必然
夕暮れが、1人になったあたしを照らし出した。
「はあ〜」
ため息をついたけど、今日は胸がざわめく。
なぜかはわかっていた。
テスト前とはいえ、こんな遅くまで学校に残っている理由も。
テストのせいにしてるな。
かばんを胸元でぎゅっと抱き締めると、あたしは走り出した。
いつもの渡り廊下へ。
心臓の存在をこんなに感じるなんて…今までなかった。
あたしは生きているんだ。
妙なことを考えてる。
正門に向かって、前を歩いているはずの太田達も見えない。
右に曲がるとすぐに、階段をかけあがる。真っ赤に染まった渡り廊下に、心地よい風が吹いていた。
あたしはキョロキョロと、辺りを見回した。
いつもなら、聞こえてくるクラブ活動の声も、今日は聞こえない。
静かで、孤独で、寂しい…渡り廊下。
あたしは肩で息をしながら、少しずつ力が抜けていくのを感じていた。
「そ、そうよね…。今日は、テスト前だもんね。いるわけないか…」
あたしは手摺に、もたれかかった。
なんか突然…虚しくなった。
「何…やってんだろ」
名前も知らないし、ほんの二回しか会ったことないのに。
あたしは…。
自分は、絶対人を好きにならないと思っていた。
どこか冷めてるし…メグみたいに、積極的でもないし。
集団生活だけを取ったら…学校も嫌いだった。
だから、誰も来ない放課後のこの場所が好きだったのに…。
今は…誰もいないここが、とても悲しい場所に思えた。
いつもあたしを染めて、変えてくれるばずの夕陽も、今日はとても悲しく感じた。
あたしは、あの人に恋してる。
不安が、あたしに教えてくれた。
寂しさが、あたしに告げた。
恋してるんだと。
だけど、
(恋って何?)
このドキドキは、恋なんだろうけど…。いまいち、説明できない。
頭を抱えだすあたしに、後ろから声がした。
「竹内さん?」
手摺にもたれ、顔を空に向け、頭を抱えるあたしは、端から見たらおかしい。
それに、いつのまにか、理由がわからない涙が溢れていた。その涙が、勝手に流れてきそうだから、空を見上げる体勢から、すぐに顔を向けることができない。
「はい」
一応返事をすると、見上げたまま、声がした方に背を向けると、ハンカチで涙を拭おうとした。
でも、確認すると、涙は流れてはいないようだった。
多分、目は赤いだろうけど。
だけど、それは…夕陽が隠してくれるはず。
「こんな時間に、どうしているんだい?」
夕陽と逆光の位置に、彼はいた。
あたしの顔が、笑顔になった。
最初…泣いてて気づかなかったけど…この声は。
また心臓が激しく動き出す。
彼が近づいてきた。夕陽の輝きから、抜け出したその表情は…。
「試験勉強でもしていたんですか?」
明るい笑顔の表情は、彼ではなかった。
あたしは、笑顔のまま…凍りついた。
あたしの前に現れたのは、あの実習生だった。
「どうかしました?」
訝しげに、実習生はあたしを見た。
「い、いえ…」
あたしはあまりのショックの為に、きちんとした言葉を発することができなかった。そんな自分にもショックを受け、あたしは…気付いた時には駆け出していた。
「あ、あのお…」
実習生の声が、耳に入ってきたけど、あたしの心には届かない。
渡り廊下を離れ、少し距離をおいてから、やっとあたしは、立ち止まり、溢れ出す思いを感じた。
涙が、大洪水だ。
そうか、そうなんだ。
あたしは、泣いていた。
彼が来ないから、ショックを受けたからではなくて、好きな男の子の声もわからない自分が、悲しかったのだ。
好きな男の子の…。
ああ…そうか…。
恋って、いいものでもないんだって、思ってから、あたしは笑った。
「バカなやつ!」
そう自分に毒づくと、やっと少しは、気が楽になった。
そりゃあ〜そうだろ。
「相手がいるんだから」
そんな当たり前と言われそうなことに、あたしは気付き、当たり前のことで悩んでいる。
だけど、そんな悲しさより今、自分の中で一番の感情は、彼に会いたいだった。
そう… 。
(会いたい!)
あたしは、叫びそうになった。
「会いたい!!」
と 思っていたら、あたしは声に出して、叫んでいた。
はっとして、あたしは焦った。
いつから、口に出していたのかはわからない。
頭を抱えていると、後ろから声をかけられた。
今日はよく後ろから、声をかけられるな。
でも、今はそんなことを考える余裕もなかった。
慌てて振り返ると、後ろに勇気がいた。
「あ」
自分でも、笑顔になるのがわかった。
だけど、それじゃいけない。
女は、男に恋してると悟られてはいけない。
もしかしたらと思わせ振りの態度が、効果的と、なんかのドラマで言っていた。
(お、思わせ振りって…)
ここで、あたしは思い出した。
あたしは、演劇部だと。
最近活動していないから、半分帰宅部と化しているが、演劇部は演劇部だ。
(そう!あたしは、演劇部の… 脚本家だ!)
うんと思ってから、はっとした。
(脚本家!? )
つまり…。
演じたことないじゃない。
がくっと肩を落としたあたし。
「どうしたの?」
勇気が、話しかけているが、パニック状態のあたしに聞こえない。
(待て、待て、待て! あたし! )
脚本家ならば、
(脚本家ならば! 恋愛話の一つや二つぐらい書いてるだろがあ!)
と、自分が書いた話を思い出した。
(認めたくないものだな…)
ベッドの中で、煙草を吸う金髪の男。
横には、仮面が置いてある。
(若さ故の過ちを)
その男に、腕枕される茶髪の男の子。
(見えるよ。見えるよ。ラXア)
男の子の瞳が輝く。
金髪の男は、男の子の髪をかきあげた。
(これが…ニュータイプかあ…)
「違う!」
あたしは、頭の中の妄想をかき消した。
今のは、部長が書いた…【赤い夜】の一場面じゃないか。
その講演を見た時、思わず演劇部を辞めたくなったものだ。
く、くそ…。まさか、まだ脳内に残っていたとは。女しかいない演劇部で、何をやってんだか。
(おれのことを、京子と呼びな)
今度は、シ○アが、森山に変わった。
その横には。
(ふ、ふざけるな!)
あたしは、妄想を破り棄てると、落ち込んだ。
自分のキャラがわからなくなった。
(これも、恋のせいなの?)
「大丈夫?」
落ち込むあたしの顔を心配そうに、勇気が覗き込んできた。
「え!」
現実に戻った瞬間、勇気の顔が目の前にあった。
その瞬間、あたしの頭は妄想さえすることができなくなり、ショートした。
「あははは」
引きつりながら、妙な笑いを発してしまったあたしは、一瞬で我に返り、思わず顔をそらした。
(変顔を見せてしまった)
そんな後悔が、全身を包む前に、あたし達の事態は、大きく変わった。
「危ない!」
勇気が叫んだ。
「え?」
振り返った瞬間、あたしに向かって飛び込んでくる勇気の顔に、真っ赤になるあたしの耳に…銃声が響き、痛みで、顔を歪ませる勇気の顔が近づいて、あたしの顔にぶつかった為の事故故のキス。
そんないろんなことが、一気に起こり…あたしをパニックにさせた。
それから、始まることの凄さを、考えることもできない程に。




