第五話4 イイヌマ カケル
……真似事。
心の中で反復したつもりだったが、思わず口に出していたようで目の前のイヌはくす、と笑う。
「まぁ正確に言えば、最後まで王の役目を全うしよう、っちゅーやつやな。責任を放置すると、アレが怒る」
「……」
俺はじとっと呆れを込めてそいつを見つめ、再び大きくため息をついた。
「お前……今の話で何を学んだんや」
「え?だから、俺が本来なりたかったものが……」
「なりたかったんやろ?ガキんときからずーっとなりたくて、職失ってでも貫いて、異世界に来ていろんな道があったのにわざわざこんな手段を選んで。そうまでしてなりたかったわけやろ?なんで今更やめんの?まぁ俺が言うことやないと思うけど」
……てか、
「てか俺……さっきから全然らしくないな」
「せやで、今更?」
「……どうしたんやろうな。変なものでも食ったかな」
「おぉ、心当たりしかないな」
「やろ?責任取れや」
「……取ってやりたいのは、山々なんだけどなぁ……」
イヌは噛み締めるように静かに言う。本心から染み出たような言葉だった。またため息。
「……はぁ。おい、イヌ」
俺がそう言った時、天井が崩れた。幸い近くではなかったので怪我はしなかったが、それは明らかに玉座の終わりを告げていた。刻々と迫る、色濃い死を知らせていた。
「……城にもだいぶ火が回っとるみたいやな。今からでも逃げれるかな」
「ギリセーフちゃう?一応いろいろ逃げ道はあったみたいだしな。俺はなんやかんやしぶというほうやし、なんとかなるやろ」
「そうか……ならほら、はよ逃げた方がえぇで。多分そこ、あんまり過信しない方がえぇと思う」
「そうやな」
俺はタバコの煙を吐く。
「ほな、帰るわ」
俺は背を向ける。
「……行くんか」
しみったれた声を背中に感じる。
「あぁ」
俺は振り向かずに答える。
「俺がそうすれば、お前も来るって分かってるからな」
結局。何度対立しようと、毒を吐こうと、憎もうと、嫌がろうと、面倒くさがろうと、俺らはこの二十数年間、嫌という程同じ道を歩んできた。
互いが苦しむ時は特に干渉せず。互いが辛い時は、特に手を貸さず。ただ、互いが巻き込む時だけは、付き合ってやった。毎回お馴染みの気まぐれで。
「……さ、逃げるぞ、イヌ」
「……」
「今まで、何度もそうしてきたやろ?」
俺が弁護士や女に追われている時、奴が借金取りに追われ夜逃げしなければならなくなった時、俺が浮気に気を狂わせた女から逃げる時、奴が親から勘当された時、そして、世界が崩壊する時。俺らは別に愛し合っているわけでもないのに、いつも共に逃げてきた。
「……はぁ、しゃあないな。
親友の頼みやもんな」
「親友になった覚えはない」
俺はいつものように食い気味に返してやる。と、突然背に大きな衝撃が来る。
「いった!お前……!」
「えぇから、ほら、はよ行こ!このままだと死ぬで俺ら!」
「呑気やなお前!誰のせいやと思っとんねん!」
「知らん知らん。誰のせいって話であればどちらかというとお前やと思う」
「なんでやねん!一から十越えてマイナスから億までお前のせいや!!!!」
「あっははっ、今日もツッコミのキレがいいねぇ!」
イヌは俺を後ろから押しながらそう笑う。
「ちょっ、危な、煙草!火が!」
「ほら前見る前見る!火はすぐそこまで迫ってんで?」
「なんなら今手元にあるからな?」
「お!そっから外出れるんちゃう?」
ガン無視である。いや、呑気なのは俺か。
仕方ない、とタバコを捨てて走るとイヌは前に出ずについてくる。
「……クズ!」
「何や」
「ありがとな」
「謝礼は出てからにせぇ。今までの借金含めてきっちり返してもらうからな」
「ふふふっ、せやな!」
こうして俺とイヌは、城、及び王都からの脱出を試みた。迫り来るテロリストと炎から逃れることは容易ではなかったが、しかしこれまで数々の死線をくぐり抜けてきた俺たちにとっては造作もなくとか言ったら冗談でもぶっ殺すめちゃくちゃに苦労した。途中で事の元凶であるイヌをぶっ殺してやろうかとも思った。退屈で面倒になって自殺もしてやろうかとも思った。
実際何度も喧嘩にはなった。
そんなこんなで俺らは約一週間後、俺たちはどうにか王都及び王国領を抜け出すことに成功した。
「……なぁ、イヌ。俺から言っといてなんなんだけどさ」
「おう」
「これから、どうすんの?どこか行く宛てある?」
「……もし、お前の言葉に従うのだとすれば。
いや、お前の言葉によって呼び覚まされた、俺の魂に従うのだとすれば……」
何言ってんねんこいつ。
「……次向かうのは南の王都、クラックトルドやな」
「何?また王国転覆?」
「いや、あそこは一応王を選挙で決めてる。正統カリフ時代みたいな感じ。奴隷制があってちょっと手間がかかりそうだけど」
「あぁ……それ、今の王が辞めな意味ないんじゃ……」
「あそこのはもう相当歳だからな……次の目標にはいいんじゃないか?ま、様子見だけどね。なんせ世界は広い。他に行く宛てもないなら、南下していくのもありかな、とは」
「……せやな」
「そうと決まれば、俺らはひたすら南に行くまでよ。その間、色んな村に泊まればえぇわ。えっと近くの村は……」
「気軽にググれないのが不便なとこよな」
「この辺りのマップは覚えとる」
「お、OKイイヌマ「近くの村を教えて?」」
言ってから被ったのに気づき、イヌが吹き出す。俺はため息をつく。
「仲良しごっこしとる場合か。ほら、はよ行くで」
「はいはい。俺がおらんと道わからんくせに」
「そんなん適当に歩いときゃ何とかなんねん」
「頼りないなぁ……」
こうして、俺らの旅は再び始まったのであった。
-red record-
「どうだ、傷は痛むか?」
「……」
「……飯は?美味いか?」
「……」
「……チッ、はぁ」
女性の舌打ちとため息に、少年は思わず“罰がある”、と怯える。しかし女性は特に声も荒げず、怒る様子もなく、冷たい瞳で洞窟の外を眺めた。
「そんなんじゃ埒が明かないだろクソガキ。ったく……誰のせいでこんなことになってると思ってるんだ、せめてこう、ガキはガキらしくふるまえ」
「……すみません」
「だから……まぁ、言っても無駄か」
女性は少年にそう言うと、焚き火の横に寝っ転がった。
「俺は寝る。自分の体調に関することでも周囲の物音でも、とにかく何かあったら起こせ。これは命令だ」
「……はい」
「本当にわかってるんだろうな?どんなに些細なものでも、お前だけの危険では……理由を説明する必要などないか。命令は絶対だ、理解などいらん」
「ええ、その……仰せのままに」
少年のたどたどしい返事を聞き、女性は目を閉じる。暫くすると寝息が聞こえてきた。少年は小さく息をつくと、与えられていた白湯に口をつける。
傷は痛むし、白湯と呼ばれた液体は美味しい。
少年は思わず呟く。
「……帰、れるのかな」
「お前次第だ」
寝ていると見せかけて起きていた女性はそう呟いた。
「……ごめんなさい」
「うん」
眠そうに女性はそう言う。少年が洞窟の外を見ると、朝日が昇るのが見えた。
また、今日が始まる。
少年はぎゅっと手を握りこんだ。
――第一章 王都編 完結――
第一章おしまい!




