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深刻なバグが発生しました。  作者: 四片紫莉
第二章

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56 対峙、些末な問題

 そんなからくも命拾いした運の無い男を捨て置いて、要は再び歩き始める。襲ってくるヘルメットのゾンビを処理しつつ階段を上り、廊下を進んでいく。

 目的地は決まっているようで、その足取りに迷いはない。


 やがて辿り着いた扉に手をかけ、開こうとする。が、小さな抵抗を感じるとともに中から悲鳴が上がった。ロックのかかった扉の内側には誰かが閉じこもっているようだ。


「……」


 要は電子錠のセンサー部分に手を触れた。パチッと指先から火花が散る。間を置かず、ピーと甲高い電子音が鳴り響いてガラリと扉が横に滑っていった。


 中はそれなりに広く、扉と対面する壁には薄青く光る半透明のモニターが浮かんでいた。設置された長机には多くの機材が旧式新型混ざって並べられている。


「ど、どうして……?」


 か細い声に要は部屋の真ん中辺りにあった豪奢なソファへと目をやった。明らかにこの部屋――放送室どころか学校にも――不釣り合いなインテリアだ。その背もたれにしがみつく爪紅の塗られた手が映ったエメラルドが、薄く細められた。


「赤城心結」


 低く呼ばれた名にびくっと肩が揺れた。要のことを()()()()()()()()()()だと判断したのだろう。揺れる瞳に少しの安堵が見て取れた。


「君、何がしたかったの」

「え……」


 しがみつこうとする手を冷たく振り払うような声だった。からりと滑った扉が明るい廊下と照明が絞られて暗い部屋を分断する。

 要は近くにあった椅子を引きずりながら、心結が隠れるソファへと歩み寄る。数歩の距離を開けて止まると椅子に反対向きに腰かけた。気だるげに背もたれに手を組んで顎を乗せる。


「紬ちゃんの身柄を求めているのは人類解放の会でしょ? いいように使われたわけだけど、君自身は何がしたかったの?」


 要は探るように潤んだ赤茶の瞳を見つめた。ぎちりと革張りのソファに赤く彩られた爪が食い込む。


「あ、アンタなんかにはわかんないわよ……っ!」

「そう言うのいいから」


 わかりやすく精一杯の強がりを切り捨てて、面倒そうに頭を掻く。持て余していた脚を伸ばしてソファを軽く小突いた。びくっと肩が上がって、静かになる。


「そ、そもそも、アンタ誰よ!」

「僕? 僕はねぇ……」


 ゆるりと唇が動く。途端に心結は悲鳴を上げて両耳を引っ掻いた。ノイズがガリガリと鼓膜に爪を立てる。明確に怯えの張り付いた表情が、要に向けられる。


 にこ、と人好きのする顔が微笑んだ。


「たまにねぇ、話したくなるんだ。誰にも理解どころか聞いてももらえないんだけど」

「いやぁああああッ!」


 声を、ノイズを、掻き消そうと心結が頭を抱えて金切り声を張り上げる。膜を張っていた涙が、閉じた瞼に押し出されてぼろぼろと零れていく。


「これまでは別に周りを気にする必要なんてなかったんだけどね。ここ最近はそうも行かなくってさ。特に紬ちゃん、すごい子だよね……何?」


 ふと要が首を傾げた。心結の顔色が一瞬で変わったのだ。赤茶の目が燃えるように要を、上げられた名を、睨み付けている。

 要の視線が一旦明後日の方向へと寄せられる。直ぐに合点がいったようにポンと手を叩いた。


「君、紬ちゃんのこと嫌いなんだ?」


 心結は黙ったままだったが、要は答えを得た。しかし、再びこてりと首が傾ぐ。


「けっこういい子だよ、彼女。ちょっと引っ込み思案なとこあるけど、苛立つほどじゃない。知らないうちに敵作るようなタイプじゃないと思うけど」


 見解を述べていると、ぎりぎりとルージュに歯が立てられる。一つ二つ瞬きをした要があぁ、と声を上げた。


「嫉妬か」

「誰があんな凡夫にッ!!」


 ようやっとまともに紡がれた言葉には憤怒が乗っている。一度堰を切ってしまった以上は止まらないのか、だくだくと溢れてくる。


「アタシはっ、アタシが特別なの! 彼らの隣にふさわしいのはアタシみたいな天才なのよ!」


 あの子じゃない! と拳を握って、叫ぶ。集まった血がファンデーション越しにもわかるほどに顔を真っ赤に染める。


「人間なんて皆バカばっかり! レベルが違いすぎるから誰もアタシのこと理解出来ないのよ! 理解出来ないからコミュニティから弾くことしか出来ないの!」


 赤城心結は紛れもなく天才である。弱冠二十歳にして独学で電波遮断技術を構築し、デザイナーベビーの存在を認識した。

 彼らになら、理解してもらえるかもしれない――友達に、なれるかもしれない。そんな淡い期待を抱いたのだ。


「アタシは必死に努力したのに! あんなただの子供が、何の才能もないバカな子供が! 不釣り合いに隣に立って! アタシの場所を奪ったのよ!」


 キン、と頭に響く金切り声が放送室に余韻を残して消える。はぁはぁと荒い息を吐いた心結が深く息を吸った。


「そのバカな子供の立つ場所に辿り着くことすら出来なかったのはだぁれ?」


 声に変わるはずだった息が開いた口から洩れていく。視線だけが動いて、幼く尋ねるエメラルドのそれと交差する。


「お前は所詮その程度なんだよ」


 冷たい声を吐く唇は口角だけが上がって、笑みを模っていた。


「お前、何も知らないんだろう? なぁんにも、知らないんだろ? あの子たちのこと、何一つ」

「違う! アタシは何でも知ってる! あんなバカなんかよりもずっと、あの子たちのことを知ってるのよ!」


 どこか芝居がかって首を傾げる要に、心結が吼える。握り込まれた拳がぶるぶると震えていた。


 バカばかりで息苦しい、程度の低い中学を卒業してからは、日がな一日パソコンと向き合う日々を過ごしていた。誰もアタシを理解してくれない、理解出来る()()なんかいない。

 そうして調べて、調べて、ようやく辿り着いた。天才として産まれてくる彼らの存在に。


 優秀な頭脳、体躯、特別な能力。素晴らしいと思った。彼らこそが、己の理解者にふさわしいと思った。

 社会から爪弾きにされた自分と、社会から隔絶されたデザイナーベビー。運命的に近しい存在だ。


 アタシが、アタシこそが……! そう言いつのる心結に、要がころころと笑った。


「知っているのと教えてもらうのは別物だよ。人志や美姫、司狼……それに純恋。誰か一人でも君に自分のことを教えてくれた? 君を信頼して、自分のことを話した子がいた?」


 いないだろうと問うまでもなく、心結は黙り込む。唇を噛み締めて要を睨むが、彼は恐ろしいほどに底冷えした目でもってそれに応えた。


「君がつくったバグもどきのせいでね、僕らは一度純恋を――デザイナーベビーの一人を見失ったんだ」

「な、何、なんなのよ、もうッ!」


 修正された事実を、無くなった孤独を、彼女が聞き取ることは出来ない。再びパニックになる心結を見下ろして、要はのんびりと立ち上がった。数歩の距離を長い脚で瞬きの間に埋めてしまう。


「ほんと……迷惑な子。()()()()()頭が良かっただけの、無能な子。馬鹿と上手く付き合うことすら出来ずに、自尊心ばかり肥大して、社会に弾かれたと被害者面して……孤独で可哀想な子として振る舞うにしても足りてない」


 ソファの影を見下ろす要と、縮こまる心結。しかし、要は怒っているようには見えなかった。そんなエネルギーを使うことすら彼女には必要ないとでも言うように、淡々と言葉だけを紡いでいく。


「まぁ、君は君できちんとした大人のケアが受けられなかった成れの果てなんだろうけど……」


 不意に要が手を伸ばした。びくりと揺れた肩に指が食い込むほどに握られる。心結は振りほどこうと必死だが、成人男性の手を振り払うような力は引きこもりの彼女にはない。


「あのね、わかってるでしょう? もう君のことなんか気にしてる状況じゃないんだよ」


 とん、と緩い力が心結を突き飛ばした。ペタンとしりもちをついたまま、彼女は茫然と要を見上げる。


「些末な問題は、さっさと片付けてしまおうね」


 赤茶の瞳の前に、目を焼かんばかりの火花が散った。

要さん、マジでオコだよ(古


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