第二話5 クロイテ王国
しばらく移動を続けていると、だんだん人通りが増えてきた。見知らぬ風景、見慣れぬ建物や気候。海外旅行などはしたことがなかったが、こんな感じなのだろうと思った。
「おおー、ここが街?」
「いえ、まだ村ですかね。ここは王都、クロイテ管轄の村です」
「……辺境伯、とかいないの?」
「この国はとりあえず、王の絶対王政で、まぁ……そうですね。王の使者が監視をしていますが他の人間に役職を与えて土地を管理させるとかはしてませんね」
「ふうん……」
とその時、雨がぽつぽつと降ってきた。ベルが人差し指をつい、と動かすと雨が自らベルを避けるようになる。
「……そんな普通に魔法使うけど……何、この世界って割と結構普通に皆魔法使えちゃうの?」
「いいえ?ある程度の魔力と、それに見合った膨大な知識と処理能力が無いと、使えませんよ。まぁ簡易魔法ならお手軽に使えるので使う人は多いですが、なくても生活できますからね。人間様は魔力が少ないですから。私のように頭のいい人間は魔力消費の少ない魔術で応用致しますが」
ほら、ご覧なさい、とベルゼが視線を促す。
「村の中にも使ってる人使ってない人、いるでしょう。魔法使いという種族があって、それは魔族ですが、魔術師は魔術魔法を使う者のことでして、そういう人はまぁまぁいます」
「……魔力って……ていうか魔法って、異端者か、その血を得たものしか使えないの?」
「いえ、そうじゃなくても使える人はいますよ。ほとんどの種族が混血ですから、その影響もあるでしょうね……」
考えなければならない問題がある。
この世界が、俺らのいた世界と全く別物なのか、平行世界なのか、はたまた未来、或いは過去なのか。異端者がいるというならば、全くの別世界ということはないだろうが……しかも、ここに来るまで全ての人間、および種族が日本語で話している。ベルゼが日本語で話していたとはいえ、英語くらいならマシだなと考えていたにも関わらず、全員日本語……それどころか標準語だ。もしかして関西弁結構浮くのかな。ベルちゃんも最初言っとったし。
「あぁ、ほら、あれみてください」
ベルが指を指した先に、人混みがあった。よくない騒ぎっぽいことだけは分かる。
「あれ、別種族の異端者ですよ。魔力補給のために王都に連れていかれる」
「へぇー」
「噂では、血液を取られ続けて、でも死なないように色んな薬を入れられて、拷問紛いの実験品になったりするそうですよ」
「何その尾鰭はひれついたような噂……」
にわかには信じ難い。多分色々ついてまわった結果だろう。知らぬものに恐ろしさが注ぎ足されるのはよくあることだ。
「まぁ異端者が珍しいのは事実ですし。あの子ももう、並の生活を送ることも無く、城の地下の牢獄の中で短い一生を終えるんでしょうね……」
「まだちっちゃいのに可哀想だね」
「……他人事ですねぇ」
「他人だからね」
ベルがため息をついた。異端者の子は小さい男の子だった。五歳とか、その辺だろうか。栗毛色の髪であることは分かる。必死に抵抗しようとして、電気銃のようなもので気絶させられていた。一瞬それが真冬君に見えて、イヌでもないのに、俺らしくないと首を横に振る。まぁ仮にも昔は一緒に遊んだ仲やし、当然といやぁ当然か。
「さて……で、俺ら今どこに向かってるんやったっけ?」
「は?忘れたんですか?王都ですよ王都」
「あー王都かー……あれ言ってたっけ、そっかー。
……やっぱあれやろ?俺が逃亡者やからつき出そうとしとるんやろ?」
「逃亡者は顔が割れてるわけじゃないんですよ。あなたが異邦人であることをうまく隠し通せばバレないんです。王都に行くのは寧ろ、王と面識を持っておくべきだと思ったからですよ。一度は見とくべきじゃないんですか?」
「極悪非道の王?」
「そうでもないですよ。異端者から血を採るのは、どこの国でもやってますから」
「……」
思わず、やつの顔が浮かぶ。もしこの世界で、イヌが王となったら、異端者から血は採るのだろうか。……まさかな。だってあいつが王になろうとしてる理由は……
「何をぼーっとしているんですか。目を瞑って立ち尽くすなんて珍しい趣味をお持ちですね。普通に歩いてもまだあと十日以上はかかるんですよ」
「え、そんなかかんの?てかベルちゃんテレポートは?」
「嫌ですよ。森の中が危険なので緊急的に使いましたが、本当は高レベル魔術は主の命以外では使いたくないんですから」
「はいはいまた出てきたよ主。絶対主様より俺の方がえぇ男やのに」
「その評価基準には些か気分を害されますが、主の方が素晴らしいお方です」
「ふうん」
えぇ男、という言葉に対して、素晴らしいお方、か。
わざとかどうかはわからんが、とりあえず探りは全部躱されるな。性別すら探れん。まぁ興味はないが……必要となった時わからないのは不便だし気味が悪い。そんなことを考えながらベルの後ろを歩く。
「ほら、見えてきましたよ。あれです」
ベルが指を指す。その先に城壁が並んでいた。遠くに城が見える。
「……えぇ、あそこまで歩くの?」
「王都を見て最初の言葉がそれですか?普通は感動するものと思いますけど」
「感動ねぇ……感動かぁ……久しくしてないなぁ……」
「してくださいよ」
「むずいねんて」
「はあ、まあこの旅で貴方が何かに感動する心を取り戻してくれることを願ってますよ。さ、行きましょう」
前をスタスタと歩くベル。旅はこれからだ、とでも言わんばかりの口調であった。
「もう結構経ってんねんけどなぁ……」
ここ数日様子を見る限り、随分世話好きで、口が悪くて、それから思いやりのある人間だとわかった。……あぁ、人間ではないのか。
「そういえばまだ種族の話なんかは言葉でしか言ってませんでしたね」
ほら、とまたベルが指を指す。空だ。
「あの上の方を飛んでるのが妖精。きっと商人かなんかでしょう」
空を何匹か人が飛んでいる。成程、確かに妖精らしい。光に透けた羽が美しい。
「で、あれが巨人。王都の中に入れないから、外から手を伸ばしてるでしょ」
「あぁ、ほんまや……不便そうやなー」
「巨人は手先が器用だから、全然大丈夫なんですよねー……あぁ、あれは小人ですよ。あの怪鳥に乗ってるんです」
再び上を見ると、鳥の群れが飛んでいた。きっとあの上に小人が乗っているんだろう。
「このように、この世界には多種多様な種族が暮らしているんです。純属は特に多様性が見れますね。魔族は……悪魔とか、鬼とか、魔法使いとか、獣人とか、いろいろですよ。鬼は滅多に会いませんけど。結構脅威でしてね、嫌われ者です。そしてその最上位に位置するとされているのが……ロスタム、という種族です」
「ロスタム?聞いたことないな」
「……知力が高くて高尚で、魔力も高く、身体能力も見た目からは伺えないほどの高さ、すばしっこく、大きな攻撃にも耐えるタフさも兼ね備えている……」
「へぇーチートやんそれ」
「そうですねぇ……ステータスを全振りしたような能力値……チートというに相応しいかもしれません」
「……そんなんおったら戦争とか大勝利やん」
「……ただ」
「……お?」
ただ、という言葉に一種のゲーム的な弱点を予想し少し興味を唆られる。
「それを使役する者がいる。はい、それだけです。だからあなたが期待しているような弱点はありません」
「ちぇ。てかなんで弱点期待してるって分かったん?」
「大抵の人はそのように聞くからですよ。ただ、なんて言うと期待して」
「ふーん……てか、ベルちゃんやっぱり詳しいんやね」
「はぁ、まぁ一応この国の知識人ですから。……もう着きますよ。あれが関所です」
関所で手続きを済ませ、中に入ると、他の村とはまた違った雰囲気を感じさせられた。洒落た建物、活気な商売人、他種族が入りまじる……まさに異世界。
しかしまぁ、割とあれだな……商人が多いな王都になると。加えて村には農民多数……なるほど、末期国家だな。戦争でも起こして国が不安定になれば、そして経済が傾きでもすればゲームオーバーまっしぐらだろう。
「ほら、何やってるんですか、早く乗ってください」
馬車の扉を開けて、ベルが言う。
「しかし今朝着替えさせといて正解でしたね……あなたの服はやっぱり目立ちますから」
今朝中世っぽい服を渡された。着心地はいいが、シャツの上に着ている。スーツはカバンの中に入れてある。何となくだ、物持ちがいいのだ俺は。
「……おぉー、えぇ国やな」
「そうでしょう?図書館も美術館もしっかり設立されてますし……まぁ、美術館はともかく、図書館なんてほとんどの人が行かないんですけど……」
「え?なんで?」
「識字率が低いんですって。かく言う私も、最近教えていただいたのでようやくアルファベットと仮名文字は読めるようになったくらいで…クズリュウユイトって、どう書くんですか?仮名はこうですよね」
仮名文字……?
「せやで。……どう書くって、漢字?」
「はい。」
「長いから仮名のユイトでえぇで。一応えっと、結、叶」
「…………こうですか?」
俺の指の動きを見て、ベルがさらさらっと手帳に書いた。
結ぶに、叶う。
結び叶える……目的語なんて持ち合わせていない。
「これはどんな意味の漢字なんですか?」
「意味?」
「はい。……漢字は一文字一文字に意味が存在するって聞きました」
「誰に?」
「主に」
「まーた主かい……えーっと、あぁ、主ってのはこっち……あっち?の世界について詳しいんか?」
「はい。あらゆることに。……賢者なので」
「へぁー。あ、えっと、ユイは、結ぶって意味。トは、叶えるって意味やで」
「合わせてどんな意味が?」
「俺が聞きたい」
「ふふふっ」
ベルゼが笑った。笑うと可愛いのになー。
「……寧ろお前こそ、ベルゼってどういう意味があるん?」
「知りません。大体語感でつけるイメージですけど。名前に意味を込めるのは面白い文化です」
「そんな簡単でえぇの?」
「はい。何だか味気ないですか?」
「いや……生まれた瞬間にいろいろ押し付けられなくて、えぇなって」
「……」
赤い瞳がじっとこちらを見つめてくる。思わずたじろぐ。
「……な、何や」
「君って、前から思ってたけど、変わってますよね」
「……そうなんか?……まぁ、異邦人やししゃあないんちゃう?」
しまった、惚れた?ぐらい言ってしまえば良かったか。調子崩れる。
「私の知ってる逃亡者はもっと……いや、まぁいいですよ。人それぞれですよね、価値なんて」
「せや。その通り」
そんな会話をしながら街並みを見て、ふと思ったことを聞いてみる。
「ねぇベルちゃん、ここって王権が支配してるんだよね?」
「?はい、そうですね」
「んで、政治も王が一人でやってんの?」
「まぁ……あぁ、一応政党がありますね。二つ。民意を王に提示するための」
「選挙は?」
「してないですね」
「てことは政治に関われるのは試験に合格した人とか?」
「そんなところです」
「経済格差……は流石にあるよな。身分はどんなもん?階級は結構わかれてる?階級闘争なんかはさかんじゃないん?」
「そうですね……基本ないです。貧富の差はあまり開いておらず、全体的に富裕層が多くそれ以外は王都外の農村にいますし、経済的支援は受けていますので税は重めですが特に反乱などは起こっていません。戦争が強いんですよ、この国。軍備がなかなかに整っています。経済的に活発ではありませんが商人は行き交っています。ここのところちょっと少ないですしここで育った商人が国外に出ていくことは結構多くなってきましたね」
やっぱり末期じゃねぇか。戦争に勝つこと前提、人の命を使った博打。……霧生やあの人がわくわくしそうな響きだなぁ。
「ここは教会の勢力外でして……まぁ、他国にも影響が大きい国ですので、教会とは若干対立してますかね」
「ふーんなるほどなぁ……」
「満足しました?」
「一応な」
「それはよかったです。急に専門外の質問が来て、内心ヒヤヒヤしていましたから」
「聞きたいことをわかりやすくまとめてくれるから会話がしやすくてえぇな」
まぁ会話のしやすさで言うと、いくらかイヌの方が上か。あれは、ああ見えて頭がいい。単純な頭脳勝負であれば、イヌが有利だろう。知識量は生きた年数的にどうしても劣るだろうが、あいつは俗にいうところの天才というやつだからだ。
「……と、言ってる間に着きましたよ。ここが城です」
馬車が止まり、ベルが降りる。そして恭しくこちらに手を伸ばした。
「……本当は逆なんやけどな、マドモアゼル?」
「紳士であるならもう少し早くからそうであってください。私は従者。あなたは貴族…それくらいの意識を持っていないと、ボロが出ますよ」
逃亡者の。
赤い唇が、音もなくそう告げた。
昨日更新予定だったんですが忘れていました。申し訳ありません。禊というわけではありませんが、来週から更新頻度を上げます。




