84 火花、いきもの
その小さく可憐な見た目にそぐわないような力強い鳴き方は緊急連絡の合図だ。要は黒から目を逸らさないまま、手探りで端末を弄り通話を繋げる。
『要! 新種のバグだ!』
途端に響き渡った声に一瞬目を見開く。同時発生か、と脳の冷静な部分が考えたところで、本能が身体を動かした。
バチンッと火花が散る。展開途中で振り抜いた特殊警棒がバグの真ん中辺りを捕らえたのが視界の端に映ったのとほぼ同時に、黒が部屋の片隅へと吹き飛んでいった。
「危な……」
ポケットからうっすらと向こうの声や音が漏れ聞こえてくる。その中にはっきりと何かしらの破壊音が混じった。
「……ぇえ? ちょっと待って」
思わず呟いた要の目の前で黒がゆっくりと持ち上がる。その背後の壁は傷つき、僅かにへこんでいた。
要に瞠目する暇を与えるつもりはないのか、ノイズを吐いたバグが再び向かってくる。要は警棒を身体の中心に構えたまま、それを迎え撃った。
「ッ、おぉ……」
確かな手応えとともに踏みしめた踵が僅かに下がる。警棒を避けるように要本体へと手を伸ばす黒に、真正面から蹴りを放って引き離した。そのままバックステップで更に距離を取る。
「君みたいなのが、物理干渉はダメでしょ」
しかもなんか硬いし。そうぼやきながら、靴底を床にこすりつけるようにぐりぐりと動かす。ばちりと一つ火花が散ってこびりついていた黒が霧散した。
「捕縛……は、流石に無理かな。映像、もちょっと余裕ないか。シロもいるし向こうが撮ってくれるかな」
独り言を呟きながら何度も黒を床に沈め、壁に叩きつける。何度か殴りつけた時の手応えで気づいたのだが、どうやら硬いのは一部分だけらしい。もやもやと広がる黒の中に核のようなものを隠しているようだ。その靄も度重なる攻撃で段々と剥がれてきているようだ。
そうこうしているうちに人志たちの方が先に戦闘を終えたらしい。被害状況を確認しているらしいやり取りがポケットから微かに聞こえてきた。攻撃の合間を縫ってイヤホンマイクを同期させ、耳にねじ込む。
『連続だもんな……流石になかったことになるか?』
「そうだね」
マイクに向かって声を出せば、しばしの沈黙の後に空を切る音がした。高所から落下した端末がぱしん、と音を立てて誰かの手の中に収まる。
「三人とも怪我はない?」
『ねーよ』
『ないねぇ』
『あの……っ』
三者三様の返事の最後に焦ったような声。まさかアレから攻撃を食らったのかとひやりとしたが、紬が言うには別要因らしい。
「バグに付けられた傷ではないね?」
『おー、オレアイツには近寄ってねぇし……つか、バグの物理干渉の話したか?』
念のためにと確認すれば、怪訝そうな声が返ってくる。流石、と胸中で賞賛しつつも目の前に意識を戻せば、性懲りもなく黒が向かってくる。
「あーいや、こっちでもちょっと問題起きててね――今ちょっとヤバいから一旦切るけど、直ぐにまたかけ直すから」
『はァ!?』
ややおざなりになってしまった説明に吠えるような声が返ってきたところでポケットに手を突っ込み通話を切る。そんな僅かな間に黒が眼前に迫っていた。咄嗟に端末を握り込んでそのまま振り抜く。ガツッと鈍い感覚が腕に伝わった。
「さて、こっちもさっさと片付けないとね」
カバーにこびりついた黒を腕を振って払う。端末をポケットにしまい込み、特殊警棒を構え直す。バチバチと一層強い火花が散った。
『菴輔〒?』
うぞうぞと床を這いずる黒が震えている、ように見えた。現れた時よりも随分と小さくなったそれを、観察するように眺める。
「恐怖、なわけないか。君はプログラムされた電波の塊だものね……あぁでも」
言葉を切った要が無意識にか鼻の下を擦った。以前に受けた痛みはしっかりと覚えている。
「それだけなら、僕は平気なはずなんだよなぁ」
大きく膝を曲げ、ぐっと革靴で床を踏みしめる。一呼吸の間に距離を詰め、警棒を振り下ろした。何度目ともわからない硬い手応えとともに黒が床に叩きつけられる。反動で跳ねたそれに足裏を乗せ、そのまま踏みつけた。
バチィッ、と。目を焼くほどの閃光が迸る。
「あぁ、やっぱりそうだ……これは、違う。怪電波でも、電磁的な何かですらない」
より一層小さくなった黒が己の足の下でもがく様子を見下ろして、呟く。足に力を込めると、バタバタと暴れて床を叩いていた。まるで何かの生き物のように見え、要は顔をしかめた。
「アメーバ? そんな単純なつくりでもなさそうだけど……」
『縺薙o縺?√d繧√※』
「うん?」
不意に足元でノイズが鳴る。足の裏から振動を感じ取り、要は咄嗟にその場から飛び退いた。
『縺阪i縺?シ』
「ッ!?」
叫ぶようなノイズとともに、黒が大きく震えて膨らむ。要が目を見張った次の瞬間には、音を立てて破裂した。
「うぉっ、と!」
散り散りになった黒の幾つかが、顔面に向かって飛んでくるのを大きく仰け反って避ける。頭上や脇を通過していく欠片を見送るようにと身体をねじって後ろを振り向いた。
「……あれ?」
壁か床かに張り付いているのだろうと予想していたが、要の背後には何もなかった。
改めて、ぐるりと辺りを見回す。そこかしこに破壊跡が残っているが、それだけだった。
「……アレ、紬ちゃんにはどう見えたんだろ」
いつものバグとは見た目もそうだが、動きも大きく異なっていた。進化と考えるべきなのか、それとも完全に別種なのか。どちらにしてもそのトリガーとなったのは南条高校での事件なのだろう。
「あぁ、そうだ」
ふと思い出したように端末を取り出す。画面をスワイプすると、緑のインコがこてりと首を傾げた。画面を床と水平にするように傾けると、半透明のウィンドウが空中に浮かぶ。
「忘れないうちにコイツも処理しとこ」
ぱちりぱちりと指先から小さな火花が散る。ウィンドウに映っていた誰かの顔写真が歪んで、ぱちんと弾けた。
ふぅ、と息を吐いて扉に向き合う。今回の報告書に南条高校側の調査。やることは山積みだった。
『いつも苦労をかけるね』
「……いえ」
背中に飛んできた声を振り向かないままに受け止めて返すと、要は薄暗い部屋から赤い光の交差する廊下へと出ていった。
何のかんのおじさんズが一番強い。
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