明日から来た勇気
唇と唇が触れあう感触より、そのまま後ろから覆い被さった勇気の重さより、あたし自身の頭の中がクラクラして、ふわっとした感覚に、何も考えることができなかった。
「くそ!アテが外れた!」
勇気は重なった唇を離すと、銃声がした方に意識を飛ばした。
「チッ!」
しかし、そこは単なる閑静な住宅街で、勇気達との間には、学校の塀があった。
自分が撃たれた角度から考えて、塀の上を見たが、そこまで高い家はない。
「甘かった!絶対に、彼女を狙わないと思っていたのに…」
勇気は唇を噛みしめた。
「あ、あのお〜」
やっと頭の感覚も戻り、立ち上がることのできたあたしは、
「!」
勇気の背中が、真っ赤に染まっていることに気付いた。
白のシャツを着ている為、血の赤は目立った。
「そうか!」
あたしは手で口をおおい、あまりの出来事に何も言えなくなっているのに、勇気は拳を握りしめ、悔しさに身を震わせた。
「彼女を狙えば…助ける為に、俺が出てくる。最初から、狙いは俺か!」
敵の思惑を理解した勇気ははっとして、後ろにいるあたしに振り返った。
「大丈夫?怪我はなかった」
その言葉に、まだ口をきけないあたしは、何度も頷いた。
(それは、あたしの台詞だよ。もう…怪我してるけど)
心の中では、言葉になったけど。
「どうしたの?」
あまりにも、あたしの様子がおかしいから、勇気は心配そうに近づいてきた。
「あ、あ、あ」
まだ言葉にならない。
「?」
「あ、あ、あ」
あたしは指を差し、
「せ、せ、せ、せな…か」
何とか片言だけ発した。
「背中?」
勇気はやっと、自分の身に起こったことを思い出した。
「ああ!」
背中を撃たれ、真っ赤になっているシャツに気づくと、笑った。
「大丈夫だよ。咄嗟のことで、バリアをすぐに張れなかったけど」
勇気は背中に気を集中すると、何かが体から飛び出してきた。
「え?」
あたしは、目の前で起こっている出来事に目を丸くした。
多分、背中から出てきたのは、銃弾。
その銃弾が、空中でこうを描きながら、勇気の差し出した手のひらに落ちた。
「ちょっと、めり込んだだけで、大したことはないよ」
勇気はあたしに向かって、微笑んだ。
銃弾は、勇気の手のひらの中で、塵になった。
「い、今のは…一体?あ、あなたは、何なの?」
あたしは、あまりの出来事に、恋する少女から、いつもの感じに戻ることはできたけど、パニック状態は変わらない。
勇気はそんなあたしに向かって、ずっと微笑んでいたが、やがて表情を引き締めた。
そして、少し躊躇う仕草をしてから、あたしに向かって口を開いた。
「本当は、いうつもりはなかったんだけど…」
あたしはぎゅっと胸を握り締め、勇気の言葉を息を飲んで、待った。
「さよなら」
その時、また後ろから声がした。
「え?」
突然、声をかけられたことよりも、あたしの目の前に立つ…勇気の顔がひきつっていることに、驚いた。
「睦美!お疲れ!」
あたしが振り向くと、高橋の漕ぐ自転車の後ろに乗ったメグが、全力で手を振って遠ざかっていくのが見えた。
自転車はすぐに正門をくぐると、右に曲がって消えた。
「どうしたの?」
メグ達が消えた後も、表情が強ばっている勇気に、あたしは声をかけた。
話のこしがおられたけど、勇気の続きを聞かなければならない。
勇気は、あたしの声に反応すると、表情を緩めて、いつものように微笑んだ。
だけど、それはいつもより悲しい笑顔だった。
「ごめん…」
そう言うと、勇気の姿が消えた。文字通り、目の前から消えたのだ。
「え!」
驚き、あたしは周囲を見回したが、勇気の姿はない。
「き、消えた?」
またもやの信じられない出来事に、再びパニックになりかけていると、
「さようなら」
また後ろから、声をかけられた。
慌ててあたしが振り向くと、実習生が歩いていた。
今から帰るようで、あたしに会釈しながら、通り過ぎていく。
あたしは、まじまじと実習生の顔を見てしまった。
やはり…どこか勇気に似ている。
まさかと思い、離れていく実習生の背中を見たが、撃たれた痕はない。
「よかった…」
な ぜかわからないけど、胸を撫で下ろしたあたし。
しばらく、実習生の背中を見送ってから、はっとした。
「彼は、どこにいったのよ」
改めて、キョロキョロと周りを探したけど、やっぱりいない。
先程の弾が、背中から飛び出たことといい、目の前で起こったことながら、あたしには信じられなかった。
「ま、まさか…本当に消えた…とか」
その時、頭の中に浮かんだ単語に、あたしは思い切り首を横に振った。
「あり得ないって!」
だけど、その時のあたしはまだ知らなかった。
あり得ないことなんて…ないということを。
その頃、渡り廊下の上に出現した勇気は、1人の女と対峙していた。
その女は、まるで勇気がここに現れるのを知っていたかのように、テレポートアウトすると同時に、声をかけたのだ。
「撃たれたようね」
女は手摺りにもたれながら、夜になり無人となったグラウンドを眺めていた。
「だけど、勘違いしないでね。あたしが、撃った訳ではないから」
女の言葉に、勇気は頷いた。
「わかっている」
そして、勇気はまじまじと女の姿を確認した。この学校の制服を着た女に、目を細めると、尋ねた。
「あんたが、監査員か」
「そうよ」
手摺りから身を離し、勇気に顔を向けた女は、太田愛花だった。
「いつから、ここに?」
勇気の問いに、太田は答えた。
「あなたが、あたし達に計画を持ちかけた直後に出発し、一年前の…時間に来たわ」
「どうして、あんたが?」
「理由は、簡単よ」
太田は手摺から離れると、腕を組み、勇気に体を向けた。
「あなたの監視」
「そうか…」
勇気は頷いた。
そして、すぐに愛花に背を向けると、
「心配しなくてもいいよ」
ゆっくりと歩き出した。
そんな勇気の背中をしばし見送った後、太田は口を開いた。
「あなたのことは、疑っていないけど…」
太田は軽く顎を上げた。
「あなたの仲間は、信用してないから」
「!」
太田の言葉に、勇気は足を止めた。
「あなた方も、一枚岩ではないってことをね」
太田はクスッと笑い、
「まあ〜あたし達は、どっちでもいいんだけど…」
勇気は、振り向いた。
思わず握り締めた拳に気付き、太田は組んでいた腕を外した。
「あたしを始末する気?そうなれば…攻撃が始まるだけよ」
そして、勇気に向かって、手を差し出した。
そこに浮かぶカプセルを見て、勇気の顔色が変わった。
「このカプセルは、あたしの命がなくなれば、すぐに時の果てに飛んでいく」
勇気はカプセルを見つめたまま、動けない。
そんな勇気の様子をじっと、ただ太田は見つめていた。
勇気は拳をゆっくりと開くと、太田に背を向けた。
「俺が…あなた方に、手を出すはずがない。その為に、この時間に来たのだから」
少し早足になり、渡り廊下から消えようとする勇気に、太田は軽くため息をつくと、最後に声をかけた。
「個人的には、あなたの行動を応援しているわ」
「クッ!」
勇気は、グラウンド側にのびる階段に足を下ろした。
そして、階段を下りながら、勇気はテレパシーを飛ばした。
(聞こえているはずだ!)
勇気の瞳が、赤く光った。
(話がある!)
勇気がテレパシーを送った瞬間、階段の一番下に、メグが現れた。
「久し振りね」
メグは勇気を見上げながら、笑いかけた。
「恵美!」
勇気は階段の途中で、足を止めた。
と同時に、目の前の空間まで、メグが瞬間移動してきた。
「勇気」
空中に浮かびながら、顔を近付けるメグに、勇気は舌打ちした。
「この時間で、力を使うなんて!」
「フン!」
メグは鼻を鳴らすと顔を離し、一気に上空へと飛翔した。
「クソ!」
勇気は、真上を見上げた。
綺麗な満月のそばに、大きな雲が浮かんでいた。
そこに向かって、メグが猛スピードで飛んでいくのが見えた。
「ったく!」
勇気もジャンプすると、月に向かって飛んだ。一気に、雲を突き抜けるとメグに追いついた。
「さすがね」
メグは雲の上で腕を組ながら、感心したように頷いた。
「なぜ、この時間にいる!」
勇気は、メグを睨んだ。
上空の月が、手に届くんじゃないかと思う程、大きく近く見えた。
勇気の剣幕に、逆にメグがキレた。
「それは、こっちの台詞よ!」
メグが突きだした手のひらから、サイコキネッシスが放たれ、勇気を突き飛ばした。
「あんたの考えが、あたし達ミュータント!すべての意志だと思うな!」
「な」
その言葉にショックを受け、一瞬だけ自失呆然となった勇気の後ろに、メグはテレポートをした。
「しまった!」
後ろをとられた勇気が、反転しょうとした時、思いがけないメグの行動に…絶句した。
「メグ…」
後ろから、メグが抱きついてきたのだ。
月下の光のもと…空に浮かぶ2人。
その姿を、地上からは肉眼で確認はできなかった。




