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幻想浪漫譚 ~リベリオンズ・ラプソディ~  作者: GaN
プロローグ
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プロローグ

 ――かつて、世界を救った『異世界転生者』。その強大な力は、確かに人々の希望だった。

 だが、それも今は過去の話。彼らの英雄譚は最早、子供たちに読み聞かせる幻想にすぎない。

 代を重ね、時を経た今となっては、何のことは無い。立派な暴君に様変わりしている。

 今日もまた、かつての英雄が築き上げた澱みは、暴虐の限りを尽くしている。罪のない人々から蓄えを奪い、抗う者には粛清と称し力を振るう。今や辺境の村には火が放たれ、力なき人々は泣き崩れるばかりだ。


「遅かった……!」


 村を見下ろす小高い丘に、四機のマナバイクが到着した。リーダーであろう女性は、眼下に燃える村を見下ろし、唇を噛んだ。


「諦めてはいけませんよ、紅き姫君。まだ助けられる人もいるでしょうし、正義の皮をかぶった野獣を誅することもできましょう」


 黒づくめの男が声をかけた。確かに、彼の言うとおり、まだ助けられること、できることはある。


「アイゼン様の言う通りですわ。このまま引き下がるわけにはいきませんでしょう? ねぇ、ヴァル」

「左様でございますね、お嬢様」


 この場に似つかわしくない、高貴な雰囲気の女性が続く。物腰は柔らかだが、その瞳には明らかに戦場に立つ意思が見て取れる。


「ぐだぐだ言ってないでさっさと行かないか? 私の腕とツレが、腹を空かせて(わめ)いているのだよ」


 今まで黙していた髪の長い男性がそう口を開いた。気怠そうではあるが、その言葉はリーダーの女性の背中を押すのに十分な一言だった。


「……行こう。やれるだけのことする。

 みんな! アタシに続け!」


 彼女が剣を掲げた。女性に扱えるとは思えないほど巨大で、武骨な片刃の大剣。だがそれは、彼女たちの『反逆の旗印』なのだ。その旗印は、彼女らに付き従う仲間たちに鬨の声を上げさせた。


「アポカリプス・リベリオンズ、出陣!」


 そう叫び、彼女はマナバイクを走らせる。それに仲間たちも続いた。地の利も風向きも、こちらに味方してくれている。


「まずは! 村に残っている統一軍を殲滅する!!!!」


 言うや否や、彼女はその大剣を振りかざした。目の前の兵士がようやくこちらに気づいた。そして、


「て、敵襲! リベリオンズだぁぁぁぁぁっ!!」


 その絶叫が、彼の断末魔になった。


 ――これは、暴虐の限りを尽くす異世界転生者たちに反旗を翻した、反逆者たちの狂詩曲である。

 『浪漫』を忘れた人々に、この物語を送ろう。


 ―◇―◆―◇―◆―◇―


 まずは一人。側にいたもう一人の兵士は、自分の駆る真紅の専用マナバイク『簒奪者(ユサーパー)』で既に排除済みだ。

 紅銀の長髪をなびかせる彼女の名は、ユーリス・イグナディオス。統一国家に反逆するレジスタンス『アポカリプス・リベリオンズ』の団長であり、斬り込み隊長である。

 胸部分を守る軽鎧、防御によく使う左腕の腕鎧、左足をカバーする腰鎧を、紅いレザージャケットやデニムパンツの上から装着しており、細身ではあるが女性らしい体型。そして、美しい顔立ち。切り込み隊長とは思えない容姿ではあるが、その実力は、間違いなく団内一だ。


「まだ単騎だ! 今のうちに数で押し切るぞ!」


 先ほどの兵士の悲鳴を聞いた部隊が、すでにユーリスを囲み始めている。だが彼女に臆した様子は無い。むしろ切れ目をさらに鋭くして相手を睨み据え、左手に持つレバーアクションライフルのトリガーを引き、一人の額を撃ち抜いた。そのままローリングリロードをしつつマナバイクから離れ、右手の大剣で三人斬り捨て、反対側にいた一人をこれまたライフルで撃ち抜く。

 圧倒される兵士たち。だが彼らは仮にも異世界転生者だ。原住民のようなノーマッドにやられっぱなしになるつもりないらしい。


(死角から……!)


 飛び込んできたのは三人。彼らが持つ武器は量産品とは言え魔剣・聖剣と呼ばれる類のマジックウェポンだ。かすり傷一つ負うことすらノーマッドたちにしてみれば手痛い一撃である。

 しかし彼女はその攻撃を受け止めた。一人は大剣の剣腹。一人は左腕の腕鎧。もう一人の攻撃は……、


「な! つ、掴んだ!?」


 斬れ味の鈍い鍔元の、ではあるが、ユーリスは刃自体を左手で掴んでいた。しかも、表情に痛がる様子は見られない。

 ユーリスのその姿に戦慄を覚えた兵士たちは、一度体制を立て直そうと武器を引いた。が、その刹那には三つの首が()ねていた。


「やれやれ……。相変わらず自分の身を案じない大将だ……。まぁ、おかげて新鮮な血は手に入ったがね……」


 血飛沫が散る中現れたのは、リオート・ザミュルザーチ。草臥れた黒いロングコートを着込んだ青年で、蒼く輝くぼさぼさの長髪と、病的な青白い肌が彼に『死神』の呼び名を与えている。両手に持つ鎌も、その印象を加速させていた。

そんなリオートを狙い、さらに兵士が集まって来る。彼は深い溜息をついた。次の瞬間、新しい死体が三つほど出来上がる。


「力に物を言わせて無闇やたらに突撃してくるからそうなる。学習能力が低いと見えるな。まぁ、聞いてはいないだろうが」


 その光景に戦慄を覚えた兵士たちが、悲鳴を上げて(きびす)を返した。戦場で相手に背中を向けるとは言語道断なのだが、元より力押ししか知らない愚かな戦闘員だ。そんな相手を斬り伏せるやる気を、リオートは持ち合わせていない。

 彼が追いかけてこないことをいいことに、兵士たちは走る速度を上げる。このまま逃げ切ることができれば、後方で待機している仲間と共に仕返しをしてやればいい。そう思っていた。


 ――だが、その思惑はほんの数秒で絶望に代わる。


「敵に背を向けるとは……。些か教育の届いていないお方のようだ」


 突如現れたのは漆黒のマナバイクだ。それに跨る男性も、身に着けている衣服や武器までも黒一色。頭髪すらも漆黒だが、射抜くような相貌は金色。それが妙に映え、一瞥しただけでも覇気を宿していることがわかる。


「そのようなお方たちは、この私、アイゼン・キルシュバオムが躾けて差し上げましょう」


 同時にアイゼンは跳躍してマナバイクを離れた。彼は背負っていた盾と大振りの片手剣を両手に持つと、そのまま左手を差し出した。すると、来ているロングコートの袖から鉄糸が射出され、先端のアンカーが先頭に立っている兵士の肩を貫いた。

 アンカーはそのまま地面に突き刺さり、アイゼンがくいっと左腕を引くと、鉄糸が勢いよく巻き取られていく。その勢いを殺さないまま、彼は兵士に急接近して右手に持った片手剣を一閃した。その瞬間、剣の鍔元に備え付けられたシリンダーが回転し、撃鉄が落ちる。

 刹那後、シリンダー内の炸薬が爆発し、兵士に追い打ちをかけた。斬撃と爆発の両方が直撃した兵士はすでに物言わぬ屍になっている。

 それを見てさらに狼狽えた兵士が別の方向に逃げようとするが、アイゼンはそれを逃さない。同じようにアンカーで敵を拘束し、斬り爆ぜ、再び討ち取る。


「く、くそぉ! こんなとこで死ねるかよ!」


 全速力で逃げていく兵士。行先は言わずもがな後方に待機している本陣の方向だ。だが、アイゼンは追いかける様子を見せない。

 その背中を口惜しそうに眺めながら、リオートが一人毒づく。


「ちっ! 貴重な血袋が逃げおおせたか……。アイゼン。この落とし前、どうつける気なのだ?」


 そのセリフに、アイゼンは短く笑うと、モノクルを磨きながら応えた。


「ご存知ですかリオート。人の心を折るのは、絶望を目の当たりにさせるのが一番なのですよ?」

「確か、そろそろ本陣の方は、彼女たちが襲撃しているころよね?」


 アイゼンのセリフにユーリスがそう続き、リオートは何かを察した。そして深くため息をつき、再び独りごちる。


「ウチの軍師も軍師だが……。平然とそう言い放つ貴公は、敵に回したくはないな」


 彼はそう言ってマナバイクに跨り、兵士が逃げて行った方へ向かってアクセルを吹かした。それに追いかけるように、ユーリスとアイゼンも、マナバイクを走らせた。


 ―◇―◆―◇―◆―◇―


 どこをどう走ったかあまり覚えていないが……。兵士はあと数メートルで本陣に辿り着こうとしていた。先ほどの屈辱を晴らそうと意気込んでいるが、どうも様子がおかしい。比較的安全なはずの本陣には、喧騒が響いている。そして肉や木が焦げる匂いが充満し、なぜか肌がピリついている。

 一瞬イヤな予感が脳裏をよぎった。だが、本陣以外に退きようもないので、彼は意を決して本陣に視線を移した。


「こ、これは、一体、どうなってるんだ?」


 その光景に頭が理解を拒んでいた。味方が悲鳴を上げ、本陣が火の手を上げている。その渦中にいるのは、老執事とワルツを踊る女性だ。蒼白いフリルの多いドレスに身を包む華麗な姿とは裏腹に、そのワルツを彩るのは、四方八方に紫電走らせる稲妻である。

 女性がこちらに気付いた。にっこりと天使のような笑顔を浮かべ、柔らかい口調で話しかけてくる。


「あら、貴方。一緒に踊りましょう?」


 その刹那、彼の意識は激しい痺れとともに消えてしまった。


「おや、ヴァイゼルお嬢様。観客がいなくなってしまいましたな」

「あら、もう終わってしまいましたのヴァル。今日も素敵なワルツでしたわ」


 そう言葉を交わしてお嬢様こと、ヴァイゼル・(フィル)・ディトルノは自身の執事であるカヴァルディエに一礼をした。カヴァルディエもそれに応じて一礼したタイミングで、ユーリスたちが合流する。


「お疲れ様、ヴァイゼル。今回も素敵なワルツだったわ」

「あらユーリス。いいえ。貴女たちがうまく敵を引き付けてくださったから、上手くいったのですよ」


 駆け寄ってきたユーリスに、ヴァイゼルは淑やかな笑顔を浮かべてそう答えた。カヴァルディエもユーリスに対して一礼をする。間も無くして方々で戦っていた同士たちも集まってきて、壊滅状態の敵本陣を見て声を上げている。子の戦場の勝者は、間違いなくユーリスたちアポカリプス・リベリオンだった。

 その様子を見ていたユーリスは一歩前に出て、剣を掲げた。


「また一つ! アタシたちは支配者を倒した! この勝利に満足せず、歩みを進めて行こう!」


 それに合わせ、リオート、アイゼン、ヴァイゼル(正確にはカヴァルディエ)が剣を掲げた。それと同時、夜空に勝鬨が響き渡った。

 だが、この勝利も彼女たちの物語の一幕でしかない。ユーリスは、早くも次の戦いのことを考えていた。


 ――次の戦場は一筋縄では行かないと、ユーリスは薄々感づいていた……。


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