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第三話3 CSTK

-red record-

「……結局俺はここに逆戻りかい」

 イヌと再会後僅か三日。

 俺は再び王都へと戻ってきていた。




-red record-

「ついた。ここやでクズ!」

 イヌがそう言った先にあったのは、ボロボロの大きな廃墟。元は何かの劇場だったことが伺える建物だった。

 イヌに連れられて中に入ると、何人かの人が集まっていた。ざっと見ただけでもたくさんの種族がいることが伺える。誰も座っていないボロボロの客席を無視し、人口密度の高いステージの上へ。錆びた遊具、塗装の剥がれた輪っかやボール。

「……なんやこれ、サーカス?」

「せや。ここは古いサーカス場。いやあ、この時代に動かないサーカス場なんて、物好きがいたもんよなあ」

「……イヌ、もしかしてお前……」

 イヌの後頭部にそう投げかけると、イヌはくっくっくっと笑う。

「やっぱお前は勘がえぇなぁ。

 その通り、西の道化師とは俺らのこと。

 王国転覆を謀り、自らが王になろうとする俺と、それについてくる今の王国に不満を持つ我が同志達によって結成されたのが西の道化師……別名CSTK(クスタク)

Clown Stabbing The King。つまりは、王を刺す道化師」

 ここまで来ると勘でもなんでもないやろ。

「……いや、待て待て待て待て!そんな危険分子に関わられるか!俺は逃げる!」

「なんでや」

「なんでもなんもあるかい!厄介事にも程がある!

 わざわざ王国とかいう巨大勢力に楯突くなんて、命知らず、蛮行、無謀!面倒で危険で頭がおかしいとしか言えねえ、関わりたくないと思うのが当然やろ!」

「ははは、めちゃめちゃ大声やん。どうした?」

「お前が出させてんだろうが!

 つかお前、どんだけ俺を巻き込むつもりやねん!いっつもいっつも俺を連れて厄介事やら危険事に首突っ込んで!」

 間抜け面を指さしそう叫ぶと、イヌはため息をひとつつく。長い睫毛が下がり、再び持ち上がると、薄暗い部屋の中でも輝きを失わない夏空が姿を現す。冷血から冷酷に切り替えた彼の瞳に、思わず押される。イヌは静かに口を開く。

「……首を突っ込んだんやない。俺が始めたんや。

 俺の偉大なる大志のために。俺の大いなる野望のために。……夢のために」

「……」

 その威厳ある在り方に、物言いに、俺は少し調子を崩し眉を顰める。ある種の危険な匂いを察知したのだった。そもそも俺はこういうポーズを取るイヌが嫌いだった。昔からそうだ、人を意識的に動かそうとする、カシコイ頭脳をブン回して、威圧的に、冷たく美しく言葉を並べて相手を退かす。イヌは海の上の凪のような瞳を細めて笑って見せた。

「……それに、お前のことも別に巻き込もうとしてるんやない。ただな、俺は、お前が居らんとこの夢は実現できないと思ってる。

 お前がいてこそ、この野望は実現するのだと。俺の夢に、お前は必要不可欠なんや。だから、無理やり引きずり回すなんて真似はしない」

 イヌは再度手を差し伸べた。その所作まで、爪の先までわざとらしい。

「今度は一人の漢として、お前にちゃんと頼みたい。

 協力してくれへんか、叶」

「……」

 せめてもの抵抗として、じとっと持てる陰湿さを精一杯込めた目で睨むが、イヌは変わらず強い目でこちらへ対峙している。野望を孕む、一人の漢として。梅雨と夏では、夏が勝つに決まっている。

 気分が悪いな。笑ってやる気にもならない。

「…………あーったわ、お前に俺の生活を保証してもらえるんなら、それくらい容易い。それに、お前の面倒な猪突猛進癖は今に始まったことやないしな。

 その代わり、ちゃんと煙草(俺の享楽)は確保しろよ」

「もちろんだ。俺が王になったら、煙草……っていうかターフの生産を増やして、価格も減らす。それに、ちゃんとお前の納得する煙草を作らせたるわ!」

「それはそれで王としてどうなんや。まぁええわ。俺だって死ぬときは死ぬよ」

 その愚かさに呆れて、ムキになってしまっだか、そもそも俺自身がどうなるかなどどうでもいいのだ。生きている価値など感じたこともないし、やりたいこともないわけだし。

 俺が心の中で呟いた声を聞き取ったかのように、イヌは不満そうな顔をするが、それも一瞬のことですぐに仕切り直した。

「ま、そういうわけだ皆!こいつをよろしく頼むよ!こいつは俺の親友のクズや!」

「親友になった覚えはない」

「前から言ってた、欲しい人材っていうやつがこいつ!ほら、みんな仲良くしぃや!」

 獣人や悪魔、化け物どもの割合が圧倒的に高いその空間で歓声が上がる。おー怖、こういう仲間意識は気味が悪いし関わりたくはない。イヌお手製のそれだと考えれば尚更だ。

「とりあえず、住むところを整えないとな!」

 随分楽しそうにイヌは俺を案内する。廊下を突き進んでいって、随分端の方の部屋。イヌが勇んで開けたその部屋はまーとんでもなく汚かった。壁と床に染み付いた元が何か全く分からない汚れ、そもそも多すぎる物、埃、灰。

「きったな!うせやろお前俺をこんなとこに住ませようっちゅうんか!」

「うん」

「嘘やろ……帰ろうかな」

「土に?」

「女のとこに」

「未来の女に期待するなよ。まぁ安心して。今からちゃんと片付けるし掃除もするから」

「だとしても……まずもってなんでこんな入口から遠いん?部屋はたくさんあったやん」

「裏口には近いで。まぁ裏口から出ても外は森だから、通常時は裏口なんて使えないけど。ははは」

「腹立つ……じゃあなんでこんな不便なとこに配置したんや、なんや、嫌がらせか」

「いや、お前あーゆー仲間意識的なの嫌やろーなって思って、隔離しようと思ってな。それに、まだ満足に魔力も扱えないような貧弱さんだから、魔物には近づけない方がいいかなーってw」

「余計なお世話じゃい」

 口ではそう言ったものの、まぁ、あのうるさいのから隔離したことだけは評価しておこう。満足気に笑うイヌが腹立たしい。何で互いに筒抜けなんだよ。一息つこうとターフに火をつける。

「……しかしイヌ。お前魔力というか、能力みたいなん使ってなかった?水?みたいな……」

「ん?あれ?

 あー、魔力をそのまま具現化するとな、人によってエフェクトが違うみたいやで。俺は水流。人間はなんか身近なもんが多いらしいけど。あの魔族達は赤い電流みたいなのがバチバチって。達はおかしいか、魔族の男はそんなやった。俺の知ってる悪魔は確か炎っぽかったっけ。見たことある妖精だと光がきららーって」

「なるほど。つまりあれは水流そのものではなく、イメージっつーわけか」

 そしてお前みたいなおっさんがきららーとか言うんじゃないSAN値減る。

「……それじゃあ、いよいよ俺にも扱える可能性はあるということか」

「そうだな。もし運が良ければ、能力も得られるかもな」

「生憎俺は運だけは本当に無いんだ」

「無いのは運だけちゃうやろ」

 生きる欲望もやりたいことも、自分の意思もない。翔はそうこぼした。

「なんや、お前は違うってのか」

「見てわかるやろ」

 確かにこいつには、生きる欲望も野望も意思も有り余っている。

「あと体力とセンス」

「やかましいねん」

 ターフの煙を大きく吐く。

「……まぁとりあえず、それはゆっくり考えるとして、なんかあったらそこからすぐ逃げるんやぞ。んで、逃げたら王都でも何でも逃げ込めばいい。俺らの情報を適当に売っときゃ、あの頭空っぽな国王は騙せる」

「売ってええんやな」

「売るなって言っても売るやろお前は。売られて困る情報なんかそもそも渡すもんか」

「やーんもう二十年以上の付き合いだってのに、信用がなーい」

「きっしょ。二十年以上の付き合いだからこそ信用がないっちゅうねん。

 それに、逃げるような状況になったら大抵もう無理なもんは無理や。俺は死ぬことは無いし、死ぬとしてそれを悟らせないから、信用は得られるで。そん時は達者でな」

 ちょけてもちょけても手応えがない、それどころかこの返しと来た。

「……珍しいな」

「何がや」

「お前が自分の死を視野に入れてることが」

 こいつにとって、死とは悪だ。何よりも憎むべき、避けるべきもの。たとえ嘘でも、冗談でも、言葉の上でもそんなことを言うような人間では無い。それこそ、二十年以上の付き合いだからこそ言える。珍しいなんてものじゃない。イヌは目を逸らし頬をかく。

「……まぁ、俺も大人になったからな」

「経験人数は俺より劣るくせによう言うわ」

「はぁ!?この女ったらしが!」

「嫉妬すんな浮浪者!」

 いつも通りのやり取り。しばらく言い合って、適度なところで掃除に取り掛かる。掃除をしながら、ふと気になったことを訊ねてみる。

「つーかさ、お前ここ来た時……この異世界?に来た時、どこに出たん?向こうでは一緒におったのに、こっち来たときおらんかったやん」

「え?お前と同じ森やけど」

「は?なんで俺が森に出たこと知って……

 お前さては俺を置いていきやがったな?」

 そう言い当てれば、イヌは心底愉快そうに笑う。

「いや、そやで?待っとかんでもえぇかなって。待っといた方が良かった?」

「待たんでもえぇけど隣に倒れてる友人を起こさず出てったのか。人間性を疑うな」

「お前に言われたかないわ。……つっても、何年ぶり?……三年ぐらい?起きるのに多分三年ぐらい差があるで」

 三年。まぁ三年は待てないわな。

「まぁ俺は起きてすぐ出てったけど」

 なんなんこいつ。

「ボス!ちょっと来ていただけますか?」

「ん?おう!わかった!

 じゃ、俺は仕事あるんで。お前は万が一のことを常に頭に入れといた方がえぇで。それから心配すんな。俺は絶対に死なへんから」

「やっぱそうなるんじゃねぇか」

「まぁな。そんな簡単に死を許してえぇもんか」

 そう吐き捨てて、翔は声の方へと歩いていく。片付けも中途半端なままだ。俺は積み立てられた箱の上に腰を下ろし、再びふぅっと息を吐く。

 煙が立ち上った。

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