第二話 爪と牙と
一方そのころ、リベリオンズの陣地から多少離れたところでは、ちょっとした小競り合いが起きていた。ただし、今回の相手は統一軍ではなく、魔物の群れだ。
木の隙間を縫って、狼型の魔物、ヴォルフフントが襲い掛かってくる。それを身体捌きだけで回避して、パウロ=ザ=ブラックラックは腰の超鋼炭素刀を抜き放ち、一刀のもとに切り捨てる。霹靂雷華。それが彼の愛刀の銘だ。雷属性のマナカートリッジを三つ、剣身に装填でき、数が多ければ多いほど、その斬れ味を高めることができる。
黒のフード付きジャケット、黄色の耐刃シャツ、ジーンズ、頑丈なレザーブーツといった身なりで、防具は左腕全体を守る籠手のみ。これは、パウロが素早さを活かした戦いを信条としているからだ。
そして彼には、頭の上に生える耳とふさふさの尻尾がある。パウロは狼系の亜人種であり、その気になればワーウルフ化することもできるのだ。まぁ、ワーウルフ化の代償が丸一日動けなくなるほどの体力消耗のため、滅多なことでは使わないが。
と、パウロは不意に、異様な殺気を感じ取った。その方向に視線を向けると、まさに攻撃態勢に入っているヴォルフフントの姿がある。完全に気配を消していたらしい。
「くっ!」
一か八かで回避姿勢を取ったが、その刹那、右方向から風切り音が複数響いて、パウロにとびかかろうとしていたヴォルフフントは絶命した。よく見ると、ヴォルフフントの身体に鉄製の細い棒が突き刺さっている。いわゆる棒手裏剣である。
「危なかったなパウロ。大丈夫だったか?」
木の上からそう声をかけてきたのは、クロウ・ヴィルドカッツェだ。山猫系亜人種であり、パウロと違って動物要素が多く、二足歩行している猫と言っていい。
ただ、きちんと服は着ていて、黒いショートジャケット、黒い耐刃シャツ、八分丈くらいの黒いカーゴパンツ、ショートレザーブーツを着用している。ちなみに毛並みはブラウン系で、手入れにはこだわっているため、ツヤツヤモフモフである。
基本的にのんびり過ごすのが好きなのだが、戦いにおいては山猫系亜人特有の一撃離脱戦法が得意であり、リベリオンズの忍者として強襲偵察の任を請け負うことが多い。
「すまないクロウ。助かった。それで、森の様子は?」
霹靂雷華を鞘に納めながら、パウロが問いかけた。それに対し、木から器用に降りてきつつ、クロウが答える。
「見た感じ、全部が全部操られてるって感じじゃないな。深いところに行くにつれて、正気のままの魔物が増えていく」
「なるほどな……。とりあえず、戻って報告しよう。そうすれば、サナティウス様とラウド様がいい案を出してくれるはずだ」
「そうだな。少し森もイヤな感じにざわついてきてるし、今日はこれくらいで潮時だろう」
二人は頷くと、本陣へ向かった。自身の直属の上官であるユーリスとアイゼンに、森の現状を伝えるために。
―◇―◆―◇―◆―◇―
――コンコン。
リオートが何の気なしに読書なんぞを嗜んでいる夜。不意に扉の音が鳴って、彼はいやいや席を立った。途中、なぜか部屋に置いてある派手な棺桶に脛などをぶつけて一瞬悶えたが、平静を装って扉を開ける。
「む。アイゼンか。こんな時間に何用だ」
「リオート、サナティウス殿から伝言と資料を預かっています」
アイゼンのその言葉に、わかりやすく嫌そうな表情を浮かべつつ、リオートは資料を受け取った。
とりあえずつらつらと目を通すと、それが偵察の報告書だということが分かった。そして、その文書の最後には……。
「この報告書をもとに、貴方たちの策の草案を明日の夜までに提出してください……。なんだこれは」
「読んだままの意味ですよ。貴方なら造作もないでしょう? リオート・ザミュルザーチ?」
「……言うじゃないか、アイゼン・キルシュバオム……。良いだろう。やってやる」
プルプルと身体を震わせながら、リオートはアイゼンにそう言い返した。まぁ、その恨み節はどちらかというとサナティウスに向けられているのだろうが。
――と。
ばたん!
部屋の中から大きな音がして、アイゼンはそちらに視線を移した。見ると、リオートの部屋にある棺桶の蓋が空いている。
そして、その部屋主であるリオートはというと、わかりやすく汗など垂らしている。
「むにゃむにゃ……。おはよーリオートー。呼んだー?」
完全に寝ぼけた状態で棺桶から出てきたのは、蒼い肌のナイトレイド――いわゆる吸血鬼――と呼ばれる亜人種だった。男性とも女性とも取れない中世的な顔立ちをし、蠱惑的で豊満な身体つきをしているがなぜか一糸纏わぬ裸体だ。しかもよく見ると『ついている』。つまるところ両性具有なのだ。
「アマリリース! いつも服を着ろと言っているだろキサマー!」
血相を変えてずんずんとリオートらしからぬ足取りで、アマリリスと呼ばれたナイトレイドに詰め寄っていく。
「アイゼン、話はここまでだ。明日の夜までに提出すればいいのだろう!?」
「その気になってくれたようで何よりです。では、あとはお楽しみください」
「変なことを言うな! さっさと帰れ!」
「え? リオート今日は積極的だね!?」
「誤解を招くようなことを言うんじゃない! 早く服を着ろ!」
さて、リオートが怒鳴り散らしているアマリリスと呼ばれるナイトレイドだが、本名をアマリリス・モントブルームという。そして、これからは便宜上『彼女』と呼ぶ。
モントブルーム家と言われる、ナイトレイドでも由緒正しい家柄の長女ではあるが、古臭い習慣に嫌気がさし、家を飛び出して放浪していた。そこをリオートに拾われて彼の副官となったのだが……。まぁ見ての通りなかなか斜め上の性格をしている。
しぶしぶ服を着たアマリリスだが、それでも露出度は高く、胸部分を締めるコルセットとローライズのホットパンツ。アシンメトリーの網タイツという服装の上に黒いロングコートを着ただけというものである。靴はスタッズの入ったロングブーツだ。いわゆるパンクスタイルである。
「ちぇー、つまんないのー」
完全にふくれっ面になったアマリリスが窓際の椅子に座る。そのままテーブルに突っ伏し足をぶらぶらし始める。
「……ねーリオートー、おなか減ったー」
「冷蔵庫にあるだろう」
リオートが紙面とにらめっこしながら、ぶっきらぼうにそう答えた。それを聞いたアマリリスの顔が、明らかに拗ねた子供の様になる。あからさまに頬を膨らませ、ジト目でそっぽを向いていた。
「輸血パックはー、当たりはずれがあるからヤなんだよー」
「無いよりはマシだろう。黙って飲め」
「ちぇー」
渋々椅子から立ち上がり、アマリリスはガサゴソと冷蔵庫を漁りだした。
それを横目に短くため息をし、リオートは再び紙面とのにらめっこを再開した。前述のとおり、プリズンバレー周辺は絵に描いたような天然要塞だ。自然という名の城壁をどう突破するか。これが第一目標になるだろう。しかも紙面の端に小さな文字で
『森にはエンシェント・ウルフの群れが住んでいます』
と書いてあるのだからたまったものではない。字の綺麗さから、これを書いたのはサナティウスだろう。
(あの狂人め……、厄介なことを思いついたな……)
「ずず~~~……。っしゃあったりぃぃぃぃぃ!!」
胸中で毒づくリオートに構わず、アタリ輸血パックを見事引き当てたアマリリスがガッツポーズをしながら歓喜のシャウトをした。
その刹那、リオートの握る万年筆が大きな音を立ててへし折られる。
「うるせぇだまってろぉぉぉぉぉ!!」
陣地の一角から、死神の大絶叫が響き渡った……。