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06 本部、医者

 CS対策課本部へと向かう道すがら、要はぽつぽつと紬から話を聞きだしていた。


 曰く、彼女がバグを観測し始めたのは京都の生家から東京の親戚の元へと越して来てからのことらしい。人志と同じくお化けの類だと思っていたそれらを、必死で見えないふりをしてやり過ごしてきたのだそうだ。幸い近距離で出会ってしまうようなことはなく、これまでに襲われたことはなかったらしい。


「こっちに越してきたのっていつ?」

「九年前ですね。私が八歳の時のことなので……」


 膝の上の手のひらがぎゅっと握られる。バックミラー越しにその仕草に気づいた要は一旦別の話題を振ろうと頭を回した。


「あの小説は人志を見つけてから書き始めたの?」

「いえその、書き始めたのは割と最近で……見た目と能力? をちょっとお借りしたというか……」


 本人が目の前にいるからか、紬はもにょもにょと言葉を濁らせる。当の本人は楽しそうに彼女を眺めていた。


「まぁ、性格は似ても似つかないもんね。コイツが世を儚むようなタマかっての」

「そりゃオレは()()()みたいにイジメられてねーからな」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 月の光を束ねたような絹の髪。その身に流れる血の色を透かした瞳。雪を溶かし込んだ肌は、今は痛々しく青や紫の斑に染まっている。

 色が違う。たったそれだけのことが、身に余る暴力の免罪符になるのだと、あの子は笑った。


 ならば、人が持ち得ない力を持つ己も、同じように虐げられることこそ正しいと言うのか? オレはその正義に裁かれねばならないのか?


 あの子はぴたりと口を閉じ、何も答えてはくれなかった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「お前は虐められたところでしっかり報復するでしょ」


 当然、と返した人志に苦笑し、要はカーナビをタッチした。再び画面に緑のインコが姿を現す。機嫌よく鳴くそれに手帳をかざし、パスコードを入力する。


「御部要、祢岸真緒、加冶人志戻ります。豊利紬の同行許可願います」

『確認しました。帰還後直ちにCS管理本部へと向かって下さい』


 機械的な声がそう告げたところで、車が止まった。ぼんやりと膝に落としていた視線を上げると、いつもは遠目で見ていた警視庁本部が目と鼻の先に佇んでいた。

 悪いことなど何もしていないはずなのだが、何となく緊張してきた紬はもぞもぞと居住まいを正した。それを鼻で笑った人志はさっさと車から降りてしまう。真緒も続き、紬側のドアを開けてくれた。


 車から降りてしまえば、建物の大きさに圧倒されるばかりだ。紬が薄く口を開けて見上げていると、真緒にそっと背を押される。焦れたらしい人志に手首を握られ、引っ張られながらゲートをくぐった。


「要が車止めてくるからロビーで待ってようか……なんか飲む?」

「コーラ」

「あー、はいはい……紬ちゃんはお茶でいい?」

「あ、はい、すみません。ありがとうございます」


 真緒が近くの自販機へと向かう傍ら、握られたままの手首を引かれて入口近くのソファに腰かける。当然のように隣に座ってきた人志はふと紬の手元に目を向けた。


「そういや、それ主人公どうなんの?」

「え……?」


 それ、と言いながら指し示されたのは紬のノートだ。


「もう続き書けないかもだし、結末だけでも教えてくんない?」

「無神経!」


 ごん、と重めの音がして人志の頭が前に傾ぐ。真緒が頭頂にコーラ缶を叩きつけたのだ。驚いている紬の目の前にはお茶のペットボトルが差し出される。反射的に受け取ったところで悶えていた人志が身体を起こした。


「だっからバカスカ殴るんじゃねぇよ! チップイカレたらどうすんだよ!」

「そんなんで壊れる訳ないだろ。馬鹿か?」

「開発した奴だってゴリラに殴られるのなんか想定してねぇだろーよ」


 ヒートアップしていく言葉の売り買いに紬はおろおろと視線を彷徨わせた。助けを求めるように周りを見るが、ロビーに人気はなく受け付けは遠い。そもそも人志の存在は特定の人間にしか認識されていないため、誰も助け船にはなれないのだ。

 しかし、幸いにも入口の方へと視線を向けた時に要と目が合った。呆れたような表情を浮かべてこちらに駆け寄って来る。


「こらこら紬ちゃん困ってんでしょ。何やってんのよ」


 気の抜けたような声音に、二人の応酬がぴたりと止まる。同時に紬の方を窺って、気まずげに視線を逃がした。


「ごめんね。コイツら喧嘩っぱやいから……一応AIが最適な組み合わせとして選んだはずなんだけどねぇ」


 紬はそっと二人の方を見やった。とてもそうは思えないでしょ、と要が笑う。


「ほら、さっさと行くよ」


 思い思いに返事をした真緒と人志が立ち上がった。紬も慌てて後を追う。四人そろってエレベーターに乗り込むと、ドア脇のタッチパネルに要が手のひらを置いた。


『生体認識完了――権限者、御部要。確認しました。スキャンを開始します』


 無機質な声がそう告げると共に、天井から光の輪が壁を伝って下へと降りてくる。思わず目を閉じると、瞼の裏が赤く光る。


『御部要、祢岸真緒、加冶人志、豊利紬、照合完了しました。本部へ向かいます』


 がこん、と一瞬の縦揺れの後、下へと向かいだしたのかへその下辺りに若干の浮遊感を感じる。しばしの沈黙の後、またがこんと一つ揺れてエレベーターは止まった。開いた扉の先には長い廊下が続いている。


「取り敢えず、コッチで検査受けて頂戴ね。人志と真緒はバグの報告書頼んだ」

「へーい」


 気のない返事をした人志と嫌そうな顔の真緒と別れた紬は、立ち並んでいた扉の一つに案内された。中には青く発光する白いトンネルのような機械が設置されている。その前には白衣を着た男が一人、その機械を調整していた。

 要と紬に気づいたのか、背を向けていた男がこちらを振り向く。細く結われた灰の後ろ髪が動きに合わせて尻尾のように揺れた。


「タカ、準備出来てる?」

「あぁ、問題ない……そちらが?」


 銀縁眼鏡越しの暗い赤が紬に向けられ、緩く首が傾げられる。頷いた要が紬を軽く前に押しやった。


「こちら、祇色(ししき)鷹彦(たかひこ)君ね。CS対策課の専門医みたいな感じかな……ほら、挨拶して」


 とん、と背中をたたかれ、紬は慌てて頭を下げた。


「えと、豊利紬です。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく、豊利君」


 ではこちらへ、と背後のトンネルを手のひらで指され、紬はごくりと唾を飲んだ。

真緒と人志は仲が悪いワケではないのです。

お互いにお互いがちょっとだけ気に入らないだけ。

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