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深刻なバグが発生しました。  作者: 四片紫莉
第三章

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89/111

89 お家、二人

◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 目の前を幼い日々が通り過ぎてゆく。遊び相手に透明な少年を加えた神社のおねえちゃんはこれまでと同じように過ごしていた。その声に時折『ナリ』と言う名が混ざる以外は。

 他の子どもたちにも要同様ナリの姿は見えていないらしい。ただ、紬が呼ぶその名は聞こえているようで、きょろきょろと辺りを見回して首を傾げているのを時折視界の端に見かけた。疑問を抱きはしても紬に尋ねることをしないのは彼らが細かいことを気にしないからか、あるいは彼の能力の一つなのか。


 ナリは皆が集まるころになると大木の傍にポツンと立っているらしい。そうして日が傾くとふつりと消えるようにいなくなっていた。


『ナリはこのあたりに住んでるの?』


 彼と紬が出会って数日。姿の見えないセミが命一杯に鳴く中で、紬はそう問いかけた。息を切らして座り込んだ大木の根本。からの視界で、木洩れ日だけが揺れている。


『……向こう?』


 何らかの応えがあったらしく、紬が小首を傾げた。不意にその視線が動いて、大木の後ろ側に向かう。


 そこには、ひょろりと伸びた二本の木が立っていた。その間には小道が伸びていたが、立ち入り禁止とでも言うように注連縄が張られている。

 紬の視線が己の隣へと戻った。


『お父さん、向こうには行っちゃダメって言ってたよ? 神さまが住んでたところだからって』

「神さま……あぁ、昔の御社」


 立ち入り禁止って言ってたっけ、と要が一人呟く。その間に手を引かれるようにして立ち上がった紬が一つ二つとたたらを踏んだ。強い力で引っ張られているらしい。

 よたよたと注連縄の前に辿り着いた紬が小さく声を上げる。


『ナリ?』


 その目の前で、一つ大きく揺れた注連縄が形を崩してぱらぱらと地面に散らばっていった。紬の動揺を示すようによろめいた視線があちらこちらへとぶれる。

 要は大きく目を見開いた。人間の手で引き千切ったような光景ではない。そもそも()()()()()でそんなことが出来るはずもないが。それ以上に何か、超常的な力が働いたのは明白だった。


「彼の能力……か? 人の脳に作用する力かと思ってたけど……それだけじゃない?」


 当然の話ではあるが、この部屋ではメモを取ることも録音や録画、それに類することも禁止されている。要は幸いにも優秀な記憶力で情報を脳へと蓄積していく。


 そうしている間にも、紬は道とも呼べない小道を進み始めていた。腕を引いているのであろう少年は道を知っているのか、ほとんど立ち止まることなく進み続けている。

 鬱蒼と生い茂った木々が太陽の光をさえぎっていき、だんだんと暗くなっていく。時折顔にかかる枝葉を払いながら、紬は誰かの後をついていったのだ。


『あ……』

「あ」


 不意に過去の紬と現在の要の声が重なる。獣が通るにも狭い道の先。少し開けた場所にそれは建っていた。


 素朴な印象を受ける古い木造の御社だ。切妻と呼ばれる二つの面を山のように合わせた形の屋根には(ひのき)の樹皮が()かれている。要は知らないことだが、黒みのかかった蘇芳(すおう)色は神社の中でも特に格式高い建物に使われるものだ。


 白貴稲荷神社の始まり。ひとりぼっちのお稲荷様のために作られた暖かな家。もはや一握りの人間にしか知られていない、寂しい場所。


『これ、おいなりさまのお家だよね?』


 彼はそうだよとでも答えたのだろうか。くん、とまた腕が引っ張られて触れてもいない扉が左右に開いていく。紬に驚いた様子がないのでナリが手ずから開けたのだろう。

 中は暗く何も見えなかったが、直ぐに部屋の真ん中に火が灯った。小さな丸い机の上で、蝋燭の炎がゆらゆらと揺れて辺りを照らす。


 床は管理者である紬の父が張り替えてからさほど経っていないのか、壁に比べると淡い色をしていた。紬は入口とは反対側にあった窓を開けているが、そこから光が差し込んでくることはない。ガラスも何もはめ込まれていない窓の向こうは、通ってきた道よりもずっと鬱蒼と生い茂る木々に覆われていた。

 丸机の近くにちょこんと座り直した紬は少しそわそわしているようで身体が揺れている。悪いことだという自覚も少しはあるのだろう。


『ほんとうにここに住んでるの……? おかあさんとおとうさんは?』


 あぁ、この子は。本当に優しい子どもなのだ、と。要は胸中で感嘆する。

 要には聞こえないナリの答えは、彼女にとって悲しいものだったのだろう。水に入ったようにじわりと視界がぼやけた。うつむいた膝の上にぽたぽたと落ちていく。


『ここでずっと、ひとりで……?』


 純真無垢な子ども。市井の人間であればこんなものなのだろうか、とそんなことを考える。己には無縁だったはずの世界が今、文字通り目の前にあるのだ。


 要とて孤独は知っている。一度手にしたものを失う恐怖も。だが、彼が手を差し伸べる人間は限られた存在だ。

 彼女とて博愛主義ということもないのだろう。だがこの年頃の子どもは、そんな複雑な考えや感情では動いていない。


 ただ可哀想な子を放っておけなかっただけの、暖かな子どもだった。


『ううん、大丈夫。いきなり泣いてごめんね?』


 目元を拭った紬が暗がりへと手を差し出す。揺れる炎が影を作る。


『うん……じゃあ、今日は二人で遊ぼ』


 優しい子どもの小さな手が、指切りげんまんの片割れを揺らした。

お家にご案内


閲覧ありがとうございます。

更新のたびに読みに来てくださってる方がいることが励みになっています。

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