97 加担、選出
ひょっこりと顔を出したのは、今回の異動によって竜弥の上司となった要だ。はっとした竜弥が慌てて頭を下げる横を美姫がすり抜けて行く。自然な動作で広げられた両腕の中に飛び込んでいった。
「どう? 仲良くなれそう?」
とんとん、と優しく背中を叩きながらそう問いかければ、美姫は要のお腹辺りに擦り付けていた顔を上げた。
「分からないわ。まだお名前しか知らないもの」
「ふふ、それもそうだね」
竜弥の方も顔を上げたタイミングで、要は彼を手招いた。慌てて小走りで近づく間に、要は美姫に何事か囁く。こくりと頷いた美姫は再び竜弥とすれ違いながらぬいぐるみの方へと向かっていった。
「少し外で話そうか。君もまだ混乱してるでしょ?」
「あ、……はい」
要に続いて部屋を出た竜弥の背後で扉が閉まる。フリールームでは人志が大きなモニターの前でゲームをしていた。音に気付いた彼がこちらを見る。そうして灰色の目を細めるとふわりと浮かび上がって、文字通り空中を滑るようにこちらへと向かってきた。
「美姫のバディだっけ?」
そう尋ねられたのは竜弥ではなく要だ。本人そのものには特に興味がないらしく、名乗りもせず竜弥に目もくれていない。
そうだよ、と頷いた要が人志の身体をそっとモニターの方へと押した。彼も素直にすいーっとそちらに向かって滑っていき、クッションにぼすりと着地する。竜弥がやや居心地悪そうにしていたのに気づかれたのかもしれない。
「今のが加冶人志ね。あの子結構気まぐれと言うか、飽きっぽいと言うか……まぁ、あんまり気負わずに接してやってね」
はぁ、と気の抜けた返事が出てしまった。ちらりとモニターの方へと視線をやれば、次にやるゲームを決めかねているのか画面が忙しなく切り替わっている。大あくびをしているのも見えた。
「他の子たちはまた今度紹介しよう……取り敢えず、君には美姫のことに集中してもらうよ」
にこ、と。優し気な笑顔だと言うのに何となく圧の強い男である。竜弥はモニターから一番遠いソファを勧められ、腰を下ろした。
「一応、大枠は教えてもらってると思うけど改めて。我々のお仕事は遺伝子の選別によって産まれた能力持ちの子どもの健やかな成長に関わる何もかも、だ」
要は教本に書かれた内容をそらんじるかのようにそう言った。声の抑揚が薄くなっている。竜弥も竜弥で胃に冷たいものを流し込まれたような気分になっていた。
何度聞いたところで理解の範疇に収まりそうにない。命への冒涜であり、倫理に背いた行いの結末だ。
そして竜弥は、これからそれに加担することとなる。
「君らはAIによって彼ら彼女らに相性が良いとして選ばれてる……納得いってなさそうだけど、ほんとだよ」
「……顔に出てますか?」
取り繕っても意味はないだろうと、自分の顔を確認するように触る。要がくすくすと笑った。
今年二十七歳になった竜弥は独身だ。加えて一人っ子であり、身近に幼い子どもは一人もいない。詩人にうたわれるような砂糖菓子の扱いなど心得ているはずもなかった。
「人志と真緒もよく喧嘩してるよ。でも最近はそのやり取りを楽しんでるみたい」
純恋と美姫はそういう子じゃないからねぇ、と。要は少し楽しそうにしていた。
「真緒って……祢岸真緒のことですか?」
「うん、そうだよ。一応君の先輩にあたるのかな? 警察としてのキャリアは君の方が上だっけ」
祢岸真緒は竜弥と同じく捜査一課の出だ。彼女がCS対策課に栄転していったのは、捜査一課に配属されてから僅か一年目のことだった。若手のホープはこんなところであの現実味のない子どもと日々喧嘩していたのか、とそんな思考が頭をよぎった。
「相性が良いってことは、彼らに対して取り繕う必要がないってことでもある。真緒はその辺本能的に理解してる節があるんだよね」
いいことだ、と要が一人頷く。そうして改めて竜弥と向き直った。
「君もなるべく自然体でいてくれればいいけど……そうだな。これから彼女のお世話するにあたってききたいこととかある?」
「……あーっと……そう、ですね」
時間稼ぎをするようにそう呟きながら、美姫の姿を脳裏に浮かべる。童話に出てくるお姫様のような服装に、あまりにも似つかわしくなかったグローブのことを思い出した。
「彼女……美姫、さんのあのグローブなんですけど、あれは何です?」
部屋や服装を考えれば、本人の好みではないはずだ。手先の保護にしてももっとそれらしいデザインのものはあるだろう。
そんな考えの元、要の様子を窺っていると彼の笑みにほんの少しだけ驚いたような表情が混ざった。考え込むように顎に手をあてていたが、質問に答えてくれることになったらしい。静かに口を開いた。
「あれはね、ただの安心材料なんだよ」
「……安心?」
そ、と短い相槌が打たれる。そうして要は美姫の質問を形を変えて繰り返した。
「美姫の能力は知っているよね?」
「え……あぁ、はい。触れたものから情報を、」
同じように答えようとした竜弥の声が途切れた。
彼女の能力は彼女が触れたものに及ぶ。それがものであれ生き物であれ、触れるだけで望む情報を引きずり出す。そして、先程の美姫の反応から、あのグローブは彼女の身を護るためのものではない。
――では、誰を護るためのものか? 答えはひどく明白だった。
第一印象は割と良かったのよ?by御姫様
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