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8/22

必然

 夕暮れが、1人になったあたしを照らし出した。


「はあ〜」


 ため息をついたけど、今日は胸がざわめく。


 なぜかはわかっていた。


 テスト前とはいえ、こんな遅くまで学校に残っている理由も。


 テストのせいにしてるな。


 かばんを胸元でぎゅっと抱き締めると、あたしは走り出した。


 いつもの渡り廊下へ。




 心臓の存在をこんなに感じるなんて…今までなかった。


 あたしは生きているんだ。


 妙なことを考えてる。

 

 正門に向かって、前を歩いているはずの太田達も見えない。


 右に曲がるとすぐに、階段をかけあがる。真っ赤に染まった渡り廊下に、心地よい風が吹いていた。


 あたしはキョロキョロと、辺りを見回した。


 いつもなら、聞こえてくるクラブ活動の声も、今日は聞こえない。


 静かで、孤独で、寂しい…渡り廊下。


 あたしは肩で息をしながら、少しずつ力が抜けていくのを感じていた。


「そ、そうよね…。今日は、テスト前だもんね。いるわけないか…」


 あたしは手摺に、もたれかかった。


 なんか突然…虚しくなった。


「何…やってんだろ」


 名前も知らないし、ほんの二回しか会ったことないのに。


 あたしは…。


 自分は、絶対人を好きにならないと思っていた。


 どこか冷めてるし…メグみたいに、積極的でもないし。


 集団生活だけを取ったら…学校も嫌いだった。


 だから、誰も来ない放課後のこの場所が好きだったのに…。


 今は…誰もいないここが、とても悲しい場所に思えた。


 いつもあたしを染めて、変えてくれるばずの夕陽も、今日はとても悲しく感じた。



 あたしは、あの人に恋してる。


 不安が、あたしに教えてくれた。


 寂しさが、あたしに告げた。


 恋してるんだと。


 だけど、


(恋って何?)


このドキドキは、恋なんだろうけど…。いまいち、説明できない。


 頭を抱えだすあたしに、後ろから声がした。


「竹内さん?」


 手摺にもたれ、顔を空に向け、頭を抱えるあたしは、端から見たらおかしい。


 それに、いつのまにか、理由がわからない涙が溢れていた。その涙が、勝手に流れてきそうだから、空を見上げる体勢から、すぐに顔を向けることができない。


「はい」


 一応返事をすると、見上げたまま、声がした方に背を向けると、ハンカチで涙を拭おうとした。


 でも、確認すると、涙は流れてはいないようだった。


 多分、目は赤いだろうけど。


 だけど、それは…夕陽が隠してくれるはず。


「こんな時間に、どうしているんだい?」


 夕陽と逆光の位置に、彼はいた。


 あたしの顔が、笑顔になった。


 最初…泣いてて気づかなかったけど…この声は。


 また心臓が激しく動き出す。


 彼が近づいてきた。夕陽の輝きから、抜け出したその表情は…。


「試験勉強でもしていたんですか?」


 明るい笑顔の表情は、彼ではなかった。


 あたしは、笑顔のまま…凍りついた。


 あたしの前に現れたのは、あの実習生だった。


「どうかしました?」


 訝しげに、実習生はあたしを見た。


「い、いえ…」


 あたしはあまりのショックの為に、きちんとした言葉を発することができなかった。そんな自分にもショックを受け、あたしは…気付いた時には駆け出していた。


「あ、あのお…」


 実習生の声が、耳に入ってきたけど、あたしの心には届かない。


 渡り廊下を離れ、少し距離をおいてから、やっとあたしは、立ち止まり、溢れ出す思いを感じた。


 涙が、大洪水だ。


 そうか、そうなんだ。


 あたしは、泣いていた。


 彼が来ないから、ショックを受けたからではなくて、好きな男の子の声もわからない自分が、悲しかったのだ。


 好きな男の子の…。


 ああ…そうか…。


 恋って、いいものでもないんだって、思ってから、あたしは笑った。


「バカなやつ!」


 そう自分に毒づくと、やっと少しは、気が楽になった。


 そりゃあ〜そうだろ。


「相手がいるんだから」


 そんな当たり前と言われそうなことに、あたしは気付き、当たり前のことで悩んでいる。


 だけど、そんな悲しさより今、自分の中で一番の感情は、彼に会いたいだった。


 そう… 。


(会いたい!)


 あたしは、叫びそうになった。


「会いたい!!」


と 思っていたら、あたしは声に出して、叫んでいた。


 はっとして、あたしは焦った。


 いつから、口に出していたのかはわからない。


 頭を抱えていると、後ろから声をかけられた。


 今日はよく後ろから、声をかけられるな。


 でも、今はそんなことを考える余裕もなかった。


 慌てて振り返ると、後ろに勇気がいた。



「あ」


 自分でも、笑顔になるのがわかった。


 だけど、それじゃいけない。


 女は、男に恋してると悟られてはいけない。


 もしかしたらと思わせ振りの態度が、効果的と、なんかのドラマで言っていた。


(お、思わせ振りって…)


 ここで、あたしは思い出した。


 あたしは、演劇部だと。


 最近活動していないから、半分帰宅部と化しているが、演劇部は演劇部だ。


(そう!あたしは、演劇部の… 脚本家だ!)


うんと思ってから、はっとした。


(脚本家!? )


 つまり…。


 演じたことないじゃない。


 がくっと肩を落としたあたし。



「どうしたの?」


 勇気が、話しかけているが、パニック状態のあたしに聞こえない。


(待て、待て、待て! あたし! )


 脚本家ならば、


(脚本家ならば! 恋愛話の一つや二つぐらい書いてるだろがあ!)


と、自分が書いた話を思い出した。




(認めたくないものだな…)


 ベッドの中で、煙草を吸う金髪の男。


 横には、仮面が置いてある。


(若さ故の過ちを)


 その男に、腕枕される茶髪の男の子。


(見えるよ。見えるよ。ラXア)


 男の子の瞳が輝く。


 金髪の男は、男の子の髪をかきあげた。


(これが…ニュータイプかあ…)




「違う!」


 あたしは、頭の中の妄想をかき消した。


 今のは、部長が書いた…【赤い夜】の一場面じゃないか。


 その講演を見た時、思わず演劇部を辞めたくなったものだ。



 く、くそ…。まさか、まだ脳内に残っていたとは。女しかいない演劇部で、何をやってんだか。


(おれのことを、京子と呼びな)


 今度は、シ○アが、森山に変わった。


 その横には。



(ふ、ふざけるな!)


 あたしは、妄想を破り棄てると、落ち込んだ。


 自分のキャラがわからなくなった。


(これも、恋のせいなの?)




「大丈夫?」


 落ち込むあたしの顔を心配そうに、勇気が覗き込んできた。


「え!」


 現実に戻った瞬間、勇気の顔が目の前にあった。


 その瞬間、あたしの頭は妄想さえすることができなくなり、ショートした。


「あははは」


 引きつりながら、妙な笑いを発してしまったあたしは、一瞬で我に返り、思わず顔をそらした。


(変顔を見せてしまった)


 そんな後悔が、全身を包む前に、あたし達の事態は、大きく変わった。


「危ない!」


 勇気が叫んだ。


「え?」


 振り返った瞬間、あたしに向かって飛び込んでくる勇気の顔に、真っ赤になるあたしの耳に…銃声が響き、痛みで、顔を歪ませる勇気の顔が近づいて、あたしの顔にぶつかった為の事故故のキス。


 そんないろんなことが、一気に起こり…あたしをパニックにさせた。


 それから、始まることの凄さを、考えることもできない程に。


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