64 隔離、最後の対話
――どうして? どうして、こんなことになっているの?
証言台の前に立たされた女――赤城心結はぎゅっと両手を握り締めていた。目を覚ましたときには拘置所にいたのだ。心結に暴言を吐いた男は影も形もなく、ただ月日だけが過ぎていき同時に淡々と手続きが進められていった。
彼女の罪状は主に自作プログラムによる南条高校基幹システムへの不正アクセス、立てこもりによる監禁致傷罪の二つである。巷ではサイバーテロと騒がれてはいたが、政治的目的ではなかったためテロの定義からは外れている。
不可思議なことは、彼女が主犯とされていることだ。
彼女は人類解放の会に頼まれてこの騒動を起こしたのだ。プログラム自体は彼女が手慰みも同然に生み出したものではあるが、それを気に入ってあのヘルメットの開発を頼んできたのは人類解放の会である。
彼女は本来協力者の立場だった。現場にいたのだってデザイナーベビーをこの目で見たかったからに他ならない。直接会えさえすれば、彼らと友人になれると疑いすらしていなかった。
彼女は取り調べの際に警察にも自分はただの協力者だと主張したし、弁護士にもそう伝えて口添えを頼んだ。だというのに彼女の主張は何一つ通らず、人類解放の会も声をそろえて彼女が主犯だと主張している。
それどころか、隊員たちが意識不明に陥ったことすら彼女のプログラムが原因だとされていた。未だ目覚めない彼らのマイクロチップには重篤な損傷が起きていることだけがわかっている。この被害は不完全なプログラムによって引き起こされたものだと。
「だからアタシはプログラムを作成しただけ! 今回の計画だって立てたのはアタシじゃないわ! それにあのプログラムは完ぺきだったのよ! 不具合なんて起きるはずない!」
「――このように彼女には妄想癖があり、政府が隠しているものがあると思い込んでそれを暴こうとこのような暴挙に出ています」
彼女の証言は何一つ正確に拾い上げられることはなく、妄想癖のある異常者に仕立て上げられていく。弁護士も精神に異常があるとしての減刑嘆願に注力していた。精神異常についてはプログラムの完成度を引き合いに出されて却下されていたが。
「では、被告人の最終陳述に移ります。何か、伝えたいことはありますか」
「あぁもう、いい加減にしてよ! どうして誰もアタシの話を――」
不意に怒声が途切れた。静かになった空間に、革靴が鳴らすコツコツとした音がやけに響く。にこ、と柔らかく笑った表情は酷く場違いだった。
「ア、アンタ……」
思わずよろけた心結を心配する者はいない。それどころか、まるで時が止まっているかのように誰も微動だにしていなかった。異様な光景にじわじわと喉が渇いていく。
「君とは話したくもないんだけど……なぁんにもわからないのも可哀想だと思ってね」
証言台の前で足を止めた男は、わざとらしく言葉を間延びさせた。放送室での問答とも呼べないやり取りがありありとよみがえる。目の前に散った電光も。
「なに、何なの? アンタが何かしたの!?」
混乱の中でも糸口を手繰り寄せようとする辺り、やはり地頭は良い方なのだろう。気丈に振る舞おうと声を張り上げる姿に、男――要はくすくすと笑う。
「そうだ、って言ったら? ふふ、君に何か出来るのかな?」
からかうような口調だが、目は笑っていない。あの時と同じく冷たい光をたたえたエメラルドが笑みの形に細められているだけだ。
黙り込んでうつむいた心結のつむじを見下しながら、要は言葉を続けていく。
「本当はね、君をこちらに迎え入れるって案もあったんだよ。その性格はともかく、君の能力はそれなりに使えるからね」
じゃあ、どうして。心結は視線だけ上げてそう訴えかけてくる。
「何でって? ……まぁ、単純な話だよ」
――僕が、わがままを、言ったから。
言葉を一つ一つ区切って、殊更に丁寧に。にこりと綺麗に笑いながら。
「僕、君が嫌いなんだ。生理的に受け付けない――これは、かつて君がやらかしたことのせいだから、文句は聞かないよ」
心結が口を開く前に要は自身の唇の前に人差し指を立てる。要は心底心結が嫌いなので、触れたくもないのだ。
「で、流石に察してると思うけど、君のプログラムはこちらにとっては不都合極まりないものなんだ……だから、存在しないことにした」
それがさも当然のことであるかのように要は淡々と告げる。しかし、どこか楽しそうに見えるのは心結の被害妄想なのだろうか。
「先に言っておくとね、君は無期懲役になる。正当な理由なく教育機関を占拠し、出来損ないのプログラムで多数かつ重篤な人的被害を出した――これが表向きの罰」
ギリッと爪を立てられた皮膚が音を鳴らした。噛み締めた歯からも同じような音が鳴る。悔しくて悔しくて視界が歪んでいく。
しかし目の前の男はそんなことすら許さなかった。
「被害者面はやめてくれるかな? 単純に不愉快だ。これは君が招いた君自身の間違いなんだから、僕を恨むのは筋違いだよ」
間違えたと言うのならば、どこからなのだろうか。天才ともてはやされた幼少期か。周りと衝突し出した青年期か。はたまた、世間に見切りをつけて引きこもりだした頃からか。
「……アンタなんかには、一生わからないわよ」
悔し紛れか、絞り出すように心結はそう言った。ふふ、と要が小さく声を漏らす。
「そうだね。君のことなんか、きっと一生わからない」
理解しようとしない限り理解はできない。要はそれを望まない。
「だって僕は――特別、だからね」
心結は静かに目を見開いた。顔を上げれば、初めて要と視線がかち合う。こてりと要が首を傾げ、再び視線が外れた。食い入るように見つめても、その瞳がもう一度心結を映すことはない。
「そうそう、君にはもう一つ罰があるんだった」
たった今思い出したかのように要が手を打った。
「本来なら、この状況に君が疑問を持つことはない。マイクロチップによって正しい状態を呑み込まされる……でもそれじゃ君、反省出来ないでしょ?」
とん、と要は自身の胸に手を当てる。わざとらしく丁寧な仕草だった。
「一生、後悔し続けて。自分のしたことを、独りで、ずっと」
誰も君の言葉を解さない。誰にも理解されない。
じわじわと背筋を冷たいものが這い上がってきた。感じていた違和感が、罰という言葉で鮮明な輪郭を持った。身体の力が抜けて、どさりとその場に膝を着いた。要の声は続く。
「よくよく考えたら、今までと変わらないかな? 誰も君のことを理解してくれなかったんだよね? 人間に、君のことを理解してくれる人はいないって?」
かつて己が吐いた言葉を突き付けられる。床に着いた手が、身体を支えていられないほどに震え出した。吐き気が、こみ上げてくる。
「あの子たちも人間だから。君を理解できる生き物はきっとこの世にはいないね――かわいそうに」
心の底から、そう思ってはいるのだろう。確かに要の目には憐憫が浮かんでいた。
「あ、ぁあ……あぁあああああああッ!!」
床に座り込んだまま、頭を掻きむしりながら吠える。心結は心底哀れで、惨めで、愚かな女だった。
そんな彼女を見下ろして、要は少し後ろに下がるとパン、と手を打ち鳴らす。
「さて、裁判を再開しようか」
「――これにて被告人の最終陳述を終了とし、結審とします。判決公判は一週間後となりますが、異議はありますか」
崩れ落ちた心結に誰も何の疑問も持たないままにその日の公判は終結した。一週間後には要の言う通り無期懲役が言い渡されるのだろう。日本においては死刑に次いで重い罰だ。
警察に両側から支えられ、立たされる。涙で滲む視界に、裁判官たちが座っている法壇にもたれ掛かる要が映った。思わず声が零れる。
「……、けて、ったすけてよぉ……!」
「……」
心結が法廷から引きずり出されるまで、要は無意味に天井を見上げていた。
めちゃくちゃ調べながら書いてるけど、間違ってても気にしないでください。
現代とは法律も多少変わってるハズ、俺の宇宙では音が鳴るのだリターンズ。
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