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深刻なバグが発生しました。  作者: 四片紫莉
第二章

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65 お稲荷様、ノート

 かさり、と手の中で音がした。反射的に開いた手のひらの中に、何かが乗っている。目を閉じたままでもわかる、紙の感触だった。紬はゆっくりと、目を開ける。


「…………」


 ドラマで見るような真っ白な天井が視界に入った。かけ布団の上に乗せられていた腕に少し違和感がある。頭を動かそうとすると鈍い痛みが走ったので視線だけ動かして見れば何かが貼り付けられ、コードのようなものが伸びていた。

 ぱちぱちと一つ二つ瞬きをする。その度に頭の中にあったはずの光景がぼろぼろと零れ落ちていった。


「豊利さん?」


 繋がれたコードから紬が覚醒した情報が読み取られたのだろう。扉ががらりと滑って医者らしき男が顔を出した。その後ろから、見知った顔が二つ部屋の中を覗き込んでいる。


「大丈夫ですか? ここがどこかわかります?」


 ベッド脇まで近づいてきた医者に、紬は首を傾げる。またずきん、と痛みが走った。


「ここは病院です……何があったか、覚えてますか?」


 あ、と小さく声が漏れた。濁流のように記憶が押し寄せてくる。その中には、先程取りこぼしたはずの断片も混じっていた。ひゅっ、と喉が音を立てる。ベッドの上で身体が跳ねた。

 医者が何事か指示を出して、紬の身体をそっと抑えた。ひゅうひゅうと短い息が続いて、頭の中が痺れるような感覚が広がっていく。狭まっていく視界は水に落ちたように濡れて揺らいでいた。


「紬、落ち着け」


 おぼろげな視界に、逆さまの顔が映り込んだ。さら、と額にかかっていた髪を優しく払われる。一瞬息が止まっていた。


「オレいるし、大丈夫。シロも一緒だし」


 くるりと上下を正した身体がゆらりと視界から消える。医者の邪魔になるからと司狼が回収してしまったのだ。

 紬は咄嗟に手を伸ばして人志の手を取った。がく、と彼の身体が空中に留まる。司狼は驚いたのか、紬もろとも引っ張らないようにか、慌てて手を緩めていた。


「こ、れ」

「何?」


 くしゃり、と人志の手の中で音が鳴る。折りたたまれた紙を押し付けられ、困惑しているうちに手が離れていった。改めて司狼に引っ張られ、反射的に手の中のものを握り締める。

 移動のためにと運ばれてきたストレッチャーに道を譲って、地面に足を下す。司狼も覗き込む中、紙を開いた。


 それは、ノートの一ページだった。それなりに古いもののようで折り目が脆くなっている。拙い文字が罫線の間に並んでいた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ひとりぼっちのおいなりさまは子どもにくっつく悪い虫が大好きでした。泣く子につく虫。怒りんぼにつく虫。さびしんぼにつく虫。みんなつかまえてぱくぱく食べてしまいます。

 虫を食べてもらった子どものお母さんやお父さんはとっても喜んで、おいなりさまにお礼を言いました。


 おいなりさまは好きなものを食べているだけなのにお礼を言われるのがとてもふしぎでした。でもみんなが喜んでいるから、これはきっといいことなのだろうと思いました。

 なので、おいなりさまは子どもにつく悪い虫をそれからもぱくぱく食べつづけました。


 おいなりさまにかんしゃした大人たちはみんなで力を合わせて、おいなりさまのためにお家を作りました。森の近くの小さなかわいいお家です。

 おいなりさまはお家をとても気に入って、大喜びで住み始めました。大人も子どもも、かわるがわるそのお家へ遊びに行きました。


 ひとりぼっちだったおいなりさまはたくさんの人たちにかこまれて、ずっと楽しくくらしましたとさ。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 幼い字で紡がれた短い物語だ。人志と司狼は思わず顔を見合わせた。司狼は手の中の史料をぱらぱらとまくっていく。


「あぁうん。まんま、白貴稲荷の成り立ちだな」

「紬が書いたのか、これ。結局子供に憑く虫とやらが何なのかはよくわかんねぇけど」

「つかコレひょっとして冊子から落ちたヤツか?」


 ノートのページをじっと見ていた司狼が呟く。あの後資料室を探したのだが、結局落ちたはずの紙切れは見つからなかった。一瞬しか見ていないので断定は出来ないが、質感が似ているような気もしてきた。

 何の話だと首を傾げる人志を尻目に、司狼は要にメールを打った。史料とノートの切れ端の画像も添えて送る。


「紬、一般病棟に移動だってよ……まだ寝てるみたいだけど」

「ん。じゃあ、護衛に向かうか。人志は大丈夫か?」


 鼻の下に残る掠れた血の跡を指差しながら問えば、よゆー、といつもの台詞が返ってくる。ぐしぐしと擦っているが、乾いているせいか落ちないのだ。

 二人連れ立って紬が移動した部屋へと向かう。一人用のそこは病院の持つ独特の雰囲気も相まってか、酷く閑散とした空気をしていた。


 人志はとん、と床を蹴って宙に舞い上がった。そのままふわふわと紬の頭上へと向かう。司狼も今度は咎めずに扉付近の壁に背中を預けて見守っていた。

 医者は眠っていると言っていたが、顔色は良くない。人志は、純恋に憑いていたバグを確認した時の彼女を姿を思い出していた。その時も今のように紙みたいな顔色で、細い息をしていた。


「紬、()()()のこと知ってんの?」


 寝ているとわかっていて、そんな問いを投げかける。幼い声が流し込んできたのは煮えたぎるような嫉妬だった。

 ()は紬のことをよくよくと知っているのだろう。おそらくは、彼女が知らない時間のことも。


「マジでアイツ何だったんだ?」

「アイツって……お前と要に攻撃してきたヤツか?」


 何気に呟いた言葉に反応が返ってきたので人志はこくりと一つ頷いた。遠隔から、その上に姿も見せずに攻撃が出来るとなるとかなり厄介だ。バグを生み出しているのもおそらく彼なのだろう。

 今回の件で、狙われているのが紬であることもはっきりした。人類解放の会との繋がりは未だ不明瞭だが、赤城心結のプログラムを滅茶苦茶にしたことから、少なくとも協力関係にあるわけではないのだろう。


 目を閉じたままの紬の顔を見るともなしに眺めながら、つらつらと考える。どうしてか、ユウキとヤナギのことを思い出していた。

あの子どこの子。


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