第二話1 先輩、先輩、同僚、苦難
-red record-
夢を見た。妙な夢だ、白い霧の中一人で歩いている。自分の普段吸っているタバコと別のタバコの匂いが微かにしていた。よく知っている匂いだ。
あまり気にとめず適当に歩いていると、変な声が聞こえた気がした。
「―――――――――」
俺はその声と言葉に疑問を持つ。
何?何で今更、そんなことを言うんだ?
ふと足元に視線を移せば、石が落ちていた。おかしな石だ、そう感じた。それは何の変哲もない、白っぽいけどその辺に落ちているような普遍的な石。拾ってみる。ちょうど手のひらに収まる程度の大きさだった。丸っこくてザラザラしている。ある程度の重みを感じる。普通の、なんでもない石。
「――――――」
もう一度声が。
「……え、待てやお前、それはおかしいやろ」
俺は思わずそう口にしていた。
「だって……ほら?」
ほら、それだとお前は……
笑い声がした。程なくして、空が崩れてきた。青い空がボロボロと、まるで古いペンキが剥がれるように……いや、天井が崩れてくるように。空の破片がばらばらと落ちてくる。俺はそれをただ呆然と見ることしか出来なかった。
次の瞬間、
………………………………………………………
目を覚ました。大きく欠伸をする。今日の出勤は昼からだが、社畜生活のせいで早く起きてしまった。仕方なく身体を起こし、台所に立つ。不味い水を飲んで、味のしない飯をほんの少し食い、適当に腹を満たす。タバコに火をつけ、何気なしにパソコンに向かう。パソコンの起動待機時間に、先程見た夢について考える。あれは一体、何だったのだろうか。あの声がどんな声だったか、何を喋っていたのか、まるで覚えていない。俺のじゃないタバコの匂いの詳細も。でも、あの石の感覚だけはしっかりと覚えている。何だろう。何か、妙だ。
パソコンの画面が青く灯る。俺はもう一度欠伸をした。しばらくネット徘徊をしていると、連絡ツールにメッセージが来ていた。会社の同僚からだった。
《『急用で連絡を取りたい』
珍しいなと思い、確認すれば、同僚二人がボイスチャットを開いている。躊躇いつつも通話に入る。
「……おはよう、何?」
『あ、九頭龍、悪いな、ちょっと問題があってな』
「はぁ……何?仕事のこと?」
『いや、まぁー……近いかな』
「てか、間宮さんもおるやんな?」
『おるで〜』
俺に連絡を寄越したのは倉見、それともう一人、同僚の間宮の声がしていた。
「え、なになになになに?」
『九頭龍……このメンツ見て、なにか思い出さへんか?』
え怖。この三人で仕事の何かやってたっけ?
え、この三人で最近何した?えーっと随分前に飯行って…………そんで……
…………えぇっと何も覚えてへん、まずい。確かあれは真宮さんが幹事で、他の同僚とも飯行って、その二次会的なノリで三人でもう一軒行って、その時の会話何したっけ……?
少しの嫌な予感を感じ眉を顰める。
……えーっと休日なにしてんのって話で、俺がなんもしてない言うたら、倉見がならいいのあるよって…………
……。えと……間宮さんもやってるんだよねって言ってて、この会社でやってるの俺らだけなんだよね、九頭龍もやらない?って言ってて、遠慮しときます言うたのに無理やり買わさせられて、パワハラやん、で……あぁ、ちょっと前になんか一緒に遊んで……
「……ぺ〇すですか?」
『せや』
通話を切る。
《『なんでや!』
《『えぇやろ一回ぐらい!』
《『まだ出社まで時間あるやん!』
《『ぺく〇やろうや!な!』
めっちゃメール来るな……
俺は倉見のメールから逃げるようにパソコンを閉じる。電話が鳴ったのでパソコンの横に置いてリビングに行く。あーくだらない、俺のさっきの焦った時間返せや、意外としっかり焦ったんだが?そもそも俺あのゲームあれ以来やってへんし!あーこういう自分勝手なやつが嫌いなんやわ俺!驕ってるとか以前にそもそも!
「もう、イヌの方がマシや……」
これ会社行ったら問い詰められるよなぁ……。とそこでインターホンが鳴る。来るの早くないか?
「……はい」
半ば諦めて、扉を小さく開ける。
「よう」
イヌが立っていた。
「お前かい!」
思わず大声を出してツッコむ。イヌが不服そうな目をする。
「悪いか?」
「えぇと思ったんか!?次から次へと!あぁもう!」
俺は叫び声に近い大声を出して外に出た。スーツ姿だが、髪もあまり整えていない。どうせ倉見がこっちに来るなら、今のうちに逃げておいた方がいい。
「あ、おい待てクズ!どこ行くねん!」
何故か分からないがイヌが追いかけてくる。イヌは今日は普通の服を着ていて、大きなカバンを持っていた。中身がパンパンになっている。家出少女かよ。
「あぁついてくんな捨て犬!」
「誰が捨て犬じゃいごら!待てやクズ!」
「なんで俺がお前にクズ言われなあかんねん!」
「九頭龍やからな!」
「じゃあ俺が犬言うのもおかしないやろ!」
「俺は飯沼や!イヌはともかくなんで捨て犬言われなあかんねん!」
「うるっせぇお前の見た目からしたらがっつり捨てい……」
何かにぶつかった。後ろに気を取られすぎていて、前を全然見ていなかったのだ。ちなみにこの時何故こんなテンションだったのかは、全く覚えていない。そういう気分だったのかもしれない。或いは、この先に彼がいるのを、直感で予測していたから……では、ないと思いたい。
「す、すみません」
即座に謝る。社畜魂が染み付いていた。
「……あ?なんだお前……」
聞き覚えのある声に顔を上げれば霧生だった。あぁ次から次へと!
「待て待て落ち着け九頭龍、ほら深呼吸しろ」
「お前に言われたかないねん!」
「いや落ち着けや……お前霧生も見分けられんくなるとか大丈夫か……?」
追いついたイヌが隣まで来てそう言った。
「……ん?あれ?」
せっかく追いついたのに、何を思ったのかイヌは逆走していった。
「……ほら、落ち着いたか?何があった?」
「いや……あまり深刻に考えないで?普通にノリやで。同僚に騙されてA〇EXされそうになったからパソコンから離れたところやったのに、今度はイヌ来て、しかもお前に会ったから……勘違いしてもうて……」
「……それ……本当か?」
「ほんまほんま」
そう言うと、霧生は怪訝そうな顔をした……かと思えば、少し俯いて、次に顔を上げた時ぱっと表情は明るくなっていた。
「げえっ」
「いや、えぇところで会ったな!九頭龍、遊ぼうぜ!」
「いやぁ……ほら俺今から会社やし?」
「そう言わずに……」
どうやって逃げよう。そう考えていた時再びこっちに駆け寄ってくるイヌの姿が見えた。
「あ!ほらあそこにイヌが……」
咄嗟に擦り付けようと叫んだ時、雷鳴がした。