第三話
芹沢さんのアパートに着いて、インターホンを押すと、返答がない…。
あれ?出掛けてるのかな…?それともトイレ?もう一度押してみたら、バタバタと足音が聞こえて玄関に出てきた。
「ごめんなさい!寝てました~!」との事だった。「大丈夫ですか?疲れてるんじゃ…?」
「大丈夫、大丈夫!それよりお願いがありまして~…」
「何でしょう?」
「その……お買い物に、付き合って貰えませんか?」
「ええ、いいですよ。荷物持ちでも何でもします。それと、これ。お土産でケーキです」
「ケーキ!?」と言ったまま、芹沢さんは固まった…。ダイエット中とか…ケーキが嫌いとか、かな…?
「すみません、びっくりしてしまって」
…え?嘘ぉ!?涙ぐんでるぞ…?
「すみません、お嫌いでしたか?」
「違いますよぅ!嬉しくて…。では、お預かりして冷蔵庫に入れて来ます。あと車の鍵を持ってきます、ちょっと待って下さいね」
「えっ?車で行く所なんですか?」
「ええ、ラルハ・モールの中にあるスーパーが特売をやってるんです」
「…!ラルハ…モール、ですか?」
「ええ。大丈夫、お金は私が払いますから心配しないで」
お金の心配はしてない、持ち合わせもあるから。俺の心配…というか不安は別の事だった。
芹沢さんの車は流行りのコンパクト・カーで水色だった。なんとなく、とても似合う。
芹沢さんはニコニコしており「道場で疲れませんでしたか?」と聞いて来た
「仮眠も取りましたので、大丈夫ですよ」
大丈夫です…と答えた俺の心の中は、正直あまり大丈夫ではない…。これから行くモールで、以前ちょっと嫌な事があった。ちょっと…、ではないな。トラウマになっているのだから。それ以来、俺は、ラルハ・モールには行っていない。
モールに着いて、立体駐車場から店舗内に入ろうとした時、目に付いてしまった。
見覚えのある車、そしてナンバー…。やはり来ている…。こういう時ばかり引きが強いんだよな、俺は…。
まあ、まだ会う事は確定してない。このモールは結構広いから…。
店内に入り、目当ての食料品売場へ向かう。
「どうしました?柏野さん?」と芹沢さんは怪訝な表情だった。
「ちょっと…知り合いの車があったもので…」
「顔色が優れませんね?大丈夫かしら?晩御飯、お粥にしましょうか?それともオジヤ?」
「いやいや、普通のご飯でお願いします。お粥はちょっと苦手でして…」
「フフ、わかりました。ちなみに、何がお好きですか?」
「…ハンバーグ、かなぁ?」
「えー!?丁度作ろうと思っていたものを…。柏野さんって、もしかして…エスパーかしら?」
「いや…、エスパーだったらブラック企業に勤めてませんねぇ。そして、普通に彼女もいると思いますよ?」
「あらら?やっぱり昨夜言っていたことは、本当だったんですねぇ?」
「昨夜…?」
その時だった。正面から来た三人組の家族の一人が叫びだした。
「ちょっと!ア~タ!また家の娘を付け回してるのね!?この、ストーカー男めぇっ!!」
あっちゃぁあ~…会っちゃったよ…。やはり俺は引きが強いようだ…。
「千崎さんのお母さん、お久しぶりです。そして違いますよ。偶然です。今も、ストーカーと勘違いされた時も、どちらもです」
「ちょっと、莉那~?アンタはどう思う」
「サイテ~。超キモいんですけどー」…くっ。
「ヘイ?そこの!莉那はもう俺と結婚してるからな?付け回すんじゃねえよ?」
「だいたいね!ア~タみたいな安月給の男が、家の莉那に近づいた事自体がおこがましいのよ!図々しいにも程があるわ!この佐藤覚君なんて、高校生から莉那と付き合ってるし、国家公務員よ!ア~タなんかとは、格が違うの!!高身長、高学歴、高収入!ア~タとは、何から何まで、ち~が~う~のよ~!!!」
……違う…俺はストーカーなんかじゃない…。
それに、俺から近づいた訳じゃない…。
…けど、違わない事が一つある。こんなに…嫌な思いをしているのに…俺は、まだ…千崎…莉那さんが、好き…なのだということだ。ナゼだ…?なぜ、まだ好きだという事で苦しまなければならない…?もう…とっくに終わっているだろ、俺…。
…フッ…と俺の左腕に暖かいものが触れ、た…。
?…芹沢…さん…?芹沢さんは俺と腕を組んで、自分だけ軽く前に出た。そして、彼らを観察して、一言ずつ言った。
「ハイ!まず~、貴方!佐藤覚君?かな?ふむ…奥様に隠し事をされていますねぇ。 あ~…間も無くバレます。大変な事になりますねぇ…。次!お母様かな?…あら!?あらら…御愁傷様です!ハイ!最後、貴女!莉那さん?かな?ハハァ~ン…これはこれはこれは…もっと御愁傷様ですぅ…!さ、柏野さん行きましょっ!初デートですよっ!」
「えっ…?ちょっと…!」
「いいから!今だけ私に合わせて」
「…はい」
それから、おれは芹沢さんに促されて、モール内のベンチに座って休んだ。
「きっと…何か…大変な事があったんですねぇ?」と芹沢さんは優しく聞いて来た。
「…ええ。あの千崎莉那さんは、元同僚…というか、同じ職場の先輩だったんです」
「そうですか。…今は場所が場所ですので、家に帰ったらお話聞かせていただけませんか?話して、楽になることもあるかも知れませんよ?」
「そうですね。お願いします。まずは買い物を…」
その時だった。
「柏野ぉ!テメェまだ生きてたのかぁ!?」…聞き覚えのある嫌なダミ声がした。岩佐…。元上役の一人だ。俺へのパワハラが原因で、職場から追放された男…。年齢は59歳だったはず…。
「女連れかぁ?お前みたいなヤツには10年早いんだよぉお!!」
「気安く話しかけるな…」
「ああん!?なんだテメェ!その態度は!?上司に対する態度じゃねえぞコラ!?」
「アンタの事を上司だと思ったことは一度も無い。消え失せろ!クソ野郎!!」
「この若僧がぁ!!」と岩佐は俺に右拳で殴りかかって来た。…避けると芹沢さんに当たる可能性がある、ダメだ。俺は左腕でヤツの右腕を擦り上げる様にしながら、右の手刀をヤツの眉間に打った!ブシュウウウ…!と岩佐は鼻血を吹き出しながら後ろへ倒れた…。
酒の匂いがした。酔った勢いでからんで来たのか…?俺は芹沢さんの手を取って駆け出した。
ハァハァ…、モールから離れて公園のベンチへ二人で座り込んだ。
「芹沢さん…、すみません!」
「ハァハァ…いや~、ビックリしたわぁ!」
「すみません…」
「…貴方の豹変ぶりに」
「え…?そこ?」
「だって~、彼女モドキ?の時はあんなに弱々しかった柏野さんが、クソ上司?の時には毅然として立ち向かって、やっつけちゃうんだもん…。どっちが本当の柏野さんなのかな?」
「…どちらも俺ですよ」
「なるほど…。さあ、車取りに行って、別な所で買い物しましょ?」
「芹沢さん?」
「なぁに?」
「今日はもう、作らなくていいですよ、晩御飯…」「え…?帰っちゃうん…ですか?そんな…」
「違いますよ。俺が払いますから、お弁当買いましょう?」
「…フフ、そうですね。走って疲れたし、その方がいいかも」