第一話3 重なる意、悪巧み
渡された木の椀の中身をじっと見つめる。コツ、コツ、と木靴が苛立たしげに地面を叩いている。
「……」
「何をしている。早く食え」
「……えっ、とさあ。ヒナだっけ?」
「ヒベルナ=ジギタリ」
「ヒナちゃんさ、かなり世話好きよな」
翌朝。目が覚めるとヒナが軽くだが朝食を用意してくれていた。よそわれたスープは温かく、伝わる温度に安心する。匂いから、おそらく毒はない。まあ相手はその道のプロだから実際のところは分からないが。
「……ライムの恩人だからな」
「いや、そうやのうて。くそ、めんどくさいな、分かってて誤魔化すなや。
俺じゃなくて、イヌに対してだよ。お前を裏切って、大切な村の悪魔……ライム君をあんな目に遭わせた人間に、ここまでするか?」
「五年という年月はお前が思っているよりずっと長い。
悪魔の寿命はそう長くない。つまりそれだけ、一年、一日、一秒が貴重で長く尊い。
まぁ早い話、俺は本当は、イヌが本当に正気に戻ってくれると信じていたから殺さなかったんだ。そうじゃなきゃ城に来た時点で、さっさと殺してこいつを回収して帰ってるよ。悪魔の村まではひとっ飛びだからな」
「……てかさ、何で帰らへんの?逆に」
「……」
ヒナは大きくため息をつく。
「それもこれも全てお前のせいだ、クズ」
「え?」
「以前からライムが家族や他の悪魔に虐げられているのは知っていた。だが、ライムに直接話しかけ、助けようとしても、こいつ自身から断るんだ」
仕返しが怖いのだろう。あるいは、純粋にヒナのことが信じられないのだろう。幼少時から虐待を受け、同列な人として扱われないとそうなる。
「ま、だからといって何もしなかったわけじゃないが、とにかくこいつは自分の意見を言わないし、なされるがままだった。それが限界に達したのか知らんが家出をした。それを村の悪魔は皆責めたが、私はそれは責めるべきではないと思い、王都側に捕まってしまったと聞いてすぐに行動を起こした。まぁそもそもあそこの国は滅ぼそうとしてたしな」
はよ前置き終わってくんないかな。そう思っているとその様子を察したのかヒナはジトっとした目でこちらを見てきた。
「で、早くしてほしそうだからいろいろ省くか、こいつを連れて帰ろうとしたらこいつは」
『待って……ください、長……』
『何だ?』
『…………ない』
『は?』
『……帰……りたく、ない』
「……差別の激化を懸念したんやろうな。実際そうなるやろうし」
「いや、だとしても、以前までのこいつならそんなことは言わなかった。確実にお前に会って何か変わってるよ。ったく……」
「……なんや、迷惑やったんか?一応言うけど俺何もしてないで」
「助けるという行為自体がその何かなんじゃないのか?つか迷惑なわけないだろ。別に感謝もしてないし必ずしもいいことだとも思ってないが、ともかく面倒だなとは思ってるよ。ただ面倒事を引き受けるのも長の仕事だ。村は暫く空けても大丈夫だから空けている。そうじゃなきゃ帰ってるよ」
「なんて言うか、合理的やな」
「ただし、本当にイヌのことは信用していない。そんな言葉一つで変わるような変貌じゃなかった。さっさと出て行って貰いたいのは本音さ」
「……そっか」
「……何をそうしょんぼりしてるんだ。お前は友人想いなんだな」
そんなつもりはなかったがそう言われた。人を見る目がない。
「……しかし、お前らをすぐには追い出せないのが現状だ」
「ん?なんで?」
「ここに留まってる、ライム以外のもう一つの理由でな……この辺には今魔獣が多すぎる。お前らが無事なのが奇跡だよ。
何かおかしい。本来ならすぐにここを出るべきなんだろうが、何せここは村に近い。調査も兼ねてここにいる。そんな中お前らを放る訳にもいかない」
ずっと強欲の匂いもする、と、加えてヒナはそう言った。
「……強欲?」
『人や地域、種族、年代によってどの代の大罪人を指すのか変わるので場所場所で評価は様々ですが……私は機嫌を損ねますかね。えぇ、損ねます。私の認識では全部嫌いです』
ベルゼの言ってたあれか……
「ヒナちゃんは強欲は嫌い?」
「強欲に限らず大罪の連中は歴代軒並み好きではないが、単なる強欲というワードの話をしているのであれば、まぁ悪魔らしくていいんじゃないか。人間らしくもある」
「好きではない、ね……意外だなぁ、悪魔に嫌われてるなら、逆にどの種族に好かれてるんだろ」
「まぁ信仰対象にしている連中もいるだろうし、そもそも代によってだいぶ特性が変わるからな。そしてお前もイヌ並に何も知らないな」
「こっち来たばっかでな。さっきの話に戻るけど、俺らやって自衛ぐらいするよ」
「……お前、魔力扱えるか?」
……。
「その様子だと使えなそうだよな」
「それは俺がって意味かそれとも魔力がって意味か?」
「好きに解釈するといい」
……あんまり俺との会話を好んでいなさそうだ。
「……イヌは使えるで」
「怪我人に使わせるつもりか」
「……ソーイヤソーデシタネ……」
あいつ何怪我してくれとんねんほんま。
「膿んでたあの傷から菌が入っていたんだろうな。昨晩は魘されていたよ。軽く魔術を使って鎮痛と熱冷ましだけさせてもらった。やはり慈雨では傷口の細菌などしか取り除けなかったようだ。こうなってしまっては応急処置でなんとかはならん。
体調不良はそのまま魔力の欠落だ。そのままじゃ満足に戦えまい。それに、悪化すると直に歩けなくなるかもな」
弱ってた……なるほどね。それでか。取り繕ったような呼び方だと思っていたが、なるほど。
イヌは昨日思いがけず休めたことでどっと疲れが出たようだった。まだぐっすり眠っている。信頼できるかつての仲間の下で、というのもあるだろうが。
「けどそんなに……?なんで俺気づかんかったんやろ」
「……お前さ、科学か、医学かじってるだろ?」
少しだけ動揺する。確かに、かつて、趣味……とかではないが、科学……特に化学や物理学はかじっていた……かもしれない。
「お前の言動を見てるとそうなんだよな。ライムを見る時も見方が普通と違った」
「……そんな……趣味程度やし、役に立たへんで」
「役に立つかどうかなんてわからない。初心者の知識でも役に立つことはある。役に立つ場面に立たないと、役に立つかどうかはわからないよ。知識が役に立つかどうかは知識そのもののレベルじゃなく、使う側に拠る。お前はどっちだろうな」
「……そんな話どうでもええねん。で、お前はイヌの怪我が治るまで看てやろうとでもしてんの?」
「さぁな。それは俺の気分次第だ。ここら辺の異変を捌いたらさっさと追いやるかもな。そこはイヌの態度次第でもあるが。こいつが本気で更生したんなら話は別だ」
「……」
酷く自分勝手だ。多分霧生とは気が合わない。会社の同期を思い出した。え〇は二度とやらない(決意)。
「……ん、ふわーあー……あ、ヒナおはよー」
「ん、起きたか」
「てか叶もおはよぉ」
「寝ぼけとうわこいつ」
「そうだろうな。しっかしぐっすり寝てたな。そんなに疲労が溜まってたのか」
「そりゃそう」
「数日間飲まず食わずで、夜は魔力で結界張ってたからなぁ……」
「なっ……」
ヒナが唖然とする。まぁ医者から見たらそんな反応になるだろうな。しばらく医者として説教をするか、イヌのために怒ってやる義理はないから言わないでおくかで葛藤しているヒナを眺めることが出来た。おもしろ。結局言わないことにしたらしい。
少し離れたところでライムが身体を起こす。
「お、ライム、お前も起きてたのか。怪我はどうだ?」
「……大丈夫……じゃ、ない……です」
嘘だな。帰りたくないから嘘をついているようだった。ヒナもそれに気づいているようだったが特に気にせず、そうか、と返した。
「……さて、もう行かな……世話んなった、あんがと…」
「せめてちゃんと目が覚めてからにしろよ」
「……提案なんやけどさ」
俺が発言すると、ヒナとイヌが首を傾げた。
「ここの森の調査……俺らも手伝うから、一時的に協力せぇへん?」
「……は?」
「……確かに、合理的ではあるな」
「やろ?ヒナが調査する間、俺がライム君の面倒見て、イヌ……もまぁ魔力使えるから残って」
「そうだな。お前なら一応恩人だし任せられる。イヌ、お前魔力が欠落しつつあるから、少しずつリハビリした方がいい。それに、私としてもイヌの監視もできるとなればそれは有難い。経過観察もしたいところだ。人手も多い方がいい。ここに長居するなら、逐一食糧も見つけてこなきゃいけないからな」
「待て待て……調査ってなんの事?それに、ライム君のことを思ったら俺がおんのは……」
「ライム、どうだ?」
ライムを利用していることを申し訳なく思ったのか、ヒナがそう聞くと、ライムは躊躇うように頷いた。その使い方はあかんなぁ長さん。
「よし、契約成立」
「えぇんかそれで」
「俺とライム君とヒナちゃんが賛成。はい過半数勝ち」
「……まぁ、三人がそれでえぇならそれでえぇけど」
この中だと立場が必然的に弱くなるイヌはボソボソとそういう。
よし、勝った、安全な寝床が出来た、と心の中でガッツポーズをしていると、ヒナが俺を見て小さく笑ったのが見えた。交渉成立だ。
「じゃ、早速調査兼食糧探しに行ってこよう。あ、一応念を押すがイヌ」
ヒナはイヌの目の前に来た。速い。
「俺はお前を許さないからな」
その威圧は本物だった。少し恐怖が走った。ヒナはそのまま外へ飛び立つ。大きな翼。
「でっか……」
「悪魔の力の強さは、角の大きさと翼の大きさにもろに現れるんだって」
「昨日見た時より大きいような……」
「小さくはいくらでも出来るんだって。まぁ不便やろうしな。大きくできる限界は個体差がある」
「へー」
ふとライムの方を見ると、隅の方で小さくなっていた。少し震えているようだ。俺が近づくと少しだけ警戒したが、イヌに対してとは全く違った。ライムはイヌのことを怖がっているようだった。
「……てかさ、クズ。なんであんな提案したんや?正直、ヒナがそれを飲むとは思ってなかったんやけど」
「利害の一致があったんやしえぇやろ、もう」
「……」
「……ヒナちゃん的には怪我人を放り出したくないっていうのもわかるやろ。それに、ヒナちゃんこの森で調べなあかんことあるらしいし。ちょっと不穏やから、俺らにチラチラ視界に入られんのも気に障るやろ」
「……お前にさらっと嘘つかれるとほんまにわからんな。まぁ乗ったわ」
イヌが溜息をつき洞窟内の少し離れたところに腰を下ろす。注意して見てみれば、翔は右足を少しだけ庇って歩いていた。これは……確かに、悪化するとやばそうだな。……俺なんで科学かじったんだっけ。全然覚えてないわ。
なんやったっけ……
「……クズ」
「んあ?」
「ほら、またやん。目瞑って考え事する癖やめろ言うたやろ。ライムくん困ってはるで」
「はいはい」
こうして、イヌの怪我が治るまで、またヒナの調査が終わるまで、という条件で、俺ら四人は共に旅(?)をすることとなった。
森はかなり広いらしく、ヒナも苦労していた。怪我人が二人もいるものだからかなり手間取っていたが、かなり長期的な見込みだったので焦りはなかった。イヌは混乱しつつも受け入れ始めていた。
ただ、ライムとヒナのイヌへの疑念は晴れていないらしく、未だ信用がない。取りようがないのも確かだ。
そんなある日。
「……悪いんだがクズ。手伝ってくれないか?」
正午を過ぎた頃、ヒナにそう声を掛けられた。
「珍しいねヒナちゃん」
「ヒナはやめろ。ヒベルナ=ジギタリス=ナルコレプシーだ」
「ナルコちゃん」
「なんだその土人形みたいな名前」
「それはともかく……何を?調査?」
「あぁ。……少し手を借りたい。……かと言って、ライムとイヌを二人にするのも正直不安だ」
「……ちょっと神経質になりすぎなんじゃない?ライム君的にはわからないけど、イヌの方は大丈夫やと思うで」
「……一時間以内に済まそう。少し来てくれないか」
ヒナは警戒をしつつ、そう決めた。イヌに軽く事情を話すと、イヌは困りながらも快諾した。ライムはいつも通りだった。俺に会ったところで、やはり大きな変化はなかったんだろうなと思う。
「すぐ終わるんだ」
ヒナは俺を連れ出した。
「……これ」
「あぁ。お前にも見て欲しかった。何せ俺の知識だって完璧じゃない。
どう思う」
そこには、大量のケシの花……それも、麻薬の方のケシの花が咲いていた。
「……これは……まぁ自然じゃこうはならんよな。俺は別世界から来てるからもしかしたら自然条件が違うだけなのかもしれへんけど」
「そうだな…………ん?
え、お前別世界から来てるのか?」
「あ。ウン……」
やべぇ。言わないんだったこれ。
「……そうか。すると、イヌもか?」
「そうやな」
「なるほどな。違和感はそういう……」
そういえば、と懐に手をやる。……戻ってきてる。いつからだ?
白い石が再び懐に戻っていた。これは必須アイテムということだろうか。
「いやそんなことはどうでもいいんだ。それよりこれだ。この森は迷いの森……とかいうチープな別称がある」
確かにチープだがわかりやすくていいじゃないか。
「人はなかなか立ち入らない。しかしどうだ、完全に人工のものだ」
「麻薬ってよくないよね、この世界でも」
「流石にどこの世界でもやばいと思うぞ。つまり反社会的な個人或いは集団がここを利用している可能性がある」
「……そういう団体ってさぁ」
俺はふと思いついたことを言ってみる。
「異端者とかって狙ったりする?」
「……あぁ、確かにそうだな。売るにもよし、使うのもよしだからな。……そうか、その考えはなかった」
案外思いつかへんもんなんやな。相当な箱入り娘らしい、差別のへの理解が甘い。知識としては知っているがあまり目にしてこなかったのだろう。もしかするとヒナの村に異端者はライム以外いないのかもしれない。ライムくんは幼いが、ヒナも長を名乗るには若すぎる。対応に遅れが出ているのもそのためか、経験不足というのはそう簡単に補えない。
「……なるほど、それに加えてここ最近の魔物の出没の多さと異常な強さ、人為的な麻薬栽培……」
「……ねぇヒナちゃん、もう一つえぇ?」
「何だ」
考え込もうとするヒナに声をかけケシの花を指さす。
「……なんか、隠されてない?」
「隠されてる?何か見つけたか?」
「いや、ちょっとだけあからさまな気がしてな。もしかしたら…別の目的があって、万一悟られても反社の人間の仕業で処理させようとしているような……後は」
「後は?」
ヒナの方を向き言う。
「ただの勘」
ヒナが目を細め、すっと左手を出す。
「……元素魔法、序、旋風」
ヒナがそう言うと、ケシの花が蹴散らかされ、土が抉れた。
証拠を残そうとか思わんのなこの子……
「……!」
「……で、なんなんあれ」
そこには、謎の結晶が埋まっていた。ヒナは顔を顰め落ち着きを取り戻そうとため息をついた。
「……なるほどな。ここからしていたわけか……」
「だから何が。わざわざ付き合ったんだから教えてくれん?」
「……あれは……まぁ、別世界から来ているというお前に手短に説明するのは骨が折れるのだが……あれは強欲の結晶だ」
「強欲。さっき言ってた匂いってこれ?」
「……確かにこれが匂いの根源だが……妙だな。なぜこんなに強いものをこんなところに」
「強い?」
「俺達魔族には……殊にその象徴である悪魔には、大罪の匂いがわかるんだ。まぁ気配を感じるということだな。それが……計られたように、俺の通り道に、悪魔の村にギリギリ届かない場所に設置されていた。何らかの意図を感じざるを得ない。加えて痕跡ではなく瞳そのもの……わざわざ森全体に匂いが蔓延するようなものを置くなんて」
「……大罪って、全部こうやって結晶があって、大罪人?本人と、結晶がそれぞれ気配があるの?」
「あぁ、半分間違ってるな。後半はそうだ、それぞれ特殊な気配があってわかる。強欲の結晶と強欲の大罪人は同じ匂いがするな。
だが結晶なのは強欲だけだ。他はそれぞれ別の物で……総じて器と言う。これを代によって使ってたり使いこなせてたりこれに使われたりする。その辺の説明は後だ」
「んー……あのさぁ、もしかしてなんやけどこれ、強欲の大罪人がいるのを隠すためなんじゃないの?」
「!!」
ヒナがはっとして自分達の来た方向を振り向く。
「……奴らが危ない」
「え?」
「ただのならず者ぐらいならイヌの奴でも何とかできようと思っていたが、強欲の大罪人はまずい。人間には対処出来ない」
ヒナは何か術を唱えると、次の瞬間には翼を広げ俺を抱えて空にいた。
「……!?言っ、言ってええええ!?!?!?」
何故俺の周りの女共はこうも自分勝手な連中が多いのだろう。そう考えてからイヌの顔を思い出し、霧生を思い出し、腹立たしさと不条理に思わずため息と共に思考を投げ出した。




