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1.面倒事からは逃げたっていい

 朝日が夜の闇を徐々に取り払っていく、夜明けの光景。

 朝を迎えれば人々は目を覚まし、それぞれが担う役割を果たすべく、活動を始める。

 そんな時間帯のプレアデス士官学園の校舎に続く大通りを、アレスは今にも倒れそうな覚束ない足取りで歩いていた。

 目の下には隈が浮かんでおり、今にも閉じそうな鉛のように重たい瞼をこする彼の姿を見て、彼の隣を歩くノンナは嘆かわしいとぼやいた。


「情けない。一晩徹夜しただけであろうに」

「慣れないことさせられりゃ、疲れるのは当たり前だろうが」


 そんなアレスの抗議はなんのその、ノンナは口笛を吹いて聞き流す。

 だがアレスとて、その程度で抗議を終えるつもりはない。


「テストの問題用紙なりを盗んでくりゃ良かったんじゃねぇのか?」

「お主とんでもないこと言ってるの自覚してる?」

「あんたの日頃の行いに比べれたら可愛いもんだよ」

「ははは、抜かしおる」


 拳骨を戴いた。


「それとして、不可能じゃな。いや、実行は可能だが、バレずにとなると儂とてできん。さすれば、お主は編入試験を待たずに不合格だ。というか、それどころではなくなる」

「と、いうと?」

「儂とクソジジイのタイマンが始まって、ここら一帯が焦土と化す」

「歩く厄災共め」

「世界が脆過ぎるのが悪い」


 師弟は軽口の応酬を繰り広げている内に、プレアデス士官学園の校門に到着した。

 彼らは校門を前に立ち止まる。


「さて、アレスよ」


 ノンナはアレスを真っすぐ見据え、アレスもまた見つめ返す。


「お主はこれから試験を受けることになるが、ぶっちゃけると儂は受かると思ってない」

「おい」

「だが、そう思っているのはお主もだろう?」

「ま、まぁ否定はしないけどよ……」


 寧ろ合格できると思っているようなら、真面目な受験生たちに失礼である。


「だが、諦めることは赦さん。やるからには、勝ちに行け。未来と立場は、己で勝ち取るものだ。それを己から放棄して敗北するなど、愚かという他あるまい? 惰弱の極みよ」


 厳しい言葉だ。

 ノンナの言葉は正しくあるが、理想論と評される類のものである。

 妥協や諦観の原因は、彼女の言うように意思が弱いだけではない。

 生まれや立場、場合によって環境や周りがそうさせようとすることもある。

 それに逆らうには強靭な意思と大きな決断が必要であり、それができないことを惰弱と評するのは酷だろう。


「お主が将来どういう道を歩むかは儂にもわからんが、学歴は大きな武器となる。それを得る機会が、今だ。ならばどれだけ確率が低くとも、全霊で挑むのは当然だろう」


 どこまでも正しさしかない、強者故の言葉。

 そしてそれは、ここまでと言わんばかりに、ノンナはアレスに微笑みを向けた。


「なあに、失敗しても気にするな。プレアデス以外にも良い学び舎は幾らでもある。青春を謳歌するのは、ここでなくてもいい。儂がなんとかしてやる」


 ノンナはアレスの数度軽く叩き、締めとばかりに少しだけ強かに叩いた。


「だから行ってこい、我が弟子」

「応、行ってくるよ、師匠」





 プレアデス士官学園の校舎へと足を踏み入れると、すぐに受付が目についた。

 受付に座っている職員にどこへ行けばいいか尋ね、その案内に従って進むんでいると、アレスはとあることに気が付いた。


(なんか雰囲気が物々しくないか?)


 さっき職員から、これから受ける編入試験は中等部の生徒が高等部へと昇級するための試験と合同で行われるとは聞いた。

 いやアレスの編入試験を、彼らの昇級試験にねじ込んだという方が正しいだろう。

 今、アレスが見ている生徒たちは、恐らく昇級試験を受ける生徒たちだろう。

 そんな彼らだが、皆鬼気迫る面持ちを浮かべ、皆武装している。

 なんで? 君たちこれから試験を受けるんだよ?

 そう困惑している内に、アレスは運動場にたどり着いた。


(広いな。奥行は二百メートル。幅は四百メートルってところか?)


 しかし、わからない。

 なんで試験を受けるのに屋外に案内されて、周りの生徒たちは皆臨戦態勢なの?

 ただただ困惑していると、生徒たちの前に一人の男性が現れた。

 先日殺気でアレスをビビらせてくれた、イケメン教官ことアルジェイルである。


「集まったな。これより、高等部への昇級試験及び編入試験の説明を開始する」


 アレスの編入試験のことは知らされていないのか、多くの生徒が首をかしげていた。

 だがアルジェイルはそれを気にせず、説明を続ける。


「諸君らが試されるのは、事前に説明していた・・・・・・・・・通り、生存能力だ」


 ……生存能力? ペーパーテストじゃなくて?


「これより、この運動場で、君たちに過酷を課す。見事生き抜いて見せろ」


 ……成程、成程、詰まり、昨晩の一夜漬けは、無駄だったと?



「「ふざけんなぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああ!!」」



 この時、師弟の思いが一つとなった。


「これは一体どういうことだぁ!? 説明をするつもりはあるんじゃろうな耳長ァ!!」


 アレスがプレアデス士官学園の校舎へと入るのを見送ったノンナは、弟子が試験を終えるまで時間をどう潰すか悩んでいると、イケメン教官ことアルジェイルに話しかけられた。

 彼は軽い気持ちで、折角なら、弟子の試験を受けている様子を見学してはどうかと。

 それにノンナは、編入試験は筆記試験なのだから、見学しても仕方ないのでは? と内心首を傾げたものの、暇なのも事実なので彼の提案を受け入れた。

 そして彼女は、控室にて編入試験が筆記もクソもないただの生き残りゲームだと知り、エピスへと問い詰めていた。


「説明も何もないわ。プレアデス士官学園は士官学校だ。何を置いても、真っ先に問われるのは軍人としての適正。中等部までの年齢であれば、体格、技量ともに差は大きくならないが、肉体が成熟してくれば別じゃ。適正のない者は、ここで弾いた方が良い」


 そもそも、とエピスは付け加えてから、ノンナへと向き直る。


「なんだその狼狽ぶりは。白々しい。試験内容なぞ、あらかじめ調べていただろうに」


 エピスは確信を持って若干キメ顔で、ノンナへとそう問うた。

 それにノンナは、


「は?」

「…………は?」


 素っ頓狂な声を返し、エピスも素っ頓狂な声を返した。

 先ほどの自信満々な表情はどこへやら、頬は引き攣り、肩と指先は震えている。

 そんな情けない顔をしている彼へ、ノンナはこう答えた。


「……儂が昨晩学園に忍び込んで問題用紙を盗もうとすれば、貴様に発覚して、決闘になると思って、自重して何もしなかったんだが?」

「……吾が筆記試験をやるとすれば、貴様は学園に忍び込んで問題用紙を盗み出すと踏んで、わざと実技試験のみを受けさせることにしたんだが?」


 詰まりノンナは無駄に徹夜をして、エピスはあらぬ思考で悦に浸るという恥ずかしい行為としたこととなる。

 そのことを両者は悟り、数秒の沈黙の後、大きく息を吸う。


「「クソがぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」


 控室にそんな叫びが響き渡った。





 アレスはぶつぶつと文句を垂れながら、運動場へと移動した。

 しかし周りにそれを気にする者は誰もおらず、見向きもしない。

 受験者が運動場に移動した事を確認したイケメン教官ことアルジェイルは、口を開く。


「それでは、試験内容を説明する」


 周りの空気が引き締まり、緊張が張り詰めるが、アレスの文句は留まることを知らない。

 一部の生徒が顔をしかめて睨むが、それも一時のこと。

 すぐにアルジェイルへと向き直り、アレスのことは意識の外へと追いやられた。


「諸君にこれからやってもらうことは、言ってしまえばサバイバルだ」


 ここにいる生徒たちは、試験内容を実技試験としか聞いていない。

 故に聞き逃しは致命的となりかねないので、彼らは必至に耳を傾けた。


「ルールはとても単純だ。遮蔽物はなく、ただ広いだけの運動場内へと、魔獣を放つ」


 魔獣、その単語に多くの者が息を呑んだ。

 魔獣とは、魔力をその身に宿した獣の総称だ。

 通常、獣は魔力を持ちえないのだが、環境や遺伝子などの先天的な影響、もしくは実験や補食などの後天的な影響によって変異する。

 変異は異様なまでの巨大化や魔法を使用できるようになるなど、様々だ。

 勿論戦闘力は種類によって異なるものの、決して油断できるような相手ではない。


「手段は問わん。ただ生き残れ。その際の行動を、我々教師陣が採点する。採点基準だが」


 採点基準、それを聞き、生徒の誰もが身を固くする。

 これからの立ち回りを左右する、とても重要な情報なのだから。


「難しい所はない。手段を問わず、生き残れ。その手段と様を見て、こちらは点数をつける。生死の判断は運動場内に留まっているか否かで判断する。運動場から出れば死亡、詰まり試験終了だ。リタイアを望む場合は、運動場の外に出るといい。説明は以上だ」


 アルジェイルはそう締めくくって、説明の終了を告げた。

 準備は事前にさせ、説明を終えた。

 ならば次は本番、詰まり試験の開始である。


「では早速、試験を開始する。諸君の活躍に期待する」


 パチン、と指を鳴らした。

 刹那、運動場内のあちこちで光が爆ぜる。

 ほとんどの生徒が発光で目が眩んで瞼を閉じ、手で顔を庇った。

 ほんの数秒、視界を喪失した生徒は発光体の正体を知るべく目を開け、変わり果てた状況に目を皿にした。


「あれが、試験用の魔獣……?」


 誰かが、茫然としながら呟いた。

 その呟きが皮切り、という訳ではなかっただろうが、奇しくもタイミングはその刹那。


「――――――――――!!」


 咆哮の主は、巨大な純白の獅子。

 全長にして、四メートルは下るまい。

 加えて魔獣は獅子だけでなく、獅子並の巨体の猪や山羊など、多数出現した。

 至る所に悲鳴があがり、突然の脅威に我先にと誰もが逃げ出す。

 その様を見た魔獣たちは、彼らを獲物と定め、飢えを満たさんと駆け出した。

 そんな中でアレス・エッスベルテは、


「……まぁ、こんなもんだよな」


 ため息交じりに、そう評価した。


(魔法を使うような個体はなし。どれもこれも、図体がデカいだけだ。俺の敵じゃない)


 アレスの中で、少しだけ失望が生まれた。

 プレアデス士官学園と言えば、大陸全土にその名を轟かせる有名校だ。

 そんな学園の生徒の卵はどれ程かと期待していたのだが、蓋を開ければこの様だ。


「適当に魔獣を間引いて、時間を潰すか」


 この実技試験で満足に点数を取れる者が、この中にどれだけいよう。

 ならば十分、この実技試験の点数だけで、合格できるだけの見込みはあるはずだ。


「いやぁ、師匠、確かに世の中案外、なんとかなるもんだな?」


 そんな、世の中を舐め腐った発言をしたからであろうか。

 その鼻へし折ってやると言わんばかりに、アレスの真後ろで発光が起きた。

 アレスはそちらを見ることすらせず、剣の柄へと手にかける。


「丁度いいや。景気づけといこう」


 剣を抜きながら、アレスは後ろへと振り返る。

 すると出現した魔獣の姿が、よく見える。


「……ん?」


 体長は三メートル程度と、他の魔獣たちと比べれば少しだけ小柄だ。

 だがその全容は、歪だった。

 獅子と山羊の双頭、馬の体躯に蝙蝠の翼が生えており、尻尾は蛇という、複数の動物を掛け合わせた魔獣。

 アレスは、この魔獣を知っている。

 この魔獣は特殊性故に分類ができず、名をつけられず、総称で括られている事を。

 その総称とは。


「キ、キメラだぁぁああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 アレスは踵を返して全力で走り出し、キメラと呼んだ魔獣から脇目も降らず逃げ出した。


アレス「これ受からせる気ないだろ」

エピス「はい!!」


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