表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/20

3.どうしてそんなことするの?

「……あ」


 誰かが、声を漏らした。

 斬り飛ばされた前脚、刎ね飛ばされたキメラの首を目で追いながら。

 首を刎ねられたキメラは生命活動を維持できなくなり、その場に崩れ落ちる。

 ただただ驚愕のみが充満し、青年が成した偉業に対する喝采が沸き立つことはなかった。


「ふぅ……」


 その様を一瞥したアレスは剣を鞘に納め、息を吐いた。

 それを区切りと見たか、能面少女がアレスへと歩み寄った。


「………ありがとう、と言っておく」


 あのキメラは、今の能面少女の手には余る相手だった。

 そんな相手に自ら挑んだのは、命を落としかねない判断ミスだ。

 そこは自業自得、と言えなくもないのだが……


「……どうしてなんの断りもなく、キメラの前に突き出したの?」


 その問いに、アレスはバツの悪そうな顔をしながら、頬をかく。


「あー、うん、その、ナイフを突き刺すための隙を作って欲しくて……」

「……それなら、先に言って。あなた、任せろって言ってた」

「うん、その、ごめん」


 アレスの謝罪に、能面少女は嘆息したように息を吐いてから、次の問いを投げる。


「……キメラの動き、止まったけど、あれはなに?」

「ああ、あれ?」


 アレスは何気なく上着の袖に手を突っ込み、ナイフを一本取り出した。

 ナイフの刃は何か液体が塗られており、濡れている。


「こいつは神経毒でな。大抵の生物に効く、メチャクチャ強力なやつだ」

「……そう」


 どうしてそんなものを持っているのか、というか抜き身で服に隠し持つとか正気か、などなど突っ込み所はあるのだが、能面少女は呑み込んだ。


「……あなた、かなりの腕前みたいだけど、どうして逃げていたの? それだけ強いのに」


 その言葉にアレスは顔をしかめてから、頭をかく。


「簡単に言うな。そもそも本来、俺じゃ十種キメラは楽に勝てる相手じゃないんだよ」

「……どういうこと?」


 アレスは周りを見回して、自分たちを狙っている魔獣がいないことを確認した。

 まだ話をする余裕はある、が。


「まだ試験中だが、大丈夫か? 俺はキメラ討伐したから得点に問題ないと思うが」

「……大丈夫。時間はまだある。私としては、あなたの話を聞きたい」


 別に隠し立てするようなことではないため、乞われれば話すのはやぶさかではない。


「簡単な話だ。あのキメラは、キメラになってから日が浅い若年個体だったんだよ」

「……それは重要な要素なの?」


 少女の問いにアレスは頷いた。


「ああ、滅茶苦茶大事だ。あのキメラ、立ち振る舞いに油断と驕りしかなかった。キメラになって力を得た万能感に酔ってたんだろうさ。そもそもキメラになる必要がある魔獣ってのは、それ単体じゃ大した力を持ってない種だってのにな」


 要は心構え、準備の話なのだ。

 武の心得を全く持たない素人でも、ナイフを用意して、相手が無防備な刹那を狙えば、体を限界まで鍛えぬいた人間を刺し殺せる。

 ただ、それだけの話なのだ。


「俺がこれまで遭遇してきたキメラは、どいつもこいつも油断なんて欠片もしてなかったし、魔法を使える個体は常に使えるよう準備をしてたぞ。そして会敵と同時にズドンだ」


 アレスは軽い調子で言っているが、そこには実感がこもっており、説得力があった。

 少女にとって説明は納得できるものであったし、現状の己にはまだ早い話であったということを理解した。

 故に話はこれで十分と、己の中でそう結論づけた少女は、静かに頷く。

 その反応でなんとなくだが、アレスには少女の振る舞いに納得の色が見えた気がした。

 アレスはこの試験で最高の評価を得たも同然と思っているが、彼女は違う。

 彼女は評価欲しさに、独断で無謀を冒した。

 正確な状況判断力と職務への忠実さを求められるのが軍人だ。

 今の彼女は両方を欠いていると評価されてもおかしくないため、挽回する必要がある。


「……それじゃあ」


 適当な励ましでも送ろうとして、

 不意にグラウンドの四隅で強烈な発光が発生した。





 試験の行方を見守っていた教官たちが詰めている控室は騒然としていた。

 予定になかったキメラという強力な魔獣の乱入。

 本来であれば、十分に訓練された兵士と優れた指揮官で編成された軍隊、あるいは個として運用することが許されない類稀なる強者を以て討伐せねばならない存在だ。

 それを独力で撃破する生徒が現れた。

 どちらも、誰も予想し得なかった事態であった。

 この場にいるのは、歩む道は違えど一流のみ。

 故にアレスの偉業がどれ程のものか、誰もが理解していた。


「驚いたな。この試験において、彼女以外にあれ程の強者が現れようとは」

「あの剣の冴えを見たか? あの若さで、あの太刀筋。一体どんな鍛錬を積んだのやら」

「というか、あれ程の強さを持っていながら、なんで逃げてたんだ?」


 誰もが、アレスの強さを称賛している。

 そんな騒ぎの中、エピスは沈黙していた。

 そしてその隣ではノンナが、


「なあなあ、儂の弟子がお主の策を打ち破ったけど、どんな気持ち? どんな気持ち!? のう、何か言ってみてはどうじゃ!? 何か言ってみよ、のうのう!!」


 エピスをこれでもかと煽り散らしていた。

 その小さく可愛らしい口にでも油でも差したのか、と思ってしまう程すらすら煽り文句が、よくもまぁ出てくる出てくる。


「早期にアレスを試験から退場させようとしたのだろうが、残念だったなぁ! これだけの衆目の中で、実力を示してしまったぞ!? 策士策に溺れるとは正にこのことよなぁ!?」


 これだけ言われても尚言い返さないエピス。

 彼の熱しやすく冷めにくい理性を熟知している普段のノンナであれば、ここまで無反応が続けば怪訝な顔の一つしてもおかしくないのだが、上機嫌な彼女は気づかない。

 反応欲しさに椅子から立ち上がって、エピスの肩を揺さぶる始末だ。


「どうしたどうしたどうしたぁ!? さっきから黙りこくって、とうとう寿命でも来たか!?」


 因みに、この時周りは沈黙していた。

 傍若無人で傲慢なエピスの人柄を知る教官たちは、その様を見て戦々恐々としている。

 彼が本気で暴れたら、学園が更地になってしまうことをわかっているからだ。


「残酷なことをする。凡人の剣に、下らん拘りを抱えさせるとは」


 沈黙を破り、とうとう開いた口から放たれた言葉に、ノンナの手と口が止まる。

 そして静かに肩から手を離してから椅子に座り、そっぽを向いた。

 けれどエピスの言葉は止まらない。


「最初の一撃の峰打ちフルスイング。あれはキメラの斬り方を探るためのものだろう?」


 その指摘にノンナは、そっぽを向きながら応じた。


「……そうだ。アレスは初めて相対したモノには、あのように対象へ打撃を加え、性質を確実に把握してから、斬るために剣を振るう」


 やはりな、と口にしてエピスは嘆息した。


「貴様、あの小僧に、己の剣の理をそのまま教えたな? 凡人に貴様の剣の心得を会得できるはずがないだろう。目に見え、触れられる物であれば万象を初見で斬れるなどという出鱈目。吾の永い生涯でも貴様以外に見たことないわ」


 エピスの言葉に、ノンナは不承不承ながら返す。


「儂とて、同じようにやれとは言わん。故にあやつには、二度までは斬れずとも許すと言った。言ったというのに、ああして一回叩いてから斬れば、一回目で斬ったことになる。なんて頓知を返されたときは斬ってやろうかと思ったわ」


 加えて、と前置きをして、ノンナは続けた。


「その一振りは、確実に敵を仕留められるタイミングのみに限定する、などというふざけ切った心構えじゃ。だからアレスは、毒仕込みの暗器を使って敵を弱らせるなどという、卑劣な戦い方をするようになった」


 育て方を間違えたかのぅ、なんて黄昏始めるノンナ。

 そんな彼女に対するエピスの反応は、やはり冷たい。


「はんっ。根底は身の程知らずだ! 育て方を間違ったという評価以外つけようがない! 凡夫に天稟なぞ期待すべくもないわ!」


 エピスの言葉に、ノンナはそっぽを向いたまま返す。


「抜かせ。儂らから見れば、皆、凡人よ。なら、誰を弟子にしようと、何も変わらん」


 暴論としか言いようがない答えに、エピスはため息を吐いた。

 彼とて指導者、他人の指導方針に口を出すほど野暮ではない。

 教え子に不幸な未来が訪れるとわかりきっているのならともかく、アレスは既に一人前と呼んでも差し支えない技量を披露している。

 故にこの話はここで終わり、話題は次に、いや、最初へと立ち戻る。


「して、策が裏目に出た気分はどうだ? 幾らこの実技試験の採点が、お主の独断と偏見でされるとしても、こうも結果を出されては、どうしようもないだろう」


 ノンナの問いに、エピスは既に答えが出ているらしく、間を置かず答えた。


「じゃあもう殺すわ」

「は?」


 パチン、とエピスは指を鳴らした。

 直後、運動場に四つの発光体が出現した。





 偶然なのだろう、偶然のはずだ。

 だがアレスには、話が終わるのを狙いすましたとしか思えないタイミングであった。

 枯木伐採すべし慈悲は無しぃいいいい、やってみろ山猿ぅううう、なんて幻聴も聞こえた気がした。

 アレスは引き攣った笑みを顔に張りつけつつ、グラウンドを見回す。

 四隅に発生した発光体はそれぞれ一つずつ、発光は収まりつつある。

 その内の一つを注視し、発光体の正体を見極めんとし、そして、後悔した。


「またキメラかよ……」


 アレスは四つの発光体が全てキメラであったことを確認して、そう呻いた。

 だが見るべき項目はそれで終わらない。

 戦闘力を把握するべく、四頭のキメラが何種混じったものなのか鑑定をする。

 アレスはこの鑑定眼には、全幅の信頼を置いている。

 それは根拠のない自信ではなく、百発百中という実績に裏打ちされた確かなものだ。

 何故そう言い切れるか?

 答えは単純、結果が間違っていたら、知らず格上と戦うことになり、死ぬからである。

 そして導き出された答えは……


「四体とも老齢個体で、九種キメラじゃねえか……」


 アレスが老齢と判断した根拠は、キメラたちの体についている傷跡と居住まい。

 大小問わず数多の傷跡を刻んだ体は、豊富な実戦経験を蓄えていることを物語っている。

 加えて先の十種キメラのような侮りや遊びが一切見られないことから、キメラへと変じた後に戦の酸いも甘いも思い知っている老齢個体だと判断した。

 個体として力は、先の十種キメラの方が一回りも二回りも上のはずだ。

 だが実戦の実力で言えば、この場にいる九種キメラたちに軍配が上がるだろう。

 先程投入した戦力以上の大戦力を追加投入、それが意味する所は……


「あ、あのクソジジイ、俺を本気で殺しにきやがった!」


 アレスは白兵戦しかできないため、どうしても複数を相手取るのは苦手なのだ。

 加えて九種キメラは例え一体であっても、倒すのに手こずる難敵だ。


 詰まり今差し向けられたのは、アレスを確実に殺し切れる戦力である。


 先の十種のキメラとの戦闘で、完全に実力を見切られたのだろう。

 この戦力差はどう足掻いても覆せない。


「……それじゃあ、ありがとう。あなたも試験これから、頑張って」


 そう言って少女がアレスから離れようとする。

 だがそうは問屋が卸さない、とばかりにアレスは彼女の手を強く握った。


「見捨てないでぇ!!」


 心からの絶叫であった。

 その時の少女の顔は、少しだけ歪んだように見えた気がしたが、気のせいだと思う。

 気のせいでなかったとしても気にしない。


「一頭だけでいいから引きつけてくれぇ! 包囲されてるから逃げられないんだよぉ!」

「……それは詰まり私に死ねと?」

「恩を返すと思って!!」


 直角のお辞儀、土下座、五体投地、ありとあらゆる文化圏の頼み方を実行している。

 しかもそこに恩返しを要求し、嘘泣きをトッピングしている。

 吐き気を催すクズがそこにはいた。

 少女はしばし考えこんでから、ため息を吐いた。


「……わかった、一頭だけ時間稼ぎはしてあげる」

「ありがとぉ……この恩返しは一生忘れないよぉ……」


 恩に着ると言わない徹底したクズっぷりに、少女は辟易とするが、表には出さない。

 キメラの猫パンチの前に押し出されたとはいえ、恩があるのは事実なのだ。

 恨むならば、こんなクズに借りを作ってしまった己の未熟さだろう。

 そのツケが回ったのだと考えれば、溜飲は下が、らなかった。


「……忘れないで、やるのはあくまで時間稼ぎ。あなたが逃げたら、私も逃げる」

「そうしてくれ。そしたら俺も安心してここから逃げられる」


 話はまとまった。

 ならばやることは唯一つ。


「ッッッ!!」


 アレスは脇目も振らず脱兎の如く逃げ出した。

 見る者が見れば、思わずため息を吐きたくなるような逃げっぷり(なお抱く感情は様々であり、師匠であればブチ切れる)。

 そして何とも見下げ果てたことに、囮をスムーズにやってもらうために、走り出す直前に少女を脇に抱えていた。

 キメラの前に放り投げるためにだ!


「さあ頼んだぞ名も知らぬ少女よ!!」

「……私はあなたを許さない」

エピス「もう殺すしかなくなっちゃったよ」


感想、ブックマーク、レビューお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ