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深刻なバグが発生しました。  作者: 四片紫莉
第三章

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95/111

95 破棄、惨劇の夜

 耳朶をひっ叩くような轟音とともに意識が浮上した。ぱちぱちと視界が瞬きを繰り返す。紬が身体を起こしたらしく、視点が横から縦へと変わった。きょろきょろと不安げに辺りを見回し、そっと障子戸に手をかける。


『――開けるな!!』


 びくりと手が震えて止まった。言葉とともに外から力がかかった扉木がみしりと音を立てる。


『おとう、さん……?』


 呼びかけに返事はなく、ただ知司の荒い息が聞こえていた。ぽたぽたと何か雫が落ちるような音も聞こえてくる。要にはわからない鉄の臭いを嗅ぎ取ったのか、紬が息を呑んでいた。


『お父さん、おケガしてるの……?』

『大丈夫……だから、開けるんじゃ、ない……』


 ふり絞るような声を湿った咳が覆う。何度か咳き込み、ようやっと絶え絶えの息を整えた知司が問う。


『紬、ナリのことを覚えているか?』

『ナリ……?』


 こてん、と紬が首を傾げた。


『……だれ? しらない、と思う……』


 要が目を見開いた先で、知司が大きく安堵の息を吐いた。そうして障子戸に縋りつくように額を擦り付けた。もはや身体を支えることも出来ないのか、ずるずると床に沈んでいく。


『すまない、紬。私たちでは、お前を護ってやれない……!』

『あなた!』


 別の声が近づいてくる。お母さん、と弱弱しい声が呼ぶ。

 凪はそれに応えるようにトントンと優しく障子戸を叩いた。


『紬。愛しているわ、私たちの可愛い子――大丈夫、絶対に連れてなんか行かせない』

『お母さん……?』


 初めて聞くような硬い声音だ。困惑と怯えに紬の声が震えている。


『なにが――』


 紬が口を開いた瞬間、轟音が鳴り響いた。一拍置いて強い風が吹き抜け、ぐらぐらと地面が揺れる。咄嗟に床に手をついたが、脳をも揺らすような衝撃にくらくらと視界がぶれた。


『凪、』

『……えぇ、あなた』


 名を呼んだ知司に凪も短く応える。もう一度障子戸を叩き、優しく紬の名を呼んだ。


『紬、大丈夫よ。でも、全部終わったらもうここに来たらあかんからね』


 尽きることなく湧き出す疑問は一つとして言葉になることはなく、頭の中で渦巻いていた。それは眺めているだけの要も同じだ。


『お父さん、お母さん、は……?』


 知司が応えるよりも先に、再び大きな音が轟いた。何かが倒れるような音、誰かの悲鳴、飛び散る水の音。

 ぞわぞわと肌を撫でる悪寒が止まらず、無意識に腕を擦る。紬も同じ仕草をしていた。


 あぁ……、と肺の息全てを吐き出すように知司が呻く。扉を己の身で封じるように背を向けて座り込んだ。紬も障子戸にくっつくようにして座り込む。


『わ、たし……わたし、が、なにかしちゃったの……?』

『それは違う』


 泣きそうな声は力強く切り捨てられた。知司はなだめるように、なぐさめるように障子戸を撫でる。


『紬は何も悪いことはしていないよ……ずっと、ずーっと昔に、大人が間違えてしまったんだ』

「ずっと昔……?」


 知司の物言いに微かに違和感を抱く。要の見たイメージ通りであれば、彼は高く見積もっても十数歳のはずだ。デザイナーベビーそのものの歴史とてそう長いわけではない。

 考え込んでいる内、音はあちらこちらを破壊しながら紬たちの方へと近づいてきている。


 知司が大きく息を吐く。立ち上がったのか、衣擦れと床板の軋む音がした。


『紬、お前は優しい子だ。困っている人に手を差し伸べられる、温かい子だ。きっと沢山の人がお前の助けになってくれる。私たちは先送りにするしか出来なかったが……いつかきっと、』


 言葉とともに、障子戸に映っていた影が途切れた。瞬く間に和紙が赤く、ふやけていく。ずず、と半分ほどになった身体がずれ落ちて、障子戸を薄く押し開けた。


 細く、消え入りそうな三日月が、惨状を照らしていた。地面に散らばる赤と、木と肉の破片。あちこちで火の手が上がっては燻っている。

 視界の隅で、神楽鈴からはぐれた小さな金色が、ころころと転がっていった。反射的に追ってしまった視線の先では、身体から離れてしまった手が力無く開かれていた。


 要の視界にそれが映ったのは一瞬のことだった。紬は直ぐにうずくまり、こみ上げてきたものを畳の上に吐き出していた。ぼたぼたとその上に涙が落ちる。

 定まらない焦点と、乱れた呼吸。ひゅうひゅうと苦し気な息の音だけが、ぼやけた景色の中で鳴っていた。


――ちりん、と。涼やかな鈴の音が聞こえた。


 その音は紬の意識の外だったらしい。紬はただただうずくまって、動けずにいた。が、不意に顔を上げる。


『だ、れ……?』


 その視線の先に、おそらくナリがいるのだろう。相変わらず要の目には映らないが。


『し、らない……なに、』


 紬が言い切る前にその身体がふわりと浮いた。瞠目する要の目の前が、勢いよくぶれる。ガタンッ、と大きな衝撃とともに紬は壁に叩きつけられていた。


『っ、あ……!』


 小さく悲鳴が上がった。畳の上に落ちた紬は身体を丸めて大きく咳き込む。

 何とか少し頭を上げれば、その目の前が唐突に暗く閉ざされた。


『や、くそ……く……?』


 何もわからない子どもが暗闇の中でそう呟いて――ぷつりと音が途絶えた。


――次に紬が目を覚ましたのは、病院のベッドの上でのことだった。見舞いに来た親戚や警察の話によれば、彼女は実に三日も眠っていたらしい。

 頭を打った後遺症なのか、やけにぼやける視界の中、紬は警察の調べに対して何もわからない、覚えていないとただそれだけをたどたどしく答えていた。


 紬はその後まもなく営まれた両親の葬儀の際もぼんやりと意識を迷子にさせていた。そのまま美姫が読み取った記憶の通りに輝夜雄利に引き取られ、小さな段ボール箱一つとともにこの地を後にしたのだ。


 その後のことも飛ばし飛ばしに見ていたがある時から紬の視線が不意に明後日の方向へと向くことが増えた。多分にこの頃からバグを観測し出したのだろうと結論づけたところで、要はゴーグルを外した。

 目がしらを強く押さえ、大きく息を吐く。


「何か思ったより時系列がめちゃくちゃだね?」


 紬の目は誰かのもの――おそらくナリのものと入れ替わる前から、彼の姿を捉えていた。加えて、ナリのことを忘れたのは彼女の両親の仕業の可能性が高い。どうやったのか、何のためなのかは未だ検討もつかないが。

 その後にナリが引き起こした惨事に関しては、単純に物理及び精神的なショックで忘れてしまったのだろう。


「紬ちゃんの両親側からも見た方がいいかな。でもなぁ……」


 御姫様にはアレ見せたくないなぁ、と。そう呟いた要の手元でクッキーの袋がかさりと音を立てた。

誰が、いつ、間違えてしまったのか。

それを償うべきは誰なのか。


閲覧ありがとうございます。

更新のたびに読みに来てくださってる方がいることが励みになっています。

これからもよろしくお願いします。

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