未来に、ありがとう
「あのお…」
勇気に話しかけるようとした瞬間、次の授業の始まるチャイムが、校内に鳴り響いた。
勇気はあたしを見つめ、
「放課後…渡り廊下で、会おう」
そう言うと、どこかに消えた。
あたしは慌てて、教室に戻った。
先生がやってくる寸前だった。
自分の席に座り、メグの席を見たら、知らない女の子が座っていた。
そして、実習生は1人になり、見知らぬ彼が…ユウヤのようないじられキャラになっていた。
時には、意志がある。
あたしは、その言葉を痛感した。
なぜならば、あたし以外の誰も…メグのことを覚えていなかったからだ。
「高橋くん…大丈夫かな?」
休み時間、町子達が話していた。
あたしは、そんな彼女達を横目に見ながら教室から出た。
今までは、制服しか目に入らなかった生徒達の顔が見えた。
少し耳をすますと、みんなの会話が聞こえてきた。
いろんなことを話し、悩んでいる。
そう…みんな、あたしと同じなんだ。
廊下を歩き、階段を上がり、あたしは屋上に出た。
そして、空に向かって叫んだ。
「メグ!ありがとう!」
メグが生まれる年には、あたしは生きていないだろう。
だけど、この思いを届けたかった。
時の流れにそって、未来にこの感謝が届いたらいいのに。
そう…届いたら…。
叫んだ後、あたしは泣き崩れた。
元気なフリをしていたけど、やっぱり悲しい。
あたしを庇って…死んだメグ。
「ありがとう…ごめんなさい」
誰もいない屋上で、あたしは次の授業が始まるまで、泣き続けた。
自分でも、驚いたけど…あたしは結構泣き虫らしい。
休み時間の度に、屋上に行き…泣いた。
毎時間、目を腫らして帰ってくるあたしを見て、町子達がドン引きしている。
クールで通ってるあたしの今日の姿は、いろいろな噂を生んだ。
一番、多かったのは…、高橋をフッた。フラれただ。
病院に運ばれた高橋の状況を考えると、フッた派が6。フラれた派が3。
残りの1は…フラれた腹いせに、病院送りにしたであった。
「病院送りって!あたしは、か弱い…女の子だ!!」
昼休みに耳にした…あたしの噂。
午後の休み時間からは屋上で、怒りに震えていた。
「むかつく!」
と叫んでいたら、少しは悲しみも癒されていった。
何だろう。怒りで叫んでいると、メグを思い出した。
一年間…確かに、あたしはメグといた。
だから、こういうところが、影響されているんだろう。
そうよね。自分の中に、メグを感じ…あたしは微笑んだ。
(あたしの中に、メグがいる)
あたしは空に向けて、背伸びをした。
(あなたが生まれてくるまで、あたしの中で生きて)
あたしは空に敬礼すると、教室へと戻った。
「あははは!」
放課後、急いで渡り廊下に向かったあたしを迎えたのは、爆笑する勇気だった。手摺りにもたれ、バックの夕陽に照らされながら、勇気はお腹を抱えていた。
「!?」
あたしは眉を寄せた。
結構…ドキドキして、鼓動をおさえながら来たのに… あたしの顔を見て、爆笑は何よ。
少し殺意がわいて来たあたしに、笑い疲れた勇気が言った。
「ご、ごめん……ククク…」
再び笑いそうになった勇気は、口を押さえた。少し間をあけて、言った。
「病院送りって、ひどいね。か弱い女の子なのにね」
その言葉に、あたしは顔が真っ赤になった。
最初は恥ずかしさ。
やがて怒りに…。
「フン!」
あたしは、勇気にそっぽを向いた。
「ごめん、ごめん」
あたしが怒っていることに気付き、勇気は真剣に謝ってきた。
「知らない!」
(まったく…どこで聞いたのか…)
あたしは、勇気から顔を背けながら、ちらっと目だけで、彼を見、彼の変化に気付いた。
今までのギスギスしていた感じが、なくなっていたのだ。
(よし!)
心の中で頷くと、あたしは顔を勇気に向けて、許してあげるというつもりだった。
あたしがリードしていくはずだった。
それが、あたしの理想だったのに…。
振り向いた瞬間、あたしは、唇を奪われた。
(ええっ!)
あたしの頭は、パニックになり、完全にショートした。
夕陽の赤に照らされて…真っ赤に染まるあたしの神経は、すべて唇に感覚を奪われていた。いつもは切ない夕陽も、今は眩しすぎて…目を開けられない。
「睦美」
勇気の柔らかい唇の感覚が抜けないあたし。
(こ、こ、今度は、名前で呼ばれた。もう駄目です)
混乱と嬉しさから、涙が流れた。
そっと、勇気はあたしの涙を拭うと、微笑んだ。
「睦美…。俺は、しばらく旅にでる」
「え」
まだ頭がパニックになっているあたしは、勇気の言葉を理解できなかった。
そんなあたしに、勇気はゆっくりと優しく、言葉を続けた。
「心配しないで。俺は未来には帰らない。この時代に留まり、この後生まれてくる俺達の子供…いや、すべての人の為に生きることを決めた」
そして、あたしを抱き締めた。
「それこそが、運命を変えることなんだ…」
ぎゅっと抱き締められると、あたしはまた涙を流した。
(ああ…)
あたしは心の中でも、泣いていた。
居場所がないと…毎日嘆いていたあたしは、やっと…居場所を見つけたんだから。
「睦美には、苦労をかけるかもしれないけど…許してくれる?」
勇気はさらに、強くあたしを抱き締めた。
「うん」
あたしは頷いた。
「ありがとう」
そして、勇気は少しだけ…あたしから離れた。
目の前にある勇気の顔も、涙でぐちゃぐちゃだった。
二人して笑うと、あたし達は自然とキスをした。
夕陽が、完全に沈むまでの長いキス。
それが、勇気とのしばしの別れを意味していた。




