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第四話4 成り代わり

「こちらの部屋でお寛ぎください。ご夕飯は後ほど……もしよろしければ、お部屋までお持ちしましょうか?」

「……そう、ですね。まだお城の中のことはよくわからないので、できればそうしていただきたいです」

「わかりました。このフロアは自由に散策なさって大丈夫ですので、もし道がわからなくなれば近くの兵にお聞きください。それでは、ごゆっくりどうぞ」

 そう言うと、使いの男は退室した。一気に疲れが出て大きなため息をつく。

「なんかどっと疲れたわ。でもこれで一応信用は勝ち取れた……最後の辺りも、特に疑ってたりハメようとしてきたりしてる感じはなかったな……素直にスカウトされとるわ。よかった〜薬学かじってて」

 ベッドに身を投げ、仰向けになって寝転ぶ。

「……とはいえ、気は抜けんな。仮にも大嘘こいとるわけやし。イヌでもないから話したこと全部覚えとくとかは無理だから、いいところで国外逃亡するか〜……いや、したところで何もすることないしな」

 ここまでやってしまって言うのもなんだが、正直必要性を感じない。その場のノリでやっちまった。ある意味でノせられた、というべきか。状況が揃えば勝手に工夫して難なく生き残ろうとする、というゲーム脳を利用された。アタシってばなんて単純で扱い易い子なの!

「まあでも、そんな可憐な俺を騙したクソ野郎……翔に不利な情報は全部売ったし、あいつもこれで死ぬな。いっやー寂しくなってまうなあ!ざまー!」

 そのとき、嫌な予感がして思わず身体を起こす。物音ではない、人の気配でもない。

「……王の間か。賢いのがおるな。……それとも、俺が何かしでかしたか?」

 部屋を出て、こっそり階段を上る。行動が許可されたのはさっきのフロアのみ、見つかってはようやく勝ち取った安全な立場も危うい。警戒しながらも王の間に辿り着く。覚えてなくても案外何とかなるもんやな、などと思っていると、国王様!と元気な老人の声が聞こえてきた。

「恐れ多くも申し上げますが……先程の、カノンという男……彼の話し方は、『逃亡者』のそれに似ているような気が……」

 ……逃亡者。

 ベルゼの忠告を思い出す。そんな言葉もあった。

「何?話し口調は決してそんなことはなかったが……」

「確かに口調は違いました。しかし、あの堂々とした話し方。雄弁な語り。

 かつて見た、『厄災を招いた男』の語りに非常によく似ています。危険視された方がよいかと……」

「ううむ……それもこれも、道化師が捕まれば明るみに出るだろう。儂は信用しているが、もしあの情報が嘘であれば彼を問いただすのみだ。多少手荒な真似をしてでも、この国は安定していなければならない」

「はっ、承知致しました」

「……逃亡者、ね」

 俺はそう呟く。結局何なのかベルちゃん教えてくんなかったんだよな……

 誰かが来る前に俺はそっと部屋に戻った。


 結局、俺的には特段翔に協力するつもりもなかったのだ。ただその場の勢いや情を良いように利用されただけ。奴の掌からこぼれ落ちれば途端に意味も価値も無くなる。俺はそういう人間なのだ。





 約束の日、道化師集団は真面目にも愚かにも待ち合わせ場所にちゃんと集まったようで、頭諸共全員、ちょうど四十人と少しが捕まったらしい。ご苦労な事だ。

 翌日には俺は正式な役職を貰い、金を得て、表彰され、仕事と研究をすることとなった。とはいってもしばらくはこれといった仕事もなくただただ優遇されるらしく、俺は気侭に気になった資料を読んだり採集に行ったりするだけでよかった。たまに質問が来るが専門的な事じゃなくて医学的な……つまり、『この異世界特有の専門的なこと』じゃなくて、『俺の専門に近いこと』を訊ねられるので大抵は答えられるのであった。てなわけで仕事はちゃんとしてます、はい。無職からの脱却、これでベルゼちゃんにも笑われないはずだ。

 俺は明くる日も明くる日も女に手を出した。現世と同じ。

 酒を飲んだ。元々そんなに飲むほうじゃなかったのですぐに飽きた。

 ターフの味はイマイチだった。

 飯はいつも通り、特に味もせんかった。ただまーなんとも飯マズ文化というかなんというか……教会と離れると必ずつくオプションかなんかなのか、このときばかりは俺の味覚が随分鈍っていることに感謝したくらいビジュアルから酷かった。それ以外のこの辺ざっくり現世と同じ。

 いつも通りの日々が過ぎていった。優遇ありがてぇ……ゲームパワハラがない社会人最高。



 そして、二週間程経った頃。俺は何となく、イヌの指定した西の丘が気になり行ってみることにした。

「……ふぅ」

 見晴らしのいい丘でターフを吸う。そういえば道化師集団の頭……翔の処刑は明日だそうだ。特に興味もないが、あいつからすればそうでも無いのだろう。

「……ん?」

 俺は木の裏に文字が彫ってあるのを見つけた。何故かロシア語だ。ほんとに何故。

「……」




「ん?ヒノアか。どうした?」

「いやぁ。明日処刑されるアホどもの面でも見てやろうかと思いまして」

「おぉ、良いだろう。元々はお前の手柄だ!おい近衛、ヒノアを地下牢まで案内しろ」

 俺は屈強な近衛二人に連れられ地下牢を訪れた。そこにはよく見知った面子が繋がれていた。みな俺を睨みつける。だから言ったのに、とでも言わんばかりの表情だ。

「こいつがあの愚者集団の頭です」

 一番奥の牢に案内された。そこには血塗れの男が吊るされている。明るい茶髪はごわごわになっており、いつもの爽やかさは微塵もない。

「……ふうん。なぁお兄さん達。俺ちょっとこいつと話したいから少しだけ二人にしてくれる?」

 そう頼めば二人は素直に下がってくれた。俺はしゃがんでその顔をまじまじと見てみる。

「……」

 空色の瞳は翳っている。翔、と呼べばそいつは絶対に俺に向けない視線を向けてきた。

 鋭い、憎しみと殺意。思わず

「へーぇ。よう出来とるなぁ。流石やわ」

「……」

「ま、また酒でも飲もうぜ、来世にでも」

「……」

 俺は小さくぼそぼそと聞き取れない言葉を話そうとしているそいつにそう言って、立ち去る。裏切り者、とでも言ったのだろうか。だとすれば滑稽だ。

「……もう良いのですか?」

「うん。知り合いでも何でもないですし。阿呆の顔を拝めて清々しましたよ」

 俺は再び二人を連れて上に戻る。



 夜。王都は何者かによって襲撃された。

 襲撃に対し警備は満足に動かなかった。何者かが流した情報によって警備の仕組みは全て筒抜けであり、内側からそのシステムは破壊された。更にその日、何かしらのデマに踊らされた大衆や、誰かに煽られたのか血気盛んになった『排他された者達』が国内国外そこかしこで暴動を起こし、軍備が散ってしまっていた。

 途端に作用しなくなった中心部は一夜にして陥落し、王は殺され、新たな王が生まれた。

 王を除いて、無血開城。


 西の道化師は王を刺した。

 俺は満足気に笑うイヌが差し出す手に適当にハイタッチだけしてやる。要は、イヌの掌から逃げるのなんてそう簡単ではなく、どこまで飛んでも生きているうちは逃れられない釈迦の掌には勝てないというわけだ。

 どこまでいっても、俺には道化師の味方になる理由も、王に味方する理由もなかったのである。




-white recollection-

 時は戻って前日の夕方、俺は酒場を訪れた。本日三軒目の酒場だったが、ようやく探し物を見つけることが出来た。

「お!クズ!遅かったな!!うぇーい!」

「ん」

 元気よく片手を突き出してくるイヌに、軽くハイタッチだけ返してやる。

「いやーヒヤヒヤしたよね!正直!」

「うっさいわ。ほんっまに、なんで俺がお前に協力せなあかんねん」

「今更やろ。てか裏切ったんやから当たり前やろ」

「……はぁー」

 まぁ早い話、こいつがどうせ裏切るであろう俺に本来の待ち合わせ場所なんか指定してくるわけがなく、そこに向かわせたのは数人の残党と替え玉だけだったというわけだ。わざわざ騙されてやったというのにこの誇らしげな顔……俺が騙されてくれると分かっていたみたいな、騙されてくれないならもっと上手く騙してたぜとでも言いたげな腹立たしい明るい空色。せめてもと顔を殴ろうとしたがそれすらバレていたらしく軽く片手で止められた。

「あの替え玉って前言ってた魔導師さんの力作?」

「そうそう」

 頼んで出てきた地酒を飲みながら聞くと楽しそうにそう返される。

「まぁ正直、色々聞きたいことはあんねんで?何で情報そんな早く売ってしまったのかとか、嘘偽りなく全部バラしちゃったのかとか、ね。俺らを売って飲んだ酒は美味かったか?」

「やーん性格悪い。味の件は知ってるやろせめて俺を酔わせるような酒奢れ」

「今日から酔ってどうすんねん。んでもって性格悪いって、お前にだけは言われた無いわ。

 ただ、まぁ、結果オーライやな。あいつらは明日処刑だから即救出するぞ」

「勝手にせぇ。俺は関与せんぞ」

「おぉ、えぇで。その代わり、情報全部出せ。そのための潜伏……というか、そのために泳がせとったんやから」

「悠々自適に泳いでたわ。ちゃんと対価払えよ」

「あの王よりはえぇもんやるよ」

 目の前の馬鹿な男は美しい青を光らせて不敵に笑う。

 説明するのも面倒な事だが、やっぱり一言で言うならば全部イヌの誘導、自由に泳ぐ俺に全て合わせて強かに策を進めていたのだった。



-white recollection-

 俺は薬師をしながら、こそこそと出掛けては陰謀論を流しまくっていた。商人は出ていくし最近重税のためか生産効率が少し悪くなってる。上がる物価に一片の不満も持たない人間なんているわけがない。どんなに水を清めようとしても、少しずつ、少しずつ、膿は溜まるものだ。愚か者は自分の不安を紛らわせたいがために陰謀論と踊る。

 兵士の何人かにも嘘をついた。どこで何を聞いた、だの、それこそ陰謀論だの。そうやって手玉に取るか踊らせるか騙すかをして兵力の分散を図り、イヌが今夜起こすであろう暴動に合わせておいた。併せて恐らくイヌは俺の作戦通り、ちまちまと周囲の『王国に恨みのある者』を踊らせて各地で暴動を起こさせたのだろう。

 内部と外部で同時の暴動。相手が変われば当然対処も変わる。老年でこのところ“何故か”体調不良であった国王一人では捌ききれなかっただろう。最近近衛も“原因不明の病”や家族の“重篤”で帰ってしまっていた者が多かったところだし。……意外と俺働いてんな。

 とはいえ備えてはいたものの完全にイヌの手中にいた。あまり善くはないのだろうか。まあ初陣だ、善悪は今考えている、ひとまずはあの馬鹿に乾杯と行こう。

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