第三話1 悪夢、バグる
『――――――――』
声に、驚く。
辺りを見渡せば、知らない場所だった。
「……あれ……ここ……どこかで……」
『――――――』
「っ、せんぱっ」
声を上げようとした時、その姿を見て俺は言葉を詰まらせた。
「……あんた……なんで……」
『……――。――――――――』
「……マジで意味がわからへん。俺は……俺らは、あんたに……」
『――――』
「っ……それは……」
『――――――』
その人は、にっこり笑って優しく言う。
『――――――』
-red record-
ガバッと跳ね起きる。少しの動悸と、乱れた呼吸。目覚めが悪い。
「お目覚めのようだな、クズ」
「……」
「……何ぼーっとしてるんだこのアホ」
ヒナが寝ころんだ俺を見下ろして言い放つ。こういうときにこいつの相手するのマジで面倒だな。
「……あぁ……悪い。変な夢を見てた」
「夢?……あくまで興味本位で聞くが、どんな夢だ?」
「……さぁ……よく覚えてない」
「覚えてない」
「久しい顔を見たような気もするけど……何を言ってたか、どんな声だったか、そもそも誰だったかも覚えてないし、何か話したような気もするけど、全然覚えてない。忘れた、というよりはぼかされた感じだな」
「ぼかされた」
「……あと、今回は……」
煙草の匂いはしなかった。
「今回は?前にもあったのか?」
「……あったような気もするけど……なんだっけ、こっちは普通に忘れたな……昔のことすぎて」
あくまで感覚的な話だけど、と付け加える。
「こっちは、なるほどな」
何度かオウム返しにしながら、ヒナは言葉を噛み砕き、飲み込む。
「……何?」
「ん?あぁ、なんでもないんだ。あくまで興味本位だよ。興味本位ついででもう一つ聞きたいんだが……先に言っておく、気を悪くするなよ?」
有無を言わせないテンポでヒナは続ける。
「お前、異端者から魔力を取ったり、してないよな?」
「するわけないやろ。やり方も知らんし」
「まぁそうだろうな。魔力も扱えないもんな、お前は」
「一言余計や。気にしてんねん」
自分だけ何も出来ないのが?ヒナは知ったようなふうにそう訊く。
「そんなこと気にせぇへんわボケ。医者やからって全部見透かせるなんて思い上がるなよ。俺はそんなこといちいち気にせぇへんわ」
「息を吐くように妄言を吐く」
「暴言やろそれを言うなら」
しかし……とガンスルーでヒナは続ける。通常運転だ。もはや慣れてきた。
「それならもうひとつ聞きたいことがある」
「興味本位?」
「そう。お前、ライムと出会ったのってまぁ、クロイテの城の地下の研究施設だよな?」
「ん?うん。せやで」
「てことはお前、異端者の死体も見たろ?血には触れたか?腐臭はしたか?」
「……思い出したくもないけど……見たし、多分触っちゃったし、腐臭もしたよ。衛生管理最悪やったしな」
「……そうか。まぁそうだろうな」
まるで何かに納得したかのように、確認したように、ヒナは一人で頷くと、さて、と話題を切りかえた。
「いや何切り替えようとしてんねん。なんかあったん?」
「何か?いや、俺はいつも通りだぞ?強いて言うなら今朝はコーヒーの淹れ方を間違えて気分が最悪だったな。俺はコーヒーを淹れるのが苦手だからなぁ……」
「いやそうやなくて。俺の話で何か分かったんかって……コーヒーは可哀想に。心底どうでもよかったけど」
「お前料理もまぁまぁだしなぁ……イヌの作る料理は最低だし」
「あいつに調理道具を持たせたらあかん」
「調理場に入れてはいけないランキング一位」
「そうそう……いやおい話を逸らすな。俺の話で何か分かったんかってこれ二回目」
「……チッ」
舌打ちしやがった。ついに舌打ちしやがったこいつ。態度を改めろ。
「患者への説明責任ってもんがあると思いますよお医者様~」
「お前には関係ないし多分分からない。何故ならお前は…お前らは、こっちの世界について詳しくないからな。私はこれでも腕のいい医者であり、そこそこの知識人であり、魔術にも精通する、最高の長だ」
これ自分で言えるんだからすごいよなこの人。
「だから話すかどうかも俺次第だ。俺が話すなら聞け。俺は今この話をするつもりは無い。
というかそうだ、聞け、あのイヌとか言うやつがな、俺がせっかく礼を言ってやったというのに拒否してきやがった」
無茶苦茶が過ぎる。
「あ〜言われる義理はないって?俺がしてることは感謝されるようなことはないって?」
「そうだ。悪魔の長であるこの私が、頭を下げたというのにな」
「お前それ、そのまま協力態勢の話に持っていきたかっただけやろ……」
「勿論感謝の気持ちを伝える気はあった。あいつは素直に礼も受け取れないのか、腹立たしい」
「ほんと、ごめんなさいねぇ私の教育が至らないばっかりに」
「お宅のワンちゃんはもう少し躾た方がいいですよ、元気なのはいいことだけれど、お偉いさんに無礼を働いてはいけませんし、万一子供を噛むようなことがあっては困りますから」
まさかヒナが冗談に乗ってくるとは思っておらず、俺は思わず笑ってしまった。その珍しさに笑いをこらえきれない俺を見下ろしたまま、ヒナはため息をつく。満更でもなさそうなの、慣れたなぁこいつも。
「しかしほんと、あいつあんなやつだったか?何もかも謙遜しやがって」
それは、謙遜ではなく本気の罪悪感によるものなのだろうが……
「まぁまた詳しく聞かせてよ」
「あぁ、落ち着いたらな。それより、徹夜はもうするな。俺は医者だぞ」
「うん……」
約束通り説教されてしまった。もっと怒られる気がしてベッドから起き上がることすらできない。
「お前ぶっ倒れてから随分魘されていたからな。また看病しなくちゃならなくなった」
魘されていたのか。そりゃあ興味本位が山ほど溢れてくるはずだ。
「まぁものの四〜五時間で起きたからいいが……と。とにかく、俺はさてと仕事があるから、じゃあな」
「……行くの?ヒナちゃん」
俺がそう聞くと、ちょうど扉を開けたヒナは怪訝そうにこちらを見る。
「長としての仕事があるからな」
「うん……いや、そうなんやけど」
「医者としての仕事のためにここに来る以外は、俺は長の塔にいるぞ。見ただろう、来たことは無いはずだが。
それか、やっとイヌの様態が安定したんだ。明日にでもこの村を案内してもらえ。お前ここ一ヶ月、殆どこの施設から出てないだろ」
「それは確かに……そうやな」
ターフは売っているんだろうか。最後にベルちゃんがくれたものを使っているが、数がそろそろ心許なくなってきた。
「……ベルちゃん、元気かなぁ……」
「心にもないことを言ってるよ。一体どの女の話なのやら」
的を射た言葉に少し吹き出す。扉の淵を指でなぞりながら、ヒナは俺が笑い終えるのを待っていた。
「案内って、でも誰に?ヒナちゃんに案内して欲しいものだけど」
「村民が集まっちまうだろ。自衛ぐらいしろ。それに仕事なんだって」
「いやそうやなくて……召使いや使者の悪魔ちゃん達、意外と懐いてくれないんだよね……仮にも女やのに」
ヒナの指が止まった。代わりに鋭く、呆れたような視線が飛んで来た。
「……お前、前回の世界でもそんな感じだったのか?」
「まぁそんな感じと言うとどんな感じなのか分からへんけど大方そう」
「それで女は寄ってきてたのか?」
ダイレクト。
「そうやねぇ……一度に三〜四人、一ヶ月で交代するぐらい?」
「……」
ガチで引いてる。おいその目をやめろ。
「で、とにかくお前ら早く村に出ろ」
「けど、案内なんて……それこそ、イヌとか一度くらい来たことあるんじゃないの?」
「あいつが来たのは前の拠点だ。一度移転してる。災害があってな。建物の造りなんかは変わってないが流石に村も変わったし、悪魔の寿命は短いから村民も変わってる。ほぼ初でいいだろ」
そんなもんなのか。
「んー……案内かぁ……」
「……あぁ、そうだ」
そう言うとヒナは二度ほど手を叩いた。バサ、と遠くで羽の音と、近寄ってくる足音。
「はい」
「ライム君!?」
即座にライムがやってきた。どういう仕組みだ。
「イヌとクズにこの村を案内しろ」
「!?」
「!?」
ヒナの発言にライム君が固まった。俺は眉を顰め、ヒナとライムを交互に見る。
「いや……ヒナちゃん、それは……」
「ちょうどいいだろ」
お前もそろそろ外に出ないと。ヒナはそう言う。なんて勝手な長なのだ。
「けど……それはさぁ……」
「よぉー!クズの調子どーお!?」
ちょうどそのとき、空気を読まず扉の奥からさらに煩い声が増える。
「うっせ」
「カケルさん……!」
煩い声の登場に思わず苦言を吐く俺と顔を顰めるヒナ、救いを求めるような目を向けるライム。よかったやん、少なくとも一人にはその登場を望まれていて。
扉の裏からひょこ、と低身長の茶髪が覗く。イヌはいつも通りの顔でまた大声を上げる。
「ってあ!!!!クズ起きたんか!よかったなぁ〜!!もう無茶すんなよ!!」
「あーお前……まぁいいや、ちょうど良かった。イヌ、クズも一緒に、ライムに村を案内してもらえ」
「おぉ!えぇの?ライム君!」
「え……?……まぁ……」
なんでちょっと満更でもなさそうなの君。さっき困惑してたでしょ。イヌパワーすげぇなぁ……
「じゃあ今度こそ私は仕事に行くからな。ライム、二人を任せたぞ」
「は、はい!長!」
「あとまぁ……」
ヒナが去り際に言う。
「クズ、イヌ。ライムを頼んだぞ」
「……はいはい」
「勿論!任したってや」
どうやら利害は一致しているらしい。俺らは支度をし、外に出た。




