第二話3 見え透いた、火がついた
「今なら様態が安定してる。行くぞ」
ライムが起きて四日の後、ヒナは突然そう言った。
「毎度のことながら突然よな……」
「いや、天文学的視点から見ると今しかない。行くぞ」
「何が天文学的や、毎回適当しか言わへんやん」
俺はブツブツ言いながら支度を始める。おそらくその冗談はイヌに仕込まれたのだろう。真顔で冗談を言い、ツッコんでも鼻で笑うだけ。一番相手にしたくないタイプだ。こいつ苦手!
支度を終え外に出ると、ライムがリュックをからって立っていた。大人しめの灰色のリュック。ここ数日の間にヒナに仕立ててもらったものらしい。この型もイヌに教わったんだろうな……現代知識の使い方に無駄がありすぎる。
「ライムくん、おはよ」
「おはようございます」
「……村に着いたら案内してな」
「はい。いい村ですよ」
「『いい』村……ね」
いい村、という発言に偽りはなさそうだが、どこか影があった。あくまで客観的な評価を口にしたようだ。それは、いいと言えるのか。或いは……
「何ぼーっとしてんだ二人して。手伝えバカ」
医療用の車に翔を乗せ、ヒナがそう言った。車を魔獣に牽かせている。魔獣はヒナの使い魔だと言う。
「悪魔って使い魔呼び出せるんやな」
「魔力があるやつは誰でも呼び出せるよ」
「そうなんや」
「お前らのいた世界がどうだかは知らないが、この世界だと、こっちの現世と、異界とあって、異界にはこういうのがうじゃうじゃいる。力を持て余し生を消費するだけの生物だ。こうやって呼び出すと来てくれる。……あぁ、魔獣使いな。あれは使い魔なんかの契約抜きでいくらでも呼び出せるし魔力を使って強化もできる。現世にいる魔獣も呼び出せる……というのもあるな。俺たちみたいに一体の使い魔と契約する訳では無い。契約といっても、ほぼ首輪とリードをつけただけのような状態だが」
「……へぇ」
しかし、生を消費するだけ、ね。
「まぁ私は向こう側のことはよく知らない。入ることも出来ないし、話を聞くことも出来ないからな。実際にあるのかもちょっと怪しい」
天国や地獄のようなイメージだろうか。そんな話を聞きながら行く、いつも通りの旅。揺れも少なく、比較的安定した旅だ。
翔の反応は一切無いので逆に怖い。チューブなどの機材が繋がっている訳ではなく、本当に包帯や魔術的な道具しかないので信用もない。この世界の科学はもう少し発展すべきちゃうかな。諸々の設備なんかはまぁ……何とかって感じだけど。
「……着くぞ」
そうして、特に何も無く安全に村に着くことが出来た。
「話は通してある。私の友人……命の恩人ということで二人は招いてある」
「俺ら二人共々、お前の命の恩人になった覚えはないねんけど」
「箔が付くだろう。そうでもしなきゃ余所者の人間なんて受け入れるものか。無力でひ弱な人間を悪魔が無条件に受け入れてくれるはずがないだろう。それなりの義理や理由があればまぁなんとかなるはずだ、たぶん」
「お前ってそういう嘘は躊躇なくつくよな……」
「そこはお互い様だろうが。私もお前もその点で似ている。イヌもだな」
「嘘つき集団や」
「この私に生意気な口を聞く。到底許されることではないな。
まあいい。ライム、お前は一応ちゃんと入国の際は姿を見せていろ。とりあえずお前が落ち着くまでは治療中ということで引き取っておく。お前が帰れるタイミングで家に帰れ。村の外を出歩きたくないなら入院扱いなのだから外に出る必要は無い」
「……はい」
ヒナの視線から逃れるように俯くライムを見下ろす。ヒナはヒナなりによく考えて気遣ってはいるようだが、少しズレてるように思える。ライムが落ち着くまで、じゃなく、村が落ち着くまでにしないといけないだろう。まぁその分ライムの自己判断に委ねることができ、ライムがその気ならいくらでも期間を延ばせるのだから幾分かはいいのか。思わずため息をつくとヒナが咎めるように名前を呼んでくる。
「それから、クズ。おい、何呑気に息をついている。私が話しているのに呼吸などするな」
「呼吸はせんとあかんやろ」
「基本的に悪魔は部外者に厳しい。少しでも嫌われるような態度をとってみろ、私の恩人かどうかなど関係なく追放されるぞ」
「それ大丈夫なん……?」
「何がだ」
「長やのにちゃんと慕われてへんのちゃう?」
「頭の悪い冗談も休み休み言え、過労死するぞ。
皆の信頼する心の支えである長がしばらく村を空けていたものだからな。村は緊迫状態、生命維持も危うい状態だ」
「悪魔は精神力が生命維持に直結する的な話?淫魔とかもおるくらいやしなあ」
「合ってるとは言い難いが、まあその理解でいい」
「気ぃ悪いわ、ちゃんと説明しい、簡単でええから」
「態度が大きいな……お望み通り分かりやすい言葉で説明しよう。鏡族の悪魔は毒と医学の悪魔だ。……水溜めが、淀まないようにだな。常に流れが、あるべきで」
「専門用語込みで説明して」
「理を打ち砕き神を殺す毒を種としての血液、生命回路とする鏡族の悪魔には常に新たな毒の魔力が巡っている必要があるんだが、長はその種の中で最も良質な毒を生み出す存在だ。私としては長などいなくともあいつらの毒だけで生命維持には十分だと思うのだがな、やつらは不安が高まると毒を上手く生成できなくなるらしくそうなると私の存在が不可欠だ。空気がダメになるらしい」
「……ヒナちゃんがおらんでも生きてくことはできるけどとてつもなく不安定で貧しくなる。ヒナちゃんはおるだけで村を豊かにするし、そもそもヒナちゃんがいれば村の悪魔達は自給自足ができるから、長がおらんと皆気が立ってまう、ってこと?」
そう訊ねればヒナは眉を顰めつつ頷いた。
「まあだいたいそうだ。王都の崩壊も耳には入っているだろう。王都から来たことも隠した方がいい。人間である以上、悪魔からすれば食い物であることに違いはないからな」
……食い物。目の前の人型から発せられた言葉に息を飲み、興味のままに口を開く。
「悪魔って人食うの?」
「たまにな。一応御馳走の部類だ」
「……お前らは俺らを食うたりとかせんの?」
ヒナは俺の問いにその紅色の瞳を細めた。そして首をゆっくり横に振る。
「……人を食べたことのある悪魔なら食欲も湧くのだろう。メジャーな食べ物だ、誕生日とか、年始の祝い事とか、そういうときに食べるご馳走。私やライムは食べられる身分じゃないし、そもそも俺は自身と近い姿形をした生物を好んで食おうとは思わん。珍味の類だな」
「ライムくんはまあ、わかるけどさ。お前は別に身分としては食えるんじゃないの?それとも長は食えなかったりする?しきたりだとか儀式とかそういうのとか?」
「いや、本来ならむしろ長ともなればよく食べるのかもしれない。歴代の長達はきっと食べてたんだろ。
ただ俺の場合、ほら、ガキの頃は小食だったんだ。それに厳しい家だった。子どもに御馳走を与えるような親じゃなかったんだよ。納得のいっていない顔をしているようだが、あまり幼少期の話はしたくないから止してくれ。とにかく私はその家庭の中で贅沢できる身分ではなかったんだよ」
そう言うヒナの目には確かに憂いや罪悪感などが滲んでいるような気もした。ほとぼりが冷めたらまた聞き出すか。
「……なんやろ。俺が言うことやないけど、いつか食えるとえぇな」
「どうした急にイヌが言いそうなこと言い出して」
「言いそうなって……」
「いいや、気の迷いだ。お前にしては珍しいと思った、そもそもお前はその場合食われる側だしな」
「それはどうも」
「……心なしかお前、少し焦っているよな。ここ一ヶ月ずっと」
「ん?あーそうみたいやね。ちょっと、落ち着かない」
ヒナの鋭い指摘に笑顔を取り繕いながらも思わず目を逸らす。ヒナはその様子を鼻で笑った。
「流石のお前でも、友の重篤には平静ではいられなかったか」
「かと思ったんやけどね、そういうんとはちゃうみたいやねん」
「ほう?」
ヒナが首を傾げる。
「何かなぁ……暇やねんな」
「……お前がここ最近殆ど寝ずにイヌの看病をしていることの言い訳はそれか?」
「その言い訳ってのが単に俺をおちょくるだけの皮肉やったらよかったんやけどお前絶対医者的な立場として言ってるよねーそれ」
イラッとしながらもへらへらと笑顔を崩さずそう返せば、ふむ……とヒナは至極真面目な顔をして考え込む。俺の話を聞いてないなこいつ。
「……しかしそうか、なら、思う存分無理をするといい。私がついているからな」
「おー頼もしい」
「気が済むまでやれ。説教は終わった後だ。
ところで……本当にお前が暇を持て余して仕事をしたくなっているだけだと言うのなら、じゃあ、お前が人の死に無関心なことの証明はできるか?」
「そうやね……武勇伝を語るみたいなだっさいことはせんけど……そういうのはイヌに聞いた方がえぇやろうし大体俺は覚えてないから、まー一つ言うなら……もし俺が隣人の死にいちいち動揺するような感情豊かな人間だったら、俺は元の世界では毎日毎日気が気でなかったやろうな」
……まぁ、もし友が死にかけるのを見て、そんな心を取り戻したのだとしたら、イヌは喜んだろうが。
ヒナはいまいち納得の行っていない顔で、しかし言わんとしていることを理解はしたようでふうんと気の抜けた返事をする。聡いが、性格が悪い。俺がクズであいつがイヌならこいつはカスだ。現に余裕のある表情で頷いている。
「そうか。それはそれは、純粋に興味があるが、本人から自然に話してもらうのを待つとしよう」
目を細め楽しそうに笑うヒナが顎でイヌを指す。ふと以前から気になっていたことを思い出し、核心に迫ることを間違っても言わないように遠回しに訊ねてみる。
「ヒナちゃんはこいつが隠し事してるかもしれないこと……それがお前を侮辱しているに等しい行為かもしれないこと、怒らへんの?」
「怒らないさ。人間の人生に介入するつもりは無い。向こうさんが求めない限りはな。それはどこまで行っても侮辱にはならないだろう。ほかでもないお前がそんなことを言うというのは少し気がかりだが、単なる嫌がらせだと捉えている」
あれまぁ理解の早いことで。感心した声を漏らすとヒナは手早く支度を始めた。
「よし、準備も終わったみたいだし、降りるぞ。ライム、お前は俺の後ろに居れば大丈夫だろう」
ライムは小さく頷く。緊張しているようだった。緊張……というよりは恐怖、だろうが。
ヒナが先導して、村に入りそのまままっすぐ病院に向かった。病院は長の家や仕事の塔と繋がっているらしく、一目でヒナが楽をするための構造だと分かるものだった。仕事の塔、とヒナがたった一言で紹介した目立つ細い塔は村全体を見渡せそうなほど高く、よく見れば上の方に窓がある。窓はちょうどヒナが乗り出して飛行するのに十分な大きさで、きっとあれは窓ではなくヒナ専用の出入り口なのだろうということまでわかった。
村人たちは歓喜の凱旋を行ったものの、当のヒナはそれらを軽く流すだけだった。そっけなく病院へ歩いていくヒナを見るとかつての道化師時代のイヌを、というかもっと昔から、生徒会や委員会、応援団などで人に囲まれながらも一切合切全くもって意にも介していないイヌの冷たい目を思い出す。似た者同士なんだこいつら。嫌だな、愚王とはいえ仮にも王と暴君とはいえ仮にも長である二人の共通点が民の祭り気分に共感できないというところなの。政に携わる者としてどうなんだそれは。緊急事態とはいえ村人たちには悪いことをした、と周囲を伺うが村人たちはすっかり慣れているらしく、イヌが重篤だからこうなのではなく日頃からこんなもんらしいということが分かり、俺は大きなため息をついた。
しかし民によく慕われているという話は嘘ではなかったらしい。ヒナの帰還を安心したように、嬉しそうな笑顔で迎え入れていた。本当によく好かれている長なのだろう。前を見てヒナの姿を改めて見直してみる。陽の光に照らされ毛の先まで輝く、長い橙色の髪。月の光の下やランタンの炎の光の下とかの方が悪魔にふさわしい輝き方をしていたけれど、それでもどんな状況でも美しい髪だ。そして、ライム以外のここにいる悪魔達と同じ、暗い紅色の瞳。改めて見ると本当に美しいなと思う。前回の世界のそこら辺の俺が抱いてきた女より綺麗だ。
まぁ……あんま抱きたいとは思わないな。
「何か酷く失礼なことを考えていないか?」
「イエ……ソンナコトハアリマセン」
「……気を抜くな」
ヒナは冷たくそういう。今ヌけるかどうかの話をし
「先も話したがな。お前を狙う悪魔は山ほどいるぞ。悪魔は自分の欲に忠実な種族だ。それは俺も同じ。食われて死ぬのは『いい』のか?」
「……お前は、本当に人の性格を読むのが早いよな」
「早いものか。もう一ヶ月の付き合いだろう?」
それでも早いだろ。息をつき、胸を張って宣言する。
「善くないに決まってる。いや、ある種善いかもしれんが、それはどこか……」
「本当にいいのか分からないならまだいいとは言えないな。さ、さっさと行こう」
ヒナがそう言ったとき、一瞬視界の隅に何かを投げる子供が映った気がした。ハッとしてライムの方を見ると同時にヒナが手を伸ばして遮る。手には投げられた石が握られていた。反射神経どうこうよりお前どこに目ぇついとんねんお前からは完全に死角やったやろ。
軽く石を上に投げてはキャッチして、持て余したように見せつけるように視線を集めている。三度それを繰り返したかと思うと石を握りこみ、くしゃ、と潰して見せた。……くしゃ?
ぼとぼとと地面に落ちる石だったものはドロドロに溶けている。石じゃなかったのか、ヒナが魔術を使ったのか、それともこの辺の石は成分が異なるのか。今の間に中身だけが溶けて外側は脆く、くしゃりと焼き菓子のように潰れてしまったのだろうか。生焼けの生地のように溶けている。毒を混ぜてどうこうなのであればやはりこの辺の地質が俺らの常識とは異なるのだろう。小さく気泡が抜けていく音を聞きながら地面を見つめていると、ヒナの大きなため息が聞こえてきてふと我に返る。
「キャッチボールなら他の子とやってくれ。私は忙しい」
「……はーい」
不満気な顔をした子どもたちは長に声を掛けられたのが嬉しかったのか、そう反省していない様子で散り散りになっていく。無邪気な子どもだ。邪気を知らないから、そういうことができるのか。視線を下げてライムを見つめる。彼も同じように目を伏せて地面を見ていた。……邪気しか知らない子ども。
「ま、こういうことがあるから」
「今長に投げてたようなもんだったけど。不敬罪にはならないのか」
「子どもだろう。よくあることさ」
よくある事なのか。悪魔はよく分からないな。階級に厳しいのか緩いのか……
「さて、何度も足止めを食らってしまうな。早く向かおう」
病院に着くとヒナは素早く処置をした。速かった。そして適切だった。俺はしばらく傍で見ていたのだが、途中で何故だか見ていられなくなり、黙って部屋を出てしまった。やはり自分でもよく分からなかった。これが何かしらの感情になるのであれば、やつが名前をつけるべきだと思ったから、なのかもしれない。




