第四話1 触れず、語れず
廃墟にやってきた翌日の朝。汚い部屋で俺はあまり気分の良くない朝を迎えた。目が覚めてすぐ身動きが取れないことを自覚し、嫌々目を開けてみれば縄で全身縛られている。そのまま視線を上げれば屈強な獣人が二人。
「……えーっと、一応聞きますけど、これは一体どういう?」
「お前はボスを舐めている」
「ここに来てからずっとだ」
それはそうですけど。
「ボスはお前の行動を許しているようだが、俺らには理解ができない」
「裏切るかもしれない人間なんて野放しにはできないからな」
「……で?俺をシメようと?」
「そういう事だ。物分りがいいな」
「人間でもそれくらいの脳はあるんだな」
「こういう事例には慣れてるもんで」
てめえらのボスも人間だろ、と思いながらそう返答すれば、二人の獣人の眉が不快げにぴくりと動いた。地雷踏んだー
「ボスのことを、そして俺達のことを舐めすぎだ」
「これからどんな目に遭うか、まるで分かってないみたいだな」
「困ったなぁこういうプレイは好みじゃないんだけど」
再びため息をつくと、頬に衝撃が走り、俺の身体は壁に打ちつけられていた。視界がチカチカする。何度か咳き込み、霞んだ視界に捉えた獣人に舌打ちをする。
「いきなりかよ……ゲホッ、タチ悪ぃな……」
「タチが悪いのはお前だろうが」
「立場を弁えろ、人間風情が」
口の端から血が流れる。俺は自分でも嫌になるほど冷静な頭で、そのまま相手を見据える。睨みつけるでもなく、怯えるでもなく、ごく自然に。せめてフリでも怯えてしまう方が良かっただろう、あるいは怒りを見せるべきだった。そういうことが分かったところで、この状況で咄嗟に道化になれるほどの技量は自分にはない。予想通り揃って気に食わなかった獣人どもは、脳の血管の筋を浮かばせる。全く、つくづく嫌になる性質だ。……つくづく嫌になると言えば、ついでにもう一つ。
「お前、生意気な……」
襟を掴まれ宙に浮く身体はなおも動かない。獣人は牙を見せて脅しにかかる。
「いい加減自分の状況を――」
「やめろ」
突然、扉の方から声がした。獣人の動きが止まり、ゆっくりと扉の方を見る。
「……ボス」
「ん、おはよーイヌ。遅刻やで、間の悪い男はモテへんよ」
「うん、おはよ。お前朝からひっどい顔やな。整形したら?」
「息を吐くように悪口を吐くなや」
イヌは呆れたようにため息をつく。一度目を伏せ、再び視線を上げて獣人二人を見つめる。冬の雨空を映した窓ガラスのような瞳に見つめられ、獣人二人は思わず姿勢を正す。
「……ラーク、セイナ。お前ら何やってんだ」
「けど……こいつが」
「昨日の話聞いてなかったんか?ほら、帰った帰った。そんな奴に時間割いてるくらいなら、訓練でもしとけ。決戦は近いんやぞ。
あと、飯の時間やから食ってこい。ろくなもん揃えられんかった、すまんな」
「いっ、いえっ、ボスがいつも頑張ってくださっているおかげで、俺らみたいなもんも今日まで生きていられるんです……!」
「そうです、だからそんな……」
「あーそういうんえぇからはよ行ってくれへん?俺そういう感じの人情もん好きじゃないんだよね」
つい数言前まで同情を誘う語り口をしていたはずなのに突然イヌは冷めたようにそう言った。お得意の人心掌握だ、きっしょーようやるななんて思っていたらすぐにこれだ。俺と同類の、人情モンの中に我が身があると鳥肌が立つ性格。案外前回の世界から何も変わっていないんじゃないだろうか。
「はい!失礼します!」
獣人は俺を適当に放ると、二人揃って部屋を飛び出して行った。残されたのは縄で縛られた俺と、それを腕を組んだまま見つめるイヌだけであった。
しばらく見つめあった後、イヌが吹き出す。
「何がおかしいねん」
「何のプレイやねん笑」
「これが!そう!見えんのか!お前の目は見た目ばっかで腐っとるらしいのお!」
思い切り笑ったイヌは、やれやれと言ったように両手を振りながら近づいてくる。
「はぁー笑った笑った、お前は朝から何をやっとんねん」
「俺完全に巻き込まれた側なんやけど……」
「はいはい」
イヌが縄を雑に解く。解き方が分からず、適当に引っ張ったりちぎったりしている。
「痛っ……ちょっと、優しくして……?」
「きっしょ」
「文面だけで判断すんなや。こっちは切実やねんぞ」
「はいはい」
「あんなんに壁に打ち付けられたら痛いに決まっとーやろ」
「はいはい」
「お前……!」
「そうイライラすんなって。八割はお前が悪いんやから」
長い睫毛の影が掛かった星のような瞳はじっと自身の手元を見つめており、作業に集中していることが分かる。わざと雑に解こうとしているわけではないらしい。余計にタチが悪い。
「お前昨日のこと根に持っとるな?」
「当たり前やろ、何言っとんねん。友人だからって何言ってもえぇってもんちゃうねんぞ。お前『親しき仲にも礼儀あり』って言葉知っとるか?」
「親しくないやろ」
「尚更あかんやろ」
無事縄を解ききると、イヌはそのままの流れで部屋を片付け始めた。
「……何してんの」
「昨日片付け途中やったろ?お前どーせ片付けてないんやろーなーって思って来てみたら案の定やったな」
イヌはきっと、俺のことを助けるためにここに来たわけではないのだろう。イヌはいつも、俺にとってだけは間のいい男だ。嫌になる性質、こいつとの腐れ縁は自力では解けそうにないらしい。
「懐かしいなお前の片付け」
「せやな」
「まぁお前がお節介で助かったよ」
あぐらをかいてターフを吸いながら、棒読みでそんなふうに言って見せたのだが、イヌは完全に聞き流したようであ、と声を上げる。
「俺、お前の役割取ってもーたな」
「どういうこと?」
困惑をそのまま伝えると、イヌが首を傾げて耳を小さく動かして言う。
「お前さ、昔、ヒーローになりたいとか言っとったやろ?」
「か、叶?」
イヌが俺の肩を揺すっている。目を開くと空色。天とも地とも例えられる美しい空色の瞳が俺を捉えていた。整った顔が目の前にある。
そこにはちゃんと心配の色があった。
「……ん、ん?イヌか、どした?」
「いやどしたちゃうよ、急にまた……考え事か?その、考え事してる時に完全にこっちの世界からどっかいってまうのやめてくれへん?面倒やから」
「……いや。
……うん、そう、やな」
目を逸らして項垂れた腕の先のターフを持った指に視線を落とすと、イヌはさらに顔を近づけて耳を動かす。
「どないしてん」
「何でもない。……って、部屋結構綺麗になっとるやん。お前どんだけ俺を放って片付けてたん?」
「気づいたら目瞑っとるんやもん。どこのタイミングで考え事始まったんか分からんかったわ。おかげで聞く人おらんのにずーっと喋ってもうたん」
「はえーヤバいやつや」
「誰のせいやと思っとんねん」
誰のせいだろう(すっとぼけ)。
「……ま、とにかく」
「ごふっ」
翔が何かを投げてきた。突然のことで反応しきれず顔に直撃する。そのまま後ろに倒れて床に頭をぶつける。顔に乗った厚い布を剥ぎ取り、勢いよく起き上がる。
「何すんねん!」
「それに着替えろ。周辺を案内する」
翔は俺を見下してそう言う。氷柱のような薄い色の目が冷たくこちらを見ている。
「案内?なんでまた?」
「何かあったときにこの辺の地形分からないんじゃどうしようもないだろ。それにここ、一応お前の家になるわけやし」
「……あんまり長くはお世話にならなそうやけどな」
「少なくともあと一週間はおるし、任務終わったらまた帰ってくるわけだから、知ってて損は無いよ」
「……そういえば、それなんだけどさ」
俺はあぐらをかきなおし、頬杖をついて翔を見上げる。
「お前何年この世界におるんやったっけ?」
「だから三年やって」
「三年も。はー、一人でこんな世界を生き抜いとったんか。流石やなー」
翔は冷たいままの瞳で俺を見下ろしている。どのくらい見透かされている?見透かした上で無視しやがれクソ犬野郎。
翔が返答しようと口を開いた瞬間察する。見透かされていない、この会話に言葉以上の意味は込められていない。
「感情こもってないで。
それに、一人やない。一応最初は魔族のお兄さんも手伝ってくれてたし、その後は鏡族の長にも匿ってもらったし、今じゃこうやって同志を見つけて暮らしてるし。王国の厄介にはなってないけど、一応市場として利用させてもらってるしな」
「はえーえっらい濃密な三年間やなあ」
翔……イヌはそこで目を丸くし、ちらと視線を右に逸らす。
「……まー、異世界ヤカラネ-」
「はーあ」
疑いの目でじーっと見つめていると、イヌは不服げな目を向けてきた後、ため息をついた。
「……三年間、ただ一つの事のために頑張ってコツコツ企ててきた」
「王国転覆をか?」
「王になることを、だ。目的はあくまでそれ」
「……」
王国を転覆なんかしないでも、この連中引き連れて王を名乗ればいいだけの話じゃないか。そんな半端じゃ、王として民衆を導くなんて、無理な話だ。
そう思うが口に出さない。
口に出さないが、イヌは俺の様子を見て何かしら察したようだ。僅かに言葉以上に会話が膨れた、それだけで今の俺には十分だ。
「まぁ、俺の意地って言われればそれまでよ」
「えぇやん。意地で最後まで頑張れたら、あの人に――」
……。
「……叶」
見かねたイヌが俺の名前を呼ぶ。
「ん、何?」
「はよ着替えろお前は。俺かて暇やないねんぞ。せっかく部屋片付けてやったんやから、はよ動け」
「あーい」
適当に返事を返し、貰った服に着替える。動きやすそうな服だ。部屋を出ると翔が待っていた。
「……なんや、なんでそんな中途半端なんや」
「ん?中途半端って?」
「だから、なんでシャツ着てんだよ」
「え?えぇやん別に」
「……お前もお前で固執してるような気がするけどなぁ」
「なんか言った?」
「んにゃ、何にも」
イヌはまたくるっと態度を変え、さぁ行こー!と元気に声を上げた。
俺はその背中を冷めた目で見つめる。




