第三話2 引き渡し
バシッと頭をひっぱたかれ襟を掴まれる。手の出る速度と手際の良さが喧嘩慣れしてる人間のそれで内心呆れる。
「お前どこ見て歩いてんねん!!!」
「はぁ!?お前さっき自分で別のとこ見て歩いてたって言っとったやんけ!」
「お前はちゃうんか!?」
「こんな大量の荷物持ってたら前なんか見れるわけ……」
そう言いかけた途端、強い力で引っ張られる。次の瞬間、俺とイヌは大量の荷物ごと最初の村の宿に戻っていた。
「……転移魔法?」
「お前ら……」
冷たい声がする。ハッとしてベルの方を見る。赤い目が睨みつけていた。
「何騒いでんだ目立つだろうが」
相当お怒りのようだ。
「……いやー……つい、な……?久々の再会やったんもんやから……」
「……」
「ほら、感動の再会には一悶着がつきもんやろ?」
「クズ、こいつ知り合い?」
未だ怒りが拭えない顔のベルを目の前にしていながら、イヌが呑気な顔でそう尋ねてくる。
「うん。新しいおん」
「なになったつもりはないが?」
言葉を遮り、ベルは目をイヌに向ける。
「お前も見たところ逃亡者ですね。……しかしちゃんと溶け込んでる。意外、見直した。……正直あんな所で会うとは思わなかったが……」
「……先程は大変失礼しました。イヌと申します」
真面目に恭しく丁寧な挨拶をするイヌに困惑したベルが今度はこちらに助けを求めるような目線を寄越す。
「……た、態度が急変しすぎて怖いんですが……この方はいつもこんな感じなんですか?」
「いつもこんな感じやから気にせんといて」
俺の言葉に調子を取り戻したらしいベルが、ようやく怒りを抑えるようにため息をつく。
「……まぁいいでしょう。イヌさん、この人の知り合いなのでしたら、引き取っていただけますか。私には別に、こいつの面倒をいつまでも見ている義理はないので」
「えぇ!?そんなベルちゃんひどい!僕との約束はどうしちゃったの!?」
「ターフのことですか?ほら、そこに大量に取り揃えておきました。これで充分でしょう」
ベルは崩れた荷物の中からひとつの袋を取り出す。
「いくらヘビースモーカーだといっても、ひとまずこれで二ヶ月は大丈夫だと思いますが……どうでしょう」
葉っぱのような物が紙で巻かれている。よく見る煙草と殆ど似ている。構造は結構違うが……
火をつけてみる。咥えて、息を吸って、煙を吐き出す。
「……どうです?」
「まぁ、代替品としてはアリかな」
「待て待てお前ら……まさかほんとに俺のとこまで来ようとしてる訳じゃあないだろうな……?」
「「?」」
「なんでもう決まっとんねん……」
二人で揃って首を傾げる様子に、イヌがため息をついてローブを深く被る。明るい茶髪の髪が少し覗いている。
「……何してんねんお前」
「え?」
立ち上がるイヌの様子を見ているとそう声を掛けられた。
「来んならはよ仕度せぇ。俺だって暇やないねん」
「……え、えぇんか!?」
「おん」
不服げだが腹を決めたようだった。
「ほ、ほんまにえぇんか?」
「おう、だからはよせぇって」
「……かーお前、ちゃんと金貸した恩を覚えててくれたんやな」
「ちゃうわ、自分の下僕を増やしたろう思って」
「げぼく!?」
ベルが俺らの様子を見てしばらくクスクスと笑い、なにか荷物を放り投げてきた。
「何?これ」
「着替えと食い物、あと諸々。さっきのターフを詰め込んどいたから、ほら、人のところにお世話になるんでしょう?暫くは自分のことは自分でできるようにと思いまして」
「……!ベルちゃん!!!やっぱいい子なんやな!」
「イヌでしたっけ、こいつのこと頼みます、二度とここに帰ってこないようにしてください」
「いや、ウチのクズが世話になりました。今後は俺があんたの分までしっかりこき使っていくんで」
俺の感激の言葉っぽいものを全スルーして、ベルはイヌと話している。
「ところでイヌ、貴方はどこにお住いで?」
国王に説明した俺の設定を軽く説明したあと、ベルはそう聞いた。
「あぁー」
イヌは少しバツが悪そうに、
「俺は……」
ローブをまた深く被り直して、
「……西の方、かな」
少し目を逸らしてそう答えた。
ローブを掴む左手首に、小さな王冠が揺れ光っていた。
「暑い〜休みたい〜」
「黙れニート」
この前と立場逆転してる。
イヌは変わらずローブで顔を隠したままスタスタと歩いていく。全く、体力だけはあるんだよなぁこいつ
。あぁでも……いや、少し見ない間に少しマシになってるか。あと顔……なんやねんこいつ、まじで、なんで顔えぇねん。
「なんやその目は、文句か?言うてみ?聞いたるで」
「デジャブ!!」
王国を通り越して、しばらく人の住んでいなそうな荒野を進む。しかし、こんな所に人なんて住めるんだろうか。
「……なぁイヌ、お前ほんまにこんな所に住んどるんか?」
「せやで」
素っ気なく返すイヌの様子に疑問が浮かぶ。
「お前だって、ようあんな魔族の女と暮らしていけたな」
「マゾ?」
「どう見てもちゃうかったやろ。魔族」
「マゾク……魔族やったんかあの子」
「せや。まぁ詳しい種族はわからんが、かなり強そうな女やったやん。あれは捕食者の目やで」
「そんなあ」
「ほら、お前あれちゃう、騙されてたんちゃう?」
少し考えて、考えた上で、俺は少し困惑しつつも、ベルという女について答える。深紅の瞳、婉容な容姿、長い睫毛、ふっくらとした唇……至って普通の、美しい女性。ここ二週間共に旅をした彼女の姿がはっきりと思い浮かぶ。
うーん……
「いや……まぁないんちゃうか?あぁは言っても、ちゃんと世話焼いてくれたし…単に世話好きなだけだったというか……」
さっき浮かんだ女の美麗さが霞むほど目の前の男の容姿が整ってる。神話の時代に生まれていたら春の昼間に咲く花に変えられていそうなほどの美しさだ。うざすぎる。
そんなことを考えている俺を他所に、イヌは何かを思い出すように語り始める。
「……俺もな、この世界に最初に来た時、『逃亡者』としてある魔族の男に保護されてん。そいつも多分、かなり強い奴でな。武術というか、まぁ剣術や体術などの、魔力を使わない攻撃において強かった。
そいつに色々教えてもろうたんやけどな、あんまり頭がよろしくないようで、まあそれはともかくな、いろいろ教えてもろうてん。で、そこでさ、まーお前も聞いたと思うけど、『異端者』の話を聞いた訳よ」
生返事をすると、イヌが何かを投げてくる。咄嗟にキャッチすると、水筒だった。
「それまだ飲んでないから飲め」
晴れた荒野の空と同じ色の瞳が少し覗く。この晴れ渡った空を背景に、目の部分だけ色を塗り忘れたような清々しさだ。
「……で話の続きやけど、そこでさ、俺決めてん」
どうやら話の方向性が予想していたものと違ったようで、ひとまず黙って聞いておく。てっきりあぁいう魔族とやらがいかに信用ならないかを説くのかと思っていたが、単に自分の思い出話がしたかっただけらしい。話が右往左往しやすいのは知ってたが……こういう時ぐらいまっすぐ話せよ。
しかしそれにしても、異端者の話はこいつには酷だったんだろうな、と思う。思わずぐいっと話が逸らしてしまうぐらい。
「俺、やっぱり王になろうと思っとるんよ」
……あぁ、まだこいつは。
「なれっこないって。いつまでその夢持ってんねん」
「でも、ここは一応異世界なんやで?なんでもありやろ」
「そうとは限らんやろ」
俺はターフに火をつけ、息を吐き出す。
「俺はここに来てまだ二週間ぐらいしか経ってへんけど、この世界にだって差別はあるし貧困もあるのは見てわかる。職につかなきゃ金は手に入らないし、やっぱりまだ武力が物を言う野蛮な世界だ。そういう意味では、ある種動きやすいのかもしれないが、だからといって法律が無いわけじゃない。大衆みんなが公平にある程度の教育を受けている訳じゃあないだろうが、少なからず国は運営している。あの王都は末期国家だったが、それでもきちんと社会が存在してた。この世界なりの、な。
そんな中で、俺らみたいな弱小種族にはなんも出来んやろ」
「ははっ、なんで弱小種族なん?」
「は?……だって、俺らは別に異世界に転生したからといって、チートスキルがあるわけでもなんらかが特殊になった訳でもないんやで?この世界にも普通に人間は生息してるわけやし……俺らは別に魔力も持ってない上にその……魔法?も使えない。種族人間はそもそも能力も持たないらしいやん」
「お前……あれか、そうか……そう言えばまだここに来てそんなに経ってないんやったな……」
イヌは少し納得したように頷く。勝手に納得するんじゃない。
「……せやな。まぁ能力や魔法はともかくとして……」
イヌがこちらを振り向く。大きなフードの下から整った顔が覗く。その目は爛々と輝いていた。――照りつける暑苦しい太陽のように。
イヌは右手を出す。その手の先で何か青白いものがくるりと回ったような気がした。最初は手から花びらでも出したのかと思ったが、よく見ればそれは炎のような揺らめく光であり、空中で何かしらのエネルギーとして操作されている。
「……えっ」
「魔力ぐらいは扱えるようにせんとなぁw」
腹の立つ笑顔で、イヌはそう言った。
-red record-
「経過はどうだ」
「はい。両名とも、多少のズレはあれど計画通りの行動を取っており、一つ目のアクシデントまで順調に進んでおります」
「そうか。ご苦労。既に他の使者達も配置に着きつつある。一つ目はすぐに実行できそうか?」
「はい。彼らの行動次第でいつでも」
「よろしい、ならば予定通り、当分お前に指揮は任せよう」
「はい。お任せ下さい。貴方の命とあらば、必ずや」
「はっはっはっ、それでこそ俺の従者や。頼んだぞ。
ああ、楽しみで楽しみで仕方ない。あいつらならきっと、派手に散ってくれるはずだからな」




