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08 平凡、優秀

 少しだけ開いていたカーテンから狙ったかのように目元に光が差してくる。一度ぎゅっと目をつむった紬は、しぱしぱと瞬きを繰り返してゆっくり身を起こした。

 ベッドから降りて、部屋の電気を点ける。


 何の変哲もない、平凡な女子高生の部屋だ。しいて言うならば最近ではあまり見ない紙の本が多いかもしれない。更に勉強机の上には、今となっては珍しい鉛筆がペン立てに並べられていた。


「紬ちゃーん! 起きてるー? ご飯もう出来てるから早くおいでー!」


 階下から聞こえてきた声に、うつらうつらしていた意識が浮上する。くしくしと目を擦り、あくびを一つすると着替え始めた。

 今日は土曜日の為、制服ではなくシンプルなシャツとゆるっとしたサルエルパンツだ。


 カーディガンを羽織りながら階段を下りる。甘い卵焼きの匂いが鼻をくすぐった。洗面所で顔を洗ってからダイニングへと続くドアを開ければ、それはより一層強く香って空きっ腹を刺激した。


「おはよう、紬ちゃん」

「おはよう、雄利おじさん」


 キッチンの方から顔を覗かせたのは、エプロンを付けた若い男だった。彼の名は輝夜(かぐや)雄利(ゆうり)。紬の遠い親戚で、彼女の保護者だ。

 人懐っこい犬のような笑みを振りまきながら、テーブルの上に朝食を並べていく。紬も手伝いにキッチンの方へ回った。


「今日はちょっとお寝坊さんだったね。昨日も遅かったけど……大丈夫?」

「あ……うん、大丈夫。ノートも見つかったし」

「そ? なら良かった。頑張って書いてたもんね」


 また見せてね、と笑う雄利の中では昨夜の出来事はノートを探していたために遅くなったということになっていた。雄利が心配して学校に迎えに行ってから三十分ほど待ちぼうけを喰らっていたのも、なかったことになっている。

 学校へは要が送ってくれたのだが、彼の存在も雄利は知らないままだ。


 二人で向き合って雑談混じりに朝食をとる。食器を洗うのは紬の仕事だ。水の流れる音に混じって、雄利がバタバタと出かける支度をする音がする。


「じゃ、行ってくるから。出かける前は戸締りしっかりね」

「うん、行ってらっしゃい」


 休日のはずだが出かけていく雄利は、システムエンジニアの職に就いている。なんでも近辺の百貨店で大規模なシステム障害が起きたのだそうだ。

 朝食の席での雑談でそんな話をされた紬は少しだけむせそうになった。紬にだけ見えていた真っ黒な蝶々が頭の中を飛んでいく。


 ため息を吐いて、ドアノブにかけようとした手は空ぶった。


「おはよ」


 握手を求めるような恰好で玄関に立ち尽くしていた紬の前に、昨日と同じくラフな服装の人志が立っていた。

 面食らった紬がぱちぱちと瞬きをしていると、その後ろから真緒と要が顔を覗かせる。


「あ、えと、おはよう、ございます?」

「おはよー、準備出来てる?」


 要は車のキーを指先でくるくる回しながら、そう尋ねた。こくりと頷いた紬は用意していた鞄を手に外に出る。

 昨日と同じ車に乗り込んで向かう先は昨日と同じく警視庁だ。


「昨日、監視がつくかもっていったの覚えてる?」

「……はい」

「CS対策課の中でもバグについて認識してるのはかなり少数でね。それで更に戦闘が出来るとなるともっと限定されちゃうんだわ」


 要が言うにはCS対策課は大きく二つに分かれており、システムの監視・保持に努める表向きの組織と、人志たちのような解明されていない不具合――主にバグについてを調査している秘匿組織があるのだそうだ。

 要と真緒は表向きの組織に所属しているものの、実質は秘匿組織の命を受けて動いている。人志はそもそも公には存在しないこととなっているために秘匿組織の所属となっていた。


「ちょっと怖い話になるんだけどね、そもそも人志の能力って何だと思う?」

「……重力を操る能力、ですよね?」


 問われたのはそういうことではなかったのだろうが、核心に迫るのも怖い。少しずらした答えを述べれば、彼女の内心を理解しているのであろう男はからりと笑った。


「もう少し詳しく言うとね、人志は通常の人間よりも脳の深い部分を使えてる状態なんだ」

「で、その理由ってのが、グロい話なんだよ」


 割り込んできた人志は手のひらの上で缶ジュースを浮かせて遊んでいる。飲み口からシャボン玉のように飛び出してくるコーラをもぐもぐと食べるように飲んでいた。


「紬ちゃんは生まれてからすぐにマイクロチップを埋め込まれてるよね。僕や真緒も当然そうだけど」


 要はうなじの辺りを撫でながら、紬が頷くのをバックミラーで確認していた。その視線が助手席の人志の方へと向く。

 空になったらしい缶をぐしゃりとスクラップにした人志が口を開いた。親指の先ほどの塊になったアルミが、ふよふよと紬の方へ飛んでくる。


「オレは、いわゆるデザイナーベビーってやつなんだよ」


 ぺちん、とアルミの塊が紬の鼻先を叩いた。一瞬固まった脳に無理やり再起動をかけられ、瞬きを繰り返す。

 意識を遠くに飛ばしてしまった紬を構いもせずに、人志はその耳に情報を流し込んでいく。


 曰く、AIが最適な組み合わせで卵子と精子を選んで掛け合わせ、優秀な遺伝子を持つ受精卵をつくる。その受精卵を胎内ではなく、人工羊水を満たしたカプセルの中で育てるのだ。

 これにより、胎児の段階でより深い位置――即ちより脳に近い位置にマイクロチップが埋め込めるのだそうだ。その影響により、ランダムで人志のように本来人が持たない能力に目覚めることがあるのだとか。


「デザイナーベビー自体数が多いわけじゃないけど、その中でも能力者はほんとに僅かなんだ」

「で、オレみたいな能力を持つデザイナーベビーは特殊な電波で存在を秘匿されてる。真緒とか要みたいにマイクロチップに存在認証受けてる奴以外には存在そのものを認識できないはず、だった」


 ちなみにであるがそのマイクロチップに存在認証を受けている人間の中でも専属のことをバディと呼び、通常能力を持つデザイナーベビー一人につき一人ずつ選任される。

 人志は先に要が述べたように能力が強力なためにバディが二人選任されているのだ。このバディもAIによって最適な組み合わせが選出される。


「監視ってよりは護衛の意味合いが大きいからね。歳も近いし、戦闘も出来る人志が就くことになると思う。ただ念のために他の子らとも会ってもらっとこうと思ってさ」


 そもそも認識出来るのかどうかの確認も兼ねてね。そう言い添えた要が緩やかにブレーキを踏む。

 あ、と小さく声をあげた人志が振り返った。


「全員ちゃーんと人間だからな。間違ってもお祓い勧めんなよ」


 紬の顔にじわりと赤が昇った。

実はまだちょっと面白がってたりする。

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