だ。

 現状アレスは彼のことをヤベェ野郎だと思っている。

 人の趣味にケチをつけるつもりはないのだが、あいにくアレスは同士ではないのだ。

 そんな心情を察したらしく、カリスは口を開く。


「まず、誤解を解いていきましょうか。ディト様は同性恋愛者ではありません」

「あんなに情熱的な口説き文句を吐いてたのに?」

「あれは私がああ言えって指示したからです」

「おい」


 とんでもない爆弾発言をしたカリスだが、笑みを形作る表情括約筋は固定でもされているのか、微動だにしない。

 その顔面は鋼の如し。


「ディト様は少々世間知らずでして。故に、他人との接し方がわかっておられないのです。私は、そんなディト様にあることないこと吹き込んで遊ぶのを趣味としています」


 こいつ最低だ。

 なにが性格は問題なさそうだ、大ありじゃない。

 誰だそんなこと言ったやつ。

 ティナが、こいつらを班に加える気なのか、といわんばかりにこちらを見詰めている。


「間に合ってます。他をあたってください。貴殿らのご活躍をお祈りさせて頂きます」


 お断り三連コンボを炸裂させ、席を立とうとしたら、手首の圧迫感によって阻止された。

 手首を見やると、そこには肌に皺ができるほどに、がっしりと誰かに握られた己の手首。

 握っているのは誰か?

 決まっている、カリスである。


「まぁまぁ、そう仰らず。私たち、けっこう優秀なんですよ?」

「やかましい。能力があれば何してもいいってもんじゃねぇだろうが」


 え、それお前が言うの? という視線を受けている気がするが、気にしない。


「それは困ります。私たちは、成績上位を狙っていますので」

「いや、別に俺らなしでも、お前らだけでも十分狙えるだろ」


 アレスの目に狂いがなければ、この二人は手練れだ。

 ディトは立ち方と重心の置き方からして、かなり遣うのはわかっている。

 カリスだって、こちらの手首を掴んでいる手から伝わる体幹の安定っぷりから、かなり武術をやりこんでいることがわかった。


「流石ですね。この短いやり取りで、私たちのおおよその実力を見切るとは」

「そういう台詞は、隠してるやつ言うもんだぞ」


 アレスのこの言葉で、カリスはようやく微笑みを崩し、苦笑した。


「これでも一応、売り込みをしていますので。なら、実力の開示くらいはしませんと」

「とか言って、俺が実力の見切りをできるのか、試してたんだろ? いい性格してるな?」


 アレスの指摘に驚いたのか、カリスは少しだけ目を見開いた。


「高い剣腕を持ち、察しも悪くないときましたか。そうなるとやはり、こちらとしては、是が非でもアレス様の班に加入したいですね」

「なんで俺にこだわる。さっきも言ったが、お前らなら好成績取れるぞ」

「それは、きっと、たぶん、恐らくといった、詰まり可能性の話でしょう? 私たち、いえ、ディト様は確実に好成績を取らなければならないのです」

「ティナもそうだが、随分好成績にこだわるなぁ。なんで?」

「え?」

「……それ、本気で言ってる?」

「アレス、その発言は僕ですらどうかと思うよ」


 今のアレスの発言が余程常識外れだったのか、三者三様に非難してきた。

 ていうかディト、お前いつの間に起きた。


「このプレアデス士官学園が、どういう施設かはご存じですよね?」


 どこか探るような声音で、カリスが問うてきた。

 その様はまさしく、未開の地で遭遇した野蛮人とファーストコンタクトを図るかの如く。

 なんて無礼な奴だ。


「世界一の教育機関だろ? ここなら、卒業しちまえば、将来は安泰なんだ。なら、そうガツガツと成績上位に食い込みに行く必要はないんじゃねぇのか?」


 アレスの発言に返ってきたのは、ため息だった。


「いいですか? そんな場所だからこそ、成績上位者を目指すべきなのです。この学園には、種族を問わず上流階級の御曹司や令嬢が多くいます。そんな彼らとコネを築く上で、成績上位者という箔は役に立ちます。将来の官僚や大臣とパイプを作れるというのは大きいことですし、ともすれば親と縁を結べます」

「結局はコネか」


 身も蓋もない発言に、ディトとカリスが苦笑する。

 ティナは相変わらず無表情のまま、口を開く。


「……でも、本当の目的は、他にある」

「本当の目的?」

「……昨今、治安維持や軍事を目的とした組織で、プレアデス士官学園の卒業生のみで構成した部署の設立するという風潮が、起こり始めてる」

「そりゃまたどうして?」

「……簡単な話。周りと能力のギャップが大きすぎるから」


 そこでティナはカリスに目配せをして、説明の続きを放り投げる。

 それにカリスは苦笑しつつも、その役割を頷くことで引き受けた。


「恐らくアレス様が考えている以上に、プレアデス士官学園の卒業生とそれ以外の人間の能力には、開きがあります。これまで彼らをグループの頭、または中心に置くことで成果を得てきました。けれどとある機関が、プレアデスの卒業生のみで構成した部署を発足しました。すると得られた成果は、これまでの倍以上の相当する利益が生まれたのだとか」


 なるほど、話が見えてきた。


「学歴だけで将来を決められるという風潮が廃れ始めてる、と?」

「完全にはなくならないでしょう。プレアデスを始めとした、進学校のブランドは大きいですから。ですが、無条件でどんな所に行っても好待遇、なんてことはなくなるかと」


 それに、アレスは顔をしかめる。

 ノンナがアレスにプレアデス士官学園に入学するよう取り計らったのは、卒業さえすればどんな進路も思いのまま、という目論見があったからだ。

 アレスは(知った時にはすでに入学金が勝手に支払われていたが)、それを承知して入学することにしたというのに、これじゃ話が違うではないか。


「加入条件がプレアデスの卒業生であること、なんて組織が既にいくつかありますしね。そこでやっていこうと思うなら、恐らく、平均では通用しません」


 詰まり、進路の競争率が高い有名所に、更なるエリート組織ができるって訳だ。

 世間様が世知辛くなってきてることに、涙が出そうになる。


「それで、お前さんらが望む進路に進むには、成績上位に食い込む必要がある、と?」

「その通りです。ですから私たちは、戦闘力の高いアレス様と、同じ班となりたいのです」


 寄生虫かな? という言葉は、吐き出す寸前でなんとか飲み込めた。

 代わりに口にしたのは、頭に浮かんだ疑問。


「案外目標が低いんだな? 目指してるのは、あくまで成績上位。トップはいいのかよ?」


 その問いは、恐らく禁句の類だったのだろう。

 一瞬、ほんの一瞬だが、空気が固まった。

 しばしの沈黙の後、カリスが口を開く。


「一位の枠は、もう決まっています」

「おいおい、まだ始まってもないんだぞ。挑む前から結果を決めつけちまうほど、お互い年も食ってないし、達観もしてもいないだろ?」


 アレスの軽口同然の意見に、カリスは頭を振った。


「世の中には、やるだけ無駄なことがあるのですよ。人が災害に抗う術がないように、我々もまた彼女に対抗する術を持たない」


 ずいぶんと、大仰な物言いをするものだ。

 その様に、アレスはため息を吐いた。

 話の終着点が、見えたからだ。


「その生徒の名前、当ててやる。ソフィア・パライオンだろ?」


 アレスの指摘に、カリスは首肯した。


「短いやり取りでしたが、アレス様は彼女と交流を持ったのでしたね。それなら、わかるでしょう? 彼女には、勝ち得ないことが」


 アレスはひとまず問いに答えず、話の傍聴に徹していたティナとディトへ問いを投げる。


「お前らも同じ意見か?」

「……癪だけど、その通り。私じゃ勝ち目がない」

「相手が悪い、に尽きるかな。全部負けている、とまでは言わないけど。戦闘力では話にならないね。カリスも言ったが、僕は人間で、あっちは災害みたいなものだからね」


 成程、彼らの意見はわかった。

 ソフィア・パライオンという怪物の脅威も、察しもしよう。

 それらを加味して、言わせておう。


「下らねぇな」


 その言葉の意味を理解するのに、数秒の時を要した。

 下らない? 誰が? 何を指して、そう言った?


「アレス、今のは、聞き間違いか、何かかな? もう一度言ってほしいのだけど」


 いや、寧ろ、聞き間違いか言い間違いであって欲しい。

 どこかそんな願いすら感じさせる声音のディトの問いに、アレスは淡々と返した。


「下らねぇって言ったんだ。お前らの試験に挑む態度もそうだが、間違いだらけの意見を、さも真理を説いてるかのように言う、お前らの常識にな」


 ソフィア・パライオンが最も得意とするのは、魔法だろう。

 何せ師としているのは、あの『魔法司』なのだ。

 その火力が、キメラを一撃屠り得るのもわかっている。


 だが、それだけだ。


 魔法は確かに強力だが、操っているのは所詮人。

 使い手は不死身でも無敵でもないのだから、叩いてしまえば終いである。

 そもそも魔法が本当に彼らのイメージ通り、絶対の力だというのなら、『五英傑』なんぞ生まれていない。

『魔法司』を頂点とした、エルフを至上とした世界になっていたはずだ。


「扱う力の種類だけで、勝敗が決まる訳がねぇだろ? 実力不足なら鍛錬を積め。勝率が低いのなら、勝機をかき集めろ。勝ち筋がないのなら、あるもの使って見出せばいい」


 師であるノンナは、剣一本でエピスの魔法と渡り合って見せたのだ。

 ならば、弟子である自分にできない理由はない。


「では、アレス様。あなたは、ソフィア様に勝ちうると?」

「言い出しっぺだぞ? 当たり前だ」


 そう言い放つアレスに、気負いは欠片も見られない。

 当たり前を言っているだけであり、自信の必要性すらないと言わんばかりだ。

 この手の宣言をする者の多くは、実力の伴っていない愚者であることが多い。

 己が口にしていることの難しさを、理解していないが故に。

 アレスが果たして、身の程知らずか否か。

 ティナたちがそれを見極めようとしている最中、


「素晴らしい!」


 不意に隣の席から、少女の喝采が飛んできた。

 何事かとアレスたちが声の方向へと向き直ると、一同は目を丸くする。

 それもそのはず、なんと声の主は件の人物である、ソフィア・パライオンであった。

ソフィア「アレス君が私を感激させるまで、十分待ちました」

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