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第一話1 逃亡、双眸

-red record-

「腹減ったー」

「……」

「喉乾いてんけどー」

「……」

「てかいつまで歩くん?俺もう嫌なんやけどー」

「煩いわ!喋ってる暇があったらさっさと足動かせ!」

 木々を揺らすほどの大声に俺は思わず耳を塞いだ。

「無茶言うなや……それが出来んからこんな愚痴吐いとるんやろ?」

「知らん」

「無慈悲!」

 鬱蒼とした森を歩き続ける。愚痴を吐いているとイヌに怒鳴られた。しかし正直こうでもしていないとやってられない。ここ数週間、俺らはひたすら歩き続けていた。更にここ一週間ほどはどこの村にも到達しておらず、休むに休めていない。

 イヌは魔力の使い方が上手いようで、あと魔術も軽く勉強していたのか、夜の間など結界じみたものを張ることはできていたが、いかんせん頼りない。あんなふうにガンガン前を行ってはいるが、イヌも足取りに疲労が見える。なかなか気を抜かない奴だが、ふと気が抜けると(主に俺が目を離していると)フラフラしたりしているのでほんと休んだ方がいいと思う。あくまで俺のためにも。

「飲まず食わず休まずで歩き続けるのは流石に人間として無理やと思うで、せめて休もう」

「てかこれって食えるんやろか……」

 俺の言葉などガン無視で、イヌはポケットの中から以前の果実を取り出す。あの日、玉座の前で喧嘩をしたとき、いつのまにかイヌの懐に紛れ込んでいた

「……お前聞いてる?」

「もぐもぐ……ん、甘」

「聞いてないみたいやな。てか食うんやそれ」

 そういえば、と胸ポケットに手を入れる。ずっと違和感がすると思っていたがやはりそうだ。

 石が入っていた。それは現世で見た夢の中で拾ったものであり、こちらの世界に来る時にも持っていたものだった。この大きさの石が入ってて外からもわからん俺も忘れるってどういう仕組みなんやろ。俺の胸ポケっていつの間に四〇元ポケットになったんや。

「……」

 なんとなく捨ててみる。まぁいらないだろうし。

 ふと、世界の最後で聞いた言葉を思い出し、先を行く阿呆に声をかける。

「そういやお前、現世で最後……」

「もう少しでこの森は抜けるから……ってお!」

 やはり聞く耳を持たないイヌが前方で嬉しそうな声を上げる。

「ほら、見てみ叶!……って!何そんなとこでノロノロ歩いてんねん!はよこい!」

「……ったく、こんな時までうるさいヤツやな……」

「ほらあくしろよ」

 いやいや早歩きをして近づいてみる。森の出口が見えた。

「おー…………いや、遠!!!!」

「遠ないやろ。ほら、近いで」

「なんでや、数キロはありそうやぞ?」

「おん。地理的なことは曖昧だけど、多分俺この辺来たことあんねん。いつの外交やったか……忘れたけど、まぁ誰かに協力求めるために通った道やったな。あんま近くではないと思うけど」

 お前が曖昧じゃ困るんだが。この方向音痴め、とことん役に立ちやがらねえ。

「しかも近くないんか。救いがないな……」

「いや、元協力者には正直、会いたくない」

 イヌはなんでもないようにそう述べる。じとっとした目でその整った横顔を見つめ、嫌味を言う。

「……ま、散々協力させといて、随分と期待はずれな王様やったもんな」

「うるさいわ」

「挙句の果てに更に王国転覆を謀られて、王国を滅亡させるという……」

「や……やめようや過去の話は」

 気まずそうにイヌが目を背けた。一生遊べるネタができたな。かなり落ち込んでる。

「ま、繰り返すけどそんな近くなかった気がするから大丈夫やとは思う」

「そんな贅沢言っとる場合か?元協力者さんからどうにか隠れてやり過ごしでもせな、そろそろ普通にやばいんちゃう?現実的に考えて」

「まぁ……それはあるな」

 イヌがため息をつく。とその時、頬に触れた風に違和感を感じる。

「ん?」

 空を見上げると、空模様があまりよろしくない。

「……おいイヌ。多分雨降るで」

 そう声をかけると同時にイヌの顔を見ると、イヌは空の映りこんだ水たまりのような瞳を瞼で隠し、なぜか目を擦っていた。俺の言葉を受け、まばたきをしながらこちらを見やる。

「え?嘘やん」

「降る降る。マズい、どっかで雨宿りせな」

「せやな。薪になる木も集めよ。濡れる前に」

 イヌは枝を拾いながら、俺は雨宿り出来そうな場所を探しながら走る。そうかからずに洞窟を見つけ、声を上げる。

「イヌ!あそこにちょうどえぇ洞窟があるで。魔物とか住んでへんかな?」

「住んでたら住んでたでちょっとお邪魔しよ」

 呑気なことを言いながらイヌも近づいてくる。雨足が強くなってきた。洞窟まで走り、恐る恐る覗き込む。

 あまりに静かだった。

「……誰か、いませんかー?」

 洞窟の中に入る。

「誰もいなそう?」

「いや、でも見てみ?ここに焚き火した跡があるわ。今までいたけど隠れたか、単純に今いないだけか、それか」

「Hey, you.」

 突然背後から声がして、流石に驚き二人して振り返る。下手な英語だ。

「……Gizakia zara, ezta?

 人の寝床で何してんだ?」

 そこには、美しい女性が立っていた。眼光は鋭く、一瞬だけ顔を出した性欲も引っ込むほど威厳があり、俺は怯んだ。

 角が生えていて、大きな翼が生えている。 一目で、悪魔だとわかる容貌。言語的にも近いだろう。しかし学術的にもめんどくさい言語系喋ってやがる。……待てそんなこと言ってる場合じゃない。

「いや……これはあの、僕達迷子でして、雨が降ってきたので雨宿ろうと」

「ヒナか」

 俺が綺麗なお姉さんに必死で弁解していると、隣でイヌがそう言った。緊張した面持ちをしている。

「なんやイヌ、こいつ知り合いか?」

 そう訊ねると、口をきつく結んだイヌの代わりに女性が目を細めて答える。

「あぁ、そうか。お前、道化師……じゃなかった、国王様じゃないか」

「……クズ。こいつは、前言ってた、悪魔、鏡族長……

ヒベルナ=ジギタリス=ナルコレプシー、元協力者や」

 ……ちゃんとフラグ回収するのがこの男。シーンは取らないくせに。

「鏡族……あ、お前がえらい褒めとった長か。とてもいい先導者とか何とか……」

 そう言うと、ヒベルナは顔を逸らした。

「……暴君に褒められても、嬉しくはない」

 いや……めっちゃ普通に耳赤くしてますやん。照れてますやん。満更でもないんですやん。

 流石に口に出すと殺されそうなので言わないでおく。

「……ってあれ」

 思わず声が漏れる。ってことはこの女……王都で城にいた野蛮な奴か。あの自分勝手な……男かと思っていたが、声が多少低く上背があるだけで麗しい女性だったようだ。

「ヒベルナジギリ……なんて?」

「俺はヒナって呼んでる」

「おぉ、覚えやすい」

「その言い方を定着させるな、ヒベルナ=ジギタリス=ナルコレプシーだ」

 ヒナは日本語も得意でないのか少しゆっくり話している。流石に俺も言語の系統はわかっても何を言ってるかまではわからないので有難い。

「……しかし、女だったんやな」

 続かない会話の代わりにそう言うと、ヒナはぐっと顔を近づけた。綺麗な顔立ちだが威圧感がすごい。流石悪魔の長。

「悪いか?」

「イエ、モウシワケアリマセン……」

 思わずこう言わされてしまうほどに。

「悪いが出て行ってくれ、国王。そこのクズとやらは、まぁ構わないが、お前はだめだ」

「因みにもう国王じゃないけどな」

「もうやめたのか?根性の無いやつだな」

「俺が根性ないやつじゃないことは知ってると思ってたけど。あの国ごと崩壊した」

「……まぁあの政治じゃそうなるよ。早めに手を引いてよかった。俺の村まで巻き込まれちゃ困る。もともと反対されている身だからな」

 喋り出すまでに少し時間を置いている。イヌと長い付き合いなのに日本語慣れしてる感じがしない。知識が先行しているような……

「……国の崩壊を知らないってことはお前、村に帰ってないんだな。というか、こんなところで何をしているんだ?」

「関係ないだろ。五年もやってきた相棒だったが今は違う。お前が今国王じゃないとか関係ない。お前は暴君で間違いないんだ。さっさと帰った。そして喋るならゆっくり喋ってくれないか。どうした突然……」

 ……ん?

「……そう、やな」

「いや、五年ってどういうこと?お前三年じゃなかったん?」

「ん?……あー……」

「そんなんで気を使ってどうすんねんほんま……はぁ」

 俺はため息をつく。その様子を見て、ヒナが同じようにため息をつき、口を開く。

「……早く出ていけ」

「だってよイヌ」

「え?お前は?」

「いや、俺えぇって言われたもん」

「は?お前親友をこの雨の中に一人放り投げるつもりか?」

「だから親友になった覚えはないっつってんだろ。お前の自業自得やんか、さっさと出てけ」

「そうだ出てけ」

「ヒナまで悪ノリしだした……ちょ、いや頼むって、少しだけ。このまま二人やとだいぶしんどいねん」

「お前からしんどいという言葉が聞けるとは……長生きもしてみるものだな。同情の余地もないが」

「せやぞ、お前のやったことは許されへんねん。さっさと行け」

「いや、勿論許されるとは思ってないけど……なぁ、頼む。すまん、この通りや」

「謝って済むことちゃうねんぞ」

「なんでお前までそっちにおんねん、大体……」

「いいからはやく出ていけ!!!」

 突然ヒナは怒鳴った。びっっっっくりした……

 と、その時、カタリ、と物音がしたかと思うと、

「……ごめん、なさい」

そんな小さな声とともに、少年が姿を現した。

 王都崩壊の際、俺の手をぎゅっと握って上までついてきてくれた、悪魔の少年だった。

「……あ!」

「あ。ええっと……あの時の、悪魔の少年!」

「……あの、王都で、助けてくださった……方」

「なんでお互い名前知らないんだ」

 ヒナがそう言うと少年は少し申し訳なさそうな顔をする。

 そんな中、俺の隣でイヌが息を飲み、

「……まふゆ」

小さくそう零した。かなり弱っている声だった。

「…………」

 沈黙が訪れた。静寂の中、雨の音だけが響く。見かねたようにヒナが咳払いをする。

「……雨が上がるまでだ。ここにいろ」





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