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深刻なバグが発生しました。  作者: 四片紫莉
第三章

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93/111

93 暗転、覚醒

 ぱちぱちと瞬きをする視界の中で、木洩れ日を受けた下草が揺れている。どのくらい紬とともにぼんやりとしていたのだろうか。

 要はかろうじて身体を起こしたが、立ち上がることが出来ずに頭を椅子に預けた。ひどく眩暈がするものの、映像を止めるために腕を上げる気力もないのだ。


『……今の、は?』


 要の心情をそのまま吐き出した紬がゆっくりと身体を起こそうとして、失敗する。ぺしょりと片頬を地面に着けたまま、視線だけが上へと向かった。


『ん……まだちょっと、きもちわるい……ナリはへーき?』


 紬の身体が勝手に動いて木にもたれかかるような体勢になる。はふ、と息を吐いた紬がもう一度強く目を閉じた。まだ目の奥でちかちかと弱い光が点滅しているような感覚がしている。


『もうナリはわたしの見えてるの?』


 不可解な言葉を要が噛み砕くより早く、そっかぁと紬が何かに納得する。少し回復してきた要は椅子に深く座り直した。相変わらずナリ少年は透明なままだ。


『大きくなったらね、お父さんに教えてもらうから。そしたら、またくるね』


 紬は地面に落ちたノートに手を伸ばした。表紙についてしまっていた草を軽く払って、両手で虚空に差し出す。


『その時はまたあそぼ……やくそくね』


 ノートが紬の手から離れてふわりと浮かび上がる。空になった両腕が広げられた。迷うように揺れたノートが紬の胸元へと戻って来る。紬の手が腕に収まった誰かの背をポンポンと優しく叩くように動いた。

 そうしてしばらく。透明な背中をさすっていた手がゆっくりと止まる。手放すように再び広げられた腕の中からノートが浮かび上がった。


『うん、やくそく』


 優しい声でそう言った紬に、ノートが小さく上下する。おそらくナリが頷いたのだろう。


 溺れるように滲む景色にひらひらと手を振って、その日の記憶はそこで途切れていた。


「ぅー……頭痛い、きもちわるい……」


 画面が真っ暗になったのを切っ掛けにして、要はゴーグルを外した。背もたれに全体重を預け、目元を腕で覆う。ゆっくりと深呼吸を繰り返していれば、こみ上げていたものが胃に戻っていくのを感じた。


「アレは、ナリの目……ってことなのかな」


 紬のものではないその両目は、あの瞬間に入れ替えられたのだろうか。そうなると彼の能力がますますわからなくなっていく。()()()認識できない視覚の阻害は脳への干渉に含まれるのだろうが、目を入れ替えると言うのはどういう能力なのだろうか。そもそも何を目的としてそんなことを?


「……あー、駄目だ。頭回んない……」


 そっくり返っていた身体を戻してミニテーブルの上を探る。脳が糖分を欲していた。クッキーの袋を開け、花の形を取り出して花弁をかじる。雑な食べ方をして申し訳ないのだが、頭痛には良く効いた。


「紬ちゃんが狙われてるのはナリが目を取り返そうとしてるから、とか? じゃあ、約束ってのは……?」


 考えを整理しようと言葉を連ねる。疑問が浮かんでは解決することなく積み重なっていく。

 加えて、おそらく()()()()は近い。


 ふー、と天井に向かって長く息を吐く。ゴーグルを探った手が一瞬無意識に躊躇いを見せた。背筋を這いよる怖気を振り払うようにクッキーに描かれたインコをなぞる。


「らしくないねぇ……」


 苦笑が零れる。要は両手で顔を覆った。


 これは、認めざるを得ないのだろう。要は、あのナリと言う少年が、心底恐ろしい。


 あの年齢で大量殺人を犯すほどの狂気を抱えるに至ったのは、孤独だけが理由なのだろうか。何か、致命的なものを見逃している気がしてならなかった。

 最も、初めから何も見えてすらいないのだが。


「ま、僕のお仕事だしねぇ……」


 深く息を吸ってゴーグルを装着する。再生を初めても画面は暗いままだった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 物心ついた時には一人だった。両親の姿も声も記憶になく、死んだのか捨てられたのかも定かじゃない。


 最初は『みなしご』と呼ばれていた。似たような子どもたちと揃って道端に座り込み、村の奴らが寄越してくる野菜の端切れや粥の上澄みを食って生きていた。

 一人また一人と村の大人がどこかに連れて行ったり、朝になったら死んでいたり。それを数年繰り返した残り数人の内一人がオレだった。


 穀潰しだなんだと罵りながらも辛うじて生かしていた理由を知ったのは、空腹に耐えかねて木の実でもねずみでも探そうと近くの山に入り込んだ日のことだった。

 その山は空に突き抜けるほど高く、天辺には神さまとやらが住んでいるらしかった。村の奴らは絶対に立ち入るなとよく言っていた。それでなくとも獣や虫が多く、危ない場所だったのだ。


 幸いにもオレは小さな頃から少し力の強い、丈夫な子どもだった。あまり奥まった場所には入ったことがなかったが、ふもとの方にはよく行って、木の実やそれを食う小動物を獲っては皆と分け合っていた。

 いつものように一際大きな木に登って枝に腰かけ、もいだ木の実を齧っていた。これまたいつものように幾つか持って帰ってやろうと死んだ誰かの着物の端切れに包んでいた。


 月が丸くて明るい夜だった。


 静かな夜に、がやがやと話し声が近づいてきた。そちらに目をやると、村の大人が何人か小さな包みを担いで山を登ってくるのが見えた。

 見つかったら面倒だと言う気持ちと、何しに来たのかどこへ行くのかという好奇心がかち合って、後者が競り勝った。オレはこっそりと村の奴らの後を追った。


 ずんずんと進んでいくやつらは頂上を目指しているらしく、お互いに励まし合って足を進めていた。

 どれくらい歩いただろうか。霧が濃くなってきた頃、ようやく奴らは立ち止まった。抱えていた包みを地面に下しているのが見えた。


 頂上の方から風が吹き下ろしてくる。少しだけ払われた霧の中から、それは姿を現わした。


 最初は小さな土の山だと思ったのだ。だが、直ぐに気づいた。その山の中で、見覚えのある顔が一つ二つぐずぐずと崩れかけている。残りはみな、骨になっていた。


「――様。今年もどうぞご加護をお授けくださいませ」


 包みが開かれて、小さな山の上に重ねられる。濁った眼をした子どもが一人、胸元を赤く染めて横たわっていた。昨日まで、オレの隣で眠っていた子どもだった。


――目の前が、ただ赤かった。


 どう動けばいいのかがわかっていた。どの男が刃物を持っていて、どう奪えばいいのか。どの男のどの位置に刺すべきなのか。どれだけの力を込めて、切り裂けばいいのか――全てがわかっていた。


 誰かが叫んでいるのが聞こえた。悲鳴のようなそれが一つ、二つと聞こえなくなっていって、最後にオレの喉から聞こえているそれだけが長く長く残っていた。

 がりがりと地面を引っ掻いた爪の中に赤い土が詰まっていく。身体中が煮えたぎっているように熱くて、苦しかった。


『怒れ、(わっぱ)よ』


 低い声がそう言った。這いつくばったまま顔を上げれば、積み上げられた子どもたちと、散らばる大人が目に映ってまた臓腑が暴れ出す。


『お前は正しい。それは認められるべき怒りだ』


 知らない声が、鼓膜を伝った。


『怒れ! その理不尽を許すな!!』


 その怒りに触れたのはきっとオレではなかったが、呪われたのはオレ一人だった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

ユウキの力の源は。

彼は元々世話焼きの気質があったのですよ。


閲覧ありがとうございます。

更新のたびに読みに来てくださってる方がいることが励みになっています。

これからもよろしくお願いします。

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