第一話2 雨宿り、仲直り
焚き火を囲んで四人、座って落ち着くとヒナは手前勝手に語り始める。まずはじめに、と悪魔の子供を紹介し始めた。
「こいつはライム。ライム=ウライレブという。うちの村で異端者に生まれた悪魔で、何を思ったか家出をして、そんで王都の兵に捕まった」
「ヒナは異端者から力を貰うなんて非道は犯さずに実力で上がってきた悪魔だ。俺としても信頼して、協力関係を結んでた」
「それはこちらのセリフだ、道化師。俺だってお前のことなら信頼していた。その信頼に答えなかったのはお前だ」
「あぁ、もう道化師でも国王でもないからいい加減名乗るけど。俺の名は飯沼唯翔や。カケルと呼んでくれ」
「どうしてその名前でカケルと出てくるんだ。……それから、もうお前の名前を呼ぶことは無い。雨が止んだら今度こそ、今生の別れだからな」
「そっか。ちなみにこいつは」
「クズかカナウでいい」
「クズ……さっきも呼ばれてたが、お前はそれでいいのか?そちらの言葉ではひどい侮辱だろう」
「名前から取ってるだけだから気にしてない」
「日常的に罵倒されていて『気にしてない』?どんな神経をしてるんだ」
「まぁ高い血統で侮辱を許さないお前ら悪魔からすれば理解できない話よな」
「そのようだな。そしてお前ともおそらく二度と会うことはないだろう。お前がそいつにつく限りはな」
ヒナは冷たくそういう。そう言いつつ、白湯を出してくれるあたり、ほんとに人はいいんだろうな、とは思う。ちなみに白湯だと言って渡しては来たが仄かにハーブの香りがするのでこれは白湯じゃない。文化圏の違いかなぁ……
「しかしお前ら、話せるなら最初からそうしてくれ。無駄な気を使った」
「……?なんのこと?」
そう首を傾げるイヌにヒナは考え込む素振りを見せる。
「……なんだ、自覚が無いのか。……あぁ、なるほど。いろいろ合点がいった。つまりそういう……」
話に全くついていけへん。自己完結するタイプや。嫌い。
「……しかしさっきの話……別にこいつにつくわけやないけど、それにしたってお前ら五年の仲なんやろ?そこまで嫌い合う必要があるか?」
「当然だ。裏切り行為は決して許されない。むしろ五年という長い月日分を全て裏切られた気分で状況はより悪い。なぁ?ライム」
「いや……その……」
ライムくんが突然話題を振られて少し困っている。ヒナはそんなこと気にも止めず続ける。
「というか、私はライムを道化師……カケル、だったか?に会わせたくなかったんだ」
「俺に?……まぁそうよな」
「いいか?カケル。お前は今そこの……クズがいるからここにいれるんだからな。クズがライムの恩人だからここにいれるんだ。そうじゃなきゃ今頃お前はこの豪雨の中。身体を壊して死ぬのみだ」
「……そうだな。今回ばかりは感謝する。雨が止んだらすぐに出ていくよ」
「それよりさぁヒナちゃんって胸のサイ」
「ライム、お前からは何か言うことは無いのか?」
胸のサイズを聞こうとしたらイヌに頬を掴まれた挙句頭を叩かれた。冗談ですやん。
「……いや、僕は……とくに。……仕方ないことだと、思ってますし」
「そうだな。いやそうじゃないが、そうじゃなくてこっちのクズの方だよ」
「てか俺がクズなのにイヌが翔なん腹立つわ。ヒナちゃんこいつイヌでえぇで。」
「……イイヌマのイヌか。日本語の犬、も掛けてると。ちょうどいい名前だな。ぴったりだぞ」
「喧しいねん。いやまぁ……せやな」
イヌはそう言うと姿勢を正し、何も言えないでいたライムに目線を合わせた。ライムが少し退きヒナが警戒する。
「ごめんな、怖い目に遭わせてもうて。許してもらえるとは思ってないけど……本当にすまなかった」
「……」
「ヒナも……裏切るようなことしてもうて、ごめん」
「謝ったところで許さないし、俺が謝られても」
「……せやな、お前はそう言うよな」
「僕……は……本当に、仕方のない事だと……」
「いや、仕方なく無いから。お前村で迫害されたんが嫌で家出したんやろ。それか親に追い出されたか」
ライムが息を飲む。図星なようだ。ヒナの眉がぴくり、と動く。
「迫害する方が悪いんやし、逃げようとすることもおかしくない。それを捕らえて実験に使った王国も最悪やし……それを解放すると謳いながら、結局解放しないで放置した俺も、最悪や。
異端者だからって辛い目に会う必要なんかない。お前みたいに小さい子は、大人に守ってもらって、そして幸せにならなくちゃいけない。
それを阻んでしまった俺らのことを、恨んで、憎しんで、怒って、嫌わないと。それが出来るようにならないと」
「いや、どの口が言ってんだお前」
俺はイヌの諭しをターフを吸いながら聞いていたが、いやに冷静にヒナがそう言った。
なんか気が合いそうだなこの女。気に食わないが。
「その通り。……君は、まだ諦めなくていい。……本当に、ごめん」
イヌは遂に頭を下げた。ライムは慌てた。困惑しているようだった。
しかし……
「ライム君……見たところちゃんと手当されてるみたいやな。薬の影響出てた筋肉の状態も軽減されてるし、怪我もちゃんと感染予防されてる。ちゃんと医者に見てもらった感じの手当されてるやん。村とか寄ってなかったんじゃないの?」
「あぁ、俺がやった」
俺の素朴な疑問に、ヒナがさりげなくそう答える。
「……長なのにそんなことも出来るんやな」
「長だからや」
俺が呑気に感心していると、イヌが口を挟んできた。
「つまり?」
「……鏡族は毒を使う悪魔。
毒、薬を得意とする魔術や能力を持つ種族の悪魔や。そういう医学とかには詳しくないと強くはなれない。
こいつは強さも医学知識も技術も長としての素質も一級や」
「……はぁ」
ヒナが再びため息をついた。表情に出にくいが、こいつ……露骨に褒め言葉に弱いな。そしてイヌはそれに気づきもせず真顔で褒めている。
何こいつ、顔も良いのに無自覚イケメンとか。もう十歳若かったら……あと余計なこと喋んなかったら異世界でモテモテだったんかもな。
まぁ現世では素人童貞だったけど。
「……お前そう言えば、今年齢は三十八ってことか?普通に元気みたいやけど」
「生きてる年数はな。身体は成長してないみたいや。お前の言いたいことは分かるけど、老化の停止と共にそれの進行もおそらく止まっとる。
この歳やから老化が止まってる自覚は得にくいけど、俺も気になってこの五年気にしながら生きみた。どうやら俺ら逃亡者は歳をとらんみたいやで。これはヒナにも診てもらったから確実」
「そうだな。こいつはこの五年老化が見られない。医者の目から……というか、私の目から見てもそうなんだから確実だ」
こいついちいち不遜な態度とるな。
「……っと、雨弱なってきたな。叶、そろそろ行くで」
「えーまだ降っとるし、外寒いで?もう真っ暗やし」
「しゃーないやろ。そういう約束やったし、それに……ライム君にも悪いやろ」
「そうやけどさぁ……」
ちらとライムの方を見ると、ライムは眠っていた。焚き火の明かりに照らされ、小さく寝息を立てている。
「じゃ、ヒナ。ありがとうな。……本当、悪いな」
「……。これから、どうするんだ」
ヒナはまっすぐイヌを見据えてそう尋ねる。一方イヌは一切ヒナの方を見ない。
「言ったら今すぐ殺されそうだから言わない」
「言わないまま帰るなら殺すぞ」
「はいはい。ほら、殺されんうちに行くぞクズ」
「……成程、俺に隠し事とは、いい度胸だ」
途端、露骨にヒナの声色が変わる。……隠し事?
「別に隠し事とかじゃ……」
イヌは面倒そうにそう言い返そうとするも、ヒナは冷たい視線を一切逸らさない。
「そこに腰かけて足を見せろ」
ヒナが突然そんなことを言い出した。イヌはハッとしたように右足を隠すように動かす。……そういえば、こいつ……ここ数日歩き方が。
「……何のことや」
「早く座れ。右足だ。ズボンの裾をめくれ。帰さないぞ。こうなれば私は執念深いことをお前は知っているはずだ。いいんだぞこれから拘束魔法をかけて無理やり身ぐるみ剥いでも」
「……」
翔はしぶしぶ座り直し、ズボンの裾を上げた。
「うわっ」
「おぉ、お前心を痛められるんか」
「無理無理無理無理ビジュアルが無理!きっしょ!えぇ!?」
「さよかぁ……」
少しガッカリしたようにイヌは小さく項垂れる。翔の右足には酷い火傷があり、それが布で雑に縛られていた。血と膿が滲み出しており、かなり悪化している。ライムが眠ってくれていてよかった。トラウマもんだぞ。R18-Gの指定食らうレベル。モザイクが要る。
「この処置はお前が?」
「なわけ……流石に俺でももっとマシな処置できるで。一応これでも……」
「……これでも、なんだ?」
「いや、それより何これ……」
俺がそれから絶句すると、翔が気まずそうに目を逸らした。わかりやすいやつめ。ヒナは持っていたコップの白湯を飲み干す。
「……そうさなぁ、“慈雨”」
まるで今考えたかのようにヒナが呪文を唱えると、空のコップに何か液体が溜まり始めた。水?ではないか……なんだあれ。そう思って見ていると、ヒナは突然、その液体を翔の右足にぶっかけた。途端イヌは目を見開いて、雨の森を閉じ込めたような空色の瞳を揺らし、直後苦痛に顔を歪める。
「っ!!!
い゛っ゛た゛!!!」
はじめ悲鳴を押し殺したあと、痛みを軽減したいのか翔は叫んだ。
「ガキが寝てんだぞ。静かにしろ」
ヒナの注意など耳に入っていないらしい翔は右足を押さえて地面をのたうち回る。
「痛いだろう?」
「ヒナ……これ、何の……」
「なんのとか、意味は特にねぇよ。痛いだろって」
「この性悪女……!」
イヌは苦悶の表情を浮かべ、地面に這いつくばっている。イヌが苦しんでる間にこそこそとヒナのところへ向かい、訊ねてみる。
「で、実際のところは何なん?見てる感じ消毒っぽいけど」
「人間の屑の癖に見る目があるな。そうだ。消毒だ。入り込んだウイルスや細菌を殺している。感染した細胞もついでにな」
「ちゃんと意味あるやん」
「いや、やろうと思えば痛みを軽減することぐらいできた。即効性を優先させたのと、ちょっと痛みが増すようにしただけだ。そこに医学的な意味は特にない」
平然と言うなぁ……悪魔というかむしろ鬼やなぁ……
ヒナが無言で術を使い、イヌの右足が静かに光に包まれると、痛みが軽減されたのかイヌは落ち着いた呼吸を取り戻し始めた。ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返す。
「で、何だ、イヌ。お前は何をするって?」
「ただの拷問やんけ……」
「元気そうだな。私はこれでも医者でな。お前が何者であろうと治療を施す義務がある。
お前に初めて会った時もそうだったな」
「ヒナ……
いや、仮にも医者なら患者が苦しむことするなや。アホちゃうかお前」
そこ多分もっと情趣豊かなシーンなのでは?と思うがヒナは特に気にもとめなかった。ため息を一つついただけだ。俺はこういうのを見て実家のような安心感を覚えるために心の中でツッコミをするタイプだが、ヒナ的には気にするまでもないこいつの前提条件らしい。
イヌは深く息をつく。諦めたように口を開いた。
「……もう一度。
もう一度、王を目指そうと思う」
ヒナの瞳は凪いでいる。想定内の答えだったようだ。
「俺は約束したんや。もう同じ失敗は繰り返さない。
焦らない。驕らない。……馬鹿だよな、俺、今更……前の機会は、人との出会いに恵まれて、最高の仲間と同志と共にやったのに、それを棒に振って、裏切る様なことして。……でも……もう一度、やらなきゃ。
今度こそ、異端者が普通に暮らせる国を、誰も虐げられない国を、作らな」
「……」
「……怒る、よな。わかるで。……でも、俺、おと」
「わかってない」
イヌがくだらない妄言を……やべ、違う、カッコイイ意思表明をしている最中だと言うのに、ヒナはそれを自分勝手に遮った。すっかり自分に浸って喋っていたイヌは瞬きをする。
「……え、ヒナ?」
「わかってないお前は。
俺はお前の夢に便乗したようなもんだ。私の野望を、意志をナメるな。
ていうか、何が『怒るよな、わかるで』だ。わかってないだろ。ここまで言う同志を、何で怒る必要があるんだ」
「……ヒナ……」
「ていうか、村の方が忙しくなって俺が目を離したのも大問題だろ。俺のような大きな戦力を失ったのがまず一つ、それから、お前を止められなかったという責任もある。
お前は自分の失敗を背負いすぎなんだよ。そこの……クズも、俺も、結局仲間な以上、お前一人の責任なんじゃないんだよ」
うわ……いろいろ弁解したいところはあったものの、先程からこいつの発言に首を突っ込んではいけないなと察していたので黙っておく。
「だから何が言いたいかって」
「違う」
「は?」
ヒナの話を遮り、イヌは力強くそう繰り返す。
「違う……違うよ。お前も、叶も、止めてくれた。でも俺はそれを振り払った。完全に俺の責任や。
俺は、人に頼るレベルじゃないぐらい、自分勝手な失敗をした。道を踏み外した。だから」
「黙れ俺の話を遮るな」
ブーメランなんやけど。
「何が言いたいかってお前、俺はお前がもう一度王になる気があるのなら手を貸すっつってんだよ。その鈍さでよく一時的にも王が務まったな愚か者。
まぁ私はまだお前を信用してないし、お前はそれを取り返さないといけないし、俺は許してないからほんと一生かけて償って欲しいけどな」
「いや、償うとか無理だから」
「だから遮んな。
まぁ、今出ていくのは勝手だが、確実に魔物に襲われる。夜が明けたら今度こそ出ていけ。それでいい。ライムを傷つけなきゃ、なんだっていいんだ、俺は。俺の意思より村の奴の意思の方が重要だ。
俺は長だからな」
……傲慢で、勝手で、お人好しだ。結局それが言いたかったんじゃないか。
「何か起こす時は呼べ。
お前が相応の男になっていたら……戻っていたら、協力してやるよ」
「……ありがとう、ごめん」
「うるさい。寝てろ。悪魔も魔族に入る。夜は俺たちの時間なんだ。人間と子供は寝ていな」
ヒナは気取ってそのように言うのであった。




