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第三話4 嘘つきソシキ

 貰った部屋の片付けを十分程度行い、やる気をなくしてサボっていたが、いつまで経っても翔が帰ってこない。仕方なく部屋の外に出て、元の広間に戻ってみると、翔の仲間達の殆どがデカいテーブルを囲んで頭を寄せていた。

「なんや……密やぞお前ら」

「おうクズ、来たんか。懐かしいなあそれ笑。

 えぇねんそんな、お前も来い、ほら」

 翔がすぐに笑顔を引っ込めて真面目な顔で手招きをする。

「えー嫌やー」

「お前にも関わることなんや、ほら早く」

 いいえを選べないイベントだと踏んで仕方なくテーブルの上を覗く。そこには王都の地図が広げられていた。

「なんや……地図?反逆でも起こす気か?」

「まぁな」

 まさか肯定されるとは思っておらず、えぇ!?と変な声を上げる。

「なんやお前、騒がしいやっちゃな……

 んで、王都を攻め落とすわけやけど……」

 そこでちら、と翔がこちらを見てくる。不意に視線を寄越され戸惑っていると、翔は特に何かあった訳では無いようで再び薄氷のような瞳を他の仲間に向ける。

「勿論無血開城に越したことはない。俺らは無駄な殺戮をせず、王国兵だけを倒し、城に直接乗り込み、国王に開城を認めさせる。そうして王都を乗っ取る!

 あの国は遠い国の戦争のために軍を動かしている最中、しかもその多くは純族の半端もんや。この組織は、たしかに人数は国の軍や警備隊に比べれば少ないかもしれない。しかし!個の能力は高く、俺には指揮と戦略の際がある。少数精鋭、暗殺部隊二つと陽動部隊八つに分かれ、スマートな勝利を勝ち取る!これや!」

「流石ボス!」

「やりましょう、我らの大義のために!」

「よし!ではまず……」

 いや、いやいや。

「待て待て待て待て知能の足りない脳筋犬さんよぉ」

「誰が脳筋じゃボケ」

「お前……それ本気で言ってるつもりか?」

「当たり前やろ。俺はいつでも本気や」

「へぇ……」

 鼻で笑ってやると、翔は苛立ちを隠さず、しかし聞く姿勢を取った。

「何が言いたい?」

「そんな甘い計画が上手くいくわけないやろって」

「……なんで甘いと思う?」

「仮にもこの世界ではある程度の文明が栄えてる。銃だってあるし大砲もある。お前の認識がどの程度なのか知らんが……半端もんで国の内情を知らんはぐれ者共には、その物量なんか分からへんやろ」

 第一あの国にはそれらを隠すきらいがあったように思える。城に入ったときの匂い、警備の装備、余裕からして、魔法とは別に科学技術が歪んだ発達をしていることは間違いなさそうだった。銃の話は、ベルゼには通じた。だが文明が合わない、世界のどこかに科学技術の発達した尖った国があり、そこから王家に直接流されている、というのが俺の推測だった。

 イヌは余程のことがない限りリスクを嫌う。その余程のこと、というのが子供を助けるとか異端者がどうとかいう面倒かつ不可解なことであることはさておき、少なくとも西の道化師が最大限警戒されている国で、その素性を隠しているにしても王や警備隊に近づくとは思えない。そういうのに他人をうまく誘導して情報を集める、というのがイヌの手口だ。だが……

「翔、お前周り見てみろ」

「あァ?」

「俺以外で、だ。お前の仲間に、俺と同レベル程度でいい、科学知識があって、ここぞっていう情報を見逃さないブレーンは何人いる?」

 翔はその瞳に俺を捉えたまま、考え込むフリをした。ああ、分かるとも。今お前は頭ん中で二人数えたな?

「そもそも、なぜあの王都があれだけ大都市に発展し、領土を支配し、政治を担っているのか分からないのか?

 あれは武力ゴリ押し、戦争前提の矢印ごちゃごちゃ国家だからや。今あの国に共和制は死ぬほど合わん。王にはどうしてもいてもらわなきゃならねえ。お飾りの王か、独裁者か。そこで独裁者を保っている、お前らみたいに不満を持つ人間なんていくらでもいただろうな。あの国には諦めをつけて別の国に逃げるやつだって大勢いる」

「お……オレたちはそんな腰抜けとは違ぇ!長々と何だてめぇは!」

「聞け、畜生共。

 答えは簡単だ。あの城……あれは要塞や。ざっと見ただけでも侵入を拒む罠やあの手この手で敵を欺く仕掛けだらけ、俺には分からんが多少は魔術もあるんやろ。そこにお前らにとってほぼ未知の火薬。国際法か何かでもあるのか、随分制限があるみたいやな」

「……そうだな。銃の入手はかなり高い優先順位で取り組んでいるが、全くダメだ。魔族は火薬の匂いが苦手だから、それもあるが」

「仮に侵入ができても、そこでの暴動は全て抑えられるだけの兵を持ってる。力を持ってる。戦争、侵略、支配のプロ。お前らみたいなアマチュア革命家なんて屁でもねぇんだわ。

 なぁ翔、お前はわかっとうやろ。全般的にお前に足りひんのは力や。どれだけ行いが立派でも、やろうとしている事が正義を満ち溢れていても、夢が偉大でも、力がないとなーんもできない。前回でもそうやったんとちゃうんか?結局、全部力がないから達成し得なかった。お前がどれだけガキ共を助けたくても、結局霧生がいなけりゃどうにも……」

 あぁそういや、あいつどうなったんだろうな……最後訳わかんないこと口走ってたけど、あの後あいつは……

「……確かにお前の言うことにも一理ある。

 俺は常に力がなかった。だから王都を勝ち取り、力を得たい。お前の意見は取り入れよう、どうすればいい?」

「え?」

 翔の目はやはり凪いでいた。まるで雨が止んだ朝の澄んだ水たまりのようだ。調子を崩すことなく、翔は繰り返す。

「この作戦は甘い、ならどうすればいい?と聞いている」

「……ん?えぇっと……」

「要は向こうには俺らを鎮圧させられるだけの力があって、うちにそれを予想することのできる人材もおらんくらいの戦力差があるから、誰も殺さずにーとか、そう簡単に王都が乗っ取れると思ってるこの作戦が穴だらけや言うとるんやろ?ちゃうんか?」

 まずいなぁ……これ、釣られたパターンか。

 このクソイヌ野郎、油断してたらすぐこれだ。苛立ちを隠さずとかじゃなくてわざわざ見せてきやがった。素人童貞め。

「いや……まぁせやけど。俺まだこのせ……この国来たばっかやし、そんなどうすりゃえぇかなんて点でわからへんけど……」

 言いつつ地図を見る。こうも簡単に踊らされてしまうとは。ここまで来ると仕方が無いので言うしかない。潔く負けを認めよう。

「……えっと、まず向こうの兵の状況を調べないといけない。それから向こうさんの持つ武器も、警備状況、暴動の鎮圧の為にどう動くかも。さっきのだってただの予想だ、裏をとれ。無いものを予想するよりあるものを集める方がよっぽど得意やろ、クスタクとやらは。場内への侵入方法、王の間への到達経路、そのための作戦……兵の誘導や王の避難先の特定、向こうの動きをある程度予測しないと」

「つまりスパイも必要ってことやな」

「そんでもって、大衆にデマを流す奴、内輪に仲間を作ること、国の周りをぐるっと敵対勢力で囲んで戦力分散させた上で無力化まですること。分散させる相手が全部敵なら陽動って丸わかりやろ。国ごとがっと陥れて、そこから全部食うのがお前のやり方とちゃう?

 あの国を見た感じ、貧富の差が無いんじゃなくて、貧を排他する末期国家って感じがした。確かにあそこには豊かさと自由がある。でもそれは王に承認された者だけで、実際経済が将来的に立ち行かなそうな感じがあった。戦争に勝つことを前提としたってことは、かなり安定してるだけの博打を国家でやってるってことだ。人命を使った博打。この世界での戦争がどの程度かは知らんけど、国民の動きを見ている感じその様子が強かった。とはいえそれに気づけてない愚かな群衆が少し多い。絶対王政で批判もちょいちょい見れるけど理想論を理想として語ったり自分達はなんだかんだ王のおかげでこの生活を送れてる、と妥協……することが当たり前になってるって感じかな」

「ほう……なるほど」

「おい翔」

「なんや」

「俺らと言えば何や」

「……え?」

 美しい空色の瞳が瞬く。そのまま宝石にして飾っておきたいほどの、いつだって思考を冴え渡らせる空色。

「……嘘?」

「そう。嘘」

 満足した答えが返ってきて安心する自分がいた。さっきから全てが手探りだ。俺に推論なんかさせるんじゃない。

「さっきの国への評価とか、全部雰囲気でしか語ってないけど、結局は口が上手い奴がうまく内部に取り入って、あとは大衆や国外の農民、排他された連中を扇動する奴がいればなんとか」

「……なるほどなぁ、それで、嘘」

「そういうこと」

 語り終えて大きくため息をつく。まぁこんなのは、ただの机上の空論だがな。

「……おい、鏡族に連絡してくれ、奴らの力を借りよう。」

「カガミゾク……?何やそれ」

「この辺で有力な悪魔の一族や。毒を使う悪魔で、一族っていうより民族の方が近いな。皆使う能力は似通ってるからどこかで血は繋がってるのかもしれないが、何十世帯か群れを成してる村があってな。そこと協力を結んでる。かれこれご…いや、かなり長く一緒にやってる。そこの長が王国から今捕虜になっている悪魔を取り返そうと奮闘していてな」

「えぇ長やな」

「あぁ、あいつはいいやつだ。捕虜になってるのも異端者で、村では取り戻しに行くことに反対もあったそうだが奴の意志でその異端者を取り返す、という政策になった。良い奴でもあるが、良い指導者なんじゃないか?先導者」

 それは扇動者じゃないんだろうか。

「ま、そいつは能力も優れているし頭もいいし、力を借りれるなら借りたい。方向性が決まったから連絡をしなければ」

「ふーん……じゃ俺はそういうことで……」

「待てクズ」

 ま、そうなるよな……

 呼ばれることをある程度予想していたので帰ろうとしたのだが、やはり思惑はバレていたらしい。

「俺自分の部屋の片付けしないと……」

「お前はコミュニティを作るのが得意だったよな」

 ……まさかぁ〜。

「……えー俺人と関わり持つの嫌なんだけど」

「知っとる。けど得意なんも事実やろ。そうじゃないと、お前はあれだけの女と関わりを持つこともないし、会社の人間ともある程度良好な関係を築けていたじゃないか」

「良好なってのは向こうから見てでしょ。俺は別に――」

「人との関係は向こうからの一方通行や。こちらからは関係ない。

 利用できるもんは全部利用しないとな」

 その利用できるもん、に俺が入っているように感じて寒気がする。

 こいつこんなやつだったか?

 三年間酒でも抜いてるんじゃないか?それとも自分の命の限りを見据えて焦ってる?

 この世界でもこいつの“時計”は狂わず進んでいるのだろうか。もし、そうなら……

「ともかく、クズ。

 一週間後。お前は王都に戻れ。そして一ヶ月間調査をしろ。分かる範囲でいい。お前が必要だと思う情報を全て抜き出してこい。ちゃんとここに戻ってこいよ。

 そんで俺らは少しづつ王都に忍び込もう。

 二週間後、王都近くの丘で待ち合わせだ。一度合流しよう。いいな」

「……つまりあれやな。

 俺はまたあの国に戻らなあかんのやな」

「せや。あの魔族には頼るな。どこから情報が漏れるかわからん。一人で暮らすのに必要なものは全部寄越そう。頑張れ」

「……激励の言葉感謝致します、王」

 皮肉でそういえば、翔は特に反応も示さずに次の指示をして行った。野望のことになるとほんま必死よなこいつ。

 そして、怖いくらいに頭が回る。こういう時のこいつにはあんまり関わりたくないんだけどなー。




「そうだクズ」

「なんや」

「忘れてた、こっちから紹介せんとな」

 イヌはそう言うと、そこに並んでいる野蛮な方々を指さし、紹介して行った。

「この辺がドワーフ。で、この辺が人間。あっちが獣人」

「俺今から部屋の片付けあるんやけど」

「しつこいな。黙って聞いとけや。

 で、そっちの方が魔導師の方で、あっ、魔導師ってのは魔術師の技術全振りみたいな感じ。人形作ったりマジックアイテム作ったりな?んでそっちが悪魔で……」

「……」

 イヌの頭の足らない説明を聴きながらふと思ったことを口にする。

「異端者おらんのやな」

「え?」

 てっきり一人ぐらいいるものだと思っていたが、誰一人として瞳が赤い者、痣があるもの、肌が白い者は一人として見当たらなかった。

 イヌはあー、と一旦目を伏せる。今日はなかなか目を合わせてこない。

「……叶、王都は見て来たか?」

「脳みそ腐っとんのか?お前と会ったんは王都やろ」

「せやったなぁ……

 あの場所で異端者を見たか?」

「いや」

 ちらと村で捕まっていた異端者の子供を思い出す。焦らせちゃうし黙っとこ。それに、聞かれたことには正直に答えているつもりだ。

 翔はそんなことを考えている俺のことなんか気にせず話を進める。一方通行。

「せやろな。王都の支配下にある領土で見つかった異端者は、一人残らず城の地下に連れて行かれ血、つまり魔力の徴収に使われる。元々多いもんでもないし、近くの村の奴も、異端者がいれば通報して王都に売るんや。

 そんな社会だから、異端者は殆どいない。多分お前は、異端者の中にも強い力を持つ者はその膨大な魔力を使って強者層にいると思っているんだろうが、殆どの異端者は幼い内に連れていかれるから天性の才を持つ輩じゃなきゃそうそう強者層にはいられないし、いたとして、すぐに討伐隊が組まれるさ。

 俺は見たことないよ」

「……なんやお前、それで自分のことと重ね合わせて心を痛めたんか?自分の弟くんのことに重ねて、贖罪でもするつもりか?」

「……」

 翔は押し黙った。

「珍しい、というからしくないな……それを自己満足って言うんやで。お前の嫌いな自己満足。前の世界からそうやけどお前……真冬くんは、もう死んだんやぞ?それも二十年、以上?前に」

 翔は目を伏せたまま、深く息をついた。そして真剣な目でこちらを見つめる。

「……真冬がきっかけになってるのは認める。

 ただ、俺は別に、真冬のために王になろうとしてる訳やない。真冬とのことで、俺は異端者差別について考えるようになった。贖罪でもないし同情でもない。俺が、そうすべきだというふうに思ったからだ」

「……足りないな」

「え?」

 俺がそう言うと、翔は疑問を浮べる。

「そうすべきだと思った、じゃお前の本心には足りないんだよ。

 大体お前、嘘ついてるやろ」

「……!」

「俺は協力すると言った。

 ただ、裏切らないとも言ってないからな」

 緊迫した空気が漂う。

「お前はそうすべきと思う、じゃ動かない。そうしたいから、動くんや。認めろ。

 お前は自分のする行動をそういう風に言うだけの覚悟がない。そんなんじゃ、とてもじゃないけど王になんかなれへんで。

 ま、俺からすりゃそんなん知らん話やけど」

 俺はへらへらと笑って首を横に振る。

「一先ず、俺は部屋に帰らせてもらうで。お前が正しい選択を取ろうが、誤って殺されてしまおうが、俺には関係ないからな。じゃ、せいぜい頑張って」

 手をひらりと振り大広間を出る。

「お前っ」

「いい。やめとけ。説得するだけ無駄や」

 血気盛んな獣人が動こうとするが、イヌが静かに静止をかける。

「あいつも駒として動いてくれるってだけマシや」

「あんなやつ、信用できるんですか……?」

「はなから信用なんかしてへん。あいつに対して、『裏切る』よりも良い選択をこちらが提示すればえぇだけの話や。あいつはそれ故に単純で、扱いやすい。逆に言えば変に刺激するのは裏切りを促す。あいつのことは放っておけ。

 さて、作戦の続きだ」

 イヌが話を続ける。

「人のことをモノみたいに言いよって……ったく」

 ターフに火をつけ、部屋に戻る。あーいやだいやだ。面倒くさい。

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