67 保護者、夢現
両親を失った紬の保護者として任命されたとき、雄利は二十代そこそこの若造だった。親戚の訃報を聞き、葬儀に駆けつけた先で是非にお願いしたいと話をされたのだ。
先ずは何故自分に、という疑問が浮かんだ。もっと彼女と近しい親戚は他にもいたし、雄利はその時既に東京在住だった。あの状態の彼女に長距離の引っ越しは辛いのではと思ったし、実際そう口にした、のだが。
「ご両親の遺言や……なるべくこの家から遠くに連れて行って欲しい、てな。それにあの子にとっても、ここは辛い場所になってもうとる」
親戚の言葉に雄利は閉口する。事件の犯人は捕まっていない。痕跡だけがあちらこちらにべったりと残っていた。当然警察の捜査も続いている。
紬は事件については何も知らないとのことだった。しかし、ふとした拍子に何かを思い出してしまう可能性はある。犯人に狙われる可能性だって十分にあった。
「今のあの子には、とにかく休養と、環境の変化が必要なんや……引き受けてもらえへんか? 勿論、出来る限りの援助はさせてもらうさかい」
幸いなことに、紬が厄介者扱いされるようなことはなかった。むしろ魂が抜け落ちたように呆然と日々を過ごす彼女を誰もが心配していた。
葬儀の間も誰かにそっと促されるがままに棺に花を添え、骨を拾っていた。まだ現実を受け入れることも感情の整理も出来ていないのだろう。少しのきっかけでぷつりと切れて崩れてしまいそうな危うさがその小さな身体に宿っていた。
親戚たちが話している間も彼女は意識を迷子にさせたまま、縁側でぼーっと宙を見つめていた。雄利は彼女とは年に数回会う程度だったが、幼児らしく活発な女の子だったと記憶している。歳の離れた雄利のことを『おにいちゃん』と呼んで懐いてくれていた小さなかわいい子ども。
「紬ちゃん」
「…………?」
たまらなくなって声をかけた。こてりと首を傾げる紬はやはりぼんやりと意識を虚空に漂わせていた。ぱちりぱちりと瞬く目はどこか焦点があっていない。
雄利は紬の前に回り込んで、視線を合わせるように地面に膝を着いた。行儀よく膝の上に乗せられていた手をそっと握る。
「僕のお家に来てくれないかな」
おうち、と幼く繰り返した紬にこくりと頷く。ちょっと誘拐犯じみた言い方になってしまったな、と頭の片隅で思ったが一旦無視して言葉を重ねる。
「僕、今一人暮らしなんだ。だからちょっと寂しくて……紬ちゃんさえよければ一緒に暮らしてくれないかな」
脱力しきっていた小さな両手をそっと揺らしながらお願いをする。神社のお姉ちゃんはしてもらうよりもしてあげるの方が取っつきやすい。でもきっと、気を遣われていることも理解しているのだろう。
気が付けば、親戚たちが遠巻きにこちらを窺っている。皆が残されてしまった小さな女の子を気にかけていた。
きゅ、とちいさな力が雄利の手を握り返した。見慣れないほどに昏い色をした瞳が揺れている。涙は浮かんでいなかったが、表情は泣き出す直前のそれだった。
幾つもの視線が見守る中、小さな頭がほんの少しだけ縦に動いた。雄利はほっとして、柔らかく笑う。
「ありがとう」
ふるふると首が横に振られた。小さな手を離して、そっと腕を広げてみる。子どもらしくきょとんと目を丸めた紬にその体勢のままにこっと笑いかけた。聡い子どもは直ぐに意図に気づいて、おずおずと手を伸ばしてきた。
「ぃよいしょ」
腕が首に回ったのを確認して立ち上がる。前に会った時よりも腕にかかる重みが減っている気がして顔をしかめそうになった。不意にとん、と肩に柔い衝撃が走る。視界の端に黒いつむじが見えていた。
「紬ちゃ……」
声をかけようとして、止めた。彼女の身体が細かく震えているのに気づいたのだ。
雄利は何も言わずに彼女の背中をぽんぽんと叩いた。ぐずりと濡れた音が漏れる。雄利のスーツにしわが寄った。
「ご、めんなさい……」
「いいよいいよ、気にしないで」
か細く謝る紬に雄利は努めて明るくそう言った。しかし、紬はとろとろと涙を零しながら首を振る。
「わたし、やくそくしたのに。うそに、なっちゃう」
うなされているように紬は音を吐く。雄利にその言葉の意味は分からない。心なしか抱えた身体が平時より温かい気がした。そっと額に手を当てる。
「っ、紬ちゃん熱ある!?」
人肌に触れて糸が切れてしまったのか、ふぅふぅと荒く吐き出す息が熱い。わ、わ、と慌てるだけの雄利の声に反応した彼の従姉が素早く紬を奪い取って並べた座布団の上に寝かせていた。
「ごめん、ね……――」
きっとその時紬は誰かの名を呼んだのだろう。しかし、雄利には、それを意味のある言葉として聞き取ることは出来なかった。彼女の両親の名でないことだけは確かだった。
高熱を出してうなされた紬は、三日ほどで回復した。そのころには完全にとは言わないまでも、元の彼女に近い状態に戻っていた。少なくともぼんやりと虚空を見つめるようなことはなくなり、雄利は内心ほっとしていた。
それからまた数日が経ち、もろもろの準備とお別れを終えた彼女を東京に連れて帰ったのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
輝夜雄利にとって、紬はいつまでも小さな女の子だった。顔をくしゃくしゃにして泣きそうに俯く少女が、彼の中でずっと成長せずにいるのだ。
だからこそ、白いシーツの上に横たわる彼女を見た時、呼吸が止まるような心地がした。
「紬ちゃん……」
叫び出しそうになるのをこらえ、手を握って声をかける。眠っている彼女からの反応はない。ただその手首からとくとくと脈を感じ取って、安堵の息が漏れた。
力が抜けてベッドに突っ伏した雄利の隣。小さな少女が反対の手を握っていた。瞼に隠されていた濃い桃色の瞳がゆっくりと姿を現す。
「この人、神社のことにはあんまり詳しくないみたい。事件があった時も東京にいたみたいだし……元々紬とも血縁は遠いのね」
「ほーん。じゃあ聞き取りはあんまり意味ねぇか?」
読み取った情報を淡々と告げる美姫。メモを取っていた司狼が部屋の外へと視線を投げた。
「一応ね、形式は大事だから」
「例の件まだ未解決だしな……その上で紬ちゃんはまた被害者になったわけだし」
病室のドアが静かにノックされる。慌てて身体を起こした雄利の目の前には、黒い手帳を携えた二人組が立っていた。
紬は一応宮司(神社の一番偉い人)の一人娘なので、大事にされていました。
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