57 復旧、友だち
ピコン、と小さな電子音が鳴った。誰かが端末を確認しようと取り出したのを皮切りにするように、ピコピコと一斉に鳴り響く。
それは、音楽室に待機していた紬や瑠璃の端末も同じだった。
「え、わ、わっ!」
驚きながら取り出した端末を落としそうになり、瑠璃と画面の中のポメラニアンが慌てふためく。立て続けに届いたメッセージが画面の中に降り積もっていった。
「あっ、電波復旧してる!?」
「ほんとだ……雄利おじさんから一杯メッセージ来てる」
白狐が背負う風呂敷包みには、彼女の身を案じるメッセージが山ほどまとめられていた。当然ではあるが、外は外で大騒ぎになっていたようだ。
「ネットも大騒ぎだ……」
「そりゃそうだろ、テロなんだから」
「しかも学校だもんね」
瑠璃の言う通り、公共機関でのテロなのだ。どのSNSでも南条高校や人類解放の会がトレンドに上がっている。流石に赤城心結の名は出ていないようだが、校内の電波が復旧した以上時間の問題だろう。
「オレらに関するフィルターはそのままか?」
瑠璃と会話が成立しているのに気づき、人志が首を傾げる。あっ、と紬も小さく声を上げた。
「……え、何マズい?」
「マズいってことは……いやでも、まだ解決してないってことだよね」
「そうなるな」
顎に手を当てた人志が深く頷いたときのことだ。コンコン、とノックの音が扉から鳴った。理性ある人間の鳴らす音である。
人志は紬と瑠璃に机の影に隠れるように指示すると、一人で扉に近づいていった。磨りガラスには長身の影が映っている。焦れたのか、その影がもう一度ノックをする。
「人志?」
名前まで呼ばれたが、人志は警戒しつつ扉に手をかけて薄く開く。そうして外を確認するなり、がらりと勢いよく滑らせた。
「シロかよ」
「何が不満だよこの野郎」
私もいるよー、と司狼の傍らから純恋がひょこりと顔を出した。部屋の中で紬と瑠璃も机の影から顔を覗かせている。
「純恋ちゃん! ……と、誰? ですか?」
首を傾げられた司狼が何と答えたものかと迷っていると、小さな手がちょんちょんと肩をつついた。促されるがままに中腰になって耳を傾けると、こしょこしょと耳打ちされる。
「あー……純恋と人志の同僚みたいなもんだよ」
応援に来たんだ、と純恋と人志の設定に乗っかった説明にほへー、と瑠璃が呆けている。楽でいいがこの子の将来大丈夫か、と老爺心が顔を出したところで、端末から鳴き声が響いた。司狼は画面を見るとスピーカーモードにして通話ボタンをタップする。
『皆揃ってるね?』
端末から声が流れてくる。確認というには確信を持った問い方に、人志が一つ瞬きをする。
「赤城の件片付いたのか」
まぁね、と短い答えが返ってくる。放送室の機材を弄っているのか、端末からは時折タップ音や機材の立てるノイズが聞こえてくる。
『早速校内の全域に目を通してみたんだけど、まだまだ例のゾンビが彷徨ってるね。あぁでも、純恋の言った通りヘルメットが外れたヤツは動いてないな』
流石だね、と流れるように褒められ、純恋がくふくふと笑う。が、直ぐに表情を引き締めて端末に意識を集中させる。
『後、さっき全域見たって言ったけど正確には一か所見れてないところがあるんだよね』
「カメラかモニターの不具合かなんかか?」
『何とも……その部屋だけ画面が真っ暗でね、何にも見えない。ランプ点いてるから、カメラが機能してない訳じゃなさそうなんだけど……』
シュルシュルと空気の抜けるような音がして、人志が腕を上げる。手首の端末のスリープを解くと、イズモがディスクを咥えてこちらに差し出していた。
ディスクをタップすると、十秒にも満たない動画が流れ出す。真っ暗なまま固定された画面を覗き込んだ面々が首を傾げる中、瑠璃が声を上げた。
「紬ちゃん? えっ、大丈夫?」
三人が視線を向けた先では、紬の背を擦る瑠璃の姿があった。紬の顔は紙のように白く、こみ上げるものをこらえるためが両手で口元を覆っている。
『紬ちゃん、何が見えてる?』
優しい声が、しかし確信を持ってそう尋ねる。背中を擦る手に促され、紬はゆっくりと口を開いた。
「蜂の群れ、だけじゃない。これ、蜂の巣……?」
紬の目に映っていたのは、小さな画面の半分を覆うほどの巨大な蜂の巣だった。輪郭が曖昧で真っ黒な以外は、野外で見るそれとそう変わらない。無数の六角形が集まって形成された、見慣れたハニカム構造だ。
より深く暗い色の穴から何匹もの蜂が這い出てきては、部屋を飛び回っていた。そうして時折ふつりと消えていくのだ。
「どの部屋?」
『資料室だね。この学校古い史料の管理もやってるのか……重要文化財とまではいかないけど、シロはやめといた方がいいかも』
「そんなら、俺は校内回って残ったゾンビの処理にあたるか」
『ん、大体の位置のマップ送っておくよ……で、紬ちゃん』
暗い画面に釘付けだった目線が震えて、声の方を向く。顔は見えなくとも、声が酷く申し訳なさそうな響きをまとっていた。
『申し訳ないんだけど、君には資料室の確認をお願いしたいんだ。勿論、人志や純恋と一緒にね』
「……はい」
ぎゅ、と身体の前で両手を握り合わせる。あの映像を見てから背筋をぞわぞわと這いまわる不快感が消えない。
違うのだ。今まで見てきたバグとは、何かが違う。巣を作っている時点からしてそれは明白ではあるが。
しかし、紬は感じた違和感を言語化するすべを持たなかった。確認するより他にないのはわかっていても、震えがくる。
「あの!」
不意に瑠璃が声を上げ、紬の身体がびくりと揺れた。司狼が掲げる端末の画面に表示されたインコがこてりと首をひねる。
「私もついてっていいですか?」
大人二人が面食らったように目を見開いた。子供二人はさほど驚いた様子もなく端末に視線を向けて彼らの判断を待っている。
『……えーっと、君は?』
「あ! えっと、秋野瑠璃って言います! 紬ちゃんの友だちです!」
端末に向かって片手を上げ、勢いよく自己紹介する瑠璃に人志が小さく吹き出した。勢いに押された司狼が少し困った顔で監視カメラを見上げた。
『……正直危ないだけだと思うけど、どうして一緒に行きたいの?』
なるべく柔らかく聞こえるようにと要が問いかける。一度きゅっと唇を引き結んだ瑠璃は、紬の手を握っていた。
「友だち、だから」
端末の向こうで静かに目を見開いた動きは画面に表示されるインコには反映されない。ただ沈黙が流れたのに焦ったのか、瑠璃はぶんぶんと手を振りながら言葉を続ける。
「えっと、紬ちゃん怖がってるし、いや私も正直ちょっと怖いけどその、一緒に居たらまだ平気かなって……あの、加冶君にも言われたけど邪魔にならないように頑張るので……」
身振り手振りに繋いだ紬の手も一緒に振り回しながら、瑠璃は一生懸命話していた。手のひらに汗をかいて来ているのは、紬だけが知っていた。
その表情に浮かんでいたこわばりが少し氷解したのに気づいたのは要だけだ。
『うーん、そうだなぁ……』
アピールが途切れたタイミングで要が言葉を挟む。迷っているような口ぶりに不安そうに端末を見つめる二対の目に、ばれないようにほんの少しだけ笑った。
『人志と純恋の負担にならないなら、特に文句はないかな……現場の判断に任せるよ』
それを聞いた途端、瑠璃が人志と純恋の方を向く。二人は一瞬目を合わせると、ほぼ同時にこくりと頷いた。
「純恋もいるし問題ねぇよ」
やった! と万歳する瑠璃に巻き込まれ、紬の手も高々と掲げられる。同じように震えている瑠璃の手を見上げて、紬はへにょりと眉を下げた。
何にも出来なくても一緒にいたいの。
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