6話 茶会
昼食の後、ドロシーと別れた私はひとり学園の廊下を歩いていた。
茶会の招待状を受け取ったからだ。
それもウリフィンクラ限定の。
グランタニア学園は初等部と中等部・高等部で校舎が分けられており、それぞれにサロンが設けられている。
そしてこれから、初等部のウリフィンクラにおける新年度の顔合わせというわけだ。
サロンは本来ウリフィンクラ会員なら好きな時に訪れ、ティータイムや特権階級同士の談話を楽しむためのもの。
今回も参加は自由ということだったが、新入生はできるだけ参加するよう推奨されている。
サボってもよかったのだが、この場は欠席すると後々厄介になりそうな気がしたので、私は大人しくサロンを訪れた。
魔王の勘というやつである。
「失礼しますわ」
扉を開いて中に入ると、そこには趣味のいい調度品が目にうるさくない程度に配されたモダンな空間が広がっていた。
制服に校章のブローチを付けた生徒達が、ソファに腰掛けて思い思いに歓談を楽しんでいる。
感心して室内を見回していると、その一角にレオンハルト王子がいた。
新入生だというのに全く遠慮もせず一番日当たりがいいソファを独占して、つまらなそうな顔で窓の外を眺めている。
ここでも女子達は上級生もふくめて彼にメロメロのようで、遠巻きにしながらうっとりと頬を染めて内緒話に花を咲かせていた。
「レオンハルト様、憂い顔も儚げだわ……」
「一体なにを思ってらっしゃるのかしら?」
「きっと想い人のことですわ」
「やだ、私そんなの困るっ」
「えぇ、私だって……!」
この様子では上級生の男子達も注意などできないだろう。
下手したら女子達の集中攻撃をくらいかねない。
そそくさと空いている席に移動しながらこっそり観察する。
あらあら、ため息なんかついちゃって。
でも分かるわ、私もかつては魔王でありながら日々退屈していたのだから。
それにしても、ルークの姿が見えないはどういうことだろう。
学食では行動を共にしていたから、てっきり一緒に来たものと思っていたのだが。
などと考えつつ生温かい視線を送っていたら、ふとこっちを向いたレオンハルトと目が合った。
げっ!?
私はすぅーっと何気ないふうをよそおって視線を逸らす。
レオンハルトはこっちを見ながら眉をしかめている。
しまった、ジロジロ見過ぎたか……!?
今の私は伯爵令嬢、一応高位貴族とはいえこのサロンでは十把一絡げの小娘に過ぎない。
対して向こうは一国の王子だ、機嫌を損ねれば不敬を咎められて、最悪家の取り潰しもありえるかもしれない。
やっと人間社会を学べるチャンスなのだ。こんなところでつまずく訳にはいかない!
私は内心ダラダラと冷や汗をかきながらも、素知らぬ顔をつくって紅茶に口をつける。
レオンハルトは未だに疑うような目でこっちを見ていた。
いかん、完全に目をつけられている。
なにか、奴の気を逸らすようなことでも起これば……!
かつて魔王だった私が天に祈りを捧げていると、ふとレオンハルトが私から注意を逸らした。
サロンの扉が開き、ルークが帰ってきたのだ。
「おぉ、神よ……!」
かつて魔王だった私が思わず天に感謝を捧げると、周囲にいた生徒達がギョッとして身を引いた。
あらいけない、声に出てしまいましたわ。
両手を組んだ私にルークもちらっと視線を向けたが、すぐに逸らして王子が待つソファへ向かった。
「お待たせ、レオ」
「遅いぞルーク。何してたんだ」
「言っただろ?今日は許嫁と会う約束があったんだって」
レオンハルトの苛立たしげな態度をルークは涼しい顔で流している。
あの切れ長の瞳に睨みつけられれば相当迫力があると思うのだが、よく動じずにいられるものだ。
幼なじみだという噂だし、これが付き合いの差というやつだろうか。
「新入生が全員そろったようなので、私からひと言ご挨拶を」
最上級生の女子が注目を集めるように立ち上がった。
「先代の指名により、初等部ウリフィンクラ会長になりました、オリアーヌ・バーネットですわ。新入生の皆様、ご入学おめでとうございます。今年度はレオンハルト王子を会員に迎え、ウリフィンクラはこれまでにない輝きを得ることになりました」
オリアーヌはレオンハルトに笑みを向けるが、当の本人は知らん顔で窓の外を見ている。
この部屋の窓からの景色なんて後でいくらでも見られるのに、上級生の話を無視してまですることか。
先ほど冷や汗かかされた恨みでにらんでいると、横でニコニコしているルークが目に入った。
お前も笑ってないで注意しろ!
「知っての通り、ウリフィンクラは学園の中でもごく少数の、選ばれた生徒だけが入会できます。一般生徒にはない様々な特権が与えらていますが、同時に私達はこの学園の代表であるという自覚を持たなければなりません」
言っていることは至極まともだ。
しかしそれはそれとして、オリアーヌ様?
目が怖いんですが……。
「学園がよりよいものになるよう、私達は一般生徒を導く立場にあるのです。学園の品格を落とすような生徒には、時に厳しい指導も必要になるでしょう。そのような人を見かけたら、いつでも私に知らせてください」
おやおや、雲行きが怪しくなってきましたわね。
どうやらオリアーヌ様はかなり選民意識の強い人みたいだ。
以前の私にもお母様の影響でその気はあったが、単にワガママだったマリアに比べればオリアーヌ様には自負のようなものが感じられる。
そのせいで余計迫力が増しているとも言えるが。
「ウリフィンクラがこの学園の象徴であり続けるよう願っていますわ。さて、サロンでは日替わりで茶菓子が振舞われますが、今日は特別な日ですので、専属のパティシエに最高の品を用意させました。ぜひご堪能くださいまし」
え、菓子っ!?
私は今までの思考をかなぐり捨ててその単語に飛びついた。
間もなく使用人達が配膳してくれた皿には、生クリームが美しい層を成したチョコレートケーキが載っていた。
フォークですくって食べると、舌に濃厚な甘みが広がっていく。
う~ん、美味しい……!
人間の作り出した発明の中でも、この菓子というのは特に好きだ。
やはり人間は面白い。
魔族と違って個体差はほとんどないのに、些細な身分の違いでもてはやされたり差別したり。
かと思えばこんなに美味しいものを生み出したりもする。
全く飽きさせない。
ニマニマしながらケーキを頬張る私がふと気付くと、レオンハルトが呆れた顔でこっちを見ていた。
ふん、そんな目をしてもこのケーキはあげませんわよ?
しっしっ。