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第二話2 どこから

<turn the page>

 あの日。

 王となって数日経ったあの日。異端者解放に向けて着々と準備を進めていた日のことだった。

 異端者保管所で一人死人が出た。単なる衰弱死。信頼できる医者を回しておいたのだが手遅れだったらしい。

 その死体の処分の為に身元を確認しようと触れたときだった。

 膨大な量の魔力が流れ込んできた。

 それは、想像していたよりずっと多く、濁流のようなそれに飲み込まれてしまいそうな程で。本来異端者の血液を飲むことで膨大な魔力を得られるが、死体や血に触れるだけでもわずかながら魔力を手に入れることはできる、などと聞いたことはあった。そんな知識を覆すほど、俺にとってその力は大き過ぎた。その身を蝕む魔力、身に余る冒涜、精神を食らう欲望、気がおかしくなりそうな力。しかしすぐに頭を横に振った。

 今のは事故だ。事故。こんなことがあってはならない。いくら、俺に力が無かったとはいえ。俺に力が必要だったとはいえ。

 そんな俺の嘆きや渇望に答えるように、何かの囁き声がした。

 今でもふと思う。

 あのとき俺を支配していた、あの感情は一体なんだったのだろうと。

 俺はたしかに許されないことをした。しかし、そこに俺を留め続けたあの感情は一体、あの執念は一体。

 一体、どこから。




<turn the page>


「……ごめんな」

「……」

 どこかに行ってしまったヒナと叶に頼まれ留守番をしていた。ライムに話しかけてみる。ライムは俺の言葉には答えず火を見ていた。俺も火を見ていた。

「……本当は、すぐ異端者を解放すべきやったんや。……でも、しなかった。……俺も……力が欲しくて。大事なもんを守れる力が、王であり続ける力が、……欲しくて。

 何であんなことしてもうたんやろ。俺……真冬に嫌われたかもなぁ……」

 最後のは殆ど呟きに近かったが、ライムは黙って聞いていた。俺が顔を上げるとライムは一瞬怯える。本当に、そっくりやな。

「……ライム」

 焚き火がパチパチと音を立て、俺らの顔を照らす。

「……お前は、お前は……幸せに生きろよ」

 そう呟いた直後、大きな音がした。咄嗟にライムを抱えて庇う。

「なんや!?」

 ライムは突然抱えられて怖がって、俺の手から逃れようとしている。次の瞬間、洞窟の天井が崩れ墜ちた。ライムだけでも外に――

 否、元凶は外だ。

 俺はライムを抱え込んで地面に伏せさせた。崩れてくる岩からライムを守る。何かが肩に刺さる。頭に石が落ちる。遠のきそうな意識を必死で捕まえる。

 どうにか意識を保ち、ライムを守る。……怖い、よな。だって、あんな目に遭わせてもうたもんな。今更許してもらえるとは、思ってないけど。

「ぐっ……」

 どうやら崩れ終わったようだが、下敷きになってしまい動けない。このまま死んだフリでもして危機が去るのを待つか、そもそもヒナたちが異変に気づいて戻ってくる方が早いかもしれない。ライムの負担は?俺はこの状態でどのくらい意識を保っていられる?

「ライム……大、丈夫……か?」

「……は、はい……」

 小さな声が聞こえた。安堵し思わずほっと息をつく。

「よかった……無事で……

 ちょ……ごめ……ん、こんな……ことしか……できんくて……もうちょっと……待ってくれ……」

 背にかかる重さに耐えて、ライムが下敷きにならないように踏ん張る。魔力で押し返すか?……けど、この前手に入れた魔力を足しても全部払えるとは……

 そう考えていると、ライムがボロボロの手を伸ばした。この傷も、痕も、全部俺が……

 そんな余計なことを考えた直後、俺を押し潰さんとする重さが全て吹き飛ぶ。

「――っ……ごほ……ごほっ……ひゅっ……ぐ、ごほっ……」

 ライムが激しい咳を繰り返す。強すぎるやろ……

「お前……すごいな」

「あぁ、いましたね。ふふ、やっぱり正しかった」

 思わず感嘆の声を漏らした時、そのような声がする。声色を聞いた瞬間ゾッとする。

 この感じ、どこかあいつに……

 そう思いながら俺はまた咄嗟にライムを守る。敵に向けた背に激痛が走る。視界の隅に猛獣が映った。いや、魔獣だ。魔獣に背を切り裂かれたらしい。ドクドクと血が流れていく。

「カケルさん……!」

「ふっ、名前……覚えててくれたんやな……」

「……何故邪魔するんです?」

 男の声。成程、魔獣使いか。確かにここまでの道中、魔獣は多かった。専門外だしクズやヒナが何とかしてくれるやろと思って放り投げとったけど、確かにおかしいはおかしいな。ヒナが調査と言っていたのもこのことか。

「その異端者の命を」

「やらん!帰れ!」

「……カケルさん」

「この子は傷つけさせへんぞ!」

 所詮、真冬に似ているからというだけだったのかもしれない。はたまた、罪の意識からなのかもしれない。クズに言わせてみればくだらない、霧生に言わせてみれば醜い偽善、なのかもしれない。でも俺には確かな想いがあった。絶対、傷つけさせない。守りきる。今度こそ、いつだって。

「ダメです、カケルさ……っ、けほっ……」

「ああ悲しい。無駄な殺生はしたくないというのに……なんてことだ、美しい方。私の邪魔をしてしまうなんて」

 男は笑みを浮かべてそう言った。ライムを抱えて今度は右に避ける。魔獣の攻撃が掠った。

「いっ……」

 右足の傷が痛む。こんなことになるなら早いうちに叶に言っておくんだった。あいつならそれなりの処置をしてくれただろう。そうしていれば、今よりずっと状況は良かっただろうに。

 何が、たとえ相手が叶でも弱いところなんか見せられない、だ。そんな小さなプライドのために今この子の命を失いそうになってるなんて。

「……逃げ、ましょう、カケルさん」

「……せやな……うん」

 俺がそう言うとライムが羽を広げた。かなり大きな羽だ。ヒナの話を鵜呑みにするのなら、きっとこの子の将来は明るいだろう。

「ライム。お前は一人で飛んでいって、あの二人を呼んできてくれ」

「え、でも」

「お前の体力じゃ、俺を抱えては飛べへんやろ。それに、お前の速度じゃ追いかけてこられたらすぐ追いつかれる」

 右手を出す。青白い光が渦を巻く。皮肉なことに、この前魔力なら大量に手に入れた。ここに来るまでにも使ったし、不調があるから完全ではないがしかし、器を超えた膨大な魔力は、鍵のかけられた奥底にある能力を目覚めさせる。つい最近身をもって体験した新事実、ヒナに論文を書かせねば。

 右手に剣が現れる。不思議と手に馴染むそれをしっかりと握りしめる。

「行け、ライム」

「違うんです……カケルさん、僕は悪魔だから、わかるんです」

 ライムが俺の腕を掴んで必死に言う。

「あの人は……ただの魔獣使いじゃないんです。

 あれは」

 ライムがそう言いかけた時、男が口を開いた。

「――強欲を、問う」

「――!」

 俺はライムの手を振り払う。

「……拒否する」

「ほう、知っていましたか逃亡者」

 逃亡者なこともバレてる。強欲……まずい、拒否はできたが俺じゃ太刀打ちできる気がしない。大罪と言やあ同族すら食らうイカれ集団じゃねえか。

 確かに俺だって現世のときとは違う。ヒナに戦闘面は見てもらっていた分、多少は戦えるはずだ、が……相手はヒナレベルの強者。無理だ、俺の生存率はヒナがここに駆けつける速さに左右される。

「カケルさん」

「……」

 ライムの声に、俺は剣を持ち直し立ち上がった。

「大丈夫や、ライムくん」

「けど」

「俺は死なへん。俺が死んでもうたら、お前が自分のせいだって泣くような気しかしないからな。

 大丈夫、お前がヒナを連れて来るまでや。安心しい?」

 ライムの目に涙が溜まる。……人情もんは好かん。対応に困る。こういう時、叶なら、何て声をかける?

「非力な人間。お前に何が出来るんです?

 ここはおとなしくそいつを差し出し……」

「うるさい!無駄な交渉を始めるな高慢野郎!」

「カケルさん話くらいは聞いてあげた方が……」

 ライムの言葉を聞いて強欲は大きくため息を着く。

「やれやれ……そこの異端者の方がいくらか知性があるようですね……知性も無い力も無い、群を抜いて愚かな人間だ」

「力がなくても守りきってやる!もう二度と、この子に苦しい思いはさせん!」

 ライムの背を押す。体勢を崩したライムがそのまま飛んでいく。

 そう、それでえぇ。剣を握り直す。反応速度と判断力だけはえぇんや、俺は。遅延行為はお手の物、だったか。

「やれやれ。こちらとしてはあくまで平和的な解決を図っているというのに……いくら低能な人間相手だったとはいえ、少しぐらいは話を聞いて欲しかったものですが……仕方ありませんね。……先にこいつを殺れ」

 強欲がそう指示すると、魔獣は攻撃を仕掛けてきた。魔獣の攻撃を躱しつつ戦う。鋭い爪の攻撃を剣で弾き、尻尾の攻撃を見切って避ける。かなり状況はきつい、が、ヒナに比べたらまだまだ。出血のためか視界が揺らぐ。怪我で動きが鈍る。




 真冬、これで許してくれとは言わん。でも……お前みたいなやつを、もう二度と作りたくないから。

 だから……



 ぐわ、と大きく振りかぶった魔獣の腕に剣を構えた瞬間、魔獣の鋭利な尾が身体を貫いた。



 だから。



 血を吐く。



 あの子を、遅いけど、守らせてくれ。




 身体を貫いた尾はそのまま俺の身体に巻きつく。斬ろうとするが硬すぎて斬れない。

「くっそ……」

 新たに武器を召喚しようとするが、次の瞬間ものすごいスピードで岩に叩きつけられた。今度こそ意識が飛びそうになるが、間髪入れずに今度は地面に叩きつけられる。身体がぐったりとして動かせない。出血が酷い。手も、足も、痙攣するだけで言うことを聞かない。動くようになるまでもう少しかかるか。

 ゆらりと強欲の前に運ばれた。強欲は動けない俺の頭を掴む。

「なぁ?自分の無力さがわかりました?俺はそれを自覚できない無謀なやつが大嫌いなんだよ。

 この強欲様に生意気にも楯突いて、俺が欲しているというのにそれを奪われないと思ってる世間知らずがな!ああ癪に障る瞳だ、何故俺の前に現れる、何故そんな目で俺を見る、何故、何故何故何故何故……!なんで、俺をその気色の悪い瞳に映しすらしない!!!」

 突然発狂したようにそう喚ききると、強欲はため息をつく。これまた突然落ち着くと、強欲は静かに魔獣に指示を下す。

「……おい魔獣、こいつはまだ殺さないでください。さっきのガキの死体を見せてから……」

 強欲がそう言った次の瞬間、魔獣の身体を深紅の槍の様なものが貫く。魔獣が倒れ、俺も地面に落ちた。霞む視界にライムを見つける。彼はぜーぜー言いながら両手を前に突き出していた。かなり無理して魔力を出したらしい。

 何で……

「このガキが!異端者のくせに……!」

 力を失いふよふよと地面に落ちていくライムを強欲が殺そうと魔力を手に纏っている。何かしらの魔術を行使しようとしているようだ。……この位置なら。

「届け」

 俺は魔力を編まずに直でぶっぱなす。スピードを重視したためにろくに形をなさず飛距離のないそれはどうにか強欲に届き強欲はぐら、と揺れ倒れた。魔獣は魔力で強化されたものだったので小さく戻っていく。尾が抜けた。

 ――あの時の、魔力は全部。

 俺はその場に再び倒れる。降り立ったライムが地面に膝をつく。すぐには動けないようで、小さな声で俺の名前を呼んだ。

「カケルさん」

「……ライム……何で、お前」

「何でって……僕の台詞、なんですけどね」

 ライムはなおも小さな声でそう言った。

「……カケルさん。どうして、僕をわざ……わざ、助け、たんですか?」

 俺は思わず黙る。途切れ途切れにライムは続ける。

「長は……悪魔の長として……カナウさんは……利用するためって……言ってました。……でも、あなたは……何も……面識はないし、僕だって……怖くて、あなたを避けていました。なのに……なんでそんな人のために……そんなボロボロになるまで……戦うんですか……?」

 ライムの目に涙が溜まっている。

 難しい質問やなぁ……

「……。俺は……お前に、生きて欲しい。異端者だからって……苦しむ必要なんてないんだから」

「……

 ……誰か……重ねてます……?」

 ライムは躊躇うようにそう尋ねた。俺は少しだけ間を空けて答える。

「……んにゃ」

 ライムはそれを聞いて小さく笑った。よろよろと立ち上がり、こちらに歩み寄り、途中で限界が来たのかまた倒れた。

「ライム、無理すんな。お前だって限界を……」

「……」

 ライムはなおも近づこうとする。俺はどうにか手を伸ばし、その手を掴む。ライムは力なく握り返した。

「……死な、ないで」

 ライムは涙声で小さくそう言った。……そんな、“死なないで”、なんて。俺は思わず苦笑する。

「……僕に……生きて欲しいなんて言うなら……あなたも、死なないで……ください……」

 その声を聞きながら、俺は意識を失う。

 真冬、俺は……







 いつか、許されるかな。




-recollection-

 一生……俺が死ぬまで恨んでくれ。

 せめて、憎しんで、嫌って、怒ってくれ。

 俺は死んだら地獄に行く。お前とは会えない。

 ずっと、許さないでくれ。

「お前さ、」

 もう二度と……

「アホちゃう?」

<turn the page>




-red record-

「なるほどな。じゃやっぱ見た通りか」

「お前はあれを見ただけでそこまで状況想定してたんか」

「何が言いたい」

「想像力に富んでいて状況把握に長けた素晴らしい才能をお持ちだとオモイマス」

「……あの、カケルさんは……」

 ヒナとふざけているとライムが心配そうにそう尋ねてきた。

「ん?追い出したりはしないよ。お前がよけりゃ俺は別にもうこれ以上こいつを責めたりしない。てか、俺じゃなくてお前が責めりゃいい話だな。……間違っても助けてもらったことを重荷に感じて、王都でのことを無理やり許そうとなんかするなよ」

 ヒナがそう言う。こいつこういうとこ厳しいよな……正しく、善であるとは思うが。

「起きるまでもう少しかかるだろ。まぁその前に死ぬかもしれんが」

「おい子供の前やぞ」

「とかく鏡村に着くまで生きてりゃいいんだ。あそこに着けば俺の独壇場だからな」

「……」

「……ライム」

「!はい」

「帰るぞ」

 ヒナがライムの方を見ずにそう言う。ライムは暫く黙ると、

「はい」

と強く言いきった。

 彼の中で何か変わったらしい。変わったとして、それは翔のおかげだろう。決して俺が何か与えたわけじゃないのだから。

「……はよ起きろよアホ犬」

 俺はそう零していた。

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