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第四話5 玉座

-red record-

「いっやー……」

 イヌは玉座に座り、暫く感慨に耽っていた。

「……っいやあー」

「何やねんお前」

「長年の夢がようやっと叶ったなーって」

「あそ」

「それもこれも全部お前のおかげやで、叶」

 子供のような笑顔だった。まあ、ガキん頃はいい子ちゃんだったわけで、今その反動が来ていると考えればまだ理解はできるが……

「そりゃどーも。別にどっちでもよかってん俺は」

「はは。けど、こっちについてくれた。ホンマに感謝してる」

「へいへい」

 前王の返り血で汚れた手袋は捨てられており、腕は魔術で洗い終えている。潔癖というのは本当だったのかもしれない。汚れたままの袖の下で、王冠のキーホルダーが揺れている。

「……ただ、俺の目的はこれで終わりやない。まだまだこれからや。怪我をした王都の住民は今俺の仲間が手当てして回ってる。俺はここの王になる。国民にもそれを認めさせる」

「そっかー、じゃあ頑張ってねー」

「待て待てお前どこに行くんや」

 立ち去ろうとする俺をイヌは引き止めた。

「何や。約束は守ったぞ」

「なんでそこで帰ってまうん?興醒めするわ。どうでもえぇならもうちょい付き合えや」

「嫌や面倒くさい。なんで俺がお前なんかに……」

「良い人生がわかるチャンスかもしれんで?」

 その言葉に少しだけ反応する。振り返るとイヌはニヤニヤと笑っていた。こいつ……

「なんでお前の夢を手伝うことが善い人生がわかるチャンスになるんや」

「なんでもやってみないとわからんやろ。いろんなことに触れたら、その分見聞広まって、良い人生ってのが何か、分かるかもしれへん。王に仕えるなんて今後一生涯無いかもしれへんのやで?そうそうない経験や。やるだけやってみぃひんか?てか、お前がおらんと成り立たへんのや。頼む」

「デジャブなんだけど」

 クソ経験至上主義者が。考えを巡らせるまでもなく、ため息をつき答える。

「飽きたら辞める」

「――!ありがとう!!!」

 イヌは呑気に素直に喜んでいる。赤黒いこの空間の中でも、空色の瞳は朝焼けのように美しかった。もしかしたら、俺のこの空白を埋めるのに奮闘してくれているのかもしれないと思い、そいつを心の中で笑おうとはしなかった。



 政権が変わると、イヌは国民の皆に演説をした。聞いていなかったのだが、大層立派な演説だったそうで、国民達は不安もありながらもそれを受け入れた。正直引いた。マジかよ、上の変動をそんなふうに受け取る辺り俺らのいた頃の日本とあまり変わらないな。これは国民の怠慢だ。それに対し別にわざわざ異を唱えるわけじゃないが。それも一種の選択だ。善くは、ないと思うが。あるいはそれだけ、イヌの演説が強力だったのかもしれない。霧生ほどじゃないが、イヌも多数を動かすのは得意な部類だ。国民全体を掌握して思い通りに動かす、ってのはギリギリヤツの能力オーバーな気がするが、そこは何とかするつもりなのだろう。小規模と中規模を足しても大規模にはならないんだけどなあ。

 俺が城内を歩いていると、よく近衛(最も彼らは前回の王に仕えていた者ではなく、元道化師集団の者なのであるが)に声を掛けられた。

 憎しみなどはなかった。むしろ何故か懐かれた。

「あ!カノンさん!お疲れ様です!」

「……うん」

 適当に返しさっさと横を通り抜けるがそいつらは律儀に頭を上げない。よくわからん奴らだ。俺に殺されかけたようなものなのに。あの裏切りが演技でなかったことぐらい、とうに見抜けていいはずなのだが。


 そして、イヌが無事国王になる夢を果たして、四週間ほどたった頃だった。奴が地下牢の異端者達を解放していないという話を聞いたのは。




「おい!アホ犬!お前どういうことや!!!」

 イヌが王になってから一ヶ月。これまでと変わらない生活をしていた俺だったが、噂話を聞いて城に乗り込んだ。玉座に座っていたイヌは俺を一瞥し、足を組む。

「どうした?」

「どうしたあやないやろお前!何で異端者解放してへんねん!お前それが目的やったんちゃうんか!?」

 俺としては珍しいぐらいに怒鳴っていた。何かが気に食わなかったのだろう。それを見て翔は深く溜息をつく。その様子にイライラが募る。

「……俺の目的は王となって国を治めること。異端者解放なんて最初から言ってなかったやろ」

「……俺はてっきりそう言うもんなんだと思ってたけど……なんやそれ、本気で言うとるんか?」

「あぁ。今何か改革をしたとして、それは国民の反乱を買う。何かを変えたくば、積み上げるものが必要。異端者問題なんて国民の心や生活に深く根ざした問題やもんな。これは時間がかかる」

「……それ、地下牢の異端者達にも同じことが言えんのか?」

「……。なぁ叶。国を治めるには力が必要、そう思わへんか?」

 なんと醜い瞳、美しい顔が台無しだ。これが宝の持ち腐れ、空色は腐った林檎のようだった。

「死んでしまった異端者や、もう意識の戻らない異端者は、引き取ってしまっていいと思うんだが……」

「はあ……お前、何かに触れたな?」

 その沈黙は奇妙な答えを示していた。本人には自覚がないのか?疑問を掘り下げる余裕はなく、そのまま追求を続ける。

「前のお前なら絶対そんなこと言わへんやろ。仮に被害を被るとしても、今苦しんでる異端者だけでも解放するやろ。するはずや、それがお前。

 俺はてっきり、異端者の生け捕りを続けるのはお前が保護するためだと思っていたが、噂じゃお前が前の王と同じように異端者を力の根源にしているという話。確かめに地下牢を覗いて見りゃ、異端者の数は前とほとんど変わらんかった。

 えぇか翔……いや、俺は諭すべきやないな。

 えぇんか翔!こんなんで!それで胸張って王になったと言えんのか!?」

 自分でもらしくないなとは思った。怒鳴るなんて久しぶりだった、少なくとも記憶にある限りではないはずだ。ここ数日何も食べていなかったからか、思考が上手く働かなかったのかもしれない。怒鳴ったせいで体力が根を上げていた。

「何をもう王になった気でおんねん!まだお前は王のフリをしてるだけや!」

「お前が『王』の何を知ってんねん」

「お前のことはよう知っとるよ。お前が何になりたいのかもよう知っとる!」

「……近衛」

 翔が静かにそう言った次の瞬間、俺は二人の屈強な男に取り押さえられた。羽交い締めにされる。

「地下牢に連れていけ。

 叶……やっぱりお前は王について何も分かってない。そんで、俺のことも何も分かってない。お前は少し頭を冷やせ。らしくないで」

「お前に言われたない!」

 強い力で引っ張られる。俺は抵抗もできなかった。

「翔!」

 力を振り絞ってそう叫ぶと、近衛の一人に腹を殴られた。そう強い力ではなかったが、体力の限界だった俺はそのまま意識を落とした。



 うっすら声が聞こえた気がした。イヌの怒鳴り声。兵士の奴らの声。

「……しっかり、せな。俺は王なんやから」

 ……誰だ、あいつ。

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