第四話2 下準備
「……っと、まぁあらかたこんな感じかな。なにか質問は?」
「いや特に。面白みのない森と荒地だったよ」
「そうか」
イヌはウンウンと頷き、フードを深く被った。稲穂色の髪が押し込まれる。
「しかしお前……ようあの数の仲間集めたなぁ……昨日まだ何人かおる言うとったけど、全部で何人ぐらいなん?」
「……ざっと四十人ってとこかな」
てことは八十五人はいるな。
イヌは数を偽る時ざっくり二分の一以下の数字を言う。ま、偽るんなら俺もそれに騙されたフリをするほうが、ちょうどよくことが運ぶ。
「まぁ、ちゃんと覚えとけ。俺ならこの辺のことはすぐに覚えれたが、お前もそうとは限らんしな」
「こんなん覚えてなんの役に……」
「万が一の為だよ」
「……。お前さぁ」
風が吹いた。
俺はフードを押さえる。風がローブをはためかせる。ローブを音を立てて風に揺れた。風が止み、空色の瞳があらわになる。湿った梅雨空にも見える、青。濁った天色。
「……なんや?」
「……えぇわ、もう。辛気臭いし。はよ帰ろ」
「せやな!」
特に追求せず、翔は笑顔を見せる。日はとうに暮れていた。
翌日、翔は道化師として、更に仲間を集めようと郊外に出て行った。俺はそれにはついて行かず、午前中は部屋にこもっていた。水を飲んだり用を足したりするために部屋の外に出ると他の奴らとも顔を合わせたが、向こうは睨んで来はするものの何もしてこなかった。翔の忠告が効いている、そこそこの組織だななんて評価する。
正午を過ぎたあたりで部屋に籠っているのにも飽きてしまって、仕方なくサーカス場内を適当にほっつき歩く。しばらく廊下をさまよっていると、扉の壊れた部屋に行き当たる。覗き込めば本が大量に積まれており、その全てが翔のものらしいと分かる。適当に一冊、手に取って開く。
「……おお、あいつなんや、面白そうなもん読んどるな」
翔の仲間たちを見たところ、識字率はあまり芳しくなかったし、この系統の本はあいつが読みそうなので、さすがに全部翔のもののはずだ。あいつはあれでも読書家で勤勉家、正確に似合わず体育よりテスト派の人間だ。つまらなくてくだらなくて真面目でダサい。顔が良くて声も通るし堂々としているから一軍に所属し続けていただけの男。
「……ん。哲学政治……よりよいリーダーの在り方?真面目かよ……啓発本もあるな。これが歴史の負の遺産か……」
俺にしてみればわりかし嫌いなジャンル。俺らの時代と何ら変わりない。いかにも翔の趣味。
「預言者まり……なんだ、なんて読むんだこれは。日本語だったのに突然崩れた、やっぱ純正の日本語ってわけやないのかな……それかあいつが訳したものか。違うな、あいつの字はもっと教科書っぽい字だし。
預言者マなんちゃらの予言によれば、異端なる者、人の蓄積をうち崩さんと、きっしょい訳……言語でくれよせめて、その方が読めるから」
分厚く難解でヘンテコな歴史書を読みながら、頭の中でここ数週間の見解をまとめる。俺はこの世界を、俺らの住んでいた世界の未来であり平行世界か何かと捉えることにした。世界軸も時間軸もズレていると考えることで納得した。全くの別物とするには似すぎているし、かといって接点があるかといえばそうでは無いような。物理に明るいわけではないので平行世界とか時間とかはよく分からない。どちらかといえばイヌの分野だろう、か、そうか?そうでもないような。仮説は多い方が良いが、いまいち掴みきれない。そもそも自分の目的すらまともに定められていないようなのだから、この分析にも目的や意味があるとは思えない。それでも、考えるのをやめてはならない。それが善を諦めないということだ。善は未だ分からないが、善でないものは分かる。怠慢、諦め、中断。善を諦めることだけは、あってはならない。自分が善になれないならば、その理由含め全て明らかにする。自分が生きている間は決して、考えることをやめてはならない。生きることをやめるのは自由だ、今でもいい。
……いや、今はマズい。このままにしておいては致命的にマズい人間がいる。今死ぬのは、死んだっていいだろう。飯沼唯翔がなんだと言うのか。
突然思考が冷静になって、顔を上げる。息をつき、静かで埃臭い部屋を見渡す。
歴史の本だけでない、薬草の本なども積み立ててある。読んだ形跡がない、ただ集めただけというような並べ方。そこまできっちりではないが整理整頓されている。幅広いジャンルを一通り。勉強家で努力家、用意周到な彼らしい。思わず笑いが込み上げてきた。
「……ふははっ、アイツらしいもんばっかやな。なんか久々にあいつっぽいなって思えるようになったわ」
もう一度、息をつく。今度は安堵が含まれた一息。そして、俺は何をしているんだろうと我に返る。旧友の面影を探しているような。辿っているような。
「変な感じやな。なんでこんなことしたんやろ。ストレス解消?……ま、ええわ」
俺は本を元の場所に戻し、薬草の本を数本勝手に拝借して、古びた部屋を出る。ボロ天井から夕日が差していた、日が暮れていた。イヌは外をかなり回っていたようで、帰りが遅くなったらしい。
自分は自室で本を読んだあと、いつの間にか眠ってしまったので、その日はイヌに会うことなく一日を終えることとなった。
ことはその翌日に起きた。
「クズ!おいクズ!起きろ!」
喧しい声に目を覚ます。掛けられた布団と片付けた覚えがないのに丁寧に積まれた本。夜誰が部屋を訪れたのかがひと目でわかる。その張本人が予想された行動から最もかけ離れた大声で叫んでいる。
「……あ?何や朝っぱっからうっさいのぉ……」
「言うとる場合か!すぐ支度しろ!」
「支度?なんの?」
「えぇから!」
イヌが俺を駆り立てる。俺は仕方なく着替え、荷物を一通り詰める。読んでいない本が一冊だけあったため、一緒に詰め込むくらいには呑気だった。そこにイヌは袋に入れられた食料となけなしのターフと謎の草が入った瓶を投げ込む。
「えぇか、クズ。よお聞け、落ち着いて聞け、落ち着いてないときなんかないなお前に」
「お前が落ち着け」
「四日後、王都の西側の丘で待ち合わせや。地理が分からん?知るか、行きゃ分かる。
ええな、必ずそこで合流しよう」
「は?めんど」
「えぇから、ほら!!!」
イヌはそう捲し立てると部屋を出ていこうとする。その背を追って、廊下を走り劇場側に出ようとするイヌを呼び止める。
「おい、イヌ」
イヌは立ち止まり、振り返った。お前は逆方向に行け、という目。ここ数日の準備を思い出し、させようとしていることに察しがつく。
「お前はえぇんか。逃げんで」
「……察しよすぎやろお前。安心せぇ、俺は死なへんで」
にっと笑ってそう言うと、翔はそのまま駆けていく。
俺はため息をついて、目で言われた通り逆方向へと進む。何もかもあいつの手順通りか。ここは一応芝居打っておくことにしよう。そう思い俺は裏口へと向かう。
建物全体が少し焦げ臭かったような気がした。
裏口から出ると、そこは鬱蒼とした森だった。俺は獣道を抜けながら進む。ローブは途中で脱ぎ捨てた。邪魔だったからだ。少し離れてからサーカス場を見てみると、火が上がっていた。読めてない本がいくつかあるな、なんて思って、その場を後にする。
そうして半日ほど掛けて遠回りに歩き続け、ようやく王都に戻ってきた。
「……結局俺はここに逆戻りかい」
思わず、そう呟く。
持たされていた金で適当な宿に泊まり、翌朝城に向かう。俺は国王に会いに行き、西の道化師の情報を全て売った。




