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深刻なバグが発生しました。  作者: 四片紫莉
第三章

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92/111

92 発覚、明滅

 図らずもそんなことを再確認した要の目に、相変わらず孤独な少年の姿は映らない。彼のための世界にだけ絵で、文字で表されていく。

 ノートはあっという間に埋まっていき、真っ白なページが片手で数えられるほどになった頃。


 とうとう、物語が動き出した。


『紬、紬、勝手に見てごめんね?』


 そっぽを向いた紬の耳に流れ込んでくる優しい声。むっつりと膨らんでいた頬を突かれたらしく、口からぷしゅりと空気の抜ける音がした。


『すっごい上手に描けてたからつい……ほんまにごめんね?』


 頬を両手で柔らかく挟まれ、声の方を向かされる。現在の紬と雰囲気のよく似た女性――豊利凪が困ったように眉を下げていた。下がった視線の先で開きっ放しのノートが風に吹かれてひらひらとページを遊ばせている。

 紬はノートを書いている途中で居眠りしてしまっていたのだ。目を覚ました時には凪はそのノートをしっかりと読み込んでいた。


 ナリとの秘密のノートを勝手に見られてしまったと、紬は完全にへそを曲げてしまっていた。この時の紬はきっと気づいていなかったのだろうが、要は凪の目に浮かぶ憂いを読み取っていた。

 凪の心配はもっともだ。自分の子どもの描く絵や物語の全てに、知らない子どもの姿があると言うのはなかなかに怖いものがある。それこそ要が最初に思い浮かべたイマジナリーフレンドの存在を危惧しているのかもしれない。


『お母さんはこのお話が特に好きやなー。うちの神社のお話よね? お稲荷さま楽しそうでええね』


 そろそろと視線が凪へと戻ってくる。こくりと小さく頷いた紬に彼女は笑いかけた。もじもじと恥ずかしそうにしながら、紬が口を開く。


『神さまのお家、空っぽでさびしかったから……』


 凪が一つ瞬きをした。楽しそうだった表情に困惑が付け足される。


『……神さまの、お家に行ったの?』

『あ……』


 ぱちん、と紬が両手で口を覆う。幼い迂闊を取り繕うことも出来ず、咄嗟に下を向いた視界に磨かれた木目が映り込んだ。どうやって、と呟くのが聞こえてくる。

 両肩に手を置かれ、紬はそろそろと顔を上げた。少し険しい表情の凪が目に入る。


『ごめんなさい……』

『……そうね、ちゃんとごめんなさい出来てえらいわ……次からどうする?』


 再び俯いた視界の中で紬がズボンを握り締めていた。凪が答えを促すように優しく肩を叩く。


『…………もう、行かないようにする……』


 良い子、と頭を撫でられ紬は更に深く俯いてしまった。要も似たような体勢で頭を抱えている。


『にしても、どうやって行ったん? よう迷わんかったね?』

『住んでる子につれてってもらったの……』


 住んでる子、と。凪が思わずと言った様子で繰り返す。しかし、彼女はその場では何も言わずにただ紬の頭を撫でた。


――やはり、彼女はナリの存在を認識していた。


「やっぱり紬ちゃん以外には見えてない()()、か……」


 それはそれとして、紬はこのまま二度と彼の住処を訪れなくなるような薄情な子どもではない。母親との約束は少なくとも一度、破られるのだろう。


 次の日、紬はいつものように大きな木の下でナリが来るのを待っていた。他の子どもたちは紬より少し小さいお兄さんお姉さんが見てくれている。ノートをぱらぱらとめくりながら、紬は大きく溜息を吐いた。


『わっ!』


 突然紬が声を上げた。びくりと肩を震わせて振り返る。そうして少し困ったように眉を下げて笑った。


『びっくりした……おっきい声出してごめんね?』


 ナリが来ていたのに気づいていなかったところに声をかけられたのか、もしくはナリがいたずらをしたのか。要にはよくわからなかったが、お互い謝りあって終わりとなったらしく、いつものように手が引かれる。

 が、紬はその場に留まったままだった。


『えっとね、ナリ……今日は、ここであそばない?』


 凪との約束をはっきりと口にすることは出来なかったのか、紬は遠慮がちにそう提案した。紬の反

応を見るに、ナリは難色を示したのだろう。えっとえっとと紬が言葉を迷わせる。


『あのおうちね、ほんとはわたし行っちゃダメでね、それで……』


 だんだんと視線が下を向いていく。ナリのことを放っておけない気持ちと、凪の言いつけを破ることへの罪悪感が彼女の中で喧嘩しているのだろう。じわじわと視界も滲んできた。


 不意に紬の顔が上を向いた。ぱちぱちと瞬きをする視界には相変わらず誰も映らない。こてん、と首が傾ぐ。


『……目を?』

「……ッ!?」


 要は思わず立ち上がった。しばし記憶の中の紬と同じように立ち尽くした後、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。

 心臓が痛いほどに早鐘を鳴らして血液を循環させているのに、指先はひどく冷たくなっていく。言いようのない不安が押し寄せていた。この後に起こる悲劇を知っているのに、祈るように両手を組み合わせていた。神など信じたことは一度もないというのに。


『いいよ、どうするの?』


 当然ながら祈りは届くことなく、幼い無知は何事かを了承する。指切りげんまんの片割れが揺れる。


 途端、ぐるりと目の前が回った。壊れかけのモニターが明滅を繰り返すように目の前を不明瞭な映像が通り過ぎては戻ってくる。要は椅子から転げ落ちながら口元を押さえた。食事を受け入れたばかりの胃袋がのたうち回っているのを感じ、その辺りも強く押さえつける。幼い紬も似たような状態らしく、小さく呻く声が聞こえてきた。


 いよいよ本格的に酸っぱいものが喉奥にこみ上げ始めた頃。始まったのと同じくらい唐突に目の前が真っ暗になった。ひゅうひゅうとか細い息がヘッドホンから聞こえてくる。開いていられなかったらしく、閉じていた瞼がゆっくりと開いた。

私が紬ちゃんだったら暴れたおしてただろうなー


閲覧ありがとうございます。

更新のたびに読みに来てくださってる方がいることが励みになっています。

これからもよろしくお願いします。

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