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急ぐ時

 次の日。


 いつも通り学校に行き、いつも通りの慌ただしい教室の中で、あっという間に時は過ぎ、帰り支度をしていると、メグがあたしの前にやって来て、いきなり両手を合わした。


「ごめん!睦美!今日は、先に帰って」


 あたしは目を丸くした。


「ど、どうしたの?またサッカー部の見学?」


「ち、違うの!今日は、サッカー部の練習はお休みです!」


 あたしは心の中で、はっとした。


(あっ!そっか!確か、来週は中間テストだもんね)


 あたしは、メグに詰め寄った。


「じゃあ、どおしてよお。お目当てのサッカー部が休みとあらば、一目散に家に帰るあんたが!一体、何があるのよ!」


 すると、メグはむちゃくちゃ嬉しそうに、顔を歪めた。 その笑みの不気味さに、少したじろいでしまった。


「あるわよ!何かあったわよ!大有りよお!」


 キャッと身をよじるメグ。


(び、病気か…)


「し、知りたいでしょ!その気持ちわかるわ〜あ!いいわ!教えてあげる。あなただけに、と・く・べ・つ・に」


と言うと、あたしの腕を取り教室を出ると、廊下の隅の方に連れていく。


「他の女に知られると、嫉妬されるからさ」


 誰か聞いているやつはいないかと、辺りを伺った後、あたしに思い切り抱きついてきた。


「あのねえ、睦美!聞いてよ!あたし、高橋くんに今日!いっしょに帰ろって!は、話があるんだって!」


 メグはあたしをぎゅっと抱き締め、身を捩った。


「誘われちゃったあ!」


「さ、誘われたあ!」


 思わず声をあらげたあたしの口を、メグは慌てて塞ぎ、


「あんた、声がでかいんだよ」


あたしはメグの手を外した。


「誘われたって、どういうことよ?」


「それにねえ〜」


 突然、ぼおっとメグは顔を赤めながら、少しふらつきだした。


「今さっき…言われたのよおねえ〜。今日帰ろうって。あたしがトイレにいこうとしたら後ろから…あっ、相沢さんって、あのクールな声で、突然…申し訳ないんだけど、今日時間あいてるかな?いっしょに帰りたいんだけどって」


 ここで、メグは少し我に返り、あたしを見た。


「でも!どうして、高橋くん…あたしの名前を知ってるんだ?前から、あたしのこと気にしてたのかな!」


 嬉しそうにはしゃぐメグを見ながら、あたしはため息をついた。


 そりゃ…毎日、部活を見に行って、試合の時にはプレゼントを持参するやつを、いやでも覚えるだろが。


 きゃって1人興奮しているメグを、帰宅していく生徒がじろじろと横目で見ていく。


 気持ち悪そうに。


「という訳で、今日はごめん!今度、埋め合わせするからさ!あたしの幸せ話で!」


 鞄を抱え、生徒達をかき分けながら、メグは走りだした。


 1人残されたあたしは、窓にもたれかかり、軽く息を吐いた。


 これから、どうしょう。


 夢見心地のメグと違い、あたしには現実があった。


 テスト前…。


 いつもなら、軽い現実逃避をして、お好み焼きでも食べに行くんだけど…女一人では恥ずかしい。


 仕方がない。


 今日は図書室にでも寄って、勉強でもするかな。


 でも、その前に…。


 あたしは、学校の裏門前のコンビニに行った。一応、テスト前でも大会が近い部は、練習してるみたいで、何人かユニホーム姿の生徒がたむろしていた。


 あたしは弁当達の前に立ち、じっと眺めるが…迷った時のおにぎりがない。


 愕然とするあたしの目の前には、お好み焼に焼きそば、オムライスに、パスタ。


(あたしを太らす気か!おのれ〜え!炭水化物が!)


 棚の前で構える…あたし。


 でも、コンビニのメニューなんて、たかがしれている。


 仕方なく、端に目をやると、サンドイッチが一つ残っていた。


 あとは、得体の知れない…新製品のパンだけだ。

 

 あたしは、サンドイッチに駆け寄り引っ掴むと、残された中からおいしいだろうと、長年の勘が告げるパンを手に取った。最後に、コーヒー牛乳を買うことにした。


 お金を払うと、コンビニを出て、学校の中庭にあるテラスもどきのスペースに一目散に向かい、ベンチに腰かけた。


 さっさと食べようと、サンドイッチに手をつけ…何となく、ふっとあたしは前を見た。


 道を挟んだ向こう側に、町子達3人が座っていた。何か楽しそうに、談笑している。 訝しげにその様子を見ていると、3人のうち1人があたしに気づいた。


 確か…サッカー部のマネージャーだ。名前は、北村。


 3人の会話が止まり、町子もこちらを見た。


 あたしはサンドイッチを置くと、軽く頭を下げた。


 町子も頭を下げた。


だけど、口元が少し笑っているように見えた。


「?」


 あたしが少し眉を寄せると、3人は席を立ち、中庭から消えていった。


 なんだか、感じが悪い。


 3人の姿が見えなくなると、あたしはサンドイッチではなく、別のパンをを掴み、口に運んだ。


そして、勘が外れたことに肩を落としたのであった。


 パンとの悲しい別れを経験した後、訪れた静かな図書室は少し、居心地が悪かった。


 さすがにテスト一週間前ということもあり、ほとんどの席が埋まっていた。みんな手に手を取り合い、ノートの貸し合い、写し合い、話し合いをしている。


 それも、皆一応ひそひそ声で話しているものだから、何と言うか…虫がごそごそて蠢いているような感じを受けた。


 あたし…町中の人混みも嫌いだし…人がたくさんいるっていうのが、どうも苦手だ。


 これで、世間の荒波を乗り越えていけるのだろうか。


 自分で不安だ。


 いかん、いかん。


 気を取り直し、鞄を開けた。


 頬杖をついて、歴史の教科書をぼんやり眺めていると、突然後ろから声をかけられた。


「竹内さん」


 少し甲高い声に、聞き覚えがあると振り返ると、同じクラスの太田と森山がいた。


「あのさ…竹内さんって、英語得意だったよね?」


 森山が、少し顔を近づけてきた。


「ええ…」


 あたしは少したじろいだ。


 森山は確か…陸上部に入っていて、結構速いって噂のスプリンター。


 太田は手芸部で、おとなしくってかわいい子…守ってあげたいタイプって感じで、男子に人気があったはず。


 どちらも、典型的な体育会系、文科系なのに…この正反対な2人が親友っていうことで、何かと話題に上がっている。


「まあ…比較的得意といえば、得意かな…」


 あたしが返事すると、森山の目が輝いた。


「よかったら、教えてくれない?あたし達、英語ってまるっきり駄目なんだ」


 森山は腕を組んだ。


「大体、英語を習っても、日本人って、全然しゃべれないじゃん!あたし達は、無駄な知識だけを与えられてるのよ!」


 拳を握りしめ、図書館の真ん中で力説する森山を、ため息混じりで、太田がなだめながら、口を挟んだ。


「まるっきり駄目って、きょうちゃんだけじゃないの?あたしは別に…」


 きょうちゃん…森山の名前は、京子だった。


 そうそう太田は、学年でもトップクラスの優等生だ。


「あ、あんた!あたしだけ、バカっていいたいのか!ああ、嫌だ!嫌だ!これだから、頭のいいやつは!」


 ケッと吐き捨てるように言う森山を完全無視して、太田があたしに微笑みかけた。


「竹内さん。ここは図書館ですので、他の人達に迷惑になりそうですから、足腰筋肉バカはほっておいて、優等生同士。奥で、勉強でもしませんか?」


 にこにこしながらも、どこか刺がある太田は、あたしの腕を取ると、強引に席から立たそうとする。


 その力の強さと表情のギャップに、あたしはやっと…この2人が親友である意味を理解した。


「あっ!て、てめえ!竹内さんを、どこに連れていくつもりだ!」


「あなたと離れたところよ」


 太田は冷たい視線を、森山に向けた。


「愛花!ま、まさか…よりによって、テスト前に、おれを見捨てる気か!」


 あたし達に向かって、手を伸ばす森山を相手にしないで、太田はあたしだけを見て、


「あたし…場をわきまえないやつが、嫌いなんです」


微笑んだ。


(こ、こえ…)


 逆らってはいけないと、本能が告げた。あたしは、目の前の教科書を片付けはじめた。


すると、慌てて森山があたしと太田の間に割って入り、手を合わせて謝りだした。


「ご、ごめん!愛花様!あなたがいないと、おれは生きていけません!せ、せめて、一週間のお慈悲を…反省しておりますので」


 その様子を、横目でチラッと確認すると、少し考えるような仕草をしてから、太田はため息とともに言った。


「仕方ないわね。今回だけは、許してあげる」


「ありがとうございます」


 森山は頭を下げた。


 太田はあたしに顔を向け、微笑んだ。


「竹内さん。ここは、3人で座れませんから、奥にいきましょう。あたし達の荷物も、そこにありますので」


 さっと奥へ歩き出す太田と、その背中に向かって舌を出す森山の対比が、あたしにはおかしかった。


 森山は、太田の背中を軽く睨みながら、あたしに向かって呟いた。


「あんにゃろう〜!いつも、テスト前になると、えらそうになるんだよ。まったく!テスト終わったら、絶対復讐してやるからな」






 日も暮れだした頃、あたし達三人は、図書室を出た。


「今日は、勉強した!した!本当にしたぜえ!」


 森山は大きく背伸びした。


「そうねえ…。あたしはただ、教えただけで… 何もできなかったけど」


 ため息とともに、太田が呟くように言った。


 森山はちらりと太田を見ると、あたしに近づき、耳打ちした。


「―ったく、嫌味な女だぜ」


 確かに…。あたしは、心の中で頷いた。だって、太田はまじ恐い。


 そんなあたし達の様子に気づいたのか、太田はこちらに顔を向け、ゆっくりと微笑んだ。くりっとした大きな目に、小さな口元。かわいいだけに、余計に恐い。


「ごめんなさいね。竹内さん…。今日は、邪魔して」


「別にいいよ。あたしも不得意な社会を教えてもらったし…すごく楽しかったし」


「そう言って貰ってよかった。あまり教室でも話したことないのに、図々しいとは思ったんだけど」


「そうなんだよ!いつも話しかけようと思ってたんだけど…」


 話に、森山が入ってきて、顔をしかめた。


「あの馬鹿が、いつも!竹内さんのそばに、あの馬鹿がいたから」


 三人は、校門を通りすぎ、駅を目指していた。


 森山は、道端の石を軽く蹴った。


「あの馬鹿って…」


 1人しかいない。


「相沢恵美!」


 吐き捨てるように言うと、さらに蹴った石目掛けて、走り出した。


「ごめんなさい。あの子…相沢さんのこと嫌いなの」


「メグのことが?」


 石は森山に蹴られて、さらに遠く飛んでいった。


「あの女、うるさいんだよ!いつもいつもグラウンドで、サッカー部の練習見ながら、きゃきゃっとはしゃぎやがって!おれはさあ!男の尻を追いかけてる女が、大嫌いなんだよ!」


 森山は、あたしの顔を見ると、


「だから、竹内さんと話したいとずっと思ってたんだけど…なかなか声をかけれなくって」


頭をかき、笑顔を向けた。


「今日は1人みたいだから、絶対声をかけようと思ったんだ」


 どうしてと、あたしがきこうとしたら、それより先に、森山がはにかむように、言葉を続けた。


「おれ…かわいい女の子が好きなんだ」


 顔を赤らめて、あたしをじっと見つめ…そう言いましたとさ……じゃない。


 ゲ。あたしがたじろぐと、森山は少し視線を逸らした。


 その様子に、身の危険を感じたあたしの肩を、太田がぽんと叩いた。


「大丈夫。この子…そっち系じゃないから」


そして、 にこっと、あたしに微笑んだ。


 不気味…。


「でも、キスは女としか経験してないみたいだけど…」


「はあ?」


 意味深な言葉を残し、太田はあたしの横を通りすぎた。


 太田はくすっと笑うと、振り返り、


「じゃあ、竹内さん。あたし達、駅とは反対方向だから…。ここでさよならしましょ」


微笑みながら、頭を下げた。


「あっ!愛花!」


 慌てて歩きだそうとして、森山は足を止めた。


「明日から、京子でいいから!またあしたな!気をつけて、帰れよな」


 太田がこっちを見てないことを確認した後、森山は投げキスをしてきた。


「…」


 1人…取り残されたあたしは、しばらく2人の後ろ姿を見送った。


 世界は広い。世の中、まだまだ…あたしの理解できないことがあると、悪寒を通り越して、軽い目眩を感じた。





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