74 天才、環境
出会ってから、知ってから、実に五年という年月が流れているのだ。むしろ遅すぎると言われても反論は出来ない。
「要にも頼んで色々調べてもらったんだ。その……何て言ったらいいんだろうな。俺の元? になった人達のこと」
「……」
確かに両親と言う表現は適切ではないのだろうが。かと言って他に思いつくものものなく、鷹彦は黙りこくる。
「で、俺はタカの父親の遺伝子が元になってるってのが分かった。採取当時は十九歳の大学院生。優秀な学者の卵ってんで有名だったんだと」
因みにもう一方は生まれつき異常と言えるほどに体温の高いフランス人女性のものだったらしい。彼の発火能力は彼女の遺伝子から発現したのだろう。
「正直そちら側の遺伝子だろうと思っていた……ふふ、嫌気がさすな」
暗い声に司狼は思わず目を瞬いた。鷹彦は組んだ両手の指に視線を落としている。その赤い瞳がどこかどろりとして見えた。指で遊びながら、声も床に落としていく。
「何せ私は生まれた時から『祇色虎哲の子ども』だったんだからな」
鷹彦自身は祇色虎哲のことはほとんど知らない。何せ彼は鷹彦が二歳の時に交通事故で若くしてこの世を去っているのだ。当時は連日ニュースに取り上げられるほどの騒ぎになっていた。彼の伴侶である祇色明日香も同じ事故で命を落としている。
鷹彦は、齢二歳で天涯孤独に陥ったのだ。
二人の葬儀後、鷹彦は速やかに政府直属の施設に引き取られた。稀代の天才の子どもは国の財産とみなされたようなものだ。この時点で、彼が将来国家機関に所属することはほぼ決まっていたのだ。鷹彦は実質国からの援助でもってハイレベルな教育を受け、その才を伸ばしていった。
天才の子どもは天才だろう、と。背負わされた期待に鷹彦は答えてしまった。五歳の時に受けた知能指数の測定テストで同年代の子どもと比べ、はるかに高い値を叩きだしたのだ。
同時期に虎哲の遺伝子から生を受けた司狼は十四歳となっていた。彼もまた高いIQを有しているとされ、更にその年に発火能力を発現させていた。当時の日本で初めて能力開花したデザイナーベビーとなったのだ。
彼らの頭脳や能力の開花が遺伝的なものなのか、整えられた環境に起因するものなのか、はたまた彼ら自身の努力によるものなのか。そんなことは彼らを育てている者にとってどうでもいいことだったのだ。
「努力しても、努力しても呪いのようについて回る……父を恨むつもりはないが、うんざりはするな」
「そ、そうか……」
少しばかり強い言葉に司狼がたじろいだ。それに気づいた鷹彦があぁいや、と取り繕うように片手を振った。
「兄弟云々について否定するつもりはない……ただ、私も一般的な家族というのはよくわからん。というか、正直私の生育環境はデザイナーベビーのそれとそう大きくは変わらないと思うぞ」
小・中学生時代は鷹彦に対する大人たちの言動から、彼が特別な子どもであることは瞬く間に周知の事実となった。
弱アルビノという見た目の差異も相まって、声をかける子どもはいなかった。鷹彦自身も集団の中における自身の異質さを理解していたため、その輪の中に入ろうとはしなかった。
高校・大学は飛び級のために海外の学校に通っていた。海外の、それも高校大学にもなってくると見た目をとやかく言われることはほとんどない。制服がなく、頭髪にも制限のない学校の中で、鷹彦の日本における奇異な見た目は埋没していった。その頃にようやっと、他人との接し方を何とか身に着けたのだ。
「と、言うか人当たりに関してはシロの方が上だろう……要の教育の賜物か?」
「あー……どーなんだろう、な?」
二人の脳裏にのらくらと笑う男の姿が浮かぶ。あの男も大概生育環境が謎である。
司狼が能力開花した年に今日からコイツがバディだと紹介されたのが要だった。自分の能力の特異性からどんな軍人が来るのかと思っていたら、同い年の男の子だったのである。
因みにであるが、司狼が抱いた要の第一印象は『生きてんのか、コイツ』である。当時の要は司狼にはいまいち掴み切れなかったのだ。何だったらAIが生んだ何かしらなんじゃないかとすら思っていた。
要曰く、自分が選出されたのは同年代との交流で情緒を育もうとしているのではないか、とのことだった。一般的な十四歳の子どもはそんなことを考えてんだなぁ、と。間違った知識を得そうになったものである。
実際要は司狼の感情の機微に対して敏感であり、対応も悪くなかった。同い年でありながら司狼を導き、時に一緒に馬鹿をやったりして彼の情緒を育てていった。司狼自身も初めてのお友達にちょっとばかり浮かれていた節はある。
「ただアイツどっか計算ずくなとこあるからな……俺はそう言うの考えんのは苦手な方だからよ」
そうだろうな、と身もふたもない相槌が返り、司狼は苦く笑う。
「何というか……俺が器用だったら、もっとこう、早いこと上手くできたんだろうなって思ったりもしててだな……」
「仕方ないだろう……私たちはそもそも普通じゃない」
ぐ、と司狼が息を詰める。正直な話、世間一般的に兄弟と呼べるのかどうかもわからないような間柄だ。
「その……私も上手く言えないが、別に一般の家族の形にこだわって当てはめる必要もないだろう。それ以前に私たちは仕事上のパートナーだ」
「ん。まぁ、そーなんだけどよ……」
煮え切らない様子に鷹彦はひそかに眉をひそめた。とは言え、その理由は何となくわかっている。
「五年も放置していた問題に一朝一夕で結論が出せるわけもないだろう……それも私たち二人で」
煮詰まるだけだ、と付け加えると司狼はがっくりとうなだれた。理解はしているようだが、気持ちが先走ってしまっているのだろう。
彼が見た紬と雄利の関係性も一般的とは言い難いものだ。それでも家族として生活しているのを目の当たりにして、思うところがあったのだろう。
「伸ばし伸ばしにしていた私が言うことじゃないが、ゆっくりでいいんじゃないか? どうせ正解などないんだから」
「そー、だなぁ……」
そうだよなぁ……と司狼がテーブルに突っ伏した。片頬をべったりとテーブルに着け、溜息を吐く。
「俺ら天才のはずなのになぁ……」
「ふふ、そうだな」
鷹彦は穏やかに笑った。
これもある意味落としどころかな?
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