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第五話1 悪魔、悪友、悪事

-red record-

「……」

「なんですかその顔は。間抜け面は相変わらずのようですね」

「いや……ほんまにもう会わへんつもりやったから、びっくりしてもうて」

「それはこちらのセリフです」

 檻を挟んで立つ黒髪の美しい女性……ベルゼは呆れたようにそう言った。

「本当に二度と会わないつもりでしたのに」

 再会の喜びでも示した方が良いのだろうか。相変わらず腹の底が読めない女だ。

「……で、一体何の用なん?」

「その面を見に来ました」

「うん……いや、うん、そうなんだね」

「何ですかその全てを面倒くさがるような返し。あなたらしくないですよ」

「ベルちゃんに俺の何がわかんねん……」

「何も分かりませんとも。それで?ここでの生活はどうです?」

「善くないよ。悪くもないけど」

「あら、なんですその棒読みは」

 ベルゼは鼻で笑ってそう言った。少しムカッとくる。こっちはただでさえ翔に腹立ってんねんぞ。ベルゼは見透かしたように赤い瞳をこちらに向ける。

「いいんですか、こんなところにいて」

「えぇよもう。疲れたし。よく考えたら死にたいし俺」

「ここじゃ死ねないでしょ」

「まぁね……」

 俺がそう言うと、ベルゼは何かの袋を投げ込んできた。開けると中にはターフが入っている。

「……!これ!」

「露骨に嬉しそうな顔。そんなにですか?ライターとやらはまだ持ってます?」

「ずっと持ってるよ。相棒やからな」

「悲しいなぁ無機物が相棒なんて」

「じゃかましいんじゃい」

 ターフを咥え、火をつける。煙をふうっと吐き、安堵する。

「はー、これこれ。……てか、そう言うベルちゃんこそ、相棒なんておんの?」

「すっかりいつもの調子ですね。いますよ。彼らは私がいないと何もできないんですから。……ほんとに、呆れるくらいバカですからね。あいつらの分の知性を全て私が取ってしまったのか疑うぐらい」

 取ってしまった、の部分に違和感を抱く。

「何、兄弟かなんかなの?」

「兄弟……まぁ似たようなものです」

 まともな返事は貰えなかったが、種族的なことなのだろうか。ああいけない、要らないのに情報収集グセが。

「さて、そんなことはどうでもいいんですよ。その中に、色の違う葉があるの分かります?」

「ん?……これか」

 見ると、僅かに色素が薄い葉が数枚入っていた。見覚えのない薬草だ、この世界特有のものだろうか。或いは魔術的なあれこれ。

「……何これ」

「それは一種の薬草で……というより魔術的なお香、か。それに火をつけて出てきた煙には催眠効果がある。日頃からターフを吸ってる人間には残念ながらあまり効果はないが、ここ最近忙しくて殆ど眠れていない兵士さん達にならいい結果を残すだろうよ」

「……へぇ」

 更に中を漁ると、キラリと何かが光った。金属の光沢だ。

「……これ」

「まぁそういう事です。勘違いしないように、これは私の主の命。主に従った迄」

「へぇ。ちなみに聞くけどさ、ベルちゃん」

「何ですか?」

「君の主様は俺が喫煙者って知ってんの?」

「さぁ、ご存知なんじゃないんですか?ただ、少なくとも主からそのような言葉が出たことは一度も――」

 ベルゼはそこまで言ってハッとした。流石、自分で言うだけあって察しもいいし頭もいいらしい。少しお喋りではあったようだが。

 少し顔を赤らめるとベルゼはそれを隠すように背を向けた。

「じゃ、今度こそもう会わないと思いますので」

「そ」

 俺は笑ってそう返し、ターフを吸う。ベルゼはそのまま振り返らずに階段を上がっていく。その背中に、声を掛ける。

「ターフありがとね、ベルちゃん」

「主の命ですから!!」

 ムキになったように言い捨てていよいよ見えなくなった。可愛いな。

 ……はて、そして。周囲を見渡し、廊下や階段上の気配にも気を配る。

 何故兵はこんなに少ないのだろう。牢屋のところに一人もいないなんておかしい。入れ替わりの合間とはいえ、今まではまぁまぁの人数で交代してたからここが空くことは無かった。

 チラチラと遠くの廊下を歩く兵も、いつもの三分の一にも満たない。何かあったのだろうか。

「……ま、別になんだってえぇんやけど」



 数時間程経った時。上の方から慌ただしい気配を感じた。しばらく気配を伺っていると、果てには怒号まで聞こえてくる。何やら本当に忙しいらしい。さてとそろそろいいだろうか、と俺は袋から白っぽいターフを取り出し、火をつけ、牢の外に投げた。白っぽい煙がゆらりと上がっていく。

 数分後、その場にいた兵が一人二人と倒れ始め、五分も経てば全員が眠ってしまった。おぉ怖。仲間が倒れ始めたことにすら気づけないなんて、かなり強力な薬らしい。気になるな……気になるけど研究に回せるほどの量は無い。仕方ないか。

 袋を漁り鍵を取り出す。二本の鍵が入っていた。

「……よいしょと。ほんまに開いたわ」

 足枷の鍵穴に鍵を差し込むと、小さな音と共に足枷は外れた。続いてもう一方の方で牢の鍵穴に挿す。ガチャリ。回った……

「……どうやって手に入れたんやアイツ」

 ギギーっと音を鳴らしながら重い扉を開け、俺はそう呟いた。ベルゼ……恐ろしい子。

「さて……ん?」

 足下に……正確には倒れた兵の近くに落ちていた鍵に気づく。一応、ということで持っておく。これからもしかしたら二重扉とかあるかもしれないしね。

「……さて、と。今度こそ。一先ず出るだけ出てみるか」

 うんと伸びをし、そう呟いた。



 数分後、俺は地下室で迷っていた。

 なんやここ。迷路か?

 牢を出ると上へと続く階段があった。しかし物事はそう簡単には行かないようで、真っ直ぐ上につながっている訳ではなく、廊下を進んだり、扉を通ったりしなくてはならない。以前、前の愚王に通してもらった時は案内がいた。そして今回は気絶している時に降ろされた。道など覚えているわけが無い。

「……ま、えぇわ。気楽に行こ。気楽に」

 実はこれでも今日まで迷子になったことがない身だった。イヌはしょっちゅう迷子になっていたが。あいつは自分の不完全な記憶を辿って歩くから迷うのだ。俺のように何も考えずに勘で歩くのを見習って欲しい。ということで何の気なしに歩いてみる。似たような作りだから尚迷いやすい。それにつまらない。石レンガの壁が続く。と、見たことない扉に突き当たった。

「……」

 そうだ、俺の場合は勘だから必ずしも行こうとしている場所に連れてこられるわけではない。運の良さは俺の意思と関係なく働く。

 扉には鍵がかかっている。何となく開けてみようと思い、鍵を使ってみた。一つ目で手応え。勘が冴え渡ってるなぁいつもながら。

 そう呑気に考えながら扉を開けた瞬間、むわっと嫌な匂いがした。……血や、吐瀉物の匂いだ。

「なんやこれ……あ、もしかして」

 中に入り辺りを見渡すとすぐに分かる。そこは異端者保管室だった。




「……この前あいつを動揺させるためのブラフとしてここに来たって言ってみたけど……実際に来るのは初めてやな。……思ってたより……重いな」

 てか先ず臭い。足下を見るとネズミが走っていた。不衛生な環境だ。ベッドがいくつも並べてあり、一つ一つに機材が置いてある。……血を採る為の機械だろうか。

 ベッドの上には異端者が乗せてあるが、殆どが死体だった。酷い有様だ。感情に欠陥のある俺でも酷いと思うのだから相当だろう。霧生なら……どうだろう。時によるか。イヌならそうだな、異端者じゃなければ多少気分悪くしたあと何でもないようにズカズカと探索に入るかな。俺の部屋の使用済みゴムを片付けた時みたいに。

「……おーい、誰かおるかー?」

 俺は何故かそう声を出した。もしかしたら自分でわかってないだけで、俺自身限界だったのかもしれない。声を出してなきゃやばかったのかもしれない。先程からくだらない妄想……というかシュミレーションをしているのもそのせいだろう。思考が随分と饒舌だ。

 或いは、誰かに生きていて欲しかったのかもしれない。

「……おらんのー?」

 形だけは呑気にターフを吹かしながらもう一度言うと、視界の隅で何かが動いた気がした。

「……ん?」

 反応があったのはいくつか先のベッドの上だ。近づいてみると、小さな少年が横たわっていた。六歳くらいだろうか。

 俺が近づいてきているのを確認すると、少年は怯えたような目をした。明らかに怖がっている。濁った赤い目。青白い顔。

 一瞬、真冬くんに重なった。息を飲む。そして、そう考えて背筋の冷えた自分に吐き気がした。やめろやめろ。俺はそんなキャラやない。そんなんは翔で充ぶ――

『国を治めるには力が必要。そう思わへんか?』

「……善い、か」

 俺はそう呟き近づく。少年はベッドに固定されていた。左腕には何本もチューブが刺さっていて、採血や点滴がされていた。……点滴?本当に点滴か?これ。両手首には痕が残っており、固定されている中で抵抗した跡が見られる。口には吐瀉物がついていた。周りを見るに何度も吐いている。血も混ざっていた。

「……なんやこれ」

 ベッドの下に書類が落ちていた。拾い上げて読んでみる。日本語だ。変なの。

 実験報告書、とあった。成程、ここでは異端者からの血液確保だけじゃなく実験もしていたようだ。……しているようだ、だろうか。

 もしそうなら……どうなんだろう。そこに書かれている内容は魔力なるものがこの世に存在するせいで科学力が根本的に違うのか、俺には少し難しかったが、色んな薬を打たれたことは確かなようだ。身体を麻痺させたり、呼吸困難に陥らせたり、脱力させたり、意識を失わせたり、逆に失わせないようにしたり、発熱させたり。どちらかと言うと、衰弱させることが目的なようだ。意図的に罰を与えているようにさえ見受けられる。ここでの差別は前回の世界より激しいらしい。尾ひれはひれは無かった、か。

「……ま、異端者殺しが存在しないだけマシかな」

「……あ、の……」

 独り言を言っていると、遂に少年に声を掛けられた。膜を張ったような濁った赤い目がこちらを見上げる。やはり酷く怯えている。

「ん、何?どした?」

 心做しか翔の様に返してしまい、自分に少し腹が立つ。

「……今日はもう……薬、は……打って……いただきました……」

 涙目で、小さく、震えた掠れ声で、少年はそう言った。訴えてきた。今日の分の薬はもう打ちましたよ、という所か。それ、言うとまずいんじゃないか。

「……いや、俺別にここの人じゃないから大丈夫だよ」

 “大丈夫だよ”?何を言ってるんだ俺は。

「……」

 少年はまだ怯えていた。……あ、そうか。俺はこの子を真冬くんに重ねすぎているんだ。さっきからしているのは翔の真似ではない。恐らく、俺ですら忘れたかつての自分の真似だ。

「……ちょっとい?」

 俺はそれを続けることにした。その方が都合が善さそうだったからだ。怯える少年の脈を測り、額に触る。少し早い。熱も、高い。呼吸の音を聴くも、かなり弱っており、満足な呼吸はできていないようだ。

 まぁ分かってはいたことだがあまり状態は良くないようだ。早々に医者に見てもらわないといけない。この世界に異端者を見る医者なんて居ないだろうが。

 なら誰が見る?

 知識のあるイヌしかいない。俺としても、あいつの知識がないと、いくら少しは得意な分野といえど難しい。

 というか、この子を翔に会わせれば、あいつも正気に戻るんじゃないだろうか。俺は考える。考えて、考えて。……そして、たまには数少ない友人の為に、長年連れ添った腐れ縁の奴のために、一つぐらい善いことをしてやろうと思った。

 あいつの為に。

 それが、少なくとも今だけは、善いように思えたのだ。俺が固定具を外すと、少年は驚いたようにこちらを見た。近くの刃物で自身の衣服の一部を切り、止血をしながらチューブや針を抜く。消毒できそうなものがない。せめてその辺で清潔な水だけでも確保出来れば……

 小さなやせ細った手を包む。

「……なぁ、頼みがあんねんけど」

「…………なん、ですか?」

「一緒に来てくれへん?俺今から王様に会いに上に行くんやけどさ、勇気が出なくて」

 そこまで言って、少年が酷く怯えていることに気づいた。警戒している。

「……俺が手は出させへんから。絶対に。そんで、そこまで行ったら、もう君は自由や」

「……じ、ゆ……」

「そ。自由」

 少年は少し目を伏せた。俺の言葉をゆっくりと理解しているように見えた。

「……要は、一緒に逃げよって話。俺は王を一発殴らなあかんからな」

「……いいん、ですか?」

「当たり前やろ。まぁこれは頼み事やから、嫌だったら今ぱーって逃げてもえぇで。俺は別に追いかけへんから。傷口を綺麗な水で洗うのを忘れずにな」

「……」

「……どう?一緒についてきてくれる?」

 少年は少し考え、そして、頷いた。起き上がろうとするのを手伝う。手伝う時に頭に小さな角があるのに気づいた。

 あれ、この子ってそういや、なんの種族――

 バサッ

 考えているとその子の背からその身には大きすぎる翼が広がった。黒い、蝙蝠のような翼。

「あ……」

「……はい。……僕は悪魔、です」

 少年は申し訳なさそうにそう言った。



-red record-

「よぉ道化師」

「……来たか」

 たくさんの兵が集まる王の間。玉座に座る道化師の前にその悪魔は降り立った。

「来ると言ったのだ。約束を違えるものか。

 さて……皆の衆、名乗らせて頂こう」

 黒いローブを被った背の高い悪魔は、大きな羽を広げて誇示する。

「悪魔鏡族、現長、ヒベルナ=ジギタリス=ナルコレプシー。

 貴様らの王を、殺しに来た」

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