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第一話2 昔々

-white recollection-

 彼らが高校三年の夏。人の少ない屋上で、二人の生徒が昼ごはんを食べていた。穏やかな午後の沈黙。人が少ないのは、今が四限の時間で、この二人は堂々と授業をサボっているためであった。

 十年以上も前の話、彼らにはその時間が必要だった。

「なぁクズ、お前さ、将来何するの?」

 クズは、性格にはイヌのこの発言を思い出していた。これが高校何年の夏であったか、何限のサボりであったか、そもサボりであったかどうかすら、クズは覚えていない。彼の思案の先にあったのは、突然イヌが切り出してきた、この問い。過去のクズはこう答える。

「将来、ってなんや突然。そもそも、そんなもんあるかどうかすらわからんやろ」

「そうだけど、あるとして俺らは動かなあかんやろ?なかったらなかったでえぇやん。でももしあったら何か考えとかなあかんやん」

 イヌの無茶苦茶な理屈に、クズは苦笑する。

「なが、なんやそれ……まぁでも、一理あるかもなぁ。明日なんてあるかもわからへんけど、あるとしたら考えななぁ……」

「やろ?考え得ってやつや」

「まぁ考えないけど」

「将来何するの?」

「聞いてた?」

 イヌの言葉は常にひどく自己中心的だった。母親の作ったおにぎりを頬張りながら、イヌはクズの発言などガン無視で強引に問いを続ける。クズは根負けし、しばらくして仕方なしに答える。

「……適当に生きていたい」

 イヌは空色の瞳をクズに向けている。ただ、じいっと見つめている。

「……生きてたいんや?」

「明日があるとすれば、なんやろ?それ生きてるってことやんか。生きるんやったら適当に時間を浪費したい。

 でも、それが本当に『善い』のかはわからん。……正直、だいぶ違う気がする」

「お前は『良い』かどうかばっかり言うよなあ……」

「……お前こそなんなん?」

 柵に寄りかかって、クズも同じように訊ねる。うーんと考えて、おにぎりを飲み込んだ後、イヌは口を開く。

「……王?」

 シンプルな、それでいて大まかな答え。クズはわざとらしくため息をついた。

「まだ言うてるよこいつ……」

「悪いか?」

「悪いね」

「それは、お前の言う、『良い』人生じゃないってことか?」

「……『善い』かどうかはわからない。でも、それ以前にそうはならない」

「王にはなれない、と?」

「せや。ほんまになれると思うとるんか?……てか、なんでなりたいねん」

「……なんでやったかなぁ」

 その時点でだいぶ『善い』とは言いきれない、とクズは考え、直後、しかしこの場合の『善い』とは何なんだ、と首をひねる。クズは思案を続ける。

「……おっと」

 イヌが目を瞑って考え出したクズの腕を掴んだ。この頃はまだなんとか健康的な、倒れかけた友人を引き止められるぐらいの筋力のあった腕を、クズは覚えている。腕に注視していたのは、イヌの手首に結ばれていた紐の先の、小さな王冠が揺れているのを見ていたからだった。

 クズは考え事をするとき、目を閉じて思案に耽るクセがある。集中力の高さ故か、悪く言えば周りを見ていない。イヌはその様子を危なっかしく思っており、クズがふとした瞬間に死んでしまわないかとずっと注意を払っていた。それもちょうどこの頃からだった。

「……あ、悪い悪い」

「お前……自分の意志で飛び降りるんならまだしも、考え事してたら落ちたとかシャレにならんで」

「ほんまに」

 軽く答えながら、クズは柵の内側に帰る。イヌは腰に手を当て、わざとらしく言って見せる。

「ともかく、お前は人生の目標ってやつを見つけるべきや」

「うるさいな、なんでもえぇやろそんなん。この社会の大人全員がそんなもん持ち合わせてるわけやないし」

「……こんな社会だからこそ」

 イヌが力強く言えば、クズは思わず押し黙る。

「何か大志を持っておくべきなんとちゃうか?そうやって生きてかないと、『良い』人生なんて手に入れられないやろ。一人だけ高尚であろうなんて無理な話や」

 らしくもない言葉を重ねている、とクズは感じた。目を逸らし、クズはぼやく。

「神崎先輩みたいな人なら、『善い』人生についても分かっとるんやろうなー……」

「いや、むしろキリミちゃんみたいな人こそ、分かってないんとちゃうか?……で、いつか分かるようになるんやろ」

「……あの人についてったら、なんか分かるんやろうか」

「さぁな。今となっては分からんわ」

 風が屋上の地面を撫でる。見上げた空は青く、途方もない。

「はよ会いたいわー」

「あの人に追いつくぐらいの思考を持って会いに行かなな」

「死ぬ前にな」

 そんな会話をした、クズにとっては嫌な思い出だった。


-red record-

「善い人生って、なんだ?」

「俺はどうして、そんなものを追い求めているんだ?」

 クズは毎日、自分にそう問いかけながら生きている。怠惰に溺れながら息をし、堕落に流されながら歩みを進める。


-record-

 それは今でも変わらない。


 階段を登りきり、柵によりかかってみながらそう考え、いや……と考え直す。

 俺は待っていたのかもしれない。あの日々のままでいることで。





-red record-

「……飽きた。外出よ」

 イヌの襲来後、二度寝をする気分にはなれなかったクズは、服を着替え、髪を整え寝癖を直すとこまでやったものの、特に何もすることがなく、散歩のつもりで外に出る。天気がよく、空を見上げたクズは空腹に気付き、買い物に行くことに決めた。

 最寄りのコンビニまで十分程度。時計を見れば午後三時過ぎだった。時間を見るために開いたスマホで、クズは最近話題になっている世界崩壊説の記事を目にする。

 よくある陰謀論だった。それにしてはやけに流行っていて、その割に肯定する側の人間はそう多くなく、クズも会社の同僚が馬鹿にしているのを聞いたのが最初だった。「平行世界からの影響で、こっちの世界が壊れるんだとかなんだとか」というのがクズの認識である。

「末期だなぁ……不安をこういう方法でしか消費できない連中が多数派になってきてるなんて。

 ……まぁ、そういう不安を抱けてるだけ俺よりはマシか」

 クズも、自分の状況に違和感を抱いていないわけではない。同僚の前ではどんなに取り繕っても、イヌに口酸っぱく言われればさすがに危機感を抱いてきたらしい。

 コンビニに向かって歩くクズは、とある路地裏の入り口に酒瓶を見つける。思わず路地裏の方に目を向けると、先ほど分かれたばかりの知人。

「あ!クズ野郎やんなんで来たんや。わざわざ会いに来てくれたん?」

「誰がお前みたいな臭ぇ野郎にわざわざ会いにこなあかんねん、ちゃうわただの通り道」

「ああーね」

 働かず住む家の無いイヌは、いわゆるホームレスの立ち回りをしており、たびたびねぐらを変えているようだった。方向音痴で元いた場所に帰れないんだな、とクズが哀れみの目で見ている中、イヌがクズの元に駆け寄ってくる。

「どうしたん?外出なんかして、珍しいやん」

「いや、腹減ったし飯でも買いに行こう思って」

「あぁ〜、一緒行っていい?」

「お前食い物買う金無いやろ」

「そうや?だから奢ってもらおうと思って」

「俺奢らへんぞ。お前ちゃんと自分の金持って来い」

「はぁーい」

 言い争いをしっつうも、結局二人揃って買い物に行くことになった。

「くっそ、何が悲しくて俺はお前みたいなおっさんと一緒に飯食いに行かなあかんねん」

「いっつも女と飯食ってんねんから、たまにはえぇやろ?」

「よかないわい。……チッ、お前もえぇ加減自立してくんねぇかなぁ」

「お前もしてないで?」

 んふふふ、と変な笑い方をしながらイヌはそう言うと、不意に黙り込み立ち止まった。

「……どうした?」

 イヌはどこかをじっと見つめている。クズはその眼差しに既視感を覚え、視線の先を追うと、若い男性がいた。三十いかないくらいだろうか、仕事仲間と思しき男達と笑いながら自販機の前を陣取っている。

「……(かける)?」

「え?何何?」

「どうした?また気が狂ったんか?」

「またってなんやねん……」

 イヌはツッコミをする元気がないのか、眉を顰めてそう呟く。クズも不機嫌になりながら続ける。

「や、そうじゃないにしろ何があってん?」

「いや、ほら……」

 そいつは目を逸らして、たっぷり時間をかけながら、小さな声で呟く。

「真冬生きとったら、あれくらいの歳なんかなぁ……って」

 クズはそこに、比較の色を見た。イヌの目には死人が映っている。死人と生きている人間を見比べて、軽く憂鬱に沈むその様子が、クズには手に取るように分かった。

「せやなぁ。あの子なんやっけ、四つぐらい違うんやっけ?」

「……せやで」

「四つかぁ、そしたらあのくらいかなぁ」

「……よし、あんま暗い雰囲気にしてもあかんわ、行こ行こ」

 イヌは頭を軽く振ってそう言い、ぐんぐん前へ歩き出した。

「……暗い気持ちになっとるんお前だけやで」

「なんでやねん」

「だって俺死人のこととか考えんもん」

「……そっかぁ、変わったなぁお前」

 イヌがそうぼやくのを聞いて、クズは不満を抱く。黙ってはいるが、内心、そうは言うが本当に俺が変わったのだろうか、などと考えている顔であり、たった今イヌがそれどころじゃないために気づいていないだけで、クズの悩みはあっさり顔に出ていた。

「(いや……こいつが言うのならそうなのかもしれない)」

 クズはしかし、考え事をするまでもなく、最終的にそう結論づけた。自分は実は昔は、真冬君の死を悲しんでいたのかもしれない。ならば俺は……

 「(いつから、どうして、こんな人間になったのだろう)」

 クズの脳の奥で、そんな疑問がジリ、と音を立てた。

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