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09 御姫様、おじさま

 昨日と同じく地下へと降りた四人は、長い廊下の突き当たりの部屋へと進んでいく。要は腕時計を確認すると、ドア横のタッチパネルに手を触れた。


『権限者、御部要を確認しました。フリールームのロックを解除します』


 無機質な声を合図にスライドドアが静かに開いた。


 それなりに広さのある部屋だ。壁際には大きなモニターがかけられ、ゲームらしき端末が繋がれている。モニターの前には洒落たガラステーブルが置かれ、そのテーブルを囲むようにソファがコの字に配置されていた。片隅にはかわいらしいぬいぐるみや人形が並べられている。


 そのぬいぐるみをふわふわと触っている少女がいた。近くの人形が身に着けているようなフリルがたっぷりのワンピースを着ている。さらりと背中まで流れる細くて柔そうな黒髪はカチューシャのように複雑に編み込まれていた。


 ワンピースの裾をくるりと翻して彼女が振り返る。大きな濃い桃色の瞳がこちらを見てぱちぱちと星を散らすように瞬いた。


「あら、人志じゃない……その人だぁれ?」


 鈴の音を転がす彼女は、紬の方を見て首を傾げていた。お気に入りらしいうさぎのぬいぐるみを両手で抱きしめる美少女はひどく絵になる光景だ。

 が、人志は少しうっとうしそうに目を細めている。


「あー……ちょっとした訳アリ? まぁ、直ぐに分かると思うぞ」

「ふぅん……」


 少女はちょこちょこと紬に寄っていくと品定めするように見上げてくる。紬は目線を合わせようとしゃがみ込んだ。


「えっと、初めまして?」

「……あら?」


 ぱっと口元に手を当てた少女が零れ落ちそうなほどに目を丸くする。その反応に紬も何かを察したのか、人志の方を見上げていた。


「ま、そーいうことだよ」

「まぁ! あなた、わたくしの新しい使用人ですのね?」


 え? と疑問符が重なる。あっけに取られる二人を気にも留めていないのか、紬の両手を握った彼女は愛らしい笑みを浮かべる。


「わたくしがあなたのご主人さまよ。おひめさまって呼んでちょうだい」

御姫様(おひいさま)


 不意に落ち着いた声が割り込み、紬はそちらに目を向けた。少し困ったように眉を寄せた男が佇んでいる。その眉の下で琥珀の瞳が紬と美姫を見比べていた。


 ぱぁっと顔を輝かせた美姫がその男に飛びついた。慣れているのか、素早くしゃがんで迎えにいった男は、少女を片腕で難なく抱き上げると流れるように立ち上がった。規定よりやや長いジャケットの裾が優雅に揺れる。


「御部さんから聞いてたけど、お前が豊利? だよな?」


 確認するように覗き込んでくるのにこくりと頷く。スーツの男はオールバックに整えられた髪を乱さないように頭を抱え、ため息を吐いた。


「オレはこの御姫様のバディの宮杜(みやもり)竜弥(りゅうや)だ。こっちは(たちばな)美姫(みき)。よくわかんねーけど、災難だったな――御姫様、私一人じゃ何かご不便なことが?」

「ううん、リュウはよくがんばってるもの。不満なんてなくってよ」


 首筋に抱き着いてくる美姫に見えないよう、竜弥は苦く笑う。ぽんぽんと後ろ頭を軽く叩いた手を紬に緩く振って見せた。ご満悦のお姫様を抱えたまま、白レースのカバーがかけられたソファへと向かう。

 ソファの上に美姫を下ろすと、その後ろに立って腕を組んだ。


 それをぼうっと眺めていると、昨日と同じく人志に手を引かれた。モニター対面のソファに導かれ、隣に座らされる。既に座っていた要に飲み物を進められ、おずおずとグラスを受け取った。


「警視庁所属のデザイナーベビーはオレ入れて三人。で、美姫だけはCS対策課じゃなくて鑑識課なんだよ」

「CS対策課の方のバディは昨日紬ちゃんのこと診てくれたタカだよ」

「で、デザイナーベビーの方が要の元カレ」

「…………?」


 一拍置いて疑問符を浮かべた紬に、人志がけらけらと笑う。要は頭痛をこらえるように額を押さえていた。

 そうこうしているうちにスライドドアが開き、話に上がっていた人物が部屋に入ってきた。


「なんだ、皆揃ってるのか」

「出たな今カレ」

「そのネタいつまで引きずる気だ? ……お、その子が例の?」


 白衣を翻しながら入ってきた鷹彦の後ろから、要と同年代ほどの黒髪の男が顔を覗かせた。がっちりとした体格で細身の鷹彦と比べると余計にガタイの良さが際立っている。アイスブルーと目が合ったので軽く会釈すると案の定男は驚いていた。


「俺は立見(たつみ)司狼(しろう)。びっくりしただろ、ベビーっつってんのにこんなオッサンで」


 紬がぶんぶんと首を横に振るのに笑って、司狼は美姫と対面の革張りのソファに腰かけた。半身ほど距離を開けて鷹彦がその隣に座る。


「でまぁ、当然の如く三人とも認識してたね?」

「人志の認識阻害に問題はないと分かっただけでも良かっただろう」


 鷹彦の言葉にそれはそう、と要が頷く。何となく居心地悪く縮こまっていると、不意に人志が紬の手を掴んだ。


「そういやタカから聞いたけど記憶喪失なんだろ? 美姫に触ってもらえば?」

「あ、うん。その予定だった」


 人志と要の会話に首を傾げていると、名を呼ばれたおひめさまがぴょんとソファから飛び降りた。とことこと近寄ってくる美姫の後ろに執事のように竜弥が控えている。ガタイがよく、日に焼けた肌が健康的すぎるせいで執事というよりは世話係と言う方がしっくりくるかもしれない。


「触ってもらうって?」

「わたくしは触れたものや生きものからいろんなことがわかるのよ」


 美姫は人志が掴んだままの紬の手に自身の小さく白い手を重ねた。きょとんとしている紬に、竜弥が補足を入れてくれる。その表情が少しだけ、沈んで見えた。


「御姫様の能力はいわゆるサイコメトリーってやつでね。言った通り、触れた人や物から情報を読み取れる……鑑識課の功労者だ」

「わたくしはすごいのよ!」


 ふふん、と胸を張った美姫は打って変わって静かに目を閉じる。集中しようとしているのか、呼吸がゆっくりと深くなっていく。誰も声を発さないまま、時間が過ぎてゆく。


 重ねられた手が段々と熱くなってきている気がして、紬は美姫の方へと視線を向けた。その視界の隅で、ぽつりと何かが落ちていった。

平均年齢が下がったり上がったり。

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