第一話
ズキン！…と強い頭痛がして、俺は目を覚ました。
ここは…。俺の部屋…じゃないな…。どこかのアパートの部屋のようだが…？
カーテンの隙間からは日の光が入っている。天気は良いらしい。腕時計を見ると、7時50分。ヤバい！…会社！と思ったが、確か今日は日曜日だ、と思い出した。
頭の痛みを堪えながら身体を起こして部屋を見渡してみると、どうやらワンルームのアパートの一室のようだ。
結構広い…。部屋の中には様々な花の鉢植えがフラワースタンドに並んでいる。天井から吊るされている鉢もあるな。
胡蝶蘭、ベルフラワー、くらいはわかるが、他の花や観葉植物の名前はわからない。
俺が寝ていたのは折り畳み式のベッドのようだ。
…昨夜の記憶を思い出してみる。確か残業の帰りに新規オープンしたばかりのバーに入って酒を飲んだ記憶まではある。…だが、そこから先は記憶が無い…。どういう経緯でここにいるんだ、俺は？
部屋は人が住んでいるという感じではなく、花を栽培するために使われている様子だ。
玄関口に出てみると、鍵は施錠されていた。俺がかけたのか？
考えているとチャイムが鳴った。
ロックを解除して扉を開けると綺麗な女性が立っていた。
髪はロング目で、少しパーマがかかっているのか毛先がフワフワしてる。
…朝日の関係もあるんだろうけど、後光が差してる様な…？
まるで…天女様…みたいだ…。
「良かった。起きていたんですね、柏野さん」ん…？俺の名前を知っている？だが、俺はこの女性の名前も顔も知らない…。女性は小首を傾けている。
「あの、すみません。昨日は酔っていたようで、俺、記憶が…」
「えっ！？」とその女性は驚いていた。
「そうなんですか…。まあ、まずは朝食はいかがですか？柏野さん」
「あ、はい？」俺は女性に促されながら、玄関から出て隣の部屋へ入った。
入って気づいた事は、部屋の作りが俺の寝ていた部屋とは違うことだ。二部屋あり、リビングと寝室で別れているようだ。いかにも女性らしい薄いピンクやホワイト、淡いグリーンの色彩を基調とした部屋だ。なんとなく優しい、ほんわかした空気の部屋だと感じる。リビングには朝食の良い匂いがしていた。
「柏野さんは、昨夜の記憶が…ないんですねぇ？では、私とお話したこと等も？」
「…すみません。思い出せません」俺がそう伝えると…女性はポロポロと涙を流し始めた。
「ちょっと！大丈夫ですか？」俺は驚いて声をかける。
「大丈夫じゃないよ…」笑顔で女性は涙を流している。あれ？これは変だ。泣きながら笑顔？どうなってんの？
「…あの、俺が昨日、何を言ったか教えてもらえませんか？」
「今は！言いたくありません！」強い拒絶をしながらも柔らかい笑顔…この人どうなってんの？
「…すみません。なんか…居づらいので、俺はこれでお暇します」
「絶～対ダメ！」やっぱり笑顔…。
「え～！俺にどうしろと…？」
「まずは、朝食を食べましょう。せっかく作ったので」
「すみません、その前に水を一杯飲ませて下さい。喉がカラカラで、頭痛も…」俺は鞄から頭痛薬を取り出して、頂いた水で飲んだ。
朝食はクリームシチューとクロワッサン、グリーン・サラダだった。どれも美味いが、シチューは久しぶりに食べた。「良い食べっぷりですね」と目の前の女性は優しく微笑んだ。
「はい、どれも美味しくて。それに、たぶん俺は昨日の昼以降は何も食べていません。あ、シチューお代わりしていいですか？」
「ハイハイ、お代わりね。あら…？じゃあ、晩御飯は食べないでバーにいらしたの？」
「はい。残業の帰りで、そのまま…」
「残業の帰りって、柏野さんがいらしたのは23時を回っていましたよ！？どんなお仕事をされてるんですか？」
「あの、今更なんですけど…せめて貴女のお名前を教えて下さいませんか？」
「…昨夜、全部話したんだけどなぁ？」
「そこを曲げてお願いします」
「仕方ないなあ。芹沢花音です。かのん、なんですが皆はハナって呼びます」
「芹沢さん、改めて昨夜は失礼しました」
「昨夜は失礼じゃなくて、今が失礼なんだけどなあ？ところで、柏野さんは…どんなお仕事なんですか？」
「福祉の関係の仕事です」
「まあ、では遅番？いや、準夜勤？かしら？」
「いえ、実はブラック企業でして…」
「まあ？福祉にもブラック企業があるんですねえ？」
「むしろ多いようです」
そんな話をしている内に食事は終わった。
「柏野さんは、今日のご予定は？」食後に紅茶を頂きながら芹沢さんに聞かれた。
「一度、自分のアパートに戻ってシャワーを浴びてから道場に行って、午後はひたすら…寝ます」
「道場？何か習ってらっしゃるの？」
「ええ、武術を少々」
「ああ、それで昨夜は…」
「え？」
「いえ、何でもありません。それより…、晩御飯を食べに来てくれませんか？」
「え？知り合って間もないのに、度々は悪いですよ？」
「ふ～む、じゃあ…来てくれたら昨夜の事を教えてあげようっかな～？」
「…わかりました。で、ここって何町なんですか？」
「新町です」
「あれ？同じ町内なんだ…」
「そうですよ。これも昨夜話しましたよ？」
「そうなんですね。じゃあ、夕方17時頃にお伺いします」
「必ず、来て下さいよ？」
「わ…わかりました」
芹沢さんからは「念のため…」とお互いの携帯の連絡先を交換させられた。信用なさそうな顔してんのかな？俺…。
