第三話1 手早い再会
豪華な造り。重厚な扉。華やかな壁絵。赤い絨毯の上をベルについて歩けば、最終的にある一室に通された。
「王の前ですよ。失礼のないように……具体的には、ボロを出さないように」
再度注意される。ベルが心配性なのか、よほど俺が情けなく見えるのか、恐らく後者だろう。これまでの人生、王の御前に立つようなことはなかったため、見よう見まねでベルの隣に跪く。場が落ち着くと、カーテンがゆっくりと開いた。その奥の玉座に座っているのは空色の瞳をしたあいつ…………ではなく、傲慢そうな……いや、知的で恰幅のいい男だった。
「賢者ゼラトよ。……その者が、保護した人間か?」
「はい。種族は人間。逃亡者ではありませんでした。恐らく、どこかの戦争より逃げてきたものかと。酷い怪我をしており、暫く意識を失っておりましたので、報告が遅れました。以前の記憶を失っているようで、そちらも調査中でございます」
何その設定。初めて聞いた。……まぁ、これに合わせればえぇんやな。任せろ。女と口裏を合わせることなら得意や。
「ほう……名はなんと?」
無茶ぶりにも程がある。
「……それが……覚えてないんです」
関西弁はダメだと言われたので、標準語で控えめにそう答える。ベルが続けた。
「私はカノンと読んでおります」
『かなう』から取りやがったな?呼んだこと無かったくせに!それで呼ばれても咄嗟に答えれへんからな!
「……カノン」
「はい」
「何も覚えていないのか?」
「はい。……気がついたらベットの上で……意識が朦朧として上手く受け答えのできない私を、ゼラト様が介抱してくださりました。なかなか意識がハッキリしなかったため、ご挨拶の遅れたことをお詫び申し上げます」
「いや、いいんだ。よくある事だ」
えぇんかい。てかよくあるんかい。物騒やな……
すぐ隣でこちらを睨みつける兵士の視線を感じ、恭しく頭を下げる。緊張度がハンパねぇ。
「……して、魔力は?」
「まりょ……」
「何があったのか、大量に消費しており、意識を失っていたことを鑑みると、何かから逃げてきたのかもしれません。丁度……西の道化師達のような連中にでも……」
俺が言い淀みそうになる直前にベルが被せてそう答える。おい事前情報伝えてなさすぎやろ。
「ふむ……ありえるな。……カノン」
「はい」
「お前を喜んでこの国に歓迎しよう。記憶が戻ったら、祖国の話でもしてくれ」
「はい、必ず」
恭しく頭を下げる。緊張ガチガチのまま王の間を後にした。
「……ちょっとくらい事前に話してぇ……」
「ごめんごめん」
「バリ緊張したで」
「ごめんって」
近くの甘味処でお茶をしながら、そう謝られる。
「……てか西の道化師達って、そんなにやばいんか?」
王の前で再び出てきた例の単語が気になり聞いてみる。
「まぁ国王が目の敵にしてるから、利用するにはちょうどいいなって。印象操作ですよ。
王国転覆を図ってる連中らしくてさ、結構強いんですよね。しかも演説が上手いからだんだん人が流れて行ってる。最近の噂じゃ、悪魔さえも取り込んだらしいですからね」
「口の達者な奴らなんやなぁ……」
「親玉がまた厄介なんだと。まぁ知らんが」
だんだん口調が砕けてきた。
「……ベルちゃんってやっぱりやっぱり実は頭いいの?」
「なんですその失礼な言い方は。やっぱりやっぱりって……戦術は従者で私が一番です」
「……従者って何人もいるの?」
「四人。戦術を組むのが私。大抵が国相手にしてる時なので、個人や小さな組織相手に戦術なんて使いませんけどね。あと、武力一番が一人、魔力一番が一人、化け物が一人」
「化け物……?」
「他人と協力できない代わりにめっちゃ強いんですよ。そんだけ。緊急の時はそいつが始動して、そうじゃない時は私ら三人で動きます。今は全員散ってるんですけどね」
「へぇー紹介してや」
「全員散ってるって言ったでしょ。一応自分と同じ種族の魔力は追えるので、会おうと思えばいつでも会えますけど。
さ、暫くは私の家に居候することになるんですから、必要なものを買い揃えましょう。君がさっきから咥えてるその……」
ベルが俺の真似をして指を動かす。人差し指と中指がつん、とベルの唇に触れる。お前が真似すると行為が全て変に艶やかに昇華されるんだが。
「……タバコ?」
「そう、タバコも探さなくちゃいけませんからね。いいのが見つかるといいですね」
「ちなみにそのタバコに似てるものって、何て言うの?」
「ターフ、です。あんまりお偉いさんの前では吸わない方がいいですけど……マッチとか持ってるんですか?」
「ライター持ってる」
「ならいいでしょう」
さて、とベルが席を立つ。買い出しついでに基本的なことを教えてくれるんだとか。
街は予想通り……追加でベルゼの言う通り商業で盛んだった。ベルが日用品を買い揃えている。俺はそれについて回る。時々口を挟んだり質問したりする。ベルはこういうことでも大抵なんでも答えてくれた。やっぱり何度でもわからされるが頭はいいらしい。金貨や銀貨が主で、それ以外は証明書みたいな紙とか、銅貨とか、そういうものを使用していた。証明書はお札みたいなものらしい。
「……そういえば気になってたんやけど」
魔力回復の薬、といういかにもRPGな言葉が書かれたラベルの貼られた瓶を棚に戻して聞く。
「魔力、能力、魔法、魔術……って、なにがちゃうん?」
「……魔力ってのは、MPです」
MPって言葉が出てきちゃったよ。
「メタい」
「えぇ、私高次の存在ですので」
「君はもう少し謙遜というのを覚えようか」
「えぇ、まぁ、他のところに関してはさておいて、頭はいいので私」
「料理は精進してくれ」
そう言えばはいはいと返された。こいつ料理もろくにできないくせに……この前随分ギリギリな食事だったろうが。ベルゼは自覚があるようでわざとスルーする。
「つまりそのものが持ってる力……限度があるし、変動する。で、能力ってのは、その人それぞれが持つ特殊能力です。炎を使うもの、氷を使うもの。回復するもの毒を操るもの。様々ですね。魔力を消費して使います。
魔法や魔術ってのは、能力以外の魔力の使用による効果全般を表します。例えば、」
そう言うとベルは人差し指を立てる。深紅の炎が灯った。
「これが魔法。私の種族だと炎はこの色です。悪魔は青かったり……」
「……熱の高さじゃないんや」
「?」
この世界の科学力が足りていないのか、はたまたそもそもの原理が違うのか。
「まぁこれは魔法、というか、魔力そのまま出しに近いですけど。私の種族は深紅の炎。どの種族のもんもそういうのがあって、個人によって違うんだけど、例えば小人であれば植物関係、巨人であれば大地関係、妖精であれば風関係と言ったふうに、大体の傾向はあるんだよ。能力で足りない部分をカバーする為の魔法研究。魔法と魔術の境界は微妙だよ。ムズいのが魔術で魔力使うのが魔法、みたいな」
「へぇー……」
「……お前さぁ。自分から聞いといて何なんだよ」
「あ、ごめんごめん」
ヘラヘラしていると大量の荷物を押し付けられた。ひどい……
「……ところで、これからどうするんですか、お前」
「うーん?……別に」
「私が面倒を見るのは途中までですよ?お前がこっちの世界についてよく知って、自分でどうにか出来るようになるまで、です」
「自立までをサポートしてくれるわけ、か」
「まぁな。そういう指令ですから」
「それだけじゃないんでしょ?」
「言う義理はない」
荷物が一つ増える。完全に視界が封じられている。
「ちょっ……前見えないんだけど……?」
「お前は荷物持ちなんだから当たり前ですよ」
「貴族と従者の設定は!?」
「私はそんな貧相な貴族知りませんね」
「何やと!?」
「それより、また宿を借りなくては。貴方がここで職を見つけて、住む場所を見つけられたら万々歳。その前に……いえ」
「その前に、何や」
「いいえ。こちらの話ですので」
「……もう二週間の仲やろ?俺とお前の間にも、そろそろ濃密な関係が……」
「そうやって場を和ませるのは結構ですが私はあまりそちらの受け答えに疎いのでやめていただけませんでしょうかこの性的放縦野郎」
「意外やぁ……口悪……」
「口悪いのは、そろそろ意外じゃないと思ってましたよ、二週間の仲ですから」
クソ!返し上手いじゃねぇかよ!
「まず貴方がすべきこと、わかりますか?」
「……不本意だけど……職を見つける?」
「不本意ながら非常に殊勝な心がけですがこれで貴方が見知らぬ土地で過ごすということを酷くなめているということがわかりました」
「失礼な……」
「貴方ねぇ……こっち側の常識も知らない、体力仕事もままならない魔力があるわけでもない、あるとしたらその口の上手さだけでどうやって職を見つけるんですか。革命家にでもなるおつもりです?貴方に何の仕事があるんですか」
まぁ……社会が積極的に人間を働き手として扱う気が無ければ確かに、制度化もされてないこの社会じゃあ俺みたいのは働き口ないよなぁ……加えて異世界と来た。
「だから貴方がすべきなのは、媚びを売ることです」
「嫌やわぁ俺以外からそういうの言われちゃうの。そういうんは屑の俺が言うてなんぼやん?」
「知りません。それとなしにいい所に入り込んでそこで職を紹介してもらうんですよ。貴方は恐らくやることがあればやる人ですから、仕事を提示されさえすればそつ無くこなせるでしょう。働く前から何かを期待されるより義務的に課されてから戦果を上げるタイプ」
「お前絶対俺の事誰かから聞いてるよな?」
「それなら全知全能の主が予想建てたんじゃないんですか〜?」
またはぐらかされる。てかちょっとイラつかれてる。けど今のは、完全にこいつの主観的な憶測だとわかった。この女。
「周り次第で生死がわかれるのは怠け者ですよ。貴方は人に取り入らなくてはならない。できるでしょう?」
「まぁ」
よろしい、とベルゼは満足そうに言い、更に荷物を重ねた。
「……ベルちゃん?」
「自称モテる男は女に荷物を持たせるんですか?」
「分担せぇへん?男女平等ってこの中世の世界にある?」
「世界が変われば時代の流れはちょっとズレるとは思うのですが、そういう考えは随分昔にありましたよ。寧ろ中世……に多いんじゃないんですか?平等だどうだと叫んで人の権利が無くなるやつ」
「目的より排他を優先したがるやつな。理論崩壊阿呆なんちゃって左派、差別厨ね。ちゃうちゃう、政治的なのはそうやけどさ。人間関係ってさ、もうちょい……」
「あら、たったの二週間で良好な人間関係を築けていると思っているなんて、思っていたより考えが浅はかですね。私はそんな貧相な思考の貴族は知りませんねぇ」
ベルゼは更に更に荷物を重ねる。
「あのさぁ、にしてもこの量はおかしいやろ……料理失敗するのを見越しての量か?」
「失礼ですね。この前みたいに貴方が料理しなさるのでしょうお料理上手なモテる男性の貴方が」
「それはそれでじゃあ誰が食べんねんこんなりょ……」
と話していた時、誰かにぶつかられる。
「あぁ、悪い」
ローブを着た男だったが、その声に覚えがあった。ベルは落ちた荷物を拾い、男を睨む。すると男も流石に拾い出す。俺は聞き間違いか、と煙草に火をつける。
が、やはり間違いではなかったようだ。その左腕には、見覚えのあるキーホルダーがぶら下げてあった。
「全く、気をつけて歩け」
「すまんな、俺も別のとこ見ててん」
そう言って荷物を俺に渡してくる男と目が合う。男の目が見開かれる。
「……叶?」
「よ、さしぶりやなイヌ」
旧友との久々の――実に二週間ぶりの再会だった。




