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第一話3 3人目

「あーおいしい」

「菓子パン一つで機嫌直すとかほんま単純やな」

「うるせぇ。お前は食わへんの?」

「あぁー、せやなぁ……ま、いっかなって思って」

「死ぬでお前」

「えぇんちゃう?餓死。お前にも邪魔されんし。楽に死ねそう」

 軽い気持ちでそう言うと、イヌは信じられないといった顔で睨みつける。

「……何言ってんねんお前。頭おかしいんちゃうかほんまに疑うぞ」

「やかましいわ」

「……はぁ。めっちゃ苦しいで、餓死。身体を拘束した状態じゃないと我慢できずに食べ物漁るだろうし、誰かに見つかるやろうし、病院運ばれたらそれこそお前終わりやで?死ぬ自由もなくなる」

「病院連れてかれるのだけは嫌だなぁ……」

「やろ?」

 もぐもぐと口を動かしながらイヌは言う。やけに詳しい。流石、無駄に本を読み漁っているだけはあるな、とぼんやり考えた。

「苦しいのかぁ……」

「死ぬのに苦しくない方法は無いで」

 イヌがそう呟くのを聞き、俺も顔をしかめる。

「……あると思うで?たくさん」

「無い」

「なんで断言できるん?」

「人は死ぬ時絶対苦しむんや。そうに決まっとる。楽に死ねる方法なんて無い。だってそうじゃないと……」

 イヌが口を噤む。イヌは言葉が詰まったのか、それを喉の奥に流し込むようにパンを詰め込み、ペットボトルの水を飲んだ。

 そういう仕草は変わんねぇなぁ……と煙を吐きながらそのほうを眺めていると、イヌはぷはっと息を吐いて、笑った。

「……ははっ……そんなん俺の自分勝手な妄想だよな。

 …………どうしようもなかったのに」

「そうみたいやな」

「そうみたいやなって……お前、最期看取ったのお前やったやん」

「最期って、誰の?」

「……もうええわ」

 二人の間に再び沈黙が訪れた。イヌは水を飲み、俺はタバコを吸う。煙草の煙から目を逸らしちらりと横目に見れば、翔は目元を拭っていた。

「ようようお前ら、久しぶりやな!」

 後ろから声が聞こえてくる。二人とも眉をひそめ、ガン無視を決め込む。

「無、視、す、ん、な!」

「るっさいねんほんまに……」

 イヌが思わずそうこぼす。俺ら二人の肩をだいぶ強い力で引っぱたいたのは、灰色の髪の女性……いや、ただの小柄な男性だった。

「何してんだよ?」

「「……」」

「何してんの?」

「……タバコ」

「飯」

「そうかそうかー」

 素っ気なく答えれば、満足したようにそいつはうんうんと頷く。

「いやーしかし最近は面白いな。どんどん人が死ぬ」

「……物騒なこと言うな」

「だってそうだろ?ここ二年でありえんくらい異端者のテロが加速してんねんで?おかげで異端者殺しも活発になってきて、いやー見物やな!」

 異端者、とは数十年前から度々生まれるようになった異質な見た目をした人間だ。身体のどこかに大きな痣があり、目の色も真っ赤、そして痣のない部分の肌は随分白く、不気味だ。しかも原因不明と来た。当然差別の目がついてくる。異端者は傷を舐め合い、デモを、数十年前よりいくらか治安が悪くなった今ではテロを起こすようになる。そのテロの被害者の遺族が今度は異端者の差別を更に悪化させる。おまけに最近は宗教団体まで絡んできやがった。悪循環だ。確かに滑稽とも言えるかもしれない。

 ただそれをイヌのいる前でいうこいつはアホというかなんというか……

 イヌがそいつに掴みかかる。

「お前そういうこと言うのも大概にしろよ?人の命を軽々しく言いやがって」

「へへー悪い悪い」

 全く悪びれずに、そいつは痣のある手をひらひらと振る。濁った赤い目は何も映していないように見える。全てを拒絶する色。イヌの目の色とは真逆だな、と感じた。イヌの空色は、全てを曇りなく映す。

 飄々としているそいつはまだ謝る気がないらしい。幼馴染第二号である[[rb:霧生 > キリュウ]]、こいつも異端者だった。

「……まぁええわ。行こ、クズ」

「せやな」

「待て待て、お前せっかくの再会なのに、そんな軽々しくてえぇんか?」

「一ヶ月くらい前に会ったやんけ」

「せや、俺は昨日」

「一日経ったら久しぶりだろ」

 わけがわからない。

「いっぱいやるか?」

「なんぼ言うても男とはヤりたないわ」

「お前と飲む酒クソまずいからえぇわ」

「?」

 ……全員解釈違ったんか今。

「あーもう俺らに構うな」

「えー殺ろうぜー?」

「俺を犯罪に巻き込むなや」

「お前……もうあれや、存在が犯罪やから」

「何でやねん!」

「なーいこーやー」

「ほんま勘弁してください、翔はあげるんで俺だけは帰してください」

「お前何俺を売ろとしてんねん!」

 一応霧生とも腐れ縁だ。こいつも小学校が同じだった。昔からこんなやつだったかと言われれば違う気もする。





 三人でわいのわいの騒いでいると、少し遠くから啜り泣く声が聞こえた。イヌがパタリと動きを止める。霧生だけがまだ騒いでいる。

「……女?」

「いや、子供やな」

 どうやら路地裏の向こうから聞こえてくるらしい。声の方へ行こうとするイヌを引き止める。

「やめとけ、あぁいう女は面倒くさいんや」

「いや、子供やって」

「お前またそうやって……」

 少し背の低い霧生が見上げるようにして首を傾げる。

「……行くだけ行ってみぃひんか?女やったら何もせずに帰るから」

「『何もせずに』……」

「いや変な意味やのぉて」

「女やったとして見てしまったものを放っておくのもどうかと思うけどなぁ……それはそうと、ほんまに子供やったらどうすんの?」

「助けるで?」

「なんで?関係あらへんやん」

「関係……見てもうたらあるやろ」

 破綻してる。理論が破綻してる。おかしいこいつ。頭が。

「なんで自ら面倒事に首を突っ込むねんお前は……」

「今回だけ今回だけ」

 イヌはそう言って聞かない。仕方なくついていく。しばらくすると、霧生がついてきていないことに気づいた。まぁ当然の判断だろう。あいつはそもそも気ままな性格だから気が済んだらふらっとどこかへ行ってしまうきらいがある。あいつの信条を疑いたくなるな。

 イヌはイヌで、俺になんでついてくんねん、なんて聞いてくることはない。逆は……ありそうだな。

 更に進むと、小さな男の子が泣いていた。……しかしそこにいるのは子供だけじゃなかった。

「やっぱり子供やんけ」

 子供やってわかってたから行かせたくなかったんやけどなー。

「なんて?」

「なんでもない。で?どうすんの?お前」

「あ?誰だおまえら」

 ガラの悪い男がこちらに目を向ける。

「まぁまぁガタイのいい若者二人にお前対抗できんの?」

「……さぁなぁ」

 イヌは小さくそう返す。男の一人がイヌの肩に腕を置く。

「あ?おっさんも仲間に入りたくなった?」

 イヌは何も返さない。子供は怯えたような目でこちらを見て、小さく息を飲んだ。震えている。可哀想だなぁ。濁った赤い目は揺れている。

「お前も?」

 もう一人の男がこちらに寄ってきたので数歩下がる。

「いや、俺は知人がどうしてもここに来たい言うんでついてきただけの可哀想な被害者です。お気になさらず。……わざわざ手間をかけさせるつもりもありませんし」

「ふーん。……金は?」

「あ?いります?しがないサラリーマンですけど持ち合わせが全く無いわけじゃないので」

「怖がらないんだな?」

「こいつのせいで慣れました。毎度毎度こうなんすわ……」

 財布からお札を全て取りだし、にこやかに差し出す。手慣れている。男は同情するような目付きをして、金を受け取った。同情するくらいなら貰わなきゃいいのに……と思うが、一発も入れられなかっただけマシか。それにしても、カツアゲされ慣れしてるおっさんって……

「……で?そっちのおっさんは?」

 もう一人の男がイヌにもう一度問いかけた。

「その子が何したん?」

 ボロボロの子供を見て、イヌがそう言う。俺はさらに一歩下がる。

「あ?異端者じゃん。人権ないでしょ?それに生きてるだけで迷惑だから、せっかくだから殺してあげてんの」

「そうそう、ただ殺すだけじゃ罰にならないから、俺らが罰してあげてんの。役に立たない異端者でも、俺らの鬱憤を晴らすぐらいの役には立って欲しいじゃん?」

 ただの不良かぁよかった。そんなふうに考えている俺を他所に、イヌがぐっと手を握る。

「……クズ」

「何?」

「さっき金渡してたな?」

 あ、地雷。しまった、と冷や汗が垂れた。こいつを怒らせたらめんどくさい。というか、善い気分はしない。

「うん」

「なんで俺にくれたのより多いん?」

「総額はお前の方が多いんちゃう?」

「へー。……まぁええわ」

 イヌが男を殴った。俺はさらに数歩下がる。男らが反撃してきた。

 実はイヌは常人に比べ相当強い……なんてことがあるわけがない。病弱アラサーが若者二人に勝てるわけなんかない。だから喧嘩は五分五分で、というかこっちの方が劣勢で、俺なんて金払って何もしてないのに何回か殴られた。

 酷い喧嘩が暫く続いた。最終的にはイヌは地面に蹲って、何度か蹴られる結果となった。イヌの手が悔しそうに握られる。俺はどうにかそれを逃れ、少しだけ離れた位置で壁によりかかりタバコを吸っていた。

「お前のせいでガキ逃がしたじゃねぇかよ!クソ野郎!」

「正義のヒーロー気取りか?気分悪いんだよてめぇみたいな老いぼれは!」

 イヌがガンガン蹴られる。痛そ。

「はいストーップ」

 声が響く。低くて聞きやすい――ウザい声。

 俺はその声につられて思わず路地裏の入口の方を見た。

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