第四話3 裏切り
「なんと!やはり西の道化師に狙われていたのだな?」
「はい。全て思い出しました。
あの日、私は故郷のアリシアを出て仕事のために採集をしておりました。近頃本国の西側に悪魔が出たという噂を商人伝いに聞きましてね?私は薬学を嗜んでおりまして、趣味が高じて仕事にも恵まれておりました。若い時に取った資格が役に立ち、多くの人の命に関わりました」
「ほう……その若さにして、アリシアで名を馳せたと。素晴らしい、うちの国の医者にも見習ってもらいたいものだ」
「いえいえ、私など。アリシアの中ではただのしがない医者の端ですよ。確かに他の研究者の方々よりはいくらか若いですが、歳ですかねぇ最近体力も落ちてきていまして。なにぶん研究浸りでなかなか陽の光を浴びていませんでしたから。
アリシアの国王様に、ヒノア・クレーゼスという名をお尋ねください。確認は取れるはずです」
「ステアリッジ、今すぐアリシアの王に確認を」
国王が宰相にそう告げる。成程……あいつらアリシア王国と繋がってることはガチでちゃんと隠してたらしいな。今ざっと見てたが誰一人怪しむ素振りを見せなかった。
「実は私……どこの生まれかはわかっていないんです。捨て子だったらしく……最初に拾ってくださった恩人があまりに気立てのいい素晴らしいお方でして、今こうして三十まで生きさせてもらってます」
ヒノア・クレーゼスはクスタクの、例の鏡族の長とやらが人間に化けて使っていた名だ。薬学が実はこっそり有名なアリシアで薬学研究者を名乗るとは、豪胆なスパイもいたものだ。しかもそれで、しばらくは隠れた名医として静かに過ごしていたと言う。名が知られた後も実績を残し名を馳せる、と……
イヌに仲間自慢グセがあってよかった。よく喋る、あれが王になってしまば家臣は大変だろう。そんな未来は無いだろうが。
「……研究症なもので、ついあの日も採集に向かってしまったんです。その時……悪魔と出会ってしまいました。道化師共に力を貸している、卑しい悪魔に。
そのまま道化師に捕まって、私の研究を聞き出そうと、それからアリシアや……ほかの国々のことも、たくさんのことを聞き出そうとしてきました。時には、かなり粗悪な手段で」
「そうか……それで、敵の規模は」
「獣人が七体、悪魔は他に三体、魔法使いが二名とゴブリンが十体ほど。魔導師が一名、人間も二十名ほどおりました。他にもはっきりとは姿が見えませんでしたが、全部でざっと四十人ほど。
私は数日前、ゼラト様と別れ職を探していたのです。しかし、尾行されていたのでしょうか、再び捕まってしまいまして」
ベルゼが謎に名乗っている偽名、調べてみればこの国には七人の賢人がおり、その七番目、最も若く歴も浅いが最も賢人にふさわしいとされているのが賢人ゼラトであった。経歴を見たところ、成り代わったのではなく最初からベルゼが忍び込んでいたようで、一から三までは病床に伏しているとのこと。いかにもきな臭いが、この王はさして気にしていないらしい。
「なるほど。そこで思い出したと」
「はい。……ちょうどその時、国王様が派遣してくださった軍隊がアジトを焼いてくださったので、なんとかその混乱に乗じて逃げることが出来ました。このご恩は一生忘れません」
「ははっ、そうか……しかしなぁ、生憎頭を逃がしてしまった。捕まえた六名も全く口を割らん」
「その事なのですが、私彼らの会話を聞いてしまいまして」
「ほう?」
「四日後……つまり今日では三日後、王都の西側の丘で落ち会おう、と」
「成程……でかしたぞカノン、いや、ヒノア!」
「いいえ、御恩に報いるのは当然です。彼らの目的は革命。あなた様にこの国で生きる許可を貰えなかった半端者がこの国で生きようとしている。
しかしそんなことがあれば……国を形成する力のない者がどっと押し寄せれば社会は不安定になってしまう。持たざる者だけが得をし、持っている者が搾取される。そんな理不尽な社会があっていいものか」
「そうだ。その通り!我が国の為にも、西の道化師は排除すべきなのだ、一刻も早く」
うわ言のようにそう言い放つ国王を冷ややかな目で見つめる。こいつも大概イってんのな。
「兵士長、三日後に奴らが現れたところを襲うぞ。住人を避難させておけ。警備に穴を開け誘い込ませるんだ」
「はっ、準備に取り掛かります」
おまけに建物に被害の出るやり口。もはや王都であっても安全ではない、国民にそう思わせた時点で国は終わりだ。ここにも長くはいられないだろう。
「ヒノアよ。この報酬は必ず、お前の望む形で与えよう。その前に、お前の故郷の話でも聞かせてくれ」
「はい、もちろんです」
上手く嘘が通じてよかった。
ベルゼから聞いた話、翔のコネ、確認がいってもある程度裏が取れる、証人になってくれる関係を即興で作る。騙し合いの場であったり大掛かりなホラ話だったりのような上等な嘘を組み立てるのは苦手だが、嘘を本当のように、真実を偽りのように見せるのだけは得意だ。饒舌に、堂々と。語れ、騙れ、霧生のように。
俺は辻褄を見失わない。俺はボロを出す隙を隠せる。俺が雄弁と語るのを国王は楽しそうに聞いていた。俺の勘は自分でも優れていると自負できる。まずいと思ったら退く。そうやって生きてきた。それで何とかなるのが俺だ。この異世界に来て二週間の知識で、俺は知らぬ三十年を語る。行ったことも詳しく聞いたことも無い隣国の話を一つの矛盾無くしてみせた。顔も知らない人間の幼少期からの思い出を、近況を、一つとしてズレのないシナリオとして描いて見せた。決して平凡過ぎず、異質過ぎず、つまらなく思わせることなく、飽きさせず、少し聴き応えのある一般人の人生を。生きてりゃ人間、話の種くらいいくらでも生まれる。話してりゃ人間、経験を武勇伝にしたがって少し誇張することだってある。
俺はそうやって嘘を紡いだ。結果はどうやら大盛況らしい。国王は優雅に手を叩く。
「ヒノアよ。よければ城の一室を使っては見ないか?」
道化として雇うつもりか、と身構えれば国王は笑顔で続ける。
「もしそなたにその気があれば、国王直属の研究者として雇いたい」
「……よろしいのですか?私は既にあなた様に恩のある身。そこまで優遇されては、いくらお優しき国王様と言えども……」
「いいや、そなたの実力を見込んでだ。後日改めて話をしたい。今は……道化師だな」
「えぇ、おっしゃる通りでございます。あの憎き道化、王に刃向かう害虫をこの世から消し去らねばなりません。では、お言葉に甘えて、本日はお城で休ませていただきます」
「おぉ、ゆっくりしていきたまえ。ハーゼク、彼を案内してやってくれ」
「はい。お引き受けしました」
男が一人やってきて部屋を案内してくれる。礼儀は何度も欠いていたはずだが、何故か許されている。これは自分の口の上手さ故か、国王に何か裏があるのか。部屋を出る際国王を一瞥したが、いまいち分かりかねた。




