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深刻なバグが発生しました。  作者: 四片紫莉
第三章

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91 小さな世界、クッキー

 写真の海を見てから暫く。紬は小さな家を訪れることなく、ナリと子どもたちと遊んでいた。ナリは何度か紬を誘っていたようだが、その度に『もうちょっと待ってて』と笑っていた。

 数日待たされることになった少年の反応は要にはよくわからない。ただ、日を追うごとに不機嫌になっていったのだろう。紬の声に困ったような響きが混ざっていった。いくら二人きりが心地よくとも、紬は彼女を慕う子どもたちの相手もしなければならないのだ。


 今の彼を考えてもわかる通り、ナリは執着心の強い子どもだ。自分だけに構ってくれなくなったことが凶行の原因だろうかと要がカウントダウンを始めた頃。

 紬は再びあの小さな家を訪れた――一冊のノートを抱えて。


 あぁ、やっぱり。と、要はこめかみを押さえて息を吐いた。


『見て見て!』


 はしゃいだ様子の紬がノートを開いて見せる。覚束なく揺れる蝋燭の灯りの元、照らされたページには青が広がっていた。


 ここ数日かけて色鉛筆で塗っていたそれは、ところどころムラがあり白いページが覗いている。紬が狙ってやったのかは分からないが、それは水面に反射する光のようにも見えた。ヒトデや貝を散りばめた砂浜には、大きなヤシの木が描かれていた。その根元で白髪と黒髪の子どもが二人、丸い手を繋いで笑っている。


――ナリのためだけの、幼い世界がそこにはあった。


『次はどこがいい? わたしがんばってかくよ!』


 得意気に尋ねる紬に、彼は何と返したのだろうか。


『あ、それともいっしょにかく?』


 ノートと一緒に持って来ていたらしい色鉛筆が机に広げられる。にこにこと紬が見つめる先で、そのうちの一本が宙に浮かんで彼女の手元へとやってきた。


『そう? じゃあ、がんばるね!』


 手渡された鉛筆を、ノートの上に滑らせていく。今の紬に比べれば随分と拙い絵だ。

 それでもそれは、ナリのためだけに広がる世界なのだ。


『こんどはお話もかこうかなぁ……ナリは何になりたい?』


 紙の上でのみ構築される世界、紬が作り出す自由。要は目を細めてそれを見ていた。


 あぁ。この子どもは何と優しく、無責任で残酷なのだろうか。紬に彼を救う力はない。それでも何かせずにはいられない。だから出られない部屋に風を吹き込み、鮮やかな景色の映る窓を与えた。いずれ狂うほど外に焦がれた彼が、爪を立てることを知らずに。


 真っ白なノートはナリの望む世界で満たされていく。同時に彼の姿も徐々に明らかになっていった。

 髪と肌は白。細い瞳の色は毎回濃く藍色で塗られていた。紬なりのこだわりなのか、黒で塗られることはなかった。肌と同じ白い着物に藍色のふわふわした帯を結んでいる、紬よりも少し背の低い男の子。要が垣間見たあの少年のイメージともおおよそ合致していた。


 ふと要が一つ気づく。紬の記憶の中のナリと現代で要が見た少年は同じ姿をしていた。九年前の少年が今も少年のままなのだ。実際にその姿のままなのか、あるいは記憶に引っ張られて出力されたイメージなのかはわからない。

 だが、現在の紬と本人的にはお友達として距離を詰めている人志に対して攻撃的な部分を見るに、根幹的な部分は未だ子どもに近いのだろう。


 紬と離れてから、彼は成長できずにいるのだろうか。与えられた世界をそのままに、彼女が続きを書いてくれる日をじっと待っているのだろうか――一人きりの御社(せかい)の中で。


「はー……」


 要は一旦ゴーグルを外すと重く息を吐いた。ともすればナリに同情しそうにもなる。だが、要は彼を正しく敵と認識していた。……おそらくそれは向こうも同じなのだろうが。


「……しんど」


 ぼそりと転げ落ちた言葉を誤魔化すように、エネルギーバーを口に詰め込む。チョコレート味のそれを水で流し込み、目元を覆ってうつむいた。

 ずきずきと差し込むように頭が痛む。眼精疲労とは、別種の痛みだった。


――お前()独りだったくせに。


 脳内に流れた幼い声を掻き消すように低く唸った。一度きつく目を閉じ、再び開く。くしゃくしゃに丸めたバーのパッケージをポケットにねじ込んだ時のことだった。


「あ」


 指先に当たった感触を記憶と共に引っ張り出す。緑色のワイヤータイで止められた、小さな包みだ。百均のちゃちなラッピング袋の中には、カラフルなアイシングクッキーが幾つか入っている。

 それは、この部屋に向かう前に美姫からもらったものだ。紬と純恋と一緒に出来立てのキッチンで作ったのだと、他の皆にも配っていたのだ。急いでいたので渡されて直ぐよく見もせずにポケットにねじ込み、半ば忘れていた。


 一段と目を引く大きな四角のクッキーには、緑色のインコが描かれていた。おそらく他のメンバーに配られたものにもそれぞれのガイドが描かれていたのだろう。マダラが一番難易度が高そうだ、とそんなせんのないことを考え……小さく笑った。


 スペードのエースが描かれたクッキーを取り出して半分ほどかじる。途端に口の中に広がった濃いバターの香りに、美姫に頼まれて良いバターを取り寄せたんだっけ、と思い出した。

 残りの半分も口の中に放り込み、袋をワイヤータイで留め直す。端末に立てかけるようにして机に置くと、三度ゴーグルを取り上げた。


 孤独だった小さな子どもはもう、彼の中にはいないのだ。

要さん闇落ち回避。


閲覧ありがとうございます。

更新のたびに読みに来てくださってる方がいることが励みになっています。

これからもよろしくお願いします。

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