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深刻なバグが発生しました。  作者: 四片紫莉
第三章

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83 七曜、太陽

 通信を切った端末を握り締め、そのまま振り抜く。ガツッと鈍い感覚が腕を伝わり、要は顔をしかめた。


「さて、こっちもさっさと片付けないとね」

『霑斐α縺ヲ』


 独り言に反応するようにノイズが響いた。年季の入ったカバーにこびりついた黒を払うように腕を振りながら、要は改めて前を見据える。


――そこには、濃い濃いとした黒が視界を埋め尽くすように広がっていた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 今から数時間前、紬たちが授業を受けていた頃。要は定例報告のために地下深くの部屋を訪れていた。無数のセキュリティを解除して入室すれば、いつも通り部屋の中央に円卓のホログラムが浮かびあがる。次いで椅子に七つの影が映し出された。


『何か目立った進展はあったかな』

「南条高校の一件以降は残念ながら。人類解放の会の活動もかなり下火になっているようです。水面下で援助の打ち切り等も起きているようですし」


 規定に則ってまずは上座のホログラムが口を開く。要もまた、それに応じて淡々と報告を行う。時折野次に近い言葉が飛び交いつつも定例会議はいつものように進行していた。変わったことと言えば、電波が悪いのかホログラムの一つがやけに途切れがちだったくらいだろうか。


「……ディアナ様、本日はノイズが酷いですが端末に何か不具合が?」

『言われてみればそうだね。何かあったのかい?』


 流石に不審を感じて上座の右隣のホログラムに問いかける。上座の人物も同じことを思っていたようで、首を傾げていた。


『いえ、……端末に……門、……』

「ディアナ様?」


 応えようとした音声にすらノイズが混じり始める。要はちらりと上座に視線を寄こした。それを受け取ったホログラムが微かに顎を上げるような仕草を見せる。


「その不具合は例の一件以降お会いされていない()()と関係ありますか?」


 持って回った言い方をしながら、要は片手を挙げる。その動きに合わせるように、円卓の中央から一枚の画面が浮かび上がって来た。

 画面の中では体格から見て男と思しき影が、もう一人の誰かから人の頭より少し大きい位の箱を受け取っていた。円卓にどよめきが起こる。


「貴方が受け取った箱の中身は、私の口から説明いたしましょうか?」

『……これは、』

「あぁ、この画像以外にも貴方が人類解放の会(彼ら)と結託していたことを示す証拠はありますので」

『――……、』


 ノイズ交じりにざらついた沈黙が漂い、上座のホログラムが大きく溜息を吐いた。組んだ両手に顎を乗せ、隣のホログラムーーディアナと呼ばれた男に鋭い視線を向ける。


『そうだな……これは、非常に残念なことだ。我々の中から踊らされる者が出てしまうとは』

『……お前()()の手のひらでか』


 比較的クリアに聞き取れた声には怨嗟が乗っている。ホログラムはゆっくりと一つ、瞬きをした。音はないが、椅子を蹴倒して立ち上がったらしいディアナが机を叩くような仕草を見せた。


『私は知って――だぞ――が、』

『何を言っているのか、わからないな』


 荒くなった口調に伴うようにノイズが酷くなる。それを切り捨てるように言葉を返すと上座のホログラムは、とん、と指先で円卓を叩いた。プログラムコードの書かれた画面が幾つも浮かび上がり、要の手元へと向かう。


七曜(しちよう)が一人、(ディアナ)。君は己の立場を利己の為に利用したね。人類解放の会の虚言に踊らされ、彼らに協力することで不正に金品を得た――よって、太陽(アポロ)の名の元に、君を七曜から除名する』


 要が画面に片手をかざす。ソースコードの幾つかを選択すると、彼の前に赤文字の選択肢が浮かび上がった。それを認めたディアナが再び勢いよく机を叩く。


『お前たちは何とも思わないのか!? 七曜など名ばかりだ、決定権も情報も、全てはアポロだけが握っている……!』


 周りを見渡しながら吠えるが、他のホログラムは沈黙したまま彼に応えることはない。アポロに同調しているのか、単純に巻き込まれたくないだけかは読み取れなかった。


『……そうであったとしても、君の背信行為を正当化することは出来ないね? 君の最終目的は私に成り代わることだったようだけど……』


 ふふ、とアポロが小さく笑いながら片手を挙げる。それを受けた要は黙ったまま一つ頷き、手を止めた。アポロがくるりと椅子を回してディアナと向き合う。


『正直なところ、君では実力不足と言わざるを得ないね。月が太陽になることは決してないが、そもそもその必要もなかった――君に求められるものは私とは異なるが、確かに存在していたのだから』


 分不相応な夢を見たね、と。穏やかな声音が淡々と告げる。それで納得などするはずもなく、激昂したディアナが今度は要を指差した。


『そもそもコイツは――蜈・繧後◆』


 不意にディアナのホログラムが大きな揺らぎを見せた。次いで聞こえてきたノイズとは異なる音に要が目を瞠る。


――それは、どこか聞き覚えのある()だった。


『要!』

「閉じます!」


 鋭く名を呼ばれ、要は円卓のホログラムの中央――通信装置に手を着く。バチィッと激しい火花が飛び散り、ホログラムが一瞬で掻き消えた。それとほとんど同時に大きく後ろへと飛び退く。


 薄青いレンズを通したエメラルドの目の前で、通信装置から勢いよく噴き出して膨らんだ黒がばちんッ、と音を立てて弾けた。次の瞬間にはどこか粘着質に見える黒がどろりと床に広がり、ゆっくりと持ち上がる。


「なに、これ」

『邏ャ縺ッ縺ゥ縺難シ?』


 持ち上がっては崩れを繰り返し、じりじりと床を這いながら近づいてくるそれに半歩足を引く。ノイズとは違うが言葉でもない音の羅列が耳を犯す。ずきり、と覚えのある痛みが頭蓋の内側に響いた。片手でこめかみを押さえながら、目を離さないままにゆっくりと後ろへ下がる。


 この部屋は要だけが立ち入れる空間である。要の脳と身体のみを鍵として開く扉は本人ですら開錠にそれなりの時間を要する厳重なものだ。それら全てをショートカットする手段はあるにはあるが。

 とは言え、助けを呼ぶのも待つのも現実的ではない。そもそも要たちのホームに侵入するようなバグを、この封された部屋から出すわけにもいかなかった。


「仕方ないかぁ」

『縺倥C縺セ』


 身体を解すようにぐっと背伸びをする。独り言に呼応するように鳴いたバグが、大きくその体積を広げた瞬間、鳥の声が鳴り響いた。

お久しぶりの更新です。一か月は空かなかったから許して


閲覧ありがとうございます。

更新のたびに読みに来てくださってる方がいることが励みになっています。

これからもよろしくお願いします。

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